襲撃②
そうして俺たちは、宇都見が収容された救急病院へと向かうことになった。
担任は業務を済ませてから向かう、という話になったので、同乗したのは俺ひとりだ。
車中では、二人の刑事も口を開こうとはせず、もちろん俺も、なにひとつ喋る気分にはなれなかった。
病院には、十五分ほどで到着した。宇都見の家よりも俺のマンションのほうに近い、住宅街の外れにある小さな病院だった。
「ああ……湊くん」
病室の前で、白衣の医師と何やら深刻に話しこんでいた宇都見の母親が、俺の姿を目にとめるなり、パタパタと駆け寄ってくる。
「ごめんなさいね。こんな騒ぎに巻き込んでしまって……本当は、すぐにでも連絡してあげたかったんだけど……」
「大丈夫です。刑事さんから、話は聞きました」
宇都見と同様に、小柄で、ほっそりとした人だ。
顔も、あいつは母親似なんだろう。線が細くて、柔和な顔立ちをしており、年齢よりもずっと若く見える。
だけど、その優しそうな顔は、何ヶ月か前に会ったときと比べて、びっくりするぐらいやつれてしまっていた。
「湊くんは、無事でいてくれて良かった……だけど、どうしてこんなことに……」
かぼそい声で言いながら、そっと目頭をおさえる。
十年近く昔から面識のある宇都見の母親の静かな悲嘆ぷりに、俺の胸はしめつけられるように痛んだ。
宇都見の母親は、あの馬鹿を、こっちがちょっと心配になるぐらい溺愛しているのだ。
「大丈夫……大丈夫ですよ。あいつの病室は、そこですか……?」
俺が足を踏みだそうとすると、その小さな指先が、取りすがるように、俺の腕をつかんできた。
「待って……湊くんは、見ないであげて」
「……え?」
「章太は……すごく苦しんでいて……別人みたいな姿になっちゃってるの。だから……」
そこまで言って、こらえかねたように口もとをおさえる。
その目から、透明なしずくが一筋流れて、白くなめらかな頬を濡らした。
不気味な紫色に変色した、浦島氏の顔。その苦悶に引き歪んだ形相と、ヒキガエルのようにくぐもったうめき声を思い出し……俺は、絶句した。
宇都見も、あんな姿に成り果ててしまった、というのか。
深夜の、自分の部屋。薄気味悪いコレクションに囲まれながら、いつもみたいに目を輝かせつつ、おそらくはパソコンのモニターか何かと向かいあっているところを、突然化け物に襲いかかられて……
あいつは、ギルタブルルの存在も知っていた。
その凶刃が自分にまで奮われるのだと知り、どれほどの恐怖と絶望を味わったことだろう。
悲嘆に暮れる宇都見の母親の姿を見下ろしながら、気づかぬうちに、俺は血がにじむぐらい唇をきつく噛みしめてしまっていた。
拳を握る。その腕がこまかく震えだす。こめかみのあたりが、ガンガンと痛む。心臓はさっきから激しく胸郭を乱打しており、自分の体内を駆け巡る血の激流の音が聞こえてきそうなぐらいだった。
「お母さん、ちょっとよろしいですかな……?」
宇都見の母親に代わって医師と問答していた黒塚刑事が呼びかけてくる。
「はい」と応じて宇都見の母親がそばを離れると、俺は、足を踏みだした。
病室に、ではなく、病院の外にむかって。
速水という若い刑事が心配そうにこちらを見ていたが、特に止められはしなかった。
ふらつく足取りで階段を降り、病院の出口へとむかう。
視界がチカチカと明滅し、何だか、吐き気の予兆みたいなものが咽喉もとにせりあがってくる。
俺は……
俺は、どうしたらいいのだ?
死の淵に立たされた宇都見のために、俺ができることは、何だ?
銀ぶちメガネをかけた、とぼけた笑顔が脳裏にちらつく。
馬鹿野郎……
好奇心、猫を殺す、だ。おかしなことにばかり首をつっこむから、こんな馬鹿なことになったのだ。
あいつは、馬鹿だ。
そして俺も、大馬鹿だ。
看護師や、見舞い客らしい人間たちとぶつからぬように苦労しながら、ようよう俺は、白い建物の外へと脱出を果たすことができた。
すると……
思いもかけない人物が、そこで俺を待ちかまえていた。
そろそろ夕暮れ時のせまってきた、雲の多い六月の空の下。
なまぬるい風に金褐色の髪をなびかせながら、仏頂面で、病院のすぐ外にトラメが立ちはだかっていたのだった。




