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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章 襲撃者の影
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襲撃者の影⑥

 宇都見は、さらに言葉を重ねる。


「もともと召喚魔術っていうのは、この世ならざる望みをかなえるために編みだされた秘法なんだ。きちんとした魔術師だったら、その望みっていうのは真理の探求だったり宇宙との一体化だったりするんだろうけど、現代の日本にそんな真っ当な魔術師がいるとは考えにくいでしょ? ていうか、真っ当な魔術師はネットのオークションで儀式魔術のアイテムを探したりしないと思う」


「……そりゃそうだ」


「てことはさ、あの石版を落札した人たちは、ボクをふくめて、みんな俗世の住人なんだ。そんな俗世の住人が、自分の寿命を削ってまでかなえたい望みを持ってるとしたら……それって、ひたすらに俗世の利益を追求した、ロクでもない願いになるとは思えない?」


 俺は、唇をかみ、グーロを振り返った。


「グーロ。今までに、そんなロクでもない願いをかなえようとするやつなんて、いたのか?」


 グーロは煮干しをかじりつつ、「いた」と、きわめて冷淡に言い捨てる。


「しかしまあ、どのみち己の器におさまりきらぬような望みをもてば、その者は己が魂をもってその愚かさに報いることになるがな」


「……どういう意味だよ?」


「たとえば、一国の王になりたいと望んだ人間がいたとする。しかしそれが分不相応な望みであれば、五百年や千年分の寿命が必要となる。さすれば、そのような望みの言葉を唱えた瞬間、術者の魂は跡形もなく砕け散ることになる。どうあがこうとも、自分の器におさまりきらぬ望みなどが、かなうはずもないのだ」


「……」


「しかし、もっとささやかな望みならば、思いのままだ。百人の敵を討ち滅ぼしたい、という望みを唱え、その百人もろとも自分の魂も滅してしまった、という粗忽者もいたな」


 それはつまり、自分の生命のすべてを捧げれば、百人ぐらいの人間は道連れにできる、ということか。


 なんて馬鹿馬鹿しく……なんておぞましい話だ。


 そして。


 俺は今、その力を自由に行使する資格が与えられてしまっているのだ。


 無自覚なままに爆弾の起爆装置を握りしめていたかのような嫌悪と焦燥が、俺の胸中にじわじわとふくらみはじめていた。


「キミたち……いったい何の話をしているんですか?」


 途方に暮れた様子で、浦島氏がきょろきょろと俺たちの姿を見回してくる。


 こんな馬鹿げた話、とうてい信じられはしないだろう。


「まさか、あの石版にそんなとんでもない力が秘められてるなんて言い出すつもりではないでしょう? いくら何でも、それはあまりに荒唐無稽すぎますよ……」


「はい。だけど、それぐらい危険なものである可能性は、あるんです」


 いささかならず強引に、宇都見のやつがそうまとめてくれた。


「儀式に成功してしまったボクたちには、グーロさんの言葉があながち大袈裟ではないんだろうなと思えてしまいます。それを浦島さんにまで無条件に信じろとは言えませんけど……ボクたちは、それぐらい今後のことを心配しているんです。それは、嘘じゃあありません」


「うーん。何だかとんでもない話になってきましたねぇ」


 困ったように笑いながら、浦島氏はぼさぼさの髪を右手でかき回す。


「わかりました。それでは落札者の方々には、落札額と同額で商品を回収させていただきたいという旨を連絡してみますよ。……なおかつ、あの石版について何か詳しく知っている方はおられませんか、とも聞いてみましょうか?」


「いや、それだと話が混乱してしまいそうだから、回収の件さえ伝えていただければ十分だと思います。ただ……」


 宇都見は口を引き結び、銀ぶちメガネの奥の目に切実な光を浮かべながら、もう一度浦島氏の顔を見つめやった。


「やっぱり、石版を落札した人たちの所在を教えていただくことはできませんか? 磯月が無関係な人たちを巻き込みたくないって言うんなら、もうその人たちとは話ができなくてもかまわないんですけど……それとは別件で、ボクはあの石版が悪用されてしまうことがすごく心配なので、個人的に、ちょっと調査してみたいんです」


「ちょ、調査?」


「はい。興信所でも雇って身辺を調べれば、儀式をおこなったかどうかぐらいはわかると思うので」


 なるほど。その連中のそばにグーロのような存在がつきまとってはいないか。それぐらいのことなら、調査することはできそうだ。興信所を雇うぐらい、こいつの経済力だったら造作もないことだろうし。


 しかし、そうとは知らない浦島氏は、見ていて気の毒なぐらい、また困惑の表情になってしまっている。


「それはずいぶん大仰な話ですねぇ。どうして宇都見くんがそこまでしなくてはならないんですか?」


「それは……たぶん、あの石版が悪用されるのが嫌なんです。感情的な部分なんで、説明は難しいんですけど……」


 俺には、わかる。たぶん、根っからのオカルト馬鹿であるこいつは、自分にとっての夢やロマンであるオカルトの秘術を、私利私欲に使われるのが嫌なだけなのだろう。


 魔術師でも何でもない俗世の住人が、幻獣を駆使して己の欲望を満たす。そんな蛮勇を見過ごすことができないだけなのだろう……馬鹿だから。


 もちろんそんな馬鹿の想いに共感することはできないが、それが結果的に誰かの悪巧みを未然に防ぐ結果を生むなら、俺にも止める筋合いはない。


 魔術を悪巧みに使おうとする馬鹿よりは、魔術を悪巧みに使われたくないと願う馬鹿のほうが、まだしも救いがあるように思われた。


「お願いします! 浦島さんには絶対迷惑がかからないように取りはからいますから! 石版を落札した六人の名前と住所を教えていただけませんか?」


 重ねて懇願され、浦島氏は深々と溜息をつく。


 そう、この馬鹿と関わった人間は嫌でも溜息をつく羽目になるのだ。お気の毒に。


「わかりました。信用します。……だけど、まずは僕に交渉させてください。落札した代金と同額で引き取らせていただけないものか、六人全員に連絡してみますので」


「はい! ありがとうございます!」


 さも嬉しげに顔を輝かせる宇都見を見て、さしもの浦島氏も苦笑してしまう。


「本当はいけないことなんですけどね……宇都見くんの熱意に負けました。本当に、トラブルにならないように気をつけてください? あと、くれぐれも危険なことはしないように。僕が回収できた石板については、責任をもってまた蔵の中に封印しておきますから」


「……はい」


 ちょっと残念そうに答える宇都見に笑いかけてから、浦島氏はのそりと立ち上がった。


「では、ちょっと待っていてください。六人の名前と連絡先をリストアップしてきます。さて、宅配便の控えはどこに片付けたっけな……」


 そのひょろりとした後ろ姿がドアのむこうに消えるのを待ってから、宇都見がずいぶん申し訳なさそうな顔で、俺のほうを振り返った。


「磯月、ごめんね。なんか、すっかり主旨が変わっちゃって……」


「いいさ。早々にあきらめたのは俺のほうなんだから。こっちの件に関しては、また何か別の策を考えてくれよ」


 とはいえ、これ以上、あの嫌ったらしい石版の秘密を探るすべなど残っているだろうか? 


 宇都見自慢の蔵書にも一切ヒントはなく、元の所有者からたどるセンも消えてしまっては……こうなったら、可能なかぎり俺の寿命を守るために、この世でもっともちっぽけな願い事とは何か?ということでも模索したほうが話は早いかもしれない。


 五分や十分の早死にで済むんだったら、もうそれでいいやという気分になってきた。


(それにしても……)


 と、俺はこっそりグーロの無愛想な横顔を盗み見る。


 こいつはいったい、今までどのような生を生きてきたのだろう?


 人間ならざるものの住まうもうひとつの世界、なんてものが想像の範疇外だなんてことは当然だが。そこから現し世に召喚され、愚かな人間の望みをかなえ、また帰っていく。このシステムは、何なのだ?


 真理の探求とも宇宙との一体化とも縁のない俗物代表たる俺としては、まずその存在意義からして疑問だ。人間たちの都合に振り回されているのは自分のほうだ、というグーロの言葉が、今さらながらに腑に落ちてきた。


 こんな一方的な関係性、幻獣どもにとっては何のメリットもないではないか。


(……ま、だからって、俺が恐縮する筋合いでもないけどな)


 と……そんな心中のつぶやきを聞き取ったかのようなタイミングでグーロがいきなり振り返り、俺をおおいに驚かせた。


「何やら様子がおかしいぞ、人間」


「え? 何だって?」


 黄色い瞳に、ひどく不審げな光が宿っている。意外に多彩な表情をもつグーロだが、こんな目つきをするのを見るのは、おそらく初めてのことだった。


「隠り世の住人の気配がする」


「……何?」


「上だ。今、さっきの人間と接触した」


 こいつは、何を言っているのだろう。


 隠り世の住人、だって? まさか、それは……


「グーロさんとは別の幻獣が現れたっていうんですか? 浦島さんのところに?」


 宇都見が大きな声をあげる。


「それはいったいどういうことでしょう? まさか、浦島さん自身も召喚の儀式をおこなっていたとか……?」


「まさかだろ。さっきまでの話が全部デタラメだったとでもいうのか?」


 俺と宇都見の動揺っぷりを横目に見ながら、グーロは少し首を傾げる。


「今、離れた。……隠り世の住民のみ、だんだん気配が遠ざかっていくな」


「……行ってみよう」


 二人の返事を待つより早く、俺はソファから立ち上がっていた。


 何だか、ものすごく嫌な予感がする。


 ほとんど駆け足で応接室を出て、階段を探しながら、俺の背中には冷たい汗が流れ始めていた。


(グーロとは別の幻獣だと……?)


 そんな存在には、近づきたくもない。


 しかし、ここでのほほんと待っているわけにもいかない。あの善良そうな男がどうなってしまったのか、その身の上が心配で、俺は、居ても立ってもいられなかったのだ。


「磯月、こっちだよ!」


 無駄にだだっ広い屋敷の中、宇都見の発見した階段を駆けのぼる。


 二階は二階でまた広く、白い壁にいくつもの扉が並んでいた。


 板敷きの回廊。その突き当たりの扉が、半分だけ開いている。


 俺は、額の冷や汗をぬぐってから、そちらに早足で近づいていった。


「浦島さん……?」


 呼びかけながら、扉を開ける。


 はたして、浦島氏はそこにいた。


 無残な、変わり果てた姿で、だ。


 宇都見の、子犬のような悲鳴が響く。


 浦島氏は、ぶあつい絨毯の上に仰向けで横たわり、苦悶の形相で、うめき声をあげていた。


 その顔は、化け物のようにドス黒い紫色に変じ、口からは、大量の鮮血を吐きだしていた。

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