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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章 美羽とラケルタ
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美羽とラケルタ③

「コカトリス……?」


 それでは、このゴスロリ少女はギルタブルルとかいうバケモノではないのだろうか?


 ゴスロリ少女は、みぞおちのあたりをおさえながら、羅刹のごとき形相で、俺たちのほうにじりじりと近づいてくる。


「おっと、そこまでだ。それ以上近づけば、貴様の契約者の細首をへし折ってくれるぞ?」


「ハンッ! 見えすいた脅しをかけるんじゃないヨッ! アンタは契約者の許可がないかぎり、勝手に人間を害することなんてできないはずだロ! 誓約の言葉を吐かせる時間なんて与えないヨ!」


「愚かしいな。よく見ろ、コカトリス。我はすでに、この小娘からも我が身を傷つけられている。我はこの小娘を滅する資格をも得た」


 見ると、女は両手でグーロの手首をひっつかんでおり、その爪の先が、ほんの少しだけグーロの皮膚に血をにじませていた。


 ゴスロリ少女は、地団駄を踏みながら、「ミワのバカッ!」と吐き捨てる。


「た……助けて……ラケルタ……」


 俺の位置から、女の表情をうかがい見ることはできない。ただ、その声は、あわれなぐらいに息もたえだえだっだ。


「やめろッ! ミワに傷ひとつでもつけたら、誓って手前らを八つ裂きにしてやるからナ!」


「だったら、貴様らが先に誓え。我らに害を為さぬ、とな。いま目の前でそう誓約を結ぶのならば、この小娘を解放してやろう」


 と、グーロが黄金色に燃える瞳を、あわれな虜囚にさしむける。


「小娘。誓約の儀は理解しているな? あの粗暴なコカトリスの子に、我らに害を為さぬよう、誓わせろ」


「わ、わかりました……あなたたちの、名前は……?」


「イソツキミナトと、イソツキミナトに召喚されしグーロ」


 グーロがあっさりとそう答え、少なからず俺を驚かせた。


 こいつ、俺の名前を、ちゃんと覚えていたのか、と。


「……八雲美羽の名において誓約の言を宣告す。コカトリスのラケルタよ、イソツキミナトと、イソツキミナトに召喚されしグーロに災いをもたらすなかれ」


「コカトリスのラケルタ、承認す!」


 叩きつけるように言って、ゴスロリ少女はまた足を踏み鳴らす。


「さ、満足だろッ! ミワから手を離せ、大喰らい!」


「かしましいトカゲだ。……人間、もうその手を離してもよいぞ。我らの目の前で誓約の言葉を取り消さぬかぎり、こやつらはもう毛筋ほども我らを害することはできん」


「そう……なのか?」


 おっかなびっくり、俺は手を離した。


 とたんに女はよろよろと崩れ落ちそうになり。あわてて飛びだしたゴスロリ少女が、下からすくいあげるようにその身体を抱きとめる。


「ミワのバカッ! だからついてくるなって言っただロ? せっかくあともうちょっとであの大喰らいをブチのめすことができたのに……!」


「……ごめんなさい、ラケルタ」


 それでようやく、俺もその女の姿をはっきりと見てとることができた。


 あまり見覚えのない暗いグリーンのブレザーを着た、何のへんてつもない高校生の少女だ。


 セミロングの黒髪と、宇都見にも負けない厚みの黒ぶちメガネ。顔立ちは、まあ整っていなくもないが、幻獣娘たちのように強烈な個性は感じられない。


 女のわりには長身で、なかなかスタイルもよさそうだったが、猫背で、なで肩で、いかにもか弱げな風情である。さっきのは火事場の馬鹿力だったのか。想像以上に気弱そうで、おどおどとした、子羊みたいな目つきをした女だった。


 その気弱そうな目が、おびえきった様子で、俺とグーロの姿を見くらべる。


「グーロ……あ、あなたは幻獣なんですね? それじゃあ、そちらのあなたがその契約者なんですか……?」


「ああ、まあ、どうやらそういうことらしいな」


 おざなりに答えながら、俺はグーロにむきなおる。戦闘不能に追いこんだのなら、こんな連中の相手をするのは、後だ。


「おい、グーロ、大丈夫かよ?」


 いつのまにか、グーロの顔から呪術的な紋様は消失し、その目も、金色の炎を噴きあげるのをやめていた。


 しかし、その顔と左腕は血に染まったままだ。本人は平然としているが、なかなか洒落にならない出血量である。


「……別にどうということはない。放っておいても、明日にはふさがる」


 そんなことを言いながら、グーロはジャージの袖をまくりあげ、そこに穿たれた傷口を動物みたいにぺろぺろとなめはじめた。


「馬鹿野郎。放っておくわけにはいかねェだろ」


 奇跡的にポケットにハンカチが入っていたので、俺はグーロの顔の血をぬぐってやる。


 グーロは、ものすごくうるさそうに顔をしかめた。


「やめろ。こそばゆい。気安く我の身体に触れるな」


「うるせェっての。ちょっと傷口を見せてみろ」


 金褐色の髪を慎重にかきわけてみると、右のこめかみあたりが、ざっくりと割れていた。


 すでに出血は止まっているようだが、かなりの深手だ。十五センチはあろうかという傷口からのぞく肉のピンク色が、エグい。


「うわ……痛いだろ、これは」


「痛いのは、我だ。どうして貴様がそのように青い顔をしている?」


 俺は答えず、無言でこの有り様を見守っている二人の女どもをにらみつけてやった。


 黒ぶちメガネをかけた、ブレザー姿の女子高生、八雲美羽。


 ゴスロリ調のドレスをまとった、フランス人形のような少女、コカトリスのラケルタ。


 八雲は怯えたように一歩だけ後ずさり、ふてくされたような顔をしたラケルタが、それを庇うようにして俺をにらみ返してくる。


「何だヨ、その目は? まさかこっちにケンカできないように誓約させてから、ケンカをふっかけようって魂胆じゃないだろうネ? だとしたら、見下げはてた根性だよ、アンタ」


「何だと、このバケモノ女……」


 思わずカッとなって足を踏みだそうとする俺の腕を、グーロが横合いからひっつかんでくる。


「やめておけ。我がせっかく穏便に済ませたものを、貴様がかき乱してどうする」


「だって、おかしいだろうがよ! いきなりわけもわからず襲いかかられて、そのワビもないうちから、どうしてあんなふざけた口を叩かれなきゃいけないんだ?」


「餓鬼のたわごとに目くじらを立てても始まるまい。……と、そういえば貴様も青二才なのだったな。やれやれだ」


 何だかグーロは落ち着きはらっている。ふだんは自分のほうこそ子どもみたいに振る舞っているくせに。ずいぶんエラそうな態度じゃないか。


「あ……あなたたちは、いったい何者なんですか? 私とラケルタを、いったい、どうするつもりなんですか……?」


 俺以上に状況を把握していないらしい八雲美羽が、おどおどと声をあげてくる。


「どうするつもりってのはこっちのセリフだよ。お前らこそ、どうしていきなり襲いかかってきやがったんだ?」


「え? ……だってそれは、ラケルタが危険だ、って言うから……」


「ヘン! ケンカなんてのは先手必勝サ! ブチのめしてから、事情を聞こうと思ってたんだヨ」


 ラケルタは傲然と言い放ったが、その言葉を聞くと同時に、八雲の顔色が変わった。


「ラケルタ。あなた、事情も聞かないでいきなり襲いかかったの?」


「ウン?」


「相手の目的を確かめもせずに、乱暴をはたらいて、あんなケガまでさせてしまった、っていうの?」


「いや、だから……別にいいじゃんッ! ミワがノコノコついてこなければ、こんな面倒なことにはならなかったんだヨ!」


 なんだかおかしな具合になってきた。表情だけは気弱そうなまま、八雲は必死な目つきでしつこくラケルタを問いつめる。


「ラケルタ……わ、私は誰かれかまわず襲ったりはしないっていう約束で、ラケルタが自由に過ごせるように誓約したのよ? ラケルタは、私との約束を破ったの?」


「だから、そんな大袈裟な話じゃないって……」


「謝りなさい」


 青い顔のまま、八雲ははっきりとそう言った。


 しかし、ラケルタの暴挙を怒っているというよりは、何かをひどく悲しんでいるような顔つきだ。


「あの人たちに、謝って。……じゃないと私は、ラケルタを信用できなくなってしまう」


 ラケルタは、ひどく不満そうな顔で八雲を振り返った。


 しかし、そのメガネの奥にうっすらと白いものが光っていることに気づいたのか、ぎょっとしたように目を丸くして、開きかけた口を閉じてしまう。


 そして、ラケルタは俺たちのほうにむきなおり、それはそれは不本意そうな表情で、「ゴメンナサイ」と言った。


「わ、私からも謝ります。本当に申し訳ありません。私たちは、誰にも危害を加えるつもりなんてないんです。……どうか信用してください」


 と、ラケルタの両肩に手を置きながら、八雲も深々と頭を下げてくる。


 俺は何だか、すっかり毒気をぬかれてしまった。

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