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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章
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災厄、再び②

「八雲がどうしたって? ……いいからちょっと落ち着けよ、ラケルタ」


「落ち着いてなんかいられないヨッ! ミワが、さらわれちゃったんだからッ!」


 ラケルタは、本当に泣きだしそうな顔をしていた。トラメ以上に生意気で図太いこいつがこんな顔をするのを見るのは初めてのことだ。


 フリルだらけの黒いドレスと、大輪のバラみたいにふくらんだスカート、蝶やら薔薇やらの刺繍が編みこまれた黒いタイツに、てかてか光るエナメルのブーツ。本日は頭にフリルとリボンのヘッドドレスまで乗せて、いよいよゴスロリ・ファッションに磨きがかかっている。


 もう七月も半ばだというのに、こんな格好で暑くはないのだろうか……などと、今はそんなことに感心している場合でもない。


 八雲がさらわれたとは、いったいどういうことだ?


「それでも、落ち着け。あわてたって何にもならねェだろ? 八雲が危ない目にあってるっていうんなら、もちろん力は貸してやるから。落ち着いて、事情を説明しろ」


 むしろ自分自身を落ち着けたくて、俺はゆっくり、かみしめるようにそう告げてやった。


 俺の胸に取りすがりながら、ラケルタは、ぎゅっと唇を引き結ぶ。


 腰まで届く見事な黒髪と、陶磁器みたいに白い肌。目の上でぷっつりと切りそろえた前髪に、小さな鼻と、桜貝のような唇……


 そして、海賊みたいな、黒の眼帯。


 すべての手傷はトラメと同様に回復していたラケルタだったが、その右の瞳だけは、失われたままだった。ギルタブルルの毒針に刺されて、毒が回る前にと眼球をえぐりだしてしまったのがいけなかったらしい。「まあしばらくしたら、また生えてくるでショ」と笑っていた、二週間前には。


 その顔が、今は必死に涙をこらえているかのように、悲壮な表情を浮かべている。


 ふだんが居丈高でこまっしゃくれているだけに、その悲嘆っぷりはあまりに哀れでならなかった。


「……磯月にラケルタさん、こっちこっち」


 と、いつのまにやら姿を消していた宇都見が、駅ビルのわきの路地裏から俺たちを差し招いていた。


 確かにここでは人目がありすぎるし、ラケルタの格好は人目をひきすぎる。俺は胸もとにしがみついてくるラケルタの身体を半ばひきずるようにして、そちらに移動していった。


 人間でいえば十歳ぐらいにしか見えない小さなラケルタだから、重さなどほとんど感じない。身長だって、俺の腹ぐらいまでしかないのだ。


「さ、ラケルタ。八雲がどうしたって?」


 路地裏までたどりついた俺は、ラケルタのほっそりとした肩に両手を置きながら、その片方しかない藍色の不思議な瞳をのぞきこんだ。


「ウチにも、何が何だかわからないんだよォ……ただ、ちょっと目を離したスキに、ミワがさらわれちゃったんダ……」


 そうして、ラケルタは悄然とした様子で語り始めた。


 本日、八雲家は家人が留守にしていたため、八雲とラケルタは昼間からのびのびと自室でくつろいでいたらしい。


 それで、夕刻になり、八雲のためにとラケルタがコンビニまで出かけたわずかな間隙をつかれて、八雲は、さらわれてしまったのだという。……そんなおつかいまでしてくれるなんて、うちの穀潰しとは大違いだ。


「……で、戻ったらミワがいないから、あれェ?と思って、居場所を捜してみたんダ。そしたら、ものすごいスピードでミワの気配が遠ざかっていくから、これは自動車に乗ってるな、おかしいな、と思って、急いで追いかけたんだヨ……」


 幻獣は、契約者がどこにいるのか、感知することができるのだ。俺も一度だけ、その恩恵にあずかったことがある。


「それで、八雲のやつはどこに連れていかれたんだ?」


「うん……それが、おかしいんダ。ミワは今、ウチたちが出会った森の裏の屋敷にいるみたいなの」


「お前らが出会った森の裏、って……」


「そう。あそこって、この前、ミナトたちが助けた人間の住処なんでショ?」


 俺は思わず、言葉を失ってしまった。


 宇都見のやつも、仰天した様子で目を丸くしている。


「ちょ、ちょっと待って、ラケルタさん。それはその、浦島さんの家ってことで、間違いないんですか?」


「間違いないヨ。しかもそこには、ウチらが入れないように退魔の結界が張られちゃってるんダッ!」


 怒りと悲しみに藍色の目をくるめかせながら、ラケルタが強い声で言う。


「この前、ギルタブルルとやりあったときには、あんな場所にあんな結界は張ってなかった。これはいったい、どういうことなのサ? この国にはきっと魔術師なんていない、ってミワは言ってたけど、それはマチガイだったんだネ! あれは、そこそこ強い力を持った魔術師の結界だったヨ。ウチには、手も足も出せなかったんだカラ……」


 と、ラケルタの小さな指先が再び俺の胸もとに取りすがってくる。


「ね! お願いッ! ミワをあそこから助けてあげてッ! 結界の外まで連れてきてくれれば、あとはウチが何とかするカラッ! ミナトしか、頼れる相手はいないんだヨォ……」


「情けない顔をすんな、馬鹿。……お前、俺のマンションまで行ったんだろ? トラメのやつは、いなかったのか?」


「いなかった。いれば、ミナトのところまで案内してもらえたのに」


 俺の帰りが遅いせいで、ふてくされて外出でもしてしまったのか。ラケルタの必死な顔を見つめながら、俺は頭をひっかき回す。


「わかった。何とかしてやるよ。……だけど、こいつはいったいどういうことなんだ? 八雲がさらわれて、連れこまれたのは浦島さんの家で、しかもそこには魔術師の結界、だと? 何が何だか、さっぱりわけがわからねェや」


「わからないね。だけど、八雲さんと浦島さんをつなぐセンは、例の石版しかありえないんだから。何にせよ、そっちがらみの事件なんだろうね」


 考え深げに、宇都見がつぶやく。そうなのだろうか、と俺が首を傾げると、宇都見のやつは「だってそうでしょ?」とさらに言いつのった。


「よく考えてみてよ。ボクらにとっては八雲さんも浦島さんもよく知った相手だけど、当人同士は顔を合わせたことすらないんだよ? ただネット上で例の石版を売り買いした、っていうだけで。それ以外には接点のない二人なんだから」


「ん……まあ、そうだな」


「そうだよ。だから、またこの前みたいに、石版を買った誰かが悪さをしようとしているのかもしれない。青森と京都の二人は除外して、ギルタブルルの主人も再起不能。だけど、まだ二人、東京に住んでるっていう以外には何の情報もない連中がいるんだから。そのうちのどちらかが魔術師だったのかもしれないよ」


 しかし、それなら行動を起こすのが遅すぎはしないだろうか。今はもう、夏休みも目前の七月中旬、宇都見や八雲たちが石版を落札してから、すでに一ヶ月もの時間が経過しているのだ。


「うん。まあボクの推理はアテにならないけどね。前回も見事に大ハズレで、おかげで死ぬような目に合っちゃったし。……とにもかくにも、まずはトラメさんと合流したほうがいいんじゃない?」


「……なに?」


「正体不明の魔術師が相手なんだから。ラケルタさんひとりの手にはあまるかもしれないじゃん。ボクと磯月には、そっち方面の戦闘能力なんて皆無なんだし」


「ちょっと待て。お前まで首をつっこむつもりかよ、宇都見?」


 驚いて俺が聞き返すと、宇都見はけろりとした顔でうなずいた。


「運動神経じゃあ磯月にはかなわないけど、魔術の知識に関してはボクのほうが断然上回ってるんだから。どっちの能力が役に立つかは、フタを開けてみないとわからないんじゃない?」


「大馬鹿なこと言ってるんじゃねぇよ。ただのオカルト・マニアがどんな役に立つっていうんだ?」


「ふふん。ボクだって前回の事件で反省して、いろいろ自衛策はたててるんだよ?」


 と、宇都見のやつは自慢たらしく言いながら、その背に負っていたナップザックを地面に降ろし、そこから物騒きわまりないシロモノをひっぱりだした。


 この馬鹿、なんてモノを持ち歩いてやがるんだ……なんとそれは、革の鞘におさまった銀色の短剣、だった。


「純銀のダガー、だよ。ちゃんと教会の聖水で清めてもらったんだから! あ、あと、こいつもね」


 そう言って、シャツの襟もとから、ちゃちな十字架のネックレスをちらつかせる。


 俺は呆れて言葉を失い、ラケルタはけげんそうに眉をひそめた。


「おい、おチビ、動くなヨ?」


「え?」


 きょとんと首をかしげる宇都見のほうに、ラケルタがゆっくりと指先をのばす。


 その指の先端が宇都見の腕に触れた瞬間、バチッと乾いた音が響き、ラケルタはあわてて手をひっこめた。


「ふぅん。いちおうホンモノか。この国にもこんなちゃんとした護符があったんだネ」


「おいおい、マジかよ?」


「うん。まあウチが本気で攻撃したら、紙ぺらみたいに破れるていどの護符だケド。何も知らないでさわろうとしたら、ちょっとビックリぐらいはするカナ」


「……」


「魔術師が魔術で攻撃してきても、運が良ければ一発ぐらいは防げるかもネ。……ただしそっちのダガーは退魔の武具なんだから、人間相手には効果ゼロだヨ。ミワをさらった魔術師どもが契約者だったとしても、あの結界の中じゃあ隠り世の住人を喚ぶこともできないからネ、いちおう言っとくケド」


「……どれもこれも大した役には立ちそうにねェな」


「人間が相手なら、こっちのほうが有効かなぁ?」


 と、新たに取り出されたのは、どうやらスタンガンと思しき小さな黒い器具と、催涙スプレーと思しきドクロマークの缶だった。


「……お前、ふだんからそんなもんを持ち歩いてんのかよ?」


「そうだよ。まあ、実用性よりもお守り代わりってニュアンスが強いけどね。ボクにとっても、あの事件はちょっとしたトラウマになるぐらいの体験だったんだから」


 深夜、人間ならざるものに襲われて毒針を打ちこまれ、半日以上ももがき苦しむことになったのだから、それもまあ当然だろう。それにしては、ずいぶん屈託なく笑っていやがるが。


「ね、ミナト。早くトラメを呼びだしてヨッ!」


 と、早々に宇都見の存在から興味を失ったらしいラケルタにせっつかれ、俺は顔をしかめてみせる。


「呼びだせって言われても、俺にはあいつがどこにいるのかもわからねェんだ。携帯電話をもたせてるわけでもないし、捜しようもないだろ?」


「なに言ってんのサ。ミナトが強く呼びかければ、どこにいたってその声は聞こえるヨッ! そんなことも知らないの?」


 呆れたように、ラケルタはそう言った。


「二週間もたってるのに、全然進歩してないんだネッ! ウチはウチの知ってることを、ぜぇんぶミワに伝えてあげたヨ? ミワもミナトも、隠り世の住人との契約について、なんにも知らないんだもん!」


「そりゃあそうだろ。俺たちは魔術師でも何でもないんだからさ」


「いいから、とっとと呼びだしてヨッ! こんなところでグズグズしてるあいだに、ミワが危険な目に合っちゃったりしたらどうすんのサッ!」


 ふだんの傲慢さの片鱗をのぞかせつつ、イライラと足を踏み鳴らす。


 俺はひとつ嘆息し、頭上の虚空を見上げやった。その場にいない相手に呼びかけるなんて、どうにも馬鹿馬鹿しく感じられてならないのだが。やらないわけにもいかないだろう。


「えーと……おい、トラメ!」


「何だ?」


 と、その声ははっきりと路地裏に響いた。


 驚いて振り返る俺たちの前に、小さな人影が、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「こんな狭苦しい場所で何をこそこそ顔を突き合わせているのだ、貴様らは? まさか、また何か厄介事の算段ではなかろうな」


「トラメ……お前、こんなところで何をやってるんだよ?」


 一同を代表して俺が答えると、トラメは不機嫌きわまりない表情でえらそうに腕を組んだ。


「質問に質問で返すな、愚か者。我がどこを散策しようが勝手だろうが。こんな場所でそんな連中と語らっている貴様のほうにこそ問題があるのではないか、ミナトよ?」

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