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召喚ノススメ  作者: EDA
エピローグ
131/141

決別

「あーあ! もっと日本にいたかったなぁ!」


 空港、である。


 搭乗手続きをしている母親を待つ間、ナギはずっとそんな風にぼやいていた。


 待合のロビーでぼんやり人の流れを目で追っていた俺は、苦笑しながらそんな妹の頭をくしゃくしゃに撫でてやる。


「しかたねェだろ。別にあっちに永住するわけでもないんだし。お前はもっと海外生活を満喫しろよ」


「ちぇーっ! 日本に居残ったお兄ちゃんにだけは言われたくないよ! ……ナギも高校生になったら日本で暮らせるようにお願いしてみようかなあ」


「無理だろ。あの馬鹿親父がお前を手もとから離すもんか」


「うーむ。愛が重い! ナギはパパよりお兄ちゃんと一緒に暮らしたいんだけどなあ」


「……親父にそんな阿呆なこと言うんじゃないぞ? 家庭が崩壊しちまうわ」


 いつも通りの、お気楽なやりとりだった。


 こんなお気楽でいられるのも、トラメのおかげであり、七星のおかげだろう。


 しかし――俺の心には、不安の萌芽がしっかりと植えつけられてしまっていた。



            *



「……一晩だけ、妹ちゃんの身柄をあずからせていただくよ、ミナトくん」


 あの廃工場から退出し、魔術師どもと袂を分かつたのち、七星のやつはそんなことを言いだした。


「申し訳ないけども、頭の中をちょろっとだけいじくらせていただきます。……例の『愚者』って魔術師に襲われた記憶なんて、そのままにはしておけないっしょ?」


 それは、その通りなのだろう。


 だけど、やっぱり――俺としては、気が進まなかった。


 大事な妹の、頭の中身をいじくられるだなんて……たとえ相手が七星でも、そうそう簡単に了承できるものではない。


「うん。気持ちはわかるけど、かんべんしてね? ミナトくんも、妹ちゃんをこの騒ぎに巻き込むつもりはないんでしょ?」


「……ああ」


「もなみとしても、日本を離れる妹ちゃんのことまではフォローできないし……それどころか、今回はミナトくんの安全を守ることさえできなかったからね……」


「ん? そんなことないだろ。お前はきっちり助けに来てくれたじゃねェか?」


「もなみは、何にもしてないよ。何もかもが後手後手で、びっくりするぐらいの役たたずでありました」


 そんな風にのたまう七星の顔は、確かにこれまでで一番悄然としているように見えてしまった。


「トラメちゃんの機転がなかったら、ミナトくんや妹ちゃんがどうなってたかもわかんないし……ウツミショウタくんからの連絡がなかったら、最後まで何にも気づけなかったかもしれない。そう考えたら、ぞっとするよ」


「いや、あのなあ、七星……」


「その点、トラメちゃんの計略は完璧だったね! これでもう『暁』の連中は、ミナトくんに対して荒っぽいことはできなくなったでしょ。だけど、あのキャンディス・マーシャル=ホールさんは……」



 キャンディス・マーシャル=ホールは、去り際に、またまたロクでもない言葉を残していってくれたのだった。


「なあ、邪神の巫女殿よ? さっきの負け犬野郎は、確かにお前さんとの約定を踏みにじったから、処断させていただいたけどよ。俺様がミナト・イソツキに入団を勧誘するのは、別に約定違反じゃねえよなあ?」


「……はい?」


「俺様は別に、お前さんの弱点を探ろうだとか何だとか、そんなしみったれた目的で勧誘してたわけじゃねえんだよ。どうせこの国の『名無き黄昏』をぶっ潰した後なら、思うぞんぶんやりあえる仲なんだ。陰謀も暗躍もけっこうだが、俺様自身はそんな七面倒くせえ喧嘩はまっぴらなんだよ。……これは、本当の本当に本心なんだぜえ?」


「…………」


「俺様はただ、その小僧っ子に興味があるだけなんだ。その小僧っ子とグーロの絆、親和力の高さってやつになあ。だから別に、無理くり入団させたいわけでもねえ。入団したら、戦争にも参加させなきゃいけなくなるし――だからまあ、個人的に親交を深めるとか、そんな感じになるのかね。俺様は、その小僧っ子と仲良くなりてえんだよ」


 もちろん俺も、ここまで言われて、黙ってはいられなかった。


「あのですね、キャンディスさん。俺は――正直に言って、あんたたちなんかとお近づきになりたくはないですよ。トラメのやつを殺そうとしたり、妹をさらったり、俺や八雲を無理矢理入団させようとしたり……これであんたたちに良い印象を持てってほうが、無理な話でしょう?」


「ああん? そんなもん、俺様の知ったこっちゃねえよ。今までお前さんをいたぶってきたのは、他の団員の連中だろ? この先、お前さんにオイタをするような団員がいたら、俺様みずからが成敗してやんよ。……さっきの負け犬野郎みてえになあ」


「いや、だから……」


「俺様は、俺様個人として、キャンディス・マーシャル=ホール個人として、お前さんに興味を持ったんだよ、ミナト・イソツキ。たぶん本国の団長様にでも報告したところで、そんな糞餓鬼は放っておけ、としか言われねえだろう。……だけど、俺様は、お前さんを放っておくことができねえんだよ」


 そうして狂犬女は「ギハハハハ」と笑い、また七星のほうに向きなおった。


「どうだい、巫女殿? 力づくとか、脅迫だとか、そんな荒っぽいやり方じゃなく、ただ俺様がこの小僧っ子と個人的に仲良くなりてえって考えるのは、約定違反なんざにはならねえよなあ? 隠り世の住人との親和力の秘密、なんてもんが解明されりゃあ、『黄昏』撲滅の一助にもなるってもんだろ?」


「……その大きな戦いが幕を開けようというこの時期に、そんな呑気な研究活動に励んでいるゆとりがあるとも思えませんけど」


「ふふん。そんなもんは、俺様の器量しだいだろ」


 と、そこでいきなりキャンディスは、従者の肩を乗馬鞭でぴしゃりと叩いた。


 赤褐色のフードつきマントを着込んだ大男が、のそのそと俺のほうに近づいてくる。


 その懐から取り出されたのは――一枚の白い紙片であった。


「俺様の直通の連絡先だ。今日中に一本、連絡を入れろや。……入れなかったら、明日の朝にでも、携帯電話を握りしめて、お前さんの住処に突入してやんぞ?」


「……こういうのは、力づくって言わないんですか?」


「力なんざ、使ってねえだろ。嫌なら、拒否しろよ。俺様はひたすら追っかけるだけだ。――ギハハハハ! まるで恋する乙女っ子みてえだなあ?」


 しかたなしに、俺はその紙片を受け取った。


 本当に連絡するかどうかは、のちほど七星と相談して決めさせていただこう。


「それじゃあな! また会える日を楽しみにしてるぜ、ミナト・イソツキ! 邪神の巫女殿も、息災にな!」


 そうして魔術師どもは、去っていった。


 俺たちは、アクラブの移動術で七星のアジトに帰還し――そして、いつになく暗鬱な心地で言葉を交わすことになったのだった。


「もしも、ミナトくんが……」


「うん?」


「もしもミナトくんが、自分の意志で、『暁の剣団』に入団したい、と思ったなら……そのときは、もなみに遠慮する必要なんて、ないからね?」


「何言ってんだよ。お前まで馬鹿なことを言わないでくれ。どうして俺があんな連中と仲良くしなけりゃならないんだ?」


「そりゃあ、組織だもん。良い人もいれば、悪い人もいるよ。昼間に会ったジェマ・エルウィスさんとか、サイ・ミフネさんとか、あのあたりの人たちなら、けっこう仲良くなれそうじゃない?」


「上に立つ人間が最悪すぎんだろ。さっきはあえて言わなかったけど、見せしめで人間の両腕を引きちぎる気狂いどもなんて、俺はまっぴらだよ」


「そうかなあ? もしもミナトくんがひどい目に合わされていたら、もなみはもっと残酷な方法であの刺青さんを痛めつけていたと思うけど」


「……それは話が違うだろ。俺だって、ナギの身に何かあったら、何をしてたかわかんねェよ」


「うん……だからまあ、もっと未来のお話だよ。ミナトくんが、『暁の剣団』も悪いばっかりの連中じゃないなあと思いなおして、この人たちと運命をともにしたい!とか思える日が来たら――もなみに遠慮する必要はないんだよってこと」


「おい」


 俺は思わず、七星の細い肩をわしづかみにしてしまった。


 こいつに対してこんな荒っぽいあつかいをしたのは、これが初めてのことかもしれない。


「何なんだよ、さっきから? お前はいったい、何が言いたいんだ?」


「……ミナトくんには、ミナトくんにとって一番幸福な生を選びとってほしい。もなみが考えてるのは、ただそれだけだよ」


 アジトに帰ってサングラスを外した七星は、色素の薄い鳶色の瞳で、まっすぐ俺を見返してきた。


「『名無き黄昏』との戦いが始まったら、もなみはもうミナトくんとは一緒にいられなくなっちゃうもん。ミワちゃんみたいに一生地下生活でいいっていうんなら、いくらでも一緒にいられるけどさ、それはミナトくんにとっては、望ましい人生ではない――んでしょ?」


「それは、まあ、そうかもしれないけど……」


「それにプラスして、『暁の剣団』の目が光る中では、個人的に仲良くすることもできないし。ミナトくんが幸福な生活を送るには、やっぱりもなみと離れるしかないんだよ」


「そうだとしても! 俺があんな連中と仲良くする理由にはならねえだろ?」


「今は、そうかもしれない。だけどこの先は、わかんないじゃん? 『暁』の連中だって、もなみに劣らず破綻した人間の集まりかもしれないけど……その目的は、『名無き黄昏』を壊滅させること、この世の黄金率を守ること、この現し世に平和を取り戻すこと、なんだもん。ああ見えて、あの人たちは、この世界の秩序の信奉者、なんだよ。個人的な復讐心だけが原動力のもなみよりは、よっぽどまともな人間たちである、はずなのさ」


「そんなこと……」


「だから、そんなに思いつめなくてもいいよ。ミナトくんがそこまでコロッと心変わりするとは思ってないし。先の話だよ、先の話。――仮にミナトくんが『暁の剣団』に入団することになっても、それがミナトくん自身の意志によるものなら、もなみは復讐の女神と化したりはしないよんっていうお話さ」


「お前、トラメの言ったことを気にしてるのか? あれは刺青野郎をひっかけるためのペテンで……」


「わかってるよ。全部わかってるから、安心して」


 七星は、両肩をわしづかみにした俺の手に手を重ねると。


 するっ――と幽霊みたいに俺の手をすりぬけて、遠ざかってしまった。


「もなみも、トラメちゃんも、考えてることは、ひとつだよ。ミナトくんには、幸福な人生を送ってほしい。ただ、それだけ。だから、ミナトくんは思うがままに、自分でベストと思える道を歩めばいいのさあ」


「俺は絶対、あんな連中の仲間にはならない」


 俺は、はっきりとそう言ってやった。


「お前の親父さんやお袋さんを殺した魔術結社なんざに、協力できるかよ!」


「うん。今は確かに、そうなんだろうね」


 と、七星のやつは、あらぬ方向に視線を飛ばし、妙に透き通った微笑を、その口もとに漂わせた。


「だけど、未来なんて、どう転ぶかわからないのです。ころころ未来が転がって、今とはまったく異なる状況ができあがって――ミナトくんにとって、もなみの友人であることよりも、『暁』の団員であることがベストである、という未来がやってきてしまったら、もなみなんかに遠慮はいらないよってこと」


「そんな未来は、絶対にやってこない」


 俺は断言したが、七星は奇妙な微笑を浮かべたまま、答えようとしなかった。



           *



「――どしたの、お兄ちゃん?」


 と、いきなり肩をゆすられて、俺は現実世界へと帰還した。


 唇をとがらせたナギの顔が、視界いっぱいに迫っている。


「もうすぐお別れの時間だってのに、考えごととか、ひどくない?」


「悪い悪い。なんだか頭がぼーっとしちまってよ。……夏風邪かな?」


「どっからどー見ても健康体ですけど? ふーんだ! トラメちゃん、こんなお兄ちゃんだけど、末永くよろしくね?」


 空港内の、かつてないほどの人混みに辟易としているのか、トラメはふだん以上に不機嫌そうな面もちだった。


 しかし我が妹はまったくめげることなく、横合いからその首ったまにかじりつく。


「あー、ほんとに名残惜しい! トラメちゃんもまだしばらくは日本にいるんだよね? 次に帰ってくるのは冬だと思うから、そしたらまたいっぱい遊んでね?」


 冬。


 今は八月、夏の盛りだ。


 トラメと出会ったのは、六月の半ば。


 七星と出会ったのは、七月の半ば。


 たったの二ヶ月で、俺の人生は変転しまくってしまった。


 次にナギが帰ってくるのは、四ヶ月後。


 その頃の俺たちは、いったいどのような生を歩んでいるのだろう。


「あ……ママが呼んでる! もう行かないと!」


 トランクケースをひっつかみ、ナギが、ちょっと涙目になりながら、俺とトラメを見比べる。


「それじゃあね! お兄ちゃん、トラメちゃん、また冬に!」


「……達者でな」と低い声で言ったのは、俺ではなく、トラメだった。


 俺は愕然とトラメを振り返り。


 トラメは仏頂面で、俺の足を蹴り飛ばす。


「痛えな。まだ何も言ってねェだろ?」


「やかましいわ。うつけ者め」


「あはははは! ありがと、トラメちゃん! ばいばい! 元気でね!」


 最後にまたトラメの身体を抱きすくめてから、ナギは俺を振り返った。


「あ、あと、ラケルタちゃんやミワさんたちにもよろしく伝えておいてね! 吊りズボンにも、冬まで首を洗って待ってろってさ!」


「――ああ」


 そうしてナギは自分のぶんのトランクケースをひきずって、母親のもとへと駆け出していった。



             *



 全能神ならぬ俺には、知るすべもなかったことだが。


 これからの数ヶ月間で、『暁の剣団』と『名無き黄昏』の、日本国内における抗争は終結し。


 そして、ナギは――もうこれっきり、二度と七星と再会することは、なかったのだった。


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