円卓会議③
「もし本当にそんなことができるなら、居場所をつきとめる、ということに関してだけは、一気に解決するけど……」
「ああ。問題は、その後だよな」
相当に強力な幻獣を飼っているらしいその犯人を、いったいどうやってぶちのめせばいいのやら。
俺は再び、トラメのほうに目をむける。
「なあ。やっぱり契約者の身に危険がおよんだら、幻獣はそれを守ろうとするものなのか?」
「ふん。よほどのことでもないかぎりは、可能な範囲で守ろうとするだろう。どんな契約者であれ、それを失ったり害されたりする、ということは、我々にとって恥であり、不名誉なことではあるのだからな」
「可能な範囲、ってのは?」
「……何度も言う通り、我々は、現し世において、そこまで自由に力が使えるわけではない。すべての力が解放できるのは、契約者の正式な望みに応える時だけだし、それ以外の場面では、さまざまな制約に縛られることになる」
黄色い目が、横目で俺をじっと見返してくる。
「しかしまあ、隠り身の力が十分に使えぬとて、ただの人間などに遅れを取る我々ではない。ましてやそれがギルタブルルほどの強力な存在ならば、貴様の素っ首など片腕で叩き落としてくれるだろうさ」
「ああ、まあ、お前たちがどれほどものすごい力を持ってるかは、イヤってほど体感しちまったからなぁ。……となると、やっぱりそのギルタブルルとかいうやつが留守にしている間に、それを操ってる人間の首ねっこをひっつかまえるしかないか……」
「だけどさ、磯月、もしその契約者を捕まえることに成功して、それを人質に浦島さんの毒を何とかさせた後は、どうすればいいのさ? まさかその契約者を殺しちゃえるわけはないんだし。かといって解放したら、今度はボクらが襲われちゃうんじゃないの?」
「ああ、まあな……」
「それなら、けっきょくはそのギルタブルルっていう幻獣を何とかしないと、本当の解決にはならないんじゃないかなぁ。そいつを倒せば、浦島さんの毒も消えるんでしょ? なら、そっちのほうが手っ取り早いよ」
宇都見の過激な発言に、ラケルタが小馬鹿にしきったような笑い声をあげる。
「チビメガネ、アンタ、バカじゃないの? 人間なんかにギルタブルルが退治できるわけないじゃん! そんな真似ができるのは、二百年ぐらい修行をつんだ魔術師か、法王クラスの聖者だけだヨ! ウチらが本気でかかったって、一対一じゃ倒せないぐらい、ギルタブルルは凶悪なヤツなんだっての!」
「一対一じゃ倒せない、か。……それなら、お前ら二人がかりだったら、そのギルタブルルとかいう幻獣に勝てるのか?」
俺が口をはさむと、ラケルタはぴくりと片頬をひきつらせた。
「ウチとトラメの二人がかりだったら、そりゃあ何とかなるだろうさ。だけど、ウチはごめんだヨ! もし万が一にも負けちゃったら、むこう百年間ぐらいは力を失って、ずっと隠り世で眠ってなきゃいけない羽目になるんだからッ!」
「あ、それなら本当に死んじまうことはないのか?」
俺の言葉に、ラケルタはますます不穏な目つきになる。
「そりゃあウチらは隠り世の住人なんだから、現し世でナニがあったって本当に消滅するなんてことにはならないヨ。ただこの現し身がバラバラになって、隠り身も百年ぐらい動けなくなるだけサ。……だから、何だっての? ウチは、絶対にやらないヨ! 百年も身動き取れなくなったら、ミワともう二度と会えなくなっちゃうじゃんか!」
そう言って、ラケルタはいきなり八雲の細腰に抱きついた。
八雲は、困惑しきった面もちで、そんなラケルタと俺の姿を見比べる。
「ウチはミワとずっと一緒にいるって約束したんだ! だから、ギルタブルルとケンカするなんて、そんな危ないコトは絶対にしないヨ! ナニ考えてんだ、ミナトのバカ!」
「ずっと一緒にって……そんなことが可能なのか?」
呆れ果てる俺にむかって、ラケルタはきつい眼光をさしむけてくる。
深い藍色の瞳が、まるで沸騰した水面のようにグラグラと煮えたっていた。
「当たり前じゃん! 絶対にそうするヨ! それがミワの望みでもあるんだから、絶対に誰にも邪魔させない! 邪魔するヤツがいたら、ウチが全員ズタズタに引き裂いてやるんだからネ!」
八雲の……望み?
俺はすっかり困惑してしまい、宇都見もぽかんと口を開けている。
トラメですら、何かをいぶかしむように眉をひそめており。そして、そんな俺たちの様子を一通り見回してから、八雲は小さく息をついた。
「私は……何か強い望みがあって、召喚の儀式を取りおこなったわけではありません。ただ、この世界が息苦しくて……こんなつまらない現実を打ち砕いてくれるような、そんな不可思議なことが起きればいいのにって、そんな、どうしようもない気持ちから、オカルトの世界に魅了されていたんです。……でも、まさか本当に儀式が成功するなんて思ってなかったから、すごくびっくりしちゃいましたけど……こうして、ラケルタに会うことができました」
その腕が、幼児のようにへばりついてくるラケルタの身体を、そっと包みこむ。
「だから、この先も一生、望みの言葉を宣告するつもりはないんです。ラケルタと、ずっと一緒にいたいから……」
ラケルタは、心地良さげに目を閉ざし、八雲の胸もとに頬をおしつける。
その艶やかな黒髪を優しくなでてやりながら、ひどく悲しげな目で、八雲は俺たちを見返してきた。
「……なので、ごめんなさい……私も、ラケルタを失いたくないし、ラケルタを危ない目に合わせたくありません……浦島さんには申し訳ないですけれど、どうかそれだけは……」
「いや、俺も別に、本気でトラメたちに何とかしてもらおうと思って、あんな風に言ったわけじゃないんだ。ただ、いざというときに足止めぐらいしてもらえたら助かるなって思っただけで」
俺は頭をかきながら、八雲にそう言葉をかけてやった。
「幻獣同士をぶつけあって、それで解決なんて、そんなの虫がよすぎるからな。けっきょく元凶はギルタブルルとかいうやつを操ってる人間のほうなんだから、そいつは人間の手で何とかするのがスジってもんだろうさ」
「……それは見上げた心がけだがな。貴様にいったい何ができると言うのだ、ミナトよ?」
と、八雲とラケルタの睦まじい姿をじろじろ眺めながら、トラメが冷ややかに言う。
「あのとぼけた人間を救うには、ギルタブルルの現し身を滅するか、ギルタブルル自身に毒を消すよう命じるしかないのだ。そんな芸当が、貴様らなんぞに果たせられるわけがなかろうが。……それともやはり、ギルタブルルの契約者を殺めるか? さすればギルタブルルは現し世との絆を失い、隠り世に引き戻され、その毒も効力を失うだろうが……人間を救うために人間を殺める、という行為は、貴様らの倫理にいささかならず背くことになるのではないか?」
「当たり前だ。人殺しなんて、できるかよ」
「それでは、どうする? ギルタブルルは倒せない、契約者は殺められない。それでどうやってあの人間を救うというのだ」
「それは……まあ、説得するしかないだろうな。こんな馬鹿なことをするのはよせ、ってさ」
「……本当にそんなことが可能だと思っているのか?」
冷たい半眼で見すえられ、俺は憮然と腕を組む。
「それしか方法がないなら、そうするしかないだろうがよ。医者にも警察にもどうしようもないこの状況で、浦島さんを見殺しになんてできるか!」
「何故、できない? ……確かに人間の中には、家族や同胞のためならば、自分の生命を惜しまない、という輩もいる。しかし、あの人間は、貴様にとって何の恩義があるわけでもない、たった一度顔を合わせただけの存在にすぎぬのだろう? どうしてそんな相手のために、自分の身を危険にさらそうとするのだ?」
「どうしてもへったくれもあるか。一生罪悪感を背負って生きていくぐらいなら、少しぐらい危険な目にあったほうが、まだマシだろ。俺だって、こんなことで早死になんかしたくはねェよ」
「……我には好きこのんで吊るした縄に首をつっこんでいるようにしか見えぬがな」
そう言って、トラメは珍しく、小さな吐息をついた。