逢魔刻の死闘②
グオオォォォォォッ!
苦悶とも歓喜ともつかない、地鳴りのようなうなり声が、世界を震撼させる。
五日前にも聞いた、あの、こちらの細胞まで共鳴してバラバラになってしまいそうなほどの、凄まじい咆哮だ。
『グーロ、貴様……』
その咆哮のむこうから、したたるような悪意をこめた、ギルタブルルの不気味な声が聞こえてくる。
そうして、ようやく視力が回復すると……そこには、新たな人間ならざるものの姿があった。
三メートルはあろうかという、毛むくじゃらの、人喰い熊のような巨体。
その全身を覆う毛は金褐色で、ペルシャ猫のような長毛であったために、どのような体型をしているのかは判然としなかったが、四足獣が後ろ足だけで立ち上がったような前かがみの体勢で、そいつは、底ごもるうなり声をあげていた。
腕は太く、五本の鉤爪が生えていて、人間の頭などトマトのように叩き潰せそうだ。
ただし、その顔は、耳が大きく、目も大きく、確かに熊よりは虎やライオン……いや、やっぱり、猫に一番近いように思われた。
その巨体は他の幻獣と同じように白い輝きに包まれており、双眸は、黄金色の鬼火と化している。
ガアッ!
ひときわ凄まじい咆哮をあげるや、その金褐色の巨体がギルタブルルに襲いかかる。
その大きさからは想像もつかないほどのスピードだ。
しかし、上背だけなら同じぐらい巨大なギルタブルルもまた、尋常でない俊敏さで、その突進を回避する。四対の不気味な足をたわませて跳躍したギルタブルルは、背の高い樹木の幹にへばりつくと、そのまま悪鬼の形相で威嚇の声をほとばしらせた。
無人の空間に着地した巨獣のもとに、今度は半人半妖の怪物が襲いかかる。
巨獣は、それを避けようとはせず、代わりに、凶悪な右腕を振り上げた。
宙空で、巨獣の鉤爪が怪物の脇腹をえぐる。
沼のほとりに墜落したギルタブルルは、体勢を整えるより早く、その顔を巨獣のほうにねじ曲げた。
口が、耳まで裂けている。
そして、その大きく裂けた口の中から、何か黒い針のようなものが、巨獣めがけて発射された。
巨獣はあわてず、大きな右掌をそちらにさしむける。
落雷のような轟音が響き、黒い針は消滅した。
何か、目に見えぬ障壁を張って、ギルタブルルの攻撃を無効化したようだった。
それと同時に、巨獣が再び地面を蹴る。
まだ這いつくばったままのギルタブルルにむかって、無慈悲に鉤爪を振り下ろす。
ギルタブルルは怒りの声をあげ、おのれも両腕を振り上げた。
ギルタブルルの右腕の鋏が、巨獣の肩口に突き刺さり。巨獣の鉤爪は、頭部を庇おうとしたギルタブルルの左腕を引き裂いた。
玉虫色に光る輝きが、両者の傷口から鮮血のように飛散する。
そして。
自分の肩口に突き刺さったギルタブルルの右腕に、巨獣が、牙を突きたてた。
怖ろしい絶叫が、夕暮れ時の雑木林に響きわたる。
ギルタブルルは、傷ついた左腕を振り上げて、二度、三度と巨獣の身体を打ちすえた。
そのたびに、白い光が火花のように飛び散ったが、巨獣は意に介した様子もなく、ギルタブルルの右腕に噛みついたまま、大きく上体をのけぞらした。
ギルタブルルの巨体が軽々と宙に浮き、きれいな弧を描いて、地面に叩きつけられる。
『貴様……』
素早く起き上がったギルタブルルから、右腕が消失していた。
その右腕は、上腕の半ばぐらいで無残に噛みちぎられ、巨獣の口にくわえられたままだった。
さらに、怒れる怪物のもとに、追撃の刃が振り降ろされる。
ラケルタだ。
白い弾丸のように跳びかかったラケルタは、怪物の顔面を前肢の爪で深々とえぐってから、巨獣の足もとにひらりと舞い降りた。
ギルタブルルはうめき声をあげ、ラケルタは快哉の声をあげる。
『まずはお返しの一発ネッ!』
それはやっぱり錆びた鉄板をクギの先でかきむしるような声音だったが、まちがいなくラケルタの声であり、言葉だった。
怒り狂った怪物の顔から、白い光が噴きこぼれる。
ギルタブルルの右目が、なくなっている。
時間にすれば、わずか数秒の、それは凄まじい人外の死闘だった。