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召喚ノススメ  作者: EDA
第五章 襲撃
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襲撃①

 朝から、少し嫌な予感はしていた。


 何故なら、宇都見のやつが学校に姿を現さなかったから、だ。


 八雲たちと緊急会議を開いた翌々日、トラメが我が家に来訪してから五日目になる、金曜日のことだった。


 その前日の木曜日、宇都見の様子におかしなところなどはなかった。


 八雲から教えてもらったという海外のサイトを調査しており、えらく寝不足のようではあったが。前夜のディナーにおいて、カツオブシと焼いたソーセージをまぶした特製ネコマンマがトラメのお気に召したようだった、という話をしてやると、えらく楽しそうに笑っていたものだ。


 召喚の儀式を敢行してトラメとの出会いを果たしてから、その翌日は浦島宅におけるギルタブルルの急襲と、八雲およびラケルタとの邂逅、その翌日には五人そろっての緊急会議、と慌ただしい日々が続いたが。そんな折にようやく訪れた平穏な一日だった。


 ハッカーまがいの探索任務に従事している八雲からは「もう少し時間がかかりそうです」との連絡を受け、浦島氏の容態は心配だったが、さりとて俺たちには為すべきこともなく、つかのまの休息ともいうべき一日だったのだ、昨日という日は。


 然して、本日、宇都見の姿が教室内に見当たらない。


 まあ何かに熱中すると寝不足どころか完徹も辞さないようなやつなので、時たまこうして不意に学校をエスケープすることも、なくはなかったのだが……時期が時期なだけに、それなら俺の携帯にメールのひとつもよこしてきそうなものだ。


 しかたないのでこちらからメールを送ってみても、いっこうに返事は返ってこない。


 昼休みが終わり、午後の授業も終わりに近づくにつれ、俺の中の不安感はどんどんと膨れあがっていった。


「磯月……ちょっとこっちに来てくれるか?」


 そうして、俺の中に生まれた不吉な予感は、帰りのホームルームの直後、担任教師からの突然の呼び出し、というかたちでようやく結実を見ることになった。


「……何ですか?」


 解放感に満ちたクラスメートたちをかきわけて教壇のほうに近づいていくと、担任教師は少し青ざめた顔で「ここでは何だから一緒に来てくれ」と、ささやくような声音で告げてきた。


 何かが、起きたのだ。


 胸中にざわめく不安感をなだめすかしながら、担任に続いて教室を出る。


 連れていかれたのは、職員室の隣りにある進路指導室だった。


 そしてそこには、見覚えのない二人のスーツ姿の男たちが待ちかまえていた。


「はじめまして。磯月湊くん……だね? 私は県警の黒塚という者だ。こっちの若いのは、速水刑事」


 四角い顔をした壮年の男が、そう自己紹介してくれた。


 馬面で人のよさそうな若者も、ぺこりと頭を下げてくる。


 刑事……刑事だって?


 驚きのあまり声も出ない俺にむかって、黒塚と名乗った男は「まあ座って。先生も」と慇懃に声をかけてくる。


「先生にはさきほどお話させてもらったんだけどね。キミの友人の、宇都見章太くんが……何か、おかしな事件に巻き込まれてしまった可能性があるんだ」


「……どういうことですか?」


 言われた通りパイプ椅子に座りつつ、俺の心臓は早鐘のように鳴りはじめている。


 映画の刑事コロンボみたいに渋い顔をした黒塚刑事は、眉間に深いしわを刻みこみながら、言った。


「彼は、昨晩の深夜か、今日の未明、その……原因不明の昏睡状態に陥ってしまい、救急病院に運びこまれてしまったんだ。このままでは一週間ともたないだろう、というきわめて危険な状態でね……もしかしたら、何か毒物を盛られたのかもしれない」


 一瞬で、俺は目の前が真っ暗になってしまった。


 宇都見が……あの宇都見までもが、ギルタブルルとかいう幻獣の餌食になってしまったのか?


 だけど……どうして宇都見が、そんなことに?


「……もともと彼には、とある事件の参考人として、三日ほど前から話を聞いていたんだ。それというのも、隣りの市に住む浦島琢磨という人物が、宇都見くんの来訪中に、まったく同じ状態で倒れてしまったからで……」


 黒塚刑事の声が、遠くに聞こえる。


 担任教師は青い顔で小刻みにうなずき返しており、速水という若い刑事は心配そうに俺を見ている。


 俺は……今、どんな顔をしているのだろう?


「……キミには何か心当たりはないかね、磯月くん?」


 俺は、ぼんやりと刑事の四角い顔を見返す。


 ほとんど聞いていなかった。だけど、俺に言える言葉は、ひとつだ。


「いえ……わかりません」


「浦島琢磨という名前に聞き覚えは? そもそも、宇都見くんがこんな奇妙な事件に巻き込まれて警察に出頭していたということを、キミは聞いていたかね?」


「いえ……聞いてません」


「そうか。宇都見くんは人づきあいがそんなに得意ではなく、友達と呼べるような相手は磯月くんだけだ、というのが親御さんと先生の共通した意見だった。そのキミが何も聞いていないとすると……こいつはちょっと厄介なことになりそうだな」


「……」


「話に聞くと、彼はその、オカルトの類いの強烈なマニアだったんだって? 私はまったくの専門外だが、キミはそっち方面でもつきあいがあったそうじゃないか。先月は、和歌山の何とかいう寺にまで行ってきたとか何とか……」


「苅萱堂の石童丸伝説ですね? 人魚のミイラ! いいなぁ。僕もいっぺん参拝したいと思っていたんです!」


 と、速水という若い刑事が素っ頓狂な声をあげ、黒塚刑事にじろりとにらまれた。


 ……どこにでも、変わり者はいるものだ。


「……で、だ。最近の宇都見くんが、何かあやしげなことに熱中している様子はなかったかね? どうもこれは奇妙な事件でね。不可解な点がいくつもあるんだよ」


「……不可解な点?」


「そう。まず彼は、二階の自室で倒れているところを今朝方に発見されたんだが、犯人の侵入経路がまったくわからないんだ。一階の戸締りは完璧で、セキュリティ・システムにも異常は発見できなかった。足がかりもない二階の部屋に、犯人はどのように忍びこんだのか……いや、彼の昏睡状態の原因は今もって不明で、毒物を盛られたという確証もないんだが、彼の部屋は何者かによって手ひどく荒らされてしまっていたんだよ。机の中身も、押入れの中身もすべてぶちまけられて、足の踏み場もないような状態でね。……そして、犬も殺されていた」


「犬……」


「そう。キミも見たことはあるのかな? 庭で放し飼いにされていた、とても大きな番犬だ。それが二頭ともに、咽喉もとをかき切られて殺されてしまっていた」


 あの馬鹿でかい番犬が、二頭ともやられてしまったのか。


 アイリッシュ・ウルフハウンド……ふだんは人なつこくて可愛らしいやつらだったが、狼よりも強い犬、と聞いていたのに。


「あの気の毒な番犬たちを信頼していたために、庭にはセキュリティをほどこしていなかったそうだが、さもありなん、だ。二頭とも二メートル近い大きさで、あんな巨大な猛犬を、家人にも気づかれないようにそれぞれ一撃で始末してしまえるなんて、これは尋常な話じゃない。単純な物盗りの犯行だとは、とうてい思えないんだ」


 そう言って、黒塚刑事はずいっと身を乗りだしてきた。


「なあ、磯月くん。何か思い当たることはないかな? どんな些細なことでもいい。彼の口から、聞き覚えのない人間や団体の名前が出たことはないか、彼が厄介な事件に首をつっこもうとしたりはしていなかったか……いや、最近の彼がどういうことに熱中していたのか、そんなことでも捜査の手がかりになるかもしれないんだ」


 その真摯な表情を見つめ返しながら、俺は、すべてを打ち明けるべきなのだろうか……と、少しだけ逡巡した。


 しかし、すぐにその考えは霧散してしまう。


 ラケルタは、何と言っていた? ギルタブルルを退治するなんて、修行をつんだ魔術師か、法王クラスの聖者でなければ不可能だ、とか言っていたではないか。


 トラメの本性、三メートルをこえる黒い巨大な影を思い出す。


 あんな、この世のものならぬ存在が、刑事なんかのチャチな拳銃でどうにかできるとも思えない。


 しかも、ギルタブルルというやつは、そんなトラメたちでも単独ではかなわない、というぐらいの化け物であるらしいのだ。


「今は……何も、思い出せません」


 けっきょく俺には、それしか言えなかった。


 黒塚刑事は、小さく息をつき、残念そうに首を振る。


「そうか。それじゃあ、何かを思い出したら、すぐに連絡をくれ。この番号にかけてくれれば、直接私が出る。三日前に倒れた浦島氏は、もうかなり危険な状態でね……この二、三日がヤマになるだろうという話なんだ」


 俺は、拳を握りしめながら、刑事のいかめしい顔を見た。


「宇都見は、どこにいるんですか? 病院に運びこまれたんですよね? 朝に発見されたんなら、どうして誰も俺に連絡を……」


「すまんね。事件性があったから、我々が親御さんに口止めを頼んでおいたんだ。おわびと言っては何だが、良かったら病院まで案内しよう。我々ももう一度、親御さんに話を聞きに行くところだったのでね」

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