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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章 幻獣召喚
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大喰らいグーロ②

「……何だ、これは?」


 リビングからダイニングに移動したバケモノ女は、いかにも不審げな目つきで、テーブルの上に並んだものどもをねめ回した。


「チャーハンにギョーザ、キムチと烏龍茶だ。……何でも喰えるって言ったんだから、文句は受けつけねェぞ?」


 親が海外に赴任して、そろそろ二年と三ヶ月。

 いいかげん自炊にもなれてはきたが、そこまで料理に凝るタイプではない。

 チャーハンは市販のチャーハンの素を混ぜて炒めただけのものだし、ギョーザはもちろん冷凍食品。それでもキムチにドリンクまでつけてやったのだから、絶対に文句など言わせない。


「不思議な香りだな……ずいぶん香辛料を使用しているようだ」


「嫌なら、喰うな」


「誰が嫌だと言った? まったく、短気な青二才だ」


 パーカーと、ついでにソファに放りだしてあった室内用のスウェットまではかされたバケモノ女は、さっきまでずいぶん不平そうな様子をしていたが、いざ食べ物を前にすると、食欲やら好奇心やらが勝ってきたようだった。

 まったく、やれやれだ。


「とっとと喰ってくれ。喰い終わったら、俺は寝る」


「うむ」


 化け物はうなずき、けげんそうにスプーンを手に取ると、やがて何かを思い出したように、案外器用な手つきでチャーハンを食しはじめた。


 とりたてて感想はない。

 が、まあ、なかなかの咀嚼っぷりだから、そんなに不満はないのだろう。

 俺はこっそり胸をなでおろしながら、自分のぶんのグラスで咽喉を潤わせる。


「……む」


 おかしな声がしたので振り返ると、スプーンからこぼれ落ちたらしいギョーザが皿のわきに転がっていた。


 無言でフォークを指し示してやると、右手にスプーンをつかんだまま、左手でフォークをひっつかむ。

 さらにタレの小皿を指し示してみせると、化け物はグサリとフォークで突き刺した獲物をそこにひたした。


 さすが年の功、なかなかの学習能力ではないか。

 ちょっとだけ愉快な気分になりながら、俺はあくびを噛み殺した。

 気づけば、いつのまにか日が変わってしまっている。


(それにしても……)


 こうして明るいところで見るかぎりでは、バケモノはちっともバケモノらしくなかった。

 背はちっこいし、やたらと可愛らしい顔をしているし、濃淡まだらのおかしな髪の色と、明るいところでは黄色く見える猫みたいな目をのぞけば、どこにでもいる普通の女の子だ。


 いや――こんなに顔立ちの整った女の子など、あまり普通とは言えないか。実際問題、ここまで可愛らしい女の子をテレビや雑誌以外で目にしたのは、俺にしても初めてのことだった。


 少し幼げな顔立ちはしているが、人間に換算したら、まあ俺と同年代ぐらいの風貌だ。

 その口ぶりからして百年や二百年は生きているみたいだが、芝居がかった口調以外にそれをしめす特徴はない。


 ぶかぶかの黒いパーカーとスウェットを着て、ダイニングの椅子にちょこんと座り、スプーンとフォークで旺盛な食欲を満たしているその姿は、むしろ外見の年齢以上に幼く見えるぐらいだった。


(口さえ開かなきゃ、そんなに面倒な相手でもないんだけどな……)


 それに、衣服の着用をあれほどまでに嫌がらなければ、だ。

 その正体は得体の知れないバケモノなのだから、もっと緊張感を持つべきなのかもしれないが。少なくとも、主従関係としては俺が主にあたるようなので、そうそう害を為すこともないだろう。


 というか、こいつがその気になれば、俺や宇都見あたりに応戦するすべなどあろうはずもない。

 とにかくこいつを穏便に元いた世界に戻す方法が判明するまでは、こうしてのらりくらりと手綱をあやつるしかないようだった。


「……人間の食生活とやらも、時代の経過によってずいぶんと移り変わるものだな」


 けっきょく美味かったのやら不味かったのやら。キムチの一片も残さずに完食したバケモノ女は、スプーンとフォークを皿の上に置きながら、実に勿体ぶった調子でそう言った。

 俺は苦笑を返しつつ、空になった皿を回収する。


「満足したか? それじゃあ俺は――」


「待て。満足と言うにはほど遠い」


「ん?」


「こんな量では、よけいに腹が減ったぐらいだ。追加を持ってこい、木っ端」


 俺は絶句し、バケモノ女のすました顔をおもいきりにらみつけてやる。


「お前なぁ……調子に乗るなよ、バケモノ女! 俺はもう眠くてしかたがないんだよ! 足りないんだったら、明日の朝まで待て!」


「ならば、我はこれを脱ごう」


 と、バケモノ女がいきなりパーカーから腕をひっこめはじめたので、俺はあわててテーブルごしにその肩をつかんでしまった。


「な、何してんだよ! 脱ぐな、馬鹿!」


「我は空腹が不服であり、貴様はこれを脱がれるのが不服。そういうお互いの利害をすりあわせるために、我はこのようなものを身にまとっているのだ」


 猫のようによく光る黄色い瞳が、非難するように俺を見つめる。


「その約定に折り合いがつかぬならば、我も好きなようにふるまうのみ。こんな窮屈なものは、最初から虫が好かぬのだ」


「き、汚いぞ! ちゃんと食事はさせてやっただろ?」


「だから我も、喰らっている間は脱がずにいたではないか」


「…………」


「貴様は我の空腹を満たし、腹が満ちている間は、我も貴様の言に従う。……さすれば、誰も損はしないのではないかな? 我に窮屈な思いをさせたいならば、我の腹を満たし続ければよいのだ」


 そんなことをほざきながら、そいつはふいに――にやりと、笑った。

 それはもちろん、可愛らしくも何ともない、いかにも人を食ったような笑い方だったが。しかし、実に、何というか――楽しくて楽しくてたまらない、という笑顔だった。


「納得がいったら、さっさと喰うものを持ってこい。青二才の、短気で横暴な木っ端魔術師よ」

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