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召喚ノススメ  作者: EDA
第五章
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血戦遊戯③

「きゃつらに、我らよりも先に望みの言葉を吐かせるのだ」


 数時間前に、トラメはそう言っていた。


 アルミラージを追い返した後、再びリビングに俺たちを集め、いつも通りの不機嫌そうな表情で、トラメはトラメの「作戦」をそう説明しはじめたのだった。


「きゃつら一人ずつの力は、怖れるほどのものでもない。しかし、その力を結集させれば、あのギルタブルルにも劣るものではないだろう。ということは、我とコカトリスが力を合わせて、ようよう討ち倒せるぐらいの計算になるが……今回、コカトリスは隠り身の力を十全には使えん。この状態で、おたがいがおたがいの滅びを望めば、まあおそらくは全員が残らず地に伏す結果となるであろうな」


 八雲をのぞくすべての幻獣と契約者が力を使い果たし、共倒れになってしまうということか。そいつは一番ぞっとしない結末だ。


「しかしまた、そんな結末はむこうも望むところではあるまい。きゃつらの目的が敵対する魔術結社の討伐にある、というのならば、なおさらだ。こんな毒にも薬にもならない無力な青二才どもと共倒れでは、生命を削って魔道の世界に身を落とした甲斐もないだろうからな。ゆえに、きゃつらもなるべくならば、代償の少ない望みで目的を果たしたいと考えるはずだ」


 毒にも薬にもなりゃしないってのは俺や八雲のことなのだろうが、今回ばかりは聞き流してやることにする。


 トラメが何を言おうとしているのか、いまだに俺にはピンときていなかったからだ。


「それでも、貴様がきゃつらの滅びを望むようならば、無論あちらも身を守るために同様の望みを唱えるであろう。そうさせぬために、きゃつらをたばかる」


「たばかるって、どうするつもりだよ?」


「ミナト。貴様が虚言の望みを吐くのだ」


 それが、トラメの言う「作戦」なのだった。


 トラメの名前をわざと間違え、効力のない望みの言葉を唱える。あまり相手の危機感をあおらない、それでいて少しだけ用心したくなるていどの言葉を。


 それを受けた相手が、どのようなレベルの望みを唱えるか。それを見届けた上で、こちらはより強い望みの言葉を唱える。


 そうすれば、隠り身の力を十分に使えない相手を、余裕をもって始末できる……ということなのか?


「望みの言葉の強さによって、使える力の大きさは変化するのだ。『痛めつけろ』などというちっぽけな望みでは三割ていど、『討ち倒せ』なら八割ていど、『滅ぼせ』ならば十割、という具合にな。相手には三割の力しか使わさせず、こちらが八割の力を使えれば、瞬時に制圧することが可能であろう」


「うーん。まあ理屈としてはわかったけどよ……そんなにうまくいくのかね? むこうは幻獣を使役して戦うことの専門家で、いかにも百戦錬磨って感じだったぜ?」


「なればこそ、だ。相手がこざかしい魔術師だからこそ、このようにこざかしい策略も功を成す。先のギルタブルルの契約者のように最初から滅びを望まれてはこちらもそれに応じるしかないが、強い望みは諸刃の剣。その望みを打ち砕かれれば己の魂を失うことになるのだから、あのように相手の力量もはからぬまま滅びを望んだりしていては、生命がいくつあっても足りんのだ、元来は」


「ん……まあ、そうなんだろうな」


 おかげで俺は、ギルタブルルの契約者を生ける屍の状態にまで追いこむことになってしまった。


 それは、俺と八雲が一生背負っていかなければならない、罪だ。


 俺の表情を横目で観察しながら、トラメは淡々と言葉を重ねる。


「むろん、魔術師どももそう簡単には騙されぬであろう。我がこの身を発光させても、契約者の生命の炎とは、いささかならず趣が異なるのだからな。……しかし、あちらが用心して望みの言葉を唱えられぬようならば、それはそれで怖るるにたりん。貴様の望みの言葉を待つまでもなく、我の地力で組み伏せることも容易だ」


「……って、それはラケルタみたいに自分の生命を削るって意味じゃねェだろうな?」


 俺がにらみつけてやると、それに倍する眼光でにらみ返されてしまう。


「我の力を侮るなよ。昨晩の小手調べでも、我はおのれの生命の火など一滴も使ってはおらぬ。それでも、三割ていどの力が使えるはずのアルミラージやエルバハに遅れを取るとは思えなんだ。おたがいに契約の力が使えぬならば、きゃつらなど我の敵ではない。一瞬のうちに討ち倒して、魔術師どもも殺さぬていどに痛めつけてくれよう。……どうせ貴様はあの魔術師どもを殺める心づもりもないのであろう、ミナトよ?」


「そりゃあまあ、人殺しなんて、まっぴらだけどよ」


「ふん。覚悟が足りん……と言いたいところだが、このたびにおいてはそれが賢明だ。あの魔術師どもを殺めてしまえば、どれだけの規模を持つかもわからぬ『暁の剣団』なる魔術結社を完全に敵に回すことになる。それでは貴様の望む平穏な生活とやらも、永遠におさらばであろうからな」


 俺は、少なからず驚くことになった。まさかトラメが、この騒動の先のことにまで考えをおよばせているなどとは、夢にも思っていなかったからだ。


 俺の表情の変化に気づき、トラメはおもいきり眉をひそめる。


「何だその顔は。……契約者を害されるのは恥であるし、それ以上に、我とてこの身を滅されるのは『まっぴら』なのだ。少しは貴様も保身を考えろ、このうつけ者め。あの小娘を取り戻し、魔術師どもを屈服させた後で、魔術結社などを敵に回さずに済む道を画策するのだ。それは貴様の役割だぞ、ミナト」


「魔術結社を敵に回さずに済む道、って……そんなの、いったいどうすりゃいいんだ?」


「だからそれを考えろと言っておるのだ! ……不利な立場で和解の意を示したとて、むこうは聞く耳も持つまい。相手を屈服させ、優位に立った上で恭順の意を示してこそ、悪意の無きを示すことが可能であろう。幸い、あのサイ・ミフネという魔術師はまだ魂の髄までは魔道に染まっておらぬようだから、貴様の言葉に耳をかたむける余地もあるだろうさ」


「お前……意外に、きちんと考えてるんだなぁ」


 俺が感心して言うと、トラメは心底うんざりした表情で天井を仰ぎやった。


 その白い咽喉もとを見つめながら、今までずっと無言だったラケルタが、ぽつりとつぶやく。


「トラメ……ありがとネ」


「……何なのだ、貴様たちは! どうして我が貴様たちのようなうつけ者どもの尻ぬぐいをせねばならぬのか……腹が立ちすぎて、腹が減ってきた!」


 トラメはいきなりカンシャクを爆発させ、ドカドカと足を鳴らしながらリビングを出ていってしまった。


 きっとキッチンにでもむかったのだろう。冷蔵庫の中は空っぽだが、おやつの煮干しだけは切らさぬようにまだストックがいくつも買いだめてある。


 その勇ましい後ろ姿を見送ってから、宇都見が感慨深げに言った。


「うーん、トラメさんって意外に謀略家タイプだったんだね! もっと猪突猛進の武将タイプかと思ってたけど、そういえばいつでも一番冷静だし、頭の回転も速そうだもんねぇ」


「……ま、そいつを認めるのは、ちょいとシャクだがな」


 しかし、それ以上に俺は心強く思っていた。


 自分の中でモヤモヤと渦を巻いていた不安感や納得のいかなさを、トラメが言葉で形にしてくれたような気がしたのだ。


 自分たちの安全と引き換えに、トラメやラケルタを引き渡すことなどはできない。


 あやしげな魔術結社に入団するなどという道も、今のところは考えられない。


 かといって、この先永遠に魔術師どもにつけ狙われる、などという事態も御免こうむりたい。


 それ以外の道を、俺は考えつくことができなかったのだが……トラメが、それを提示してくれた。


 和解の道、だ。


 今は和解もへったくれもない。確かにむこうは聞く耳も持ってはいないようだし、こちらだって、あんなゲスどもと話し合いの余地があるとも思えない、という心情になってしまっている。


 しかし、八雲を無事に取り戻したのちならば……少なくとも、あのサイという男だけは、聞く耳を持ってくれるのではないだろうか?


 相手があのけったくそ悪い修道服の女だけだったら、そんな考えを持つこともできなかっただろう。だけど、サイならば……俺たちが敵じゃない、ということも、信じてくれる可能性は、ゼロじゃない気がする。


 それに、アルミラージのムラサメマル。


 あいつは、恥ずかしげもなく、サイのことを「大好き」などと言っていた。


 そして、幻獣と人間は友達になどなれないのだ、と。


 俺には、その言葉が、どんなに大好きでも友達にはなれない……という、感傷的な言葉に聞こえてしまったのだ。


 さらに言うなら、俺は、人間と幻獣という垣根をこえて「友達になりたい」と願っている連中のことを知っている。


 言うまでもなく、このラケルタと八雲のことだ。


 あんまりきちんとは説明できないが。八雲とラケルタ、サイとムラサメマル、この二組が敵対してしまっているこの状況が、俺にはあんまり正しいことだとは思えなかったのだった。


(何とかなる……いや、何とかしなきゃいけねェよな)


 俺は、何だかひどく疲れた様子のラケルタをソファに寝かせてから、宇都見に夜食の買い出しを頼んだ。


「悪いな。さすがに俺も、今はトラメと離れるのは危険なような気がするからよ」


「全然オッケーだよ。ボクがさらわれたら、八雲さんと一緒に助けてね」


 本気とも冗談ともつかない言葉を残し、宇都見はいそいそと玄関を出ていった。


 玄関先でそれを見送ってから、俺はキッチンへと足をむける。


 トラメは、ダイニングのテーブルの上でお行儀悪くあぐらをかき、ひとりボリボリと煮干しをかじっていた。


 黄色い目が、まだ何も言っていないうちから、うるさそうに俺を見る。


「宇都見に買い出しを頼んだよ。お招きが夜の十時なら、もう一食は食べる時間があるもんな」


「……」


 何を当たり前のことを言っているのだ?とばかりにトラメは小首をかしげやる。


 苦笑しながら、俺はトラメの前に立った。


 テーブルの上になど座っているから、ちょうど目の高さもおんなじぐらいだ。


「トラメ。本当に大丈夫なんだろうな? どうもさっきの作戦だと、お前にばっかり負担がかかるんじゃないかって気がしてならないんだが」


「……コカトリスがあの有り様なのだから、しかたがあるまい。おそらく、あやつがおのれの生命を糧とできるのは、今宵だったらあと一回限りだろう。それ以上の無茶をすれば、あやつも終わりだ」


「終わりって……死んじまうのか?」


「さてな。現し世において隠り身の力を使い果たす、などという酔狂な話は聞いたこともないので、その顛末がどのようなものなのかは我にもわからん。現し身を砕かれた時と同様に百年の眠りに陥るのか、本当に魂ごと滅してしまうのか、あるいはもっと別のかたちで終わりを迎えるのか。知りたいのならば、あのコカトリスを怒らせて無茶をさせてみろ」


「させるか、馬鹿。……それじゃあお前は、たった一人で、あの四人を相手にするつもりなのかよ?」


「……コカトリスには、貴様の守護をまかすつもりだ。隙あらば、我が暴れている間にあの小娘を救出せよ、とでも言っておけば、あやつもおとなしく我の言に従うであろう。ま、そんな隙はないだろうがな」


 それじゃあやっぱり、トラメは一人で闘うつもりなんだな。


 俺は、手をのばし、だらりとテーブルに放りだされたトラメの右腕をひっつかんだ。


「こんな腕で、本当に大丈夫なのか? まだ指一本、ロクに動かせないんだろ?」


「……もうひとたび、まともな食事にありつけたのなら、指一本ぐらいは動かせるていどに回復するだろうさ」


 素知らぬ顔で、煮干しをかじる。


 俺は、その赤く灼けただれた指先を、可能なかぎり、そっとつかんだ。


「勝算は、あるんだな? あるってここで誓うんなら、俺も、お前を信用してやる」


「……たわけたことを。我が勝算のない闘いに挑むとでも思うのか? 我は、あのコカトリスのように浅慮ではない」


 それはどうだかな。一ヶ月ほど前のお前は、俺が望みの言葉を唱えるより早く、あのおっそろしいギルタブルルに挑みかかろうとしてたじゃないか。勝算なんか、一ミクロンもないってのに。


 だけど、そんなことを蒸し返しても、トラメはよけいにふてくされるだけに違いない。


 だから俺は、トラメの黄色い瞳を見つめ返しながら、「わかったよ」とうなずいてやることにした。


「俺が最初にニセモノの望みを唱える。あいつら二人がそれにつられて望みの言葉を唱えたら、俺が本当の望みを唱える。それでいいんだな?」


「うむ」


「しかし、言っちゃあ何だが、不確定要素の多い作戦だよな。先に望みの言葉を唱えたら不利、って理屈はわかるんだけどさ。それなら昨晩、あいつらはどうしてあんな簡単に望みの言葉を唱えてきたんだ?」


「あれは小手調べだときゃつら本人も言うておったであろう。あれでおたがいの力量は知れた。ゆえに、むこうも何かこざかしい作戦をたててくるやもしれんな」


 トラメは、あっさりとそう言った。


「とにかく貴様は、きゃつら二人がともに望みの言葉を唱えるまで、けして望みの言葉は唱えるな。何か不測の事態が起きて作戦を変える必要が生じれば、我のほうから合図を送る」


「わかったよ」


「必ず、だぞ? 場合によっては、相手を油断させるために、窮地に陥った演技をする可能性などもあるのだ。そんな折でも、貴様は勝手な判断で動くなよ、ミナト」


「わかったっての……だけど、あんまり俺をハラハラさせてくれるなよ?」


 俺は苦笑して、トラメの頭に手をのばそうとした。


 すかさずトラメは、猫のような素早さでその腕をかいくぐる。


「な、なんだよ?」


「親愛の念もけっこうだが、あまり気安く我に触れるな。だいたい、そうもむやみに連発していては、ありがたみも薄れるだろうが」


「俺の親愛の念なんかにありがたみを感じてくれていたとは、光栄だな」


 たぶん俺は、よけいなことを言ってしまったのだ。それきりトラメは口を閉ざし、俺のほうを見ようともしなくなってしまった。


 だけど俺は、ずいぶんと満たされた気持ちを得ることができた。


 ふだんはいがみあいばかりだが、有事の際に信頼しあえるというのは、まんざらでもないんだな、なんていう風に考えることができたからだ。


 少なくとも、ふだんは問題なくつきあえるが、有事の際には信頼しあえない、なんていう関係よりはずいぶんと上等だろう。


 八雲やラケルタみたいに甘たるく情を交わすことなどはできないに決まっているが、肩を並べて闘う戦友になら、今すぐにだってなれるに違いない。


 だから、お前らなんかには負けないぜ、アルミラージ、と俺は心中で宣戦布告してやった。

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