表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚ノススメ  作者: EDA
第一章 最後の落札者
134/141

②西からの来訪者

 浦島さんの家には、七星の準備したハイヤーで向かうことになった。


 幻獣の移動術を駆使すれば数十秒で到着できるのだが。トラメもまだ完全回復はしておらぬ身であったし、それより何より、現場に到着するまでに対策を練っておかねばならなかったからだ。


 今回、七星は助力できない、という話なのである。


『名無き黄昏』のほうで少しばかり動きがあったので、そちらの動向から目を離すことができない、とのことなのだった。


『本当は、ミナトくんを巻き込みたくないんだけど……』と、電話の向こうで七星はたいそう口惜しそうにしていた。


 しかし、『暁の剣団』にまかせてしまうと、荒事になってしまう。

 それでは京都の弐藤氏が気の毒だ――というだけでなく、荒事にしてはまずい側面、というものが存在した。


 弐藤氏自体は何の力も持たない一学生に過ぎないのだが、その家族を敵に回してしまうのが、いささかならずまずいのだ、という。


『それなのに、キャンディス・マーシャル=ホールさんは「関係ねーだろ」の一点張りだしさあ! くっそー! あの人はきっと、もなみを困らせるのを楽しんでるだけなんだよ!』


 それはまったく、その通りなのだろう。

 七星にはさんざん煮え湯を飲まされたから、その意趣返しをしているに違いない。


 それと――七星とはまったく正反対で、この俺、磯月湊とグーロのトラメを厄介事に巻き込みたい、とでも考えているのだろうさ。


『だけど! それこそミナトくんは無関係なんだから! できれば……手を出さないで、静観しといてくんない?』


「ん? だけどそれじゃあ、まずいんだろ?」


『まずいよ。まずいけど、ミナトくんに危ない橋を渡らせるよりは、百倍マシさ!』


 七星はそう言ってくれたが、俺としても、静観していられる立場ではなかった。


「いざとなったら契約者ごと処刑する、なんて聞かされちまったからには、放置しておけねえよ。それに……俺や宇都見や八雲なんかは、七星のおかげで処刑されずに済んだんだ。これでその弐藤って人だけひどい目に合わされるのは、気の毒だろ」


『……でも、その弐藤って人が助けるに値する人間かどうかはわからないんだよ? もしかしたら、ミナトくんたちを殺そうとしたギルタブルルの主人と同タイプの人種なのかもしれないんだから』


 それは何とも憂鬱になる想像だった。

 しかし、俺の気持ちは変わらない。


「そうだとしても、これは俺なんかがしゃしゃり出るのに相応しいっていう、ちょっと珍しいパターンなんじゃないか? 魔術結社も邪神教団も関係ない、一般人の大馬鹿野郎が幻獣なんかを召喚しちまったっていうんなら――同じ大馬鹿の、俺の出番だろ。不本意ながら、宇都見の馬鹿や浦島さんなんかを放っておけないってのも、俺個人の都合に換算できるしさ」


 そうして俺は、不満で不満でしかたなさそうな七星との通話を打ち切り、ここまでやってきた。


 隣り町の、浦島邸。つごう三度目の、訪問だ。


「……どうしてこうも、次から次へと馬鹿げた騒ぎにつきあわされなければならないのだ」


 本日も、麦わら帽子に和柄の甚平という夏スタイルのトラメ様は、おやつの煮干しをかじりながら、ずっと不平そうな顔をしていた。


 黒塗りのハイヤーを降り、至極立派な門扉の前に立ちながら、俺は肩をすくめてみせる。


「そいつは俺も同意見だけどさ。ま、第一ラウンドは人間様がお相手だ。今はおやつでも食べながら英気を養っておいてくれよ」


「……そのように呑気なことを言うておられるような気配では、ないぞ?」


 気配?

 何だろう。俺には何も感じられないが。


 しかし、この場に来ているのは、弐藤氏のご家族――あの七星をして「敵に回すのはまずい」と言わしめた一族のひとりであるのだ。


 俺はちょっと気持ちを引きしめなおしてから、インターホンのスイッチを押した。


「すいません、磯月です。浦島さん、ちょっとお邪魔させていただいてもいいですかね?」


 けっきょくあれから、宇都見とは連絡がつかなかったのだ。


 まさか、二人とも口がきけないような状態に成り果てているのではなかろうな。


 そんな風に危ぶむ俺の前で、電動の扉がするすると開いていく。

 高い石塀と松の木に囲まれた、和洋折衷の大きな屋敷だ。

 石畳の上を歩いて、玄関に到達する。


 はて、勝手に開けてもいいのかしらん、と俺が手を伸ばしかけたとき――

 両開きの大きな扉が、内側から叩き開けられた。


「うわあっ!」


 同時に俺は、ひっくり返る。


 驚いたからではない。トラメに、膝の裏を蹴り飛ばされたからだ。


 後ろざまに倒れこむ、その鼻先を、銀色の光が走り抜けていく。


 トラメの乱暴なフォローがなかったら、鼻骨を砕かれていたかもしれない。


 びゅんっと鋭い音をたてて、俺の頭があったあたりの空間をなぎ払った、その物体は――なんと、べこべこにへこんだ銀色の金属バットだった。


「動くなっ! 動くと頭を叩き割るで?」


 勇ましい、女の声が響きわたる。


「何や、また餓鬼か……あんたらは、何や?」


 何や?は、こちらの台詞である。

 この女は、何や?


 べつだん、魔術師だとか何だとか、あのへんの連中みたいにおかしな格好をしているわけではない。が、一般常識に照らしあわせると、あんまり普通とも言い難い風体ではあった。


 まず、背が高い。余裕で百七十センチ以上はあるだろう。女性にしては、けっこうな長身だ。


 長い黒髪を、後ろで無造作にくくっている。くっきりとした眉に、切れ長の瞳。高い鼻梁に、引きしまった口もと。美人、というよりは、男前、とでも評したくなる顔立ちだ。


 このクソ暑い中、レザーのツナギなどを着ているのだが、さすがに上半身ははだけており、腰のあたりで、袖を結んでいる。


 で――あらわになった上半身には、スポーツ選手みたいなセパレートタイプの胸あてしかつけておらず、細いがしっかりと筋肉のついた腕や肩、それに、バッキバキに割れた腹筋が、惜しげもなく人目にさらされているのだった。


 それでいて、その胸もとの隆起っぷりもなかなか堂々としたものであったので、俺などはちょっと目のやり場に困ってしまう。


 とにかくまあ、そんな格闘ゲームのキャラクターみたいな格好をした女が、やはり黒革のグローブをはめた手で、べこべこの金属バットを握りしめているのである。


 公道だったら、警察のひとつも呼ばれているところだろう。


 いや、今からでも遅くはない。これはもう官憲に引き渡してしまったほうが、話が早いのではなかろうか。


「あんた――」


 と、その切れ長の目が、ギラリと光る。


 その目は……地べたの俺ではなく、黙然と立ちつくすトラメのほうに移動していた。


「あんたも、人間やおまへんな」


 右手でしっかりと金属バットを握ったまま、女の左手が、ツナギのポケットに差しこまれる。


 その姿を見て、トラメの両目が、黄色く燃えた。


「ストップ! ちょっと待ってくださいよ! どうしてそんなに喧嘩腰なんですか? 俺たちは、事情を説明しにやってきただけですよ!」


 女傑と幻獣は、至近距離でにらみあったまま、動きを停止させた。


 が、その眼光たるや凄まじく、バチバチと火花が弾けそうなぐらいである。


「お、俺は、磯月湊という者です。あなたは、弐藤末継さんのご家族の方なんでしょう?」


「……なんであんたが末坊の名前を知ってるんや?」


「いちおう、一通りの事情はわきまえてるつもりです。あのですね、俺もその末継さんと同じ事情で、同じ立場にいる人間なんですよ。二ヶ月ほど前には、今のあなたと同じように、浦島さんに文句をつけにきたこともあるんです」


 もっとも、俺は金属バットを振り回したりはしなかったけどな。


「で? ――それであんたは、このバケモンにまんまとたらしこまれたちゅうわけか?」


「たらしこまれた? ……いえ、俺は自分の意志で、こいつと一緒にいるだけですけど」


 何でこんな初対面の人間に、こんな気恥ずかしい台詞を吐かなきゃならんのだ。


 女は、右手にバット、左手はポケット、という体勢のまま、不愉快そうに「ふん!」と鼻を鳴らした。


「何でこう男ちゅうんは女の色香に弱いんかなあ。嘆かわしいこっちゃ。どいつもこいつも、教育が必要や」


「色香とか関係ないっすよ。……あの、そろそろ起きあがってもいいですかね?」


 女は無言のまま、ぴりぴりと張りつめた空気を乱さぬ身のこなしで、玄関の奥に引き下がった。


 俺はゆっくりと立ち上がり、臨戦態勢のトラメを半分隠す格好で、女と対峙する。


「とりあえず、話は俺がうかがいます。浦島さんや宇都見よりは、俺のほうが事情はわきまえてるんで。……あの二人は、無事なんでしょうね?」


「部屋のすみで、生娘みたいにガタガタ震えとるわ。――ま、あんたならまともに話ができそやな」


 そう言って、女はようやく金属バットを引っこめてくれた。


「うちは、弐藤若菜ちゅうもんや。弐藤末継の、姉貴やな。あんたは、磯月――湊くん、ちゅうたか。なあ、うちを納得させられへんかったら、その後ろのバケモンの首をいただくことになるからなあ。あんじょうよろしゅう頼むで?」


 どうしてこうも、俺の周囲にはまともな女が現れないのだろう。


 こっそり溜息を噛み殺しながら、俺は一ヶ月ぶりに浦島邸へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ