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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章
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見えざる刃④

 最後の最後で、とんでもない展開になってしまった。


 それまでは七星に手綱を取られっぱなしであった「狂犬」どもが、ついに牙を剥いた……とでもいうべきか。


「こんな狭苦しい場所じゃあ思うぞんぶんやりあえねえだろうから、もうちっと見晴らしのいい場所に行こうじゃねえか?」


 などとのたまうキャンディスの言に従って、薄暗い通路を歩きながら、七星もいくぶん憮然とした顔になってしまっている。


 せっかくここまで理路整然と自分の主張を押し通すことに成功していた七星が、最後に相手の破綻した言葉で計画を狂わされてしまったのだ。


 破綻の申し子とでも言うべき七星が、破綻っぷりで遅れを取ってしまうというのは……俺にしてみても、はなはだしく不安なことだった。


「何だかとんでもない話になっちまったな。……トラメ、お前はどう思う?」


 歩きながら、俺はこっそりトラメに耳打ちしてみた。


「……くだらんな。くだらなすぎて、腹が空いてきた」


 というのが、トラメの返事である。


「だがまあ、イピリアなんぞは、我やギルタブルルの敵にはならん。この茶番劇には何か裏があるのだろう。決して気は抜くなよ、ミナト」


「この状況で弛緩できるほど、俺の神経は図太くねェよ」


 何せ、てくてくと通路を歩きながらも、俺たちは大量の魔術師どもにしっかりと前後をはさまれてしまっているのだ。


 その先頭を進むのは、もちろん二名の狂犬姉妹であったが……ひとつだけ、特筆すべき点があった。


 豪奢な皮椅子に座していたキャンディスは、なんと皮椅子ごと移動していたのだ。


 べつだん魔法でも何でもない。その椅子には四つの車輪が隠されており、「犬」と呼ばれていた大柄な従僕とやらが、その背についていた把手をつかんで、押しているのである。


 中世の王侯なんぞが座っていそうなレトロかつ豪奢な皮椅子であったが、それは特別ごしらえの車椅子であったのだった。


 なんと傲岸な女だろう……と、最初はそんな風に思ったが。その横を歩くマルヴィナが、さりげなく皮椅子の背もたれに手をかけて慎重に足を進めている姿を見て、俺は少し考えなおした。


 もしかしたら、こいつらは本当に目や足が不自由なのではないか、と。



 そうして俺たちは、やがて建物の最果てにまで導かれた。


「……さあ、ここが幻獣どもの闘技場だぜ?」


 突き当たりの壁に、ガラスの窓がずらりと横並びになっている。


 しかし、窓の向こうはこちら以上に薄暗かったので、どうやら外界に通じているわけでもなさそうだった。


 T字路のかたちに伸びる通路。その左右に前方の魔術師たちが散っていったので、俺や七星も突き当たりまで足を進めて、窓の向こうを見ることができた。


 窓の向こうにあったのは……薄暗い、倉庫みたいな一室だった。


 大きさは、十二帖ほどである。

 天井が高く、無機質で、あちらこちらに鉄製のパイプが張り巡らされている。


 そして、床の高さが、こちらよりも二メートル以上は、低い。

 ただし、天井はこちら側よりも高いぐらいだったので、床から天井までの高さは五、六メートルばかりもありそうだった。


 何だか、奇妙な造りをした部屋だ。


 床も壁もコンクリ造りで……というのはこの建物の一貫した様式であるが、いったいこの部屋は何なのだろう。


「おら、とっとと開門しろよ、犬」


 キャンディスが、その手の乗馬鞭で従者の肩を叩く。


 赤褐色のフードつきマントをまとった男は、相変わらず痛そうな素振りも見せず、壁に設置されたコントロールパネルのようなものを操作した。


 ギギギギギ……と、きしむような音色を奏でながら、通路の端から端にまで並んだ窓ガラスが、上部へと持ち上がっていく。


「さあ、これならここからでも声は筒抜けだ。もしもこれが手前らをとっ捕まえるための罠だったとしても、手前はいつでも好きなときに契約の言葉を発して逃げ帰ることもできるだろ、モナミ・ナナホシ?」


 にやにやと笑うキャンディスに対して、七星はまだ仏頂面である。


「どうにも釈然としない話ですわね。このような余興で幻獣を傷つけてしまうのは、おたがいにとって不利益なだけではないですか?」


「そんなこたあ、手前に指摘されるまでもねえよ。……だから、最初にルールを決めておこうじゃねえか?」


「ルール?」


「相手を殺したり、その後の行動に支障が出るほどの深手を負わすことは禁止とする。その上で、相手に一滴でも血を流させたほうの勝ち……これだったら、ごく純粋に力比べを楽しめるだろ?」


「……そのような力比べにどのような意味があるのか、やはりワタシには理解しかねますね」


「だから、こんな人間の都合でしかない決め事を、幻獣に守らせることができるのか。俺様はそれを確認してえんだよ。……特に、そっちの小僧については、な」


 と、キャンディスの目が俺とトラメを見る。


「どうだよ、小僧? 手前が飼ってるのは愛玩動物でも女奴隷でもねえ。危険で、凶悪な、隠り世の住人なんだ。人間の都合なんてロクに考えようともしねえ幻獣なんぞに、何の力も持たない手前みたいな小僧が、きっちり命令を聞かせることができるのか。そいつを証明してもらわねえことには、そんな危なっかしいもんを手前にあずけとくわけにはいかねえんだよ」


「それは……」


「どっちにせよ、共闘に関しては前向きに検討するしかないっていう、きわめてつまらねえ結論に落ち着いちまった。だったら、この勝負でその条件の内容を決めてみようじゃねえか?」


 俺の言葉をさえぎって、キャンディスは愉快げにそう言った。


「手前らが勝ったら、手前らの言う条件で検討してやる。だけど、手前らが負けたときには……そこのグーロと、どっかに隠れてるコカトリスの身柄を俺様たちに引き渡してもらう。これなら文句はねえだろう、モナミ・ナナホシ? 『黄昏』どもとの戦争に参加する気のない幻獣なんざ、俺様たちにとっては何の価値もねえはずなんだからなあ?」


 もしかしたら……と、俺は思う。


 もしかしたら、こいつらは、こうやって俺と七星の関係性について、探りを入れているのではないだろうか?


 この条件で、七星がかたくなに拒絶するようなら、俺たちの存在が七星にとってはそこそこ重要である、ということが露見してしまう可能性がある。


「何だかなあ。……だったら、ワタシのアクラブを参加させる意義はないんじゃないですか? アナタの幻獣とグーロさんが一騎打ちで決着をつければよいではないですか?」


「俺様たちの幻獣は、コンビプレイが得意なんだよ。一対一じゃあギルタブルルどころかグーロにもかなわねえかもしれねえが、コンビ戦なら、こっちの有利は動かねえぜ?」


 七星が横目でうかがうと、アクラブは「ふん」と本日初めての言葉を発した。


「イピリアなど、蛇神族の末席を汚す雑魚ではないか。それがたかだか二匹では、私ひとりでも十分なぐらいだ」


「……と、ワタシの親愛なるパートナーはこのように言っておりますが、如何?」


「だったら、こんな余興はとっとと終わらせてみせろよ? さっきのルールを守ってくれりゃあ、こっちには何の不満もないぜ?」


 おたがいに本来の力が解放できないのならば、確かにトラメやアクラブがそうそう遅れを取るとも思えない。


 このイピリアという幻獣たちが、もともとグーロやギルタブルルほどの力を有してはいない、というのなら、なおさらだ。


 と、いうことは……やはり、何らかの謀略が隠されているのだろう。


 血の一滴でも流したら負け、というルールも、気にかかる。それなら本来の実力差と関わりなく、ちょっとした不意打ちで足もとをすくわれることもありえるのではないだろうか。


「何をぐずぐず考えこんでんだよ? 手前らがどんな難癖をつけたって、俺様はいったん吐きだした言葉を飲み込む気はねえぜ?」


 キャンデスが、にやにやと笑いながら、乗馬鞭を突きつけてきた。


「それに、無法なことをほざいてんのは、こっちじゃなくって、そっちだろ? 魔術師でもない人間に、邪神教団の呪われた魔術道具で召喚された幻獣……そんなもんは、排除するのが当たり前だ。そんな手前の犯した禁忌を、こんな茶番で免除してやるって言ってんだから、文句どころか御礼を言われたいぐらいなんだぜ、こっちは?」


「いや、だけど……」


「手前はな、踏みこんじゃいけねえ世界に踏みこんじまったんだよ、小僧」


 と、キャンディスの目に、嘲弄とは異なる激しい感情の火が蠢く。


「手前は魔術師としての修練も積まないまま、そんな化け物の主人になっちまったんだ。手前がその力を悪用しようと思ったら、何百、何千、何万もの人間を破滅させることができるんだぜ? 何にもわかってねえ赤ん坊が、銃弾の詰まった機関銃を、玩具代わりに振り回してる。それを止めずに見逃してやれって言ってるようなもんなんだよ、手前らは」


「…………」


「理解できたら、四の五の言わずに、手前の支配力を証明してみやがれ。契約も誓約も使わずに、その小生意気そうなグーロに命令を聞かせてみせろよ?」


 俺は自分の無力さを噛みしめながら、隣りのトラメを振り返ることになった。


 トラメは黄色い目を半眼に隠しつつ、「くだらんな」と吐き捨てる。


「いつまであんな魔術師なんぞに好きなことを言わせておくつもりだ? とっとと決断しろ、貴様たち」


「あーあ、わかったよ。まったくもって、不本意ですけどもねー」と、七星が子どものように唇をとがらせた。


「ただし、キャンディス・マーシャル=ホールさん、アナタのお言葉に偽りがあったときは、とても不愉快な結末になってしまいますことよ? ワタシは、他者に裏切られるのが、何より嫌いなのですから」


「そんなもん、好きな人間はいねえだろうよ」


「この勝負にアクラブとトラメさんが勝利したときは、トラメさんとラケルタさんの身柄も保証してくれる、と?」


「二言はねえ。もちろんそこのギルタブルルとグーロをぶち殺して反則負けを狙う気もねえぜ?」


 そうか。それなら、勝負には負けてもトラメとアクラブを始末することができる。


 しかし、七星は「ふふん」と不遜に笑う。


「そんな心配はしておりませんですよ。むしろ、心配なのは、こちらの反則負けですわね。……アクラブ、大丈夫?」


「相手に深手を負わせるな、か。ふん。あの不細工なエルバハやアルミラージを痛めつけたときよりもつまらん茶番だな」


 言いざまに、アクラブはベレー帽とサングラスをむしり取った。


 赤い髪と、赤い瞳が、薄闇の中であやしくきらめく。


「足を引っ張るなよ、グーロ」


 そうして、アクラブは、誰よりも早く闘いの場へと身を躍らせた。


 トラメにじろりとにらみつけられ、俺もようやく心を決める。


「わかった。頼んだぞ、トラメ。お前とラケルタの身柄がかかってるんだからな」


「……貴様こそ、決して油断するのではないぞ?」


 俺にしか聞こえないぐらいの小声でつぶやき、トラメも窓から暗い地下室へと舞い降りた。


「ギハハハハ! まずは第一段階はクリアーだな。それじゃあ手前も行ってこい、ヴィクトリアス」


「了解です。マスター」


「あなたもね、イラストリアス」


「了解です。マスター」


 双子のようにそっくりな顔をした黒髪白皙の幻獣たちも、ひらりと舞台に降り立った。


「それじゃあ、俺様の合図で勝負開始だぜ? ……おい、犬」


 キャンディスの言葉に、従者が再びコントロールパネルへと手を伸ばす。


 まさか、窓を閉じる気では……と思ったが、そうではなかった。


 こいつらは、もっと悪辣なことを企んでいたのだ。


「あっ!」と、俺は思わず声をあげてしまう。


 ゴボボボボ……という重苦しい音色をあげながら、地下室に、大量の水が満たされ始めたのだった。


「……やっぱり、そういうことですか」と、七星は忌々しそうにつぶやく。


 トラメとアクラブは素早く跳躍し、天井にまで張り巡らされた鉄パイプをつかんで、難を逃れる。


 水を吐き出しているのは、その鉄の配管だ。


 その勢いたるや凄まじく、部屋の中央にたたずむイピリアたちの腰までが水につかるまで、ものの十秒とかからなかった。


「明らかに格の低い幻獣を使役しながら、どうしてそうまで自信満々なのかと思っておりましたが。彼女たちは、『水』の属性の幻獣たちなのですね」


「そりゃあそうだろ。蛇神族といやあ、『水』か『地』が定番だろ? グーロは『地』で、ギルタブルルは『火』だったか?」


 まったく悪びれた様子もなく、キャンディスは嘲笑う。


「ギルタブルルなんていう反則級に強力な幻獣とやりあおうってんだ。これぐらいのハンデは当然だろ。……さあ、勝負開始だ、幻獣ども! 大事な大事なご主人様のために、目の前の敵をぶちのめしてみせろや!」

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