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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章 美羽とラケルタ
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美羽とラケルタ②

 外見上は、十歳かそこらにしか見えない。


 上背などは、小柄なグーロの胸あたりまでしかないぐらいだろう。


 それにしても、何てイカれた格好をしているのやら。全裸でないのは幸いだが、そいつがその小さな身体に纏っているのは、黒と白のモノトーンのドレスで、ぱっと見にはふわふわとしたフリルの塊にしか見えなかった。


 基調は黒で、アクセントが白。特にスカートのふくらみかたが尋常でなく、まるで大輪のバラみたいだ。


 襟もとにも、長袖の袖口にも、白いフリルが花弁のように咲いていて、胸もとには巨大なリボンが揺れている。


 いわゆるゴスロリ・ファッションというやつだ。


 そして、その顔は……黒い艶やかな髪をグーロに負けないぐらい長くのばしていて、前髪は、ぷっつりと目の上で切りそろえている。


 今まで陽をあびたこともないみたいに真っ白の皮膚と、小さな鼻に、可憐な唇。そんな酷薄そうな笑みを浮かべていなければ、フランス人形と見まごうばかりの美少女だったが、なんだかグーロ以上に人間ぽくない。その白蝋じみた顔からは、まったく哺乳類らしい温かみが感じられなかった。


 中でも異様なのは、その瞳だ。


 グーロの黄色く光る瞳も人間離れしているが、この少女の瞳は、深い青……かぎりなく黒に近い、底なし沼の水面のようにあやしく輝く、藍色の瞳だった。


「……にしても、だっさい服を着てるネ! アンタみたいに野蛮な女にはお似合いだけど、そんなんだったら、素っ裸でいるほうがマシじゃない?」


 グーロは答えず、ゆらりと立ち上がる。


 それで俺も、ようやく半身を起こすことができた。


 あやしい藍色の瞳が、蔑みをこめて、俺を見る。


「フン。貧相な小僧だネ。やっぱりこの国には魔術師なんていないのかァ。……ま、なんでもいいケド、この森はウチのナワバリなんだヨ! ココでウチにやっつけられるか、おとなしくシッポを巻いて逃げだすか、選ばせてあげるヨ、大喰らいのグーロ!」


「たいそうな口を叩くな、子トカゲよ。貴様は我に手傷を負わせた。ということは、我は貴様を滅する権利を得た、ということだぞ?」


「はァん? アンタ、自由に暴れる権利ももらってないの? バカだねェ。魔術師でも何でもない人間なんてテキトーにだまくらかして、よけいな足枷はとっとと外しちまえばいいのにサ!」


 鈴の音を転がすように可憐な声なのに、なんて毒々しい言葉だ。


 やっぱりこいつが、浦島さんをあんな目に合わせた張本人なのだろうか……?


「ま、ウチにやっつけられたいって言うんなら、望み通りにしてあげるヨ! これでも喰らいな、大喰らい!」


 そう言い捨てるなり、ゴスロリ少女はおもむろに右腕の袖をまくりあげた。


 深海の生き物みたいに白く、細い腕。


 その腕が、一瞬のうちに白い羽毛に包まれて、俺を仰天させる。


 やっぱり、こいつは……人間ではないのだ。


「そらヨっと!」


 小悪魔のように笑いながら、無造作に腕を振る。


 すると、その腕に生えた羽毛が鋭利な斬撃と化して襲いかかってきた……俺に。


「うわぁ!」


 今度こそ、死んだ、と思った。


 それは、人間に避けられるようなスピードではなかった。


 しかし。


 俺は、死ななかった。


 グーロが、これまた人間離れしたスピードで腕をさしのべて、すべての斬撃から俺を救ってくれたのだ。


「……グーロ!」


 思わず、俺は叫んでしまった。


 グーロのほっそりとした左腕に、無数の白い羽根が突き刺さってしまっていた。


 その羽根の数だけ、ジャージの生地に、じわりと赤い血のしみがひろがっていく。


 悪鬼のように、少女は笑った。


「そうそう! 契約者を傷つけられるのはウチらの恥、だもんネ? せいぜい頑張って守ってやりなッ!」


 再び腕を振り上げる。それを横目に、グーロが俺に飛びかかってきた。


 問答無用で襟首をひっつかまれ、茂みの中に押し倒されてしまう。


 さっきも思ったが、こんなにちっこいのに、なんて馬鹿力なんだ、こいつは。


「まったくふざけた子トカゲだ。貴様、絶対に身を起こすなよ?」


「お、おい、すごい血だぞ? 大丈夫なのか、グーロ?」


「かすり傷だ。貴様が邪魔さえしなければ、あんな子トカゲは我の敵ではない」


 なに?


 なんだかさっきと言っていることが違うではないか?


 俺がそんな疑念を呈するより早く、グーロは単身、茂みから飛びだした。


「余興だ。遊んでやるぞ、子トカゲよ」


「ハン! ダラダラ血を流しながら言うセリフじゃないネ!」


 茂みの隙間から、俺は見た。


 ゴスロリ少女の白い面にも、奇怪な紋様が浮かびあがっていくさまを。


 藍色の瞳が、青く燃えあがる。


「ふん」


「死ネッ!」


 人外の娘ふたりが、それぞれ腕を振り上げて、ぶつかりあう。


 鋼鉄の刃が打ち合わされるような音色が、再び響いた。


 グーロの指先にも、ゴスロリ少女の指先にも、鋭い鉤爪が生えのびている。


 目にも止まらぬスピードで、それらが宙空でぶつかりあうたびに、硬い音色が響き、火花が散った。


 まさに人外の戦いだ。


 こんな凄まじい戦いの渦中に、凡人たる俺が割りこんでいけるはずもない。


 しかも、俺が死んでしまえば、グーロのやつは隠り世とやらに引き戻されてしまう、という話なのだから、なおさらだ。


 なんてこった。やっぱり情けも容赦もなく浦島さんに毒針を打ちこむようなバケモノを相手に、俺などが何もできるわけはなかったのか……茂みの中にうずくまりながら、俺はひとり、無力感にうちひしがれることになった。


 そして。


 泣きつくつもりはない、などと偉そうなことを言いながら、けっきょくグーロを頼ることになってしまった。


 俺を守るために傷つき、血にまみれたグーロの雄々しい戦いぶりを見つめながら、俺の胸中には苦い怒りが満ちはじめていた。


(くそ……あいつの飼い主は、ここにはいないのか?)


 この森は自分のナワバリだ、とあのゴスロリ少女は言っていた。


 ならば、あいつの契約者とやらもこの森……というか雑木林のどこかに隠れ潜んでいる可能性はないだろうか?


 そう考えると、俺はとうてい、じっとしていられなくなってきた。


 試しに、茂みをガサリと鳴らしてみる。


 ふたりの幻獣は、振り返りもしない。


 茂みの中で中腰になり、少しだけ足を進めてみる。


 ぴくりと、一瞬だけ、ゴスロリ少女がこちらを見た気がした。


 きわどいか。


 しかし。


 俺の動きに注意をむけているということは、やはり、俺に動いてほしくない相応の理由がある、ということではないだろうか。


 俺は、意を決し、茂みの中から手近な木の陰へと飛びこむ算段をした。


 その瞬間。


 俺が狙っていた樹木の幹に、乾いた音をたてて、数本の白い羽根が突き刺さった。


「人間! チョロチョロ動き回るんじゃないヨ!」


 ゴスロリ少女がわめく。それと同時に、グーロの右足がおもいきり少女のみぞおちあたりを蹴りぬいた。


 少女は、「グエッ」とうめいて後方に飛びすさり。


 すかさずグーロが鉤爪を振りかぶると、その声が、響いた。


「ラケルタ! 危ないっ!」


 絹を裂くような、女の悲鳴だった。


 場所は、俺から見て右手の茂みのあたり。


 ゴスロリ少女は、ものも言わずにそちらへ駆け寄ろうと足を踏み出し。


 グーロが冷然とその前に立ちはだかり。


 そして、俺は、茂みを飛びだした。


「どけッ! 大喰らい! ブチ殺すゾ!」


 平静さを欠いた少女の声を背中に聞きながら、俺は悲鳴のあがったあたりの茂みに頭から突っ込んだ。


「きゃあっ!」とさらなる悲鳴をあげて、そこに潜んでいた女が背をむけようとする。


 その身体を、俺は後ろから羽交い絞めにしてやった。


「やめて! 離して! ラケルタ、助けてっ! ……殺されるぅ!」


 うわ。けっこう体格のいい女だ。力も、なかなか強い。


 しかし、人間の女相手にまで遅れを取っていたら、本当に立つ瀬がない。死に物狂いで暴れる女の身体を力まかせに抱きすくめながら、俺は俺で必死だった。


「……でかしたぞ、人間」


 と、ふいにグーロの声が、耳もとに響いた。


 同時に俺たちはもつれあったまま茂みの外にひきずりだされ。


 女が、急に動かなくなった。


「余興はここまでだ。契約者を失いたくなかったら動くなよ、子トカゲ」


「グーロ! 手前ッ! 汚いその手を離しやがれッ!」


 少し離れたところで、ゴスロリ少女がわめいている。


 グーロの、鋭い鉤爪の生えた右手の指先が、俺の捕らえた女の喉咽もとをがっしりとわしづかみしていた。


 女は、恐怖に目を見開き、俺の腕の中で、ガタガタと震えだしている。


「これが貴様の契約者か。我の契約者に劣らぬ貧相な小娘ではないか。……さて、こやつをどうしてくれようかな、無礼でこまっしゃくれたコカトリスよ」

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