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召喚ノススメ  作者: EDA
第四章
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茨の魔術師②

「ここは……」


 木漏れ日のまぶしい森の中に、四角くて馬鹿でかい建物が巨大動物の死骸みたいに横たわっている。


 おそらくは、どこかの山の麓にある廃工場である。


 高さは二階建てぐらいだが、横幅が広い。


 しかし、コンクリの壁面は無残にひび割れて、さらに、しなびた蔓草がその上を毒蛇みたいに這い回っている。


 もう何年も前に役目を終えて、そのまま放置された建物なのだろう。


 その、見る者を暗鬱とした心地にさせる巨大な廃工場のたたずまいに――俺は、はっきりと見覚えがあった。


 それは、七月の半ば頃。


 夏休みを数日後に控えた、蒸し暑い夜。


 八雲を救出するためにサイやドミニカたちとの対決にのぞんだ、あの因縁の廃工場であったのだ。


(まさか……サイのおっさんたちも一枚噛んでるってんじゃねェだろうな)


 サイの立場は、複雑だ。


 別にあのおっさんたちだって、俺や七星の味方というわけではない。


 あいつはただ、『名無き黄昏』とかいう邪神教団を心の底から憎悪しており――それを壊滅させるためならば、邪神の巫女の血族たる七星もなみとも協力し合うべきだ、というスタンスでいるだけだ。


 しかし、狂犬として名高いマーシャル=ホール姉妹はきわめて好戦的であり、やつらにまかせていたら、『暁の剣団』と七星の和睦など成し得るはずがない。それゆえに、俺に七星への助力を頼みこんできた……というだけの話なのである。


 どうやら魔術結社の内部では、サイよりもマーシャル=ホール姉妹のほうが強い権力を有しているらしい。


 そのマーシャル=ホール姉妹の命令とあらば、どんな汚れ仕事にも手を染めなくてはならないのだろう。俺の咽喉もとに刀を突きつけたりとか、な。


 だけどまあ、それぐらいのことは、どうでもいい。

 あのおっさんにはあのおっさんなりの立場があるのだろうから。


(だけど……)


 昨日の昼間、力を貸してくれと、地面に膝をついて懇願してきた、サイと、ドミニカ。


 俺みたいな、何もわかっていない小僧に頭を下げてでも、あいつらは、『名無き黄昏』を滅ぼしてやりたい、と願っているのだ。


『名無き黄昏』に家族を皆殺しにされた、サイ。


『名無き黄昏』を滅ぼすために生まれてきた、ドミニカ。


 あのマーシャル=ホール姉妹や、その他の魔術師どもだって、同じ目的のために動いているはずなのだが――サイは俺などに頭を下げて、刺青野郎は、俺の妹を誘拐した。


 それもひとえに、「七星もなみ」に対する、心情の差か。


 強い力をもつ七星とは手を取り合うべきだと主張する、サイと。


 何であれ邪神の巫女は滅ぼすべきである、と主張するマーシャル=ホール姉妹の、差。


 おそらくあのサイ・ミフネという男は、魔術師としては異端者なのだろう、と思う。


 生粋の魔術師ではない、というか――家族を皆殺しにされた報復のために、「魔術」という武器を選んだに過ぎない、と、俺などにはそう思えるのだ。


 それは、つまり……七星と同じスタンス、ということである。


 世界の真理など、どうでもいい。魔術結社の掟など、どうでもいい。『名無き黄昏』を滅ぼすことができるならば、何がどうなってもかまわない――自分の生命もふくめて、だ。


 昨日のわずか数十分の会見で、俺はサイという男にそういう印象を抱いてしまっていた。


(……何せあのおっさんのマント姿は、笑えるぐらい似合ってなかったしな)


 そのようなことを考えながら、俺はトラメとともに車を降りた。


 従魔術師だとかいう男は、よどみのない足取りで廃工場に近づいていき、鉄製の扉に手をかけて、俺たちのほうを振り返る。


「結界を、一時的に解除します。この中へ、どうぞ」


 俺は返事もしないまま、そちらのほうに足を進めた。


 とたんに、左手首を、トラメにつかまれる。


(油断するなよ。護符を外した貴様は、魔法に対して丸裸も同然なのだ。ただひとたびの攻撃をくらうだけで致命傷となりうることを、忘れるな)


(――ああ。わかってるよ)


 トラメに手首をつかまれたまま、俺は鉄の扉をくぐる。


 建物の中は、薄暗かった。


 天井近くに張りめぐらされた灯りとりの窓から、黄色い日差しがわずかばかり差しこんでいる。


 がらんとした、だだっぴろい空間。


 コンクリの床。

 コンクリの壁。

 壁ぎわに追いやられた、用途も知れない工業機械の残骸たち。


 酸化した鉄のにおい。

 埃っぽい空気。

 吹き抜けの、高い天井。


 その、何とも殺伐とした空間のど真ん中に――そいつは、いた。


『剣のA』、テオボルト・ギュンターとかいう、刺青野郎だ。


 そして。


 そいつの刺青だらけの右腕には。


 力を失ってぐんにゃりとしたナギの身体が、ごく無造作に抱きかかえられていた。


 その姿を見た瞬間、俺の視界が、真っ赤に染まる。


 今まで腹の底に封じこめていた激情の奔流が、ものすごい勢いで全身に駆け巡っていくのが、はっきりと感ぜられた。


「手前……」


 たぶん、トラメに手首をつかまれていなかったら、俺は後先も考えずに飛びだしてしまっていたと思う。


「ようこそ。ミナト・イソツキ。約束は守っていただけたようで、何よりです。――アラン、お前は建物の周囲を見張っていなさい」


「了解しました、『剣のA』」


 俺たちの背後で、扉が閉まる。


 刺青野郎は満足そうにうなずきながら、ナギの身体を床に横たえて、自分は後方の薄闇に引き下がった。


「さあ、私も約束を守ります。貴方のご家族は傷ひとつつけずにお返ししますよ、ミナト・イソツキ」


 手首をつかんだトラメをひきずるような格好で、俺はそちらに近づいていった。


(ナギ……)


 ナギは、意識を失っていた。


 小さな口が少しだけ開いて、すうすうと安らかな寝息をたてている。


 きっと、シャワーをあびている最中かその直後にでも襲われたのだろう。ショートの髪はずいぶんと水気をふくんでいて、そのほっそりとした身体には、パイル生地のガウン一枚しかまとってはいなかった。


 そのあられもない格好に、俺はまた怒号をあげたいぐらいの激情を誘発されたが――さしあたって、手傷などは見当たらないようだ。


 俺はコンクリの床に膝をつき、すぐさまナギの身体を抱きあげようとした。


 が――手首をつかんだトラメに、それをさえぎられてしまう。


「手を触れるな。……その小娘は、魔術に干渉されている」


「――何だと?」


 言われて、俺も気がついた。

 ナギの咽喉もとに、何やら異物が巻きつけられていたのだ。


 肉の色をした、細い紐……蔓草のような質感の、のっぺりとした細い紐だ。


 太さは、せいぜい四、五ミリだろうか。

 そんな奇妙な物体が、ナギの細い首にぴっちりと三重回しぐらいで巻きつけられていたのだ。


「魔術だって? ――おい、刺青野郎! これはいったい、何の真似なんだ?」


「それは、『remonstrances of the admonition 』……この国の言葉ならば、『戒めの茨』とでも申しましょうか。私が好んで使用する魔術道具です」


 ハイエナみたいにギラギラと光る、緑色の瞳。

 不健康に痩せこけた、面長の顔。

 男のくせに、生白い肌。

 そして、スキンヘッドの頭部に彫りこまれた、不気味な紋様の刺青。


 テオボルト・ギュンターは、その身にまとった暗灰色のマントをなびかせるようにして、やはり刺青だらけの両腕を左右に広げやった。


「さあ。それでは次の交渉に取りかかりましょう、ミナト・イソツキ。……貴方のご家族に施したその『戒めの茨』を解除したいと願うならば、私の提案にご快諾をいただきたい」


「日本語の勉強が足りてねえみたいだな、この刺青野郎! そいつは交渉じゃなく、脅迫っていうんだよ!」


「どちらでも同じことです。私が魔法を発動させれば、その瞬間に『戒めの茨』は本来の姿を取り戻し、あわれなご家族の首が宙に飛ぶことになりますよ?」


 こいつは――真性の、ゲス野郎だ。


 あのサイやドミニカだって、捕らえた八雲を人質にして、俺たちを呼びつけた。が、それを盾にして、トラメの身柄を黙って引き渡せ、なんていう要求を出すことはなかった。


 それが……すなわち、サイとこいつらの違い、なのだ。


 サイのおっさんだって、暴力は使う。俺は顔面をざっくりと切られたし、浦島さんなんかは手ひどい拷問を受けていた。八雲だって、革鞭の何発かは食らっているだろう。


 だけど、あいつらは、無抵抗の人間を殺すような真似だけは、しなかった。


 ひとたび刃を交えれば、殺すつもりでかかってくる。俺はドミニカとエルバハにそれぞれ殺されかけたことがある。


 だけど、それでも、無抵抗の人間を殺すような真似だけは、しなかったのだ。


 それはたぶん、あいつらが――いや、ドミニカはどうなのかよくわからないが、とにかくサイだけは、生命の重さを知っているから、なのだと思うのだ。


 そうでなければ、あの夜、この場所で、サイのおっさんはこう言っていたはずだろう。『グーロとコカトリスの身柄を引き渡さなければ、八雲美羽を殺す』と。


 俺は、ガンガンと脈打つ心臓のあたりを右手でひっつかみながら、視線を周囲に巡らせてみた。


「……サイのおっさんは、いるのか?」


 テオボルト・ギュンターは、不味いものでも食ったかのように、不審げな顔をする。


「サイ・ミフネが、どうしたと? 何故に今、彼の所在を気にかけるのですか?」


「ここは、サイのおっさんに呼びだされた場所だ。まさか、偶然ってわけじゃねェんだろ。……サイのおっさんは、いるのかよ?」


「確かに、この場所を選んだのは、サイ・ミフネの報告書からもたらされた知識によるものです。貴方などには理解できないでしょうが、結界を張るのには適切な空間とそうでない空間が存在するのですよ。魔力の浪費を抑えるためには、その適切な空間を選ぶ必要があるのです」


 なるほど。それじゃああの七星なんてのは、さぞかしその魔力とやらを浪費しまくったのだろう。結界を張るのに適切な空間の条件なんて、素人の俺には想像もつかないが、少なくとも、俺の住んでるマンションや、夏祭りの開催された森林公園や、リゾートホテルの鎮座するビーチなんかが、そんなご大層な条件を備えもっているとも思えないしな。


 とにかく――サイのおっさんは、この誘拐騒ぎに直接的にはからんでいないらしい。


 ささやかながらも、そいつは不幸中の幸いだ。


「で? ……妹の安全と引き換えに、手前はどんな悪巧みをこの俺なんざにふっかけようと企んでいやがるんだ? もったいつけずに話してみろよ、刺青野郎」


「なに、難しい話ではありませんよ。私の願いは、ただひとつです」


 気を取りなおしたように、刺青野郎が下卑た笑いを浮かべやる。


「ミナト・イソツキ。――貴方には、『暁の剣団』に入団していただきたいのです」

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