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召喚ノススメ  作者: EDA
第五章 襲撃
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襲撃③

「トラメ……?」


 どうしてトラメが、こんなところに?


 確かに外出できるようにはしてやったが、俺は担任に呼びだしを受けて以降、トラメに連絡などは入れていない。というか、連絡をする手段もない。こいつには電話器の使い方すら教えていなかったのだから。


「ひどい顔だな。……こっちに来い」


 病院前の通りを歩いている人々らの物珍しげな目線を振り払うように、トラメが大股で近づいてくる。


 その白い指先が俺の手首をつかみ、あまり人の気配のなさそうな路地裏へと、ぐいぐい引っ張っていった。


「……べつだん肉体のほうに異常はないようだな」


 俺の身体を壁におしつけ、かぶっていたキャップをわずらわしげに引きはがす。


 黄色い目が、ひどくいぶかしげな……そして、怒ってでもいるかのような強い光を浮かべて、俺を射た。


「何があった? 説明しろ」


「説明って……お前こそ、どうしてこんなところにいるんだよ?」


「……契約者と我々は、魂の根深いところで、強く、結びあわされているのだ」


 不機嫌きわまりない、表情と声。


「貴様ら人間には何ひとつ感知するすべもないだろうが、我々には、契約者が何処をほっつき歩いているかぐらいは何時だってわかっているし、また、契約者の身に何かあれば、すぐに感知することができる。我はてっきり、貴様がギルタブルルとでも遭遇してしまったのかと思った。……それぐらい、貴様の魂は危急を告げていた」


「……」


「しかし貴様は傷ひとつ受けず呑気に歩いているし、周囲には隠り世の住人の気配もない。いったい何があったのだ。……どうしてそのように、死にそうな顔をしている?」


「……宇都見の馬鹿が、ギルタブルルの毒にやられちまったんだ」


 俺は、おし殺した声で説明してみせた。


「浦島さんと同じ症状だって言うから、まず間違いないだろう。……今この病院で、あいつはジタバタもがき苦しんでるんだよ」


「……それだけか」


 トラメは憮然とした声で言い、俺の顔をさらに鋭くねめつける。


「それを知っただけで、貴様は魂がひしゃげるほどの苦痛を味わったというのか。……精神の修養が足らん。こんなに脆弱な人間と契約を結んだのは初めてだ」


「悪かったな……俺は魔術師でも何でもない、ただの無力な餓鬼なんだよ」


 吐き捨てるように言い、俺はトラメの顔から目をそらした。


 と……その視界に、奇妙なモノが映りこむ。


 ぶかぶかで、まるでサイズの合っていない、俺のスニーカーを履いたトラメの足、だ。


 前に履かせたものとは違う。あのシューズは宇都見に回収してもらってから、返してもらうのを忘れてしまっていた。このスニーカーは、玄関の下駄箱にしまっておいたはずのものだった。


 俺は、目線を少しずつ上げ、白い指先に握られたキャップを通過してから、あらためて、トラメの顔を見た。


 俺の肩より低い位置から、黄色い目が怒ったような光を浮かべて、俺を見上げている。


「……貴様が無力な青二才だということぐらいは、最初からわかっている。しかし、分不相応な大口を叩き、横暴に振る舞うのが、貴様だろう。なのに、どうしてそんな腑抜けた顔をしているのだ、ミナトよ」


「……ひでェ言い草だな」


 苦笑まじりに言い返すと、いきなりトラメの左手が俺の制服のネクタイをひっつかんできた。


 そのまま遠慮のない力で下方にひっぱられてしまい、たまらず俺は腰をかがめる。


 三十センチ近くも下にあったトラメの顔が、すぐ目の前にまで急接近した。


「腑抜けた顔をするな。貴様が腑抜けて、何か解決するのか? ギルタブルルの毒が消えてなくなるのか? ……少しは気持ちを強くもて。あまり我を驚かせるな」


「ああ……心配かけて、悪かったよ」


 俺が答えると、トラメはさらに、それこそ鼻の頭がぶつかりそうなぐらい顔を近づけてきた。


「心配などしておらん。驚かすな、と言っておるのだ。こんなところまで出向く羽目になって、いい迷惑だ」


 本気で怒っているような目つきだ。


 それでも……俺の身に何かあったと察したこいつは、キャップをかぶり、下駄箱からスニーカーをひっぱりだしてまで、わざわざ駆けつけてくれたのだな。


 俺は、鼻先数センチの超至近距離にまで肉迫したトラメの怒った顔を見つめ返しながら、もう一度「悪かったよ」と告げた。


「ふん。……ちょっとはマシな面になったか」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、ようやくネクタイから手を離す。


 そのとき、制服のポケットに入れておいた携帯電話が、ふいにバイブで着信を報せてきた。


 八雲だ。


 ちょうどいい。宇都見の件はこいつにも伝えておかねばならない緊急事態だ。


 しかし、通話スイッチを押すなり飛びだしてきたのは、俺以上に混乱し、切迫しきった八雲の声だった。


『磯月くん? 大変なことがわかったの……石版を落札した人たちが、あの、ギルタブルルっていう幻獣に次々と襲われているみたいなんです!』


 俺は、またもや言葉を失ってしまった。



 八雲は本日、学校を休んで、ハッキングに精を出していたのだという。


 そうして、ついにサーバーへの侵入を果たし、浦島氏のアカウントのパスワードを獲得できたのが、およそ一時間前。


 そのパスワードを打ちこんで、浦島氏のメールボックスを開き、そこから落札者たちの氏名と住所を、無事に発見することができた。


 これで八雲の任務は終了だが、その時点ではまだ学校の授業も終わっていなそうな頃合いだったので、落札者の中にオカルト研究家でも潜んでいないか、少しネットで調べてみよう、と思いたったらしい。


 そこで、発見してしまったのだ。


 青森の、地方ニュースのウェブサイトを。


『青森の会社員の方が、自宅で突然奇病に倒れ、病院に運びこまれた、っていうニュースでした。その症状が、磯月くんたちに聞いていた浦島さんの症状とそっくりで……』


「……しかも、それが石版を落札した人間と同じ名前だった、ってわけだな?」


 八雲の声は、明らかに動揺し、こらえようもない恐怖に打ち震えていた。


『それで、もっと調べてみたら、今度は京都のほうで……似たようなニュースを見つけてしまったんです。そっちには症状までは書かれてませんでしたけど……やっぱり、落札者と同じ名前でした……』


「七人中の二人だからな。それは偶然じゃないだろう。それにしても、京都と青森か……ずいぶん遠いな」


『はい……それで、私と宇都見くんをのぞくと、残りの三人は全員、東京都に住んでいるんです。だから、もしかしたら、住まいが遠い順に襲っているんじゃないかと……』


 東京都に三人。そのうちの誰かが、ギルタブルルの主、ということか。


 俺は、ぎりっと奥歯を噛み鳴らす。


『も、もしそうなんだとしたら、次に狙われるのは、私か宇都見くん、ということになります。この電話をかける前に、宇都見くんにも連絡してみたんですけど、どうも携帯の電源が入ってないみたいで……』


「ああ、残念だけど、少し遅かった。宇都見のやつは、昨晩すでに襲われちまってるんだ。……俺もついさっきそれを知ったところで、今も、病院にいる」


 電話のむこうで、八雲が息を飲むのがわかった。


「だから、次に危ないのは、八雲、お前だ。すぐにラケルタを連れて、俺のところに来い。俺の住所なら、そのゲス野郎も知らないはずだからな」


『は、はい。実はもう家は出ていて、駅にむかっているところなんです。申し訳ありませんけど、私ひとりじゃどうしたらいいかわからないから、磯月くんたちに力を……え? どうしたの、ラケルタ?』


 八雲の声が、ふいに途切れる。


 凶事の予感に、俺は慄然とした。


「おい、八雲……?」


『隠り世の住人の気配がする、とラケルタが言っています。駅のほうから?……それじゃあ、どこかでタクシーを……きゃあっ!』


「八雲っ!」


 俺は、怒鳴り声をあげていた。


 トラメは、そんな俺の様子を、静かに見守っている。


 耳が潰れそうになるほど携帯におしつけても、八雲の声は届いてこない。


 ただ、複数の人間があげる悲鳴と怒号が、まるで現実味のない感じで遠くに響いていた。


 まさか……人ゴミの中で、ギルタブルルに襲われたのか?


 イカレている。


 俺は、携帯を耳におしあてたまま、空いている手で、トラメの腕をひっつかんだ。


「トラメ、八雲たちのところに行くぞ!」


 否とも応とも答えないトラメをひきずり、もう一度病院の敷地内に足を踏みこむ。


 建物の入り口のところに、タクシーが停車して、そこから足の悪そうな老人が降りてくるところだった。


 俺は、無言のまま、トラメとともに走った。


 そうしてようやくタクシーのもとまで駆けつけたところで、電話のむこうから半ばあきらめていた八雲のかぼそい声が聞こえてきた。


『私たちが……初めて会った森で……』


 走りながら喋っているのだろう。息も絶え絶えな短い言葉を最後に、通話は途切れた。

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