血戦遊戯①
「……お待たせしました」
夜の、十時。
アルミラージのムラサメマルは、約束通り、再び俺のマンションにやってきた。
ガラス戸の割れた、ベランダからだ。
すっかりこの場所が幻獣どもの通用口と成り果ててしまった。
今さらだけど、ここは五階なんだがな。
「我が主のもとまでご案内いたします。準備のほうはよろしいですか?」
そんな風に述べるムラサメマルは、フードを深く引きおろし、口調も何だかあらたまっている。
トラメとラケルタを左右に従えつつ、俺は無言でうなずいてみせた。
宇都見の姿は、すでにない。ものすごく心配そうにしていたが、今回ばかりは同行を許すわけにもいかなかったので、一時間ほど前に帰らせてやったのだ。
その代わり、俺の懐には、宇都見から借り受けた純銀の短剣がおさめられている。
気休め、兼、お守りだ。
「ここから、遠いのかよ?」
俺が尋ねると、フードで顔を隠したまま、アルミラージはゆるゆると首を振る。
「幻獣の移動術なら、すぐです。はぐれないようについてきてください」
少しは雰囲気を出そうとしているのかもしれないが、ちょいとハスキーな少年ぽい女の声ではあまり迫力もない。演出効果を狙うのならば、もうひとりの陰気な幻獣をさしむけるべきだったな、と俺は心中で悪態をついてやった。
アルミラージの、ムラサメマル。
こいつも、その主人であるサイという男も、なかなか錯綜した思いを抱えてはいるようだ。少なくとも、あのギルタブルルやその主人のように、闇雲に敵対視してきたり、襲いかかってこようとはしない。
それがこちらのつけいるスキでもあり、また、やりにくい部分でもあった。
トラメが言う通り、死力を尽くして闘うのみ、というだけでは済まない部分がある。
自分と、相手の生命を尊重するために。それはどうにも頭の痛い話だったが、それでも問答無用で生命を奪い合うような争いよりはマシなのだろう、と俺は思うことにした。
「それでは」
ベランダから、アルミラージがふわりと飛びたつ。
「……また、おんぶかよ?」
俺の不平には答えようとせず、トラメはラケルタを振り返る。
「コカトリス、貴様は余計な力を使うなよ。貴様には貴様の役割があるのだからな」
ラケルタは無言のまま右手をさしだし、トラメは左手でそれをつかむ。
で、俺はおんぶだ。これから最終決戦だというのに、やっぱり格好はつかない。
「行くぞ」
俺たちも、夜の世界へと飛来した。