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召喚ノススメ  作者: EDA
第五章 襲撃
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襲撃④

 タクシーで浦島邸まで駆けつけるのに、およそ三十分もかかってしまった。


 車中では運転手の耳が気になり、トラメとは何も喋ることはできなかったが。おおよその事態は把握しているのだろう。キャップをかぶりなおし、深くうつむいたトラメは、タクシーの後部座席で揺られながら、ずっと不機嫌そうな顔をしていた。


「あいつら、大丈夫かな……」


 浦島邸の少し手前でタクシーを降り、俺がつぶやくと、案の定トラメは非難がましい顔と声をむけてくる。


「ミナト。ギルタブルルが、あのコカトリスたちのもとに現れたのか?」


「ああ。どうやらそいつの主人は、石版を手にいれた人間を皆殺しにでもするつもりらしい。こいつはいよいよ、正気の沙汰じゃないな」


 浦島氏を襲い、落札者の情報を奪い去ったのは、自分の素性を隠すためではなく、これが目的だったのだ。


 しかし……いったい、何のために?


「コカトリスは、やられたのか?」


「わからねェよ。だけど、最後に八雲からのメッセージがあったから、まあ最悪の事態にまではなってないんだろう。……その後、追いつかれていなければ、だけどな」


 想像すると、血液が逆流するぐらいの怒りが満ちてくる。


 もしも宇都見のみならず、八雲までもがギルタブルルの毒牙にかけられていたら……俺は、我を失わずに済むだろうか? まったくもって、自信はない。


「……言っておくが、あのコカトリスがすでに滅せられていたら、我らに対抗の手段はないぞ? 何度も言う通り、我ひとりではどうあがいてもギルタブルルを滅することなどはできないのだから」


「そんな、お前が逆立ちしてもかなわないぐらい強いのか、そのギルタブルルってやつは?」


「……唯一可能性があるとすれば、貴様が我に、ギルタブルルの滅びを望むことだな。契約者からの強い望みを果たす際には、我も隠り身の力をすべて解放することができる。それでも力およばなければ……貴様の魂は、木っ端微塵に砕け散ることになるが」


 そうか。それなら、今日という日が俺の命日になる可能性もゼロではない、ということだ。


 ハッキリ言って、今の俺には冷静な損得勘定などできそうにないのだから。


「とりあえずは、八雲の無事を確かめるのが先だ。あいつは、ギルタブルルの主人の居場所をつきとめることができたんだからな。この場さえ何とか切りぬけられれば、反撃のチャンスは必ず巡ってくる」


「やれやれ……腑抜けていたかと思ったら、今度は暴走か。つくづく貴様は修養が足りんのだな、ミナトよ」


「おう。何せ十七年しか生きていない大馬鹿の青二才だからな」


 トラメににやりと笑いかけてから、俺は目的の地へと足を急がせた。


 背後から、トラメが小さく息をつく音が聞こえたような気がした。




 ギルタブルルのみならず、事件を捜査中であるはずの警察などが隠れ潜んでいないかを十分に用心しながら、浦島邸を回りこんで、雑木林に足を踏みこむ。


八雲やラケルタは「森」と言い張っているが、やはり俺には雑木林としか思えない。森林保護区か何かに指定されているのだろう、それなりに規模は大きいようだが……森、というほど立派なたたずまいでは、ない。


 すでに太陽は西に傾き、林の中は薄暗く、時おり木漏れ日として差しこんでくる陽光もずいぶん赤みを帯びている。


「トラメ。お仲間の気配は感じないのか?」


 できるだけ音をたてぬように茂みをかきわけながら俺が問いかけると、トラメは不機嫌そうに首を振った。


「まったくしない。意図的に気配を殺せば、よほど近づくまで感知することはできんからな。コカトリスがギルタブルルに追われているのならば、もちろん気配を殺していることだろう。……あるいはすでに滅されてしまったか、だ」


「あいつもそうそう簡単にくたばるタマじゃないだろう。大丈夫だよ、きっと」


「……そんなにあの者どもを救いたいのか、ミナトは?」


「当たり前だろ。……いや、浦島さんや八雲なんかは、つい最近知り合ったばかりの人達だ。そんな人達のためだけに生命を張るのは、そんなに当たり前じゃあないのかもしれないけどな」


 そう答えながら、俺はじっとトラメの顔を見返した。


「だけど、宇都見の馬鹿とは、もう十年近いつきあいなんだ。十七年しか生きてないうちの十年だぜ? あんな馬鹿でも、みすみす見殺しにはできないさ」


「……貴様の中であの鶏がらみたいな小僧がいかに大きな存在か、ということは、さきほどの乱れようで十分に理解したつもりだが……」


「よしてくれよ。ただの腐れ縁だ」


「しかし、それでもあえて問いたい。どんなに近しい存在でも、けっきょく他者は他者ではないか。どうして人間というものは、時として、他者のために自分の生命をおろそかにできるのだ?」


「……トラメには、自分の身を犠牲にしてまで守りたい、っていう相手はいないのか?」


 俺が反問すると、数瞬の沈黙ののち、トラメは「いない」と応じた。


「以前にも言ったろう。隠り世はあまりにも広大で、そこでは住人同士で顔を合わせることも滅多になく、我々は、たいてい一人で気楽に過ごしている。そのような世界で、そこまで他者と深く関わることは、ないのだ」


「そうか。それならその隠り世ってのは、本当に退屈すぎる場所なんだな」


 そんな言葉が、自然に口からすべりでた。


「俺には想像もつかねェや。お前らはどうだか知らないけど、人間ってのは、たぶん、誰かと繋がっていないとマトモに生きていけない生き物なんだよ」


「……どうやら、そうらしいな」


 と……ふいに、トラメが背後から、俺の腕をつかんでくる。


 驚いて振り返った俺に、トラメは眼光だけで「喋るな」と語りかけてきた。


 ぶかぶかのスニーカーと、ついでにキャップもかなぐり捨て、トラメがひとり、無音で林の奥に進んでいく。


 そうしてトラメは、前方に立ちふさがる木立の間から、慎重に前方をのぞきこみ……そして、俺を差し招いてきた。


 いちおう可能なかぎり足音を忍ばせてそちらに近づき、同じように茂みのむこうをのぞきこんだ俺は、思わず安堵の息をついてしまった。


 探し求めていた二人の姿を、そこに見出すことができたのだ。


 茂みのむこうは、ちょっとした空き地になっており、さらにそのむこうには、池というべきか沼というべきか、とにかく大きな水面の光がうかがえる。


 その水面の少し手前に、八雲と、ラケルタがいた。


 八雲はぺたりと草むらにしゃがみこみ、膝の上に乗せたラケルタの頭を、優しく、静かになでてやっていた。白いブラウスに黒いスカートという、ふだんの制服姿と大差ない地味な格好だ。


「八雲……無事だったか」


 茂みをかきわけつつ、俺が声を投げかけると、八雲はびくりと全身を震わせた。


 その顔が、こちらを振りむき、泣き笑いのような表情を浮かべる。


「磯月くん……来てくれたんですね」


「当たり前だろ。まにあって良かった……」


 そう言いかけて、俺はふいに不吉な予感に襲われた。


 いつも騒がしいラケルタが、身動きひとつしなかったからだ。


 八雲の膝に、甘えるようにしなだれかかったまま、ぴくりとも動かない。


 俺は、生唾を飲みこんだ。


「おい、まさか、ラケルタは……」


「……ん? ああ、ミナトじゃん。それにトラメも。……遅いヨ、来るのが」


 と、俺の不安を一瞬で粉砕し、ラケルタがむくりと身を起こす。


 俺は、苦笑を浮かべようとして、失敗した。


 ラケルタのドレスが、真っ赤に染まっていることに気づいてしまったのだ。


 ほとんど黒地なので気づかなかった。しかし、その襟もとや胸もとのフリルは、白から真紅へと色彩を変じてしまっていた。


 そして……


 ラケルタの瞳が、ひとつしかなかった。


「……ギルタブルルのクソッタレに、やられちゃったヨ」


 にいっと唇をつりあげて、小悪魔のように笑う。


 その、固く閉ざされた右のまぶたから、赤いしずくが、音もなく流れ落ちた。


 まるで、真紅の涙のように。


「……私を、庇ってくれたんです」


 震える声で言いながら、八雲がラケルタの首もとをそっと抱きしめる。


 そのやわらかい抱擁に満足げな表情を浮かべつつ、ラケルタは何でもないように右頬の真紅をぬぐう。


 その白い手の甲や袖口のフリルも、すでに自分の血でべったりと濡れてしまっていた。


「トラメ。あのギルタブルルは、イカレてるヨ! 駅前で、大勢の人間がいたっていうのに、問答無用で襲いかかってきやがった! それどころか、周囲にいた人間たちも何人か吹っ飛ばされてたヨ。もしかしたら、二、三人は死んじゃったかもネ」


「……それは確かに、まともではないな」


「でしょォ? あんな人前で暴れたりしたら、世界中の魔術師の目をひいちゃうヨ! ウチらはひっそり生きていきたいだけだってのに、まったくいい迷惑だネッ!」


 威勢のほうは相変わらずだが、ラケルタは、明らかに衰弱しきっていた。


 ただでさえ白い面は、もはや死人のように血の気を失っており、たったひとつになってしまった藍色の瞳にも、ふだんのような強い輝きはない。まるで、澱んだ水面のようだ。


 もしかしたら、トラメが気配を感じとれなかったのは、ただラケルタの生命力が枯渇しかけているから、なのではないだろうか。


「……何だよ、ミナト? アンタなんかに心配されるほど、ウチは力を失っちゃいないヨ! ちょっと油断しただけなんだからッ!」


 と、流血の止まらない右目に右手の袖口をおしつけながら、ラケルタは険悪に吠えたてる。


「毒が回る前に右目はくりぬいちゃったんだから、全然平気サ! ……トラメ、ウチは、アイツをブチ殺すことに決めたからネ!」


「……何?」


「アイツは、ミワを殺そうとした。絶対に許さないッ! この手でズタズタの八つ裂きにしてやるヨッ!」


「ほお……か弱いコカトリスの子に、そんな芸当ができるのか?」


 背筋に、悪寒が走りぬけた。


 今の声は……誰の声だ?


「もう片方の目もえぐってやれば、少しは大人しくなるのかな? まったく、コカトリスというやつはピイピイとやかましくさえずるから、好きになれん」


「ギルタブルル!」


 ラケルタが叫び、ばねじかけの人形みたいに飛び起きた。


 そのふわふわとしたスカートのフリルに、八雲が青い顔で取りすがる。


「どこに隠れてるッ! 出てこいヨッ!」


「別に隠れてなどおらん。気配は、殺していたけどな」


 ガサリと頭上の茂みが鳴って、そこから、黒い影が舞い降りてきた。


 悪意と嘲弄に満ちた眼差しが、俺たち四人の姿を均等に見回していく。


「おやおや。もうひとりの契約者もそろってしまったか。まあいい。探す手間がはぶけた。恨みはないが、死んでもらうぞ。……人間ども」

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