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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章 幻獣召喚
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幻獣召喚③

『……何と浅はかな魔術師どもだ……』


 闇の中に、重々しい地鳴りのような声が響く。

 しかもその声は、俺たちの鼓膜ではなく、頭蓋の内部を直接震わせているような気がしてならなかった。

 声にならない悲鳴をあげて、宇都見が俺の腕にすがりついてくる。


『現し世と隠り世の狭間に落ちこんで、あやうくこの身が引き裂かれるところだった。呪文の詠唱も満足にできぬのか、このエセ魔術師め!』


 ロウソクの火は、消えてしまっている。

 だからその場には、月の明かりしか残されていなかった。


 しかし――何かがいることは、わかる。

 黒くて、巨大で、ものすごいエネルギーに満ちた、何かが。


『貴様らのような木っ端魔術師が、我を何に使役しようと言うのだ? 言ってみろ……そして、さっさと我を解放しろ』


「グーロ……」


 震える声で、宇都見がつぶやく。


「あ、あなたは、幻獣グーロですね……?」


『たわけたことを……我の名を喚んだのは、貴様らであろうが?』


 黒い、小山のような巨体。

 そのてっぺんに光る黄金色の目が、俺たちを嘲るように見下ろしている。


「成功した……成功したんだよ、磯月!」


「……あぁ?」


 そのあやしい黄金色の光から目を離せぬまま、俺はぐいぐいと腕をひっぱられる。


「幻獣が召喚できたんだ! あれは、幻獣グーロなんだよ!」


『愚かしい……望みは何だ? 早く言え。我は、腹が減っておるのだ』


 苛立たしげな化け物の声と、はしゃぎきった宇都見の声。

 それらの声を聞きながら、俺は正気を保つので精一杯だった。


 全細胞を木っ端微塵にされるような地獄は去った。その代わりに、今度は現実や常識を木っ端微塵にされる試練に耐えなければならなかったのだ。


 何てこった。

 こともあろうに、成功しちまった。

 こんな化け物が、この世のものであるはずがない。


 大きさはおよそ三メートル。ぼんやりとした月明かりだけでは、どんな形状をしているのかもよくわからないが、こんなに馬鹿でかくて、燃えるような黄金色の目をしていて、そして人間の言葉を喋る生き物なんて、この世に存在するはずがない。

 存在するはずがないものを、喚びだしちまったんだ、俺たちは。


『ああ……もう限界だ。こんなに空腹では、隠り身も保てぬ』


 もぞりと、化け物の巨体が蠢く。


『現し身と成るぞ。貴様、とっとと望みを言え!』


「あ……?」


 ひどくあわてた様子で、宇都見が手をさしのばす。

 巨大な化け物が、突然しゅるしゅると小さくなりはじめたのだ。


 まるで風船に穴でも空いたかのように、巨大な肉体がしぼんでいってしまう。

 それはあまりに唐突かつ急速な変化で、このままこの化け物はポンと消え失せてしまうのではないかと思われたが――「待って!」と宇都見が叫ぶまでもなく、残念ながら、そいつは消え失せたりはしなかった。


「何を待つのだ? 言っておくが、我を使役できるのは貴様ではなく、その隣りの馬鹿面のほうだからな?」


 宇都見が、闇の中で息を飲むのがわかった。

 俺も同時に、息を飲んでいた。


 声が、変わったのだ。

 さきほどまでの、腹の底まで響くような、地鳴りみたいに重々しい声ではない。それは――それは、小さな女の子の声だった。


「我を使役できるのは、我の名を喚んだ術者のみ。ましてや貴様は、詠唱に失敗してさんざん我を苦しめてくれた。腹いせに、頭から喰ろうてやろうか?」


 ぶっきらぼうで、いかにも怖ろしげな台詞を吐いている。が、幼い女の子の声だ。

 そして――宇都見よりも小さくなってしまった黒い人影が、これだけは変わらぬ黄金色の目を光らせながら、ひたひたと俺たちのほうに近づいてくる。


「さ、望みを言え。然るべき代償と引き換えに、何でも望みをかなえてくれよう」


「お、お、お前……」


 ようやく、声を出すことができた。

 しかし、次から次へとたたみかけてくる非常識の波状攻撃に、どう文句をつけたらいいのかもわからない。


 今、俺たちの目の前に傲然と立ちはだかっているのは――ひとりの、小さな女の子だった。

 それも、とびきり可愛らしい女の子だ。

 背が小さい。きっと百五十センチぐらいしかないだろう。


 色が白くて、ほっそりとしている。しかし、細い腰に手をあてて、えらそうな仁王立ちで俺たちを見つめ返しているその姿からは、びっくりするぐらいの生命力と躍動感が発散されまくっていた。


 腰よりも長い、ちょっとくせのある髪が、不思議な色合いをしている。全体的には金色に近いぐらいの茶色なのだが、ところどころが濃い褐色になっていて、どことなく虎の縞模様みたいだった。


 そして、その顔は――吊りあがり気味の目が大きく、とても端正な顔立ちをしていて、頬から細いあごにかけての線などはとても幼げで愛くるしいのに、それでいて完璧に整っていた。


 天使のような、といっても言いすぎではないだろう。

 ただし、その可愛らしい顔には、きわめてふてぶてしい表情が浮かべられており、それより何より、長い睫毛にふちどられたその大きな目は、闇の中で黄金色の火みたいに燃えさかっている。


 こいつはあの、黒くて巨大な化け物の変じた、もうひとつの姿なのだ。

 それは、間違いないだろう。

 しかし、それにしても――


「……お、お前、どうして全裸なんだよ!」


 そう。

 そいつは、一糸まとわぬ丸裸なのだった。

 ものすごいグラマー、とは言い難いが、完全に均整のとれた輝くばかりの裸身が、惜しげもなく俺たちの前にさらされていたのだ。


「ゼンラとは何だ? ……ああ、何も身にまとっていない、ということか。我には貴様らのように、そんな窮屈な布きれを身にまとう風習はない」


 とても可愛らしい声で、とても可愛らしくない言葉を放つ。


「風習なんざ知るか! こっちの身にもなれ! ……いいから、早く、何か着ろよ!」


「それが貴様の望みなのか? ひさかたぶりに現し世に喚びだされて、そんなつまらぬ望みでは張り合いがないな。……まあいい。我を使役したくば、契約に則って、己の名を名乗るがいいわ」


「ちょ、ちょっと待って! あの、望みをかなえたら、あなたは元の世界に帰っちゃうんですよね?」


 とたんに宇都見が口をはさみ、美少女の姿をした化け物は、かたちのいい胸の下で腕を組む。


「無論だ。とっとと望みを言え。望みがないのなら、何か喰わせろ。我を現し世に喚びだした契約者としての責務を果たせ、木っ端魔術師よ」


「磯月。召喚した幻獣を使役するには、自分の名乗りをあげ、相手の名を喚び、正式に望みの言葉を伝えなくちゃいけないんだ」


 宇都見が俺の耳もとに口を寄せ、あわただしくささやきかけてくる。


「磯月湊の名において命ずる、幻獣グーロよ、我の望みをかなえよ……って感じにね。そうすると、幻獣は術者の望みをかなえて、隠り世に帰っていく。望みをかなえる代償に、術者の生命を削りとって、ね」


「せ、生命だと?」


「うん。さっきも言った通り、術者の寿命が縮んじゃうんだよ。どれだけの寿命を持っていかれるかは、望みの大きさによってまちまちらしいけど」


「らしいけど、じゃねェよ! どうして俺がそんな目にあわなくちゃいけねェんだ?」


「……我を喚んだのは、貴様だろうが」


 ぎくりとして振り返ると、バケモノ女が俺たちのすぐ目の前にまで近づいてきていた。

 白い全裸の美少女が、青い新月を背景に、へたりこんだままの俺たちを小馬鹿にしきった目つきで見下ろしているのだ。それはそれで、とてつもなく現実離れした光景だった。


「よく見れば、まだ小便くさい餓鬼ではないか。こんな小僧に使役されることになろうとは、つくづく我も不運だな。……さ、望みを言うか、何か喰わせるか、さっさと決断するがいい。モタモタしていたら、本当にそちらの鶏がらみたいな小僧を喰ってしまうぞ?」


「な、何か喰わせろって、何を喰うんだよ、お前は?」


「ん。何でも喰うぞ? この現し身の口に入るものなら、な。どのみち、お前の望みがちっぽけなものでないのなら、隠り身に戻る力が必要だ。こう腹が減っては、それもかなわん。とりあえず何か喰わせろ、木っ端魔術師」


「お、俺は、魔術師なんかじゃねぇ!」


 反射的に怒鳴り返すと、バケモノ女はますます嘲弄に満ちた顔つきになる。


「我を喚びだす魔術に手を染めた時点で、魔術師だろうが。ま、こんな愚かで考えなしの魔術師を見るのは、我にしても初めてのことだがな。……まったく不運だ。この青二才の、道理も礼節もわきまえぬ木っ端魔術師どもめ」


「何だと、このバケモノ女……」


 だんだん本気で腹の立ってきた俺の腕を、宇都見のやつがくいくいと引っ張ってくる。

 こいつもこいつで、いつまで俺の腕にしがみついていやがるんだ。


「い、磯月、やめなよ。幻獣とそんな言い争うなんて……いったいどういう神経してるの?」


「……お前にだけは、言われたくなかったな。お前こそ、俺をこんな目にあわせて、いったいどういうつもりなんだ?」


「だって、あの場合はしかたないじゃん。ボク、メガネがないと何にも見えないんだもん。もちろん本当は、ボクの寿命を代償に喚びだすつもりだったんだけどね……」


 と、何やらうっとりとした目でバケモノ女のほうを見やる。視力〇・一未満のこいつでは、ぼんやりとした白い輪郭ぐらいしか見てとれないだろう。コンチクショウめ。


「とにかく、この場は丸くおさめようよ。磯月に危険がないように帰ってもらえる手段はないか、ボクも調べてみるからさ。いったん、家に引き返そう」


「引き返そうったって、こいつはどうしたらいいんだよ?」


 俺の怒声に、バケモノ女は長い髪をゆらしながら、小首を傾げた。


「無論、我は術者のそばに付き従うしかない。何か喰わせろ、木っ端魔術師」


「……とりあえずは連れて帰るしかないだろうねぇ。ここに置いていくわけにもいかないし」


 宇都見までもがそんなことを言うので、俺は肺の中の空気をすべてしぼりだすようにして嘆息してみせた。


「冗談じゃねェぞ? 責任をもって、お前が引き取れ!」


「無理だよ。うちには家族がいるもん」

「我を喚びだした術者は貴様だぞ、木っ端」


「……意気投合してんじゃねェよ、オカルト馬鹿にバケモノ女が!」


 おもいきり頭をかき回してから、覚悟を決めて、バケモノ女のほうを見る。なるべく、首から上だけを。


「わかった。とにかくここからは引き返そう。……その前に、お前は何か服を着ろ!」


「それがお前の望みならば、然るべき作法に則って……」


「うるせェ! 望みじゃない! 常識の問題だ! そんな姿でノコノコ歩いてたら、一発で逮捕だぞ?」


 こんな非常識な存在に常識を説いても不毛なだけだが、意外なことに、化け物は口もとに手をやって何かを考えこむような仕草を見せた。


「ふむ……そういえば、以前に喚びだされたときも、何か窮屈なものを着させられた覚えがあるな。何も身にまとわずに外界を歩くのは、現し世の禁則だとか何とか言われて」


「そうだよ! 早く、何か着ろ!」


「……とは言っても、我にそのようなものの持ちあわせはない。腹が満ちていれば精製も容易いが、このように空腹ではそれも無理だ」


 俺はもう一度頭をかき回してから、宇都見の小さな身体を突き放し、化け物の眼前に立ちはだかった。

 本当に背が低い。いぶかしそうに金色の目を瞬かせるそいつの頭は、俺の肩にも届いていない。


 その可愛らしくも憎たらしい顔を見下ろしながら、俺は自分の着ていた薄手のパーカーを脱いで、バケモノ女にさしだしてみせた。下にTシャツを着ていて幸いだ。


「ん……こいつはちょっと、魔術師ぽいな」


 阿呆なことを言いながら、バケモノ女はパーカーのフードを頭にかぶり、首のところで、両腕の袖を結んだ。

 ……頭と首しか、隠れていない。


「馬鹿か、お前は!」


 その頭をひっぱたいてやりたいところを懸命にこらえながら、俺はパーカーを奪取する。

「よくわからん」と唇をとがらせるので、その両腕をあげさせて、パーカーに頭をつっこませ、袖口にひっかかる腕をひっぱってやり……って、どうして俺がこんな保父さんのマネゴトをしなくちゃならないんだ?


「ふむ。実に暑苦しくて、不快だ」


 ようやく裸身を隠しおおせた化け物は、また腰のあたりに手をやって、不満げにつぶやく。

 さすがにカーゴパンツまでは貸せないが、三十センチ近い身長差が功を成した。黒いパーカーのすそはそのしなやかな脚の膝上十センチぐらいにまで到達していたので、フードのついたワンピースに、まあ無理矢理見ようと思えば、見えなくもない。ような気がする、気がするだけかもしれないが。


「それに、背中が何だか、こそばゆい」


 化け物のくせして、何が「こそばゆい」だ。それは、むやみやたらと長い金褐色の髪が、衣服の中に残ったままだからだろう。


 俺は内心で呪詛の言葉を吐きまくりながら、そいつを服の外にひっぱりだしてやり、ついでに、両腕の袖があまりまくって可哀想なお子様みたいになっていたので、指先が露出するぐらいにまくりあげてやった。


「へえ……ずいぶん可愛らしい姿だったんだね」


 と、ようやくメガネを発見できたらしい宇都見が、懐中電灯をかかげながら、にこりと微笑む。


「それに、何だかお似合いだ。これなら仲良くやっていけるんじゃない?」


 えらそうに腕を組む化け物の姿を見下ろしながら、俺は全身全霊で溜息をついてみせる。

 化け物は、懐中電灯の光をわずらわしげに見返しながら、きわめて不機嫌そうに「腹が減った」とつぶやいた。

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