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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章 襲撃者の影
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襲撃者の影⑤

「遠路はるばる、お疲れさまでした。あいにく一人住まいなもので、何のおもてなしもできませんが……」


「いえ、おかまいなく。こちらこそ、お忙しいところにお邪魔してしまって申し訳ありません」


 まったくだ。


 だいたい、ネットオークションの取引相手の家におしかけるなんて、普通に考えたら相当なマナー違反なのではなかろうか。


 送られてきた商品に不備でもあったのならともかく、百パーセントこちらの都合で、商品の由来を知りたいだけ、なのだし。少なくとも、この浦島琢磨という人物が俺たちに気をつかう筋合いなど、どこをどうつついても出てくるとは思えなかった。


 俺はグーロをまた玄関に座らせて、シューズの紐をそそくさと解いてやる。


 その間も、グーロは一定のペースで一匹ずつ煮干しを口の中に放りこんでいる。 


 ……俺が浦島さんの立場だったら、この時点でたぶん「帰れ」と言っていたと思う。


 いや、そもそも最初から会おうとさえ思わなかったか。


「……朝、メールでもお伝えした通り、あの石版はもともと父の持ち物だったんですよ」


 しかし浦島氏は迷惑そうな顔も見せずに、俺たちを馬鹿でかい応接室まで案内し、実に申し訳なさそうな様子でそんな風に説明しはじめてくれた。


「二ヶ月ほど前に父が他界してしまったので、その遺品を整理していたんですが。どうも父は骨董マニアだったようで。蔵の中身をあらためてみたら、もう出るわ出るわ……そのまま骨董屋がオープンできそうなぐらいの品がゴロゴロ出てきてしまったんですね。で、僕はそんなものを見る目もないし、相続税とやらが、腰がぬけるほどの額になってしまったので、少しでもその足しにならないかと、すべて売却してしまったんです」


「そうだったんですか。……あ、でも、オークションに出品されていたのは、あの石版が七枚だけ、でしたよね?」


 なかなかどうして、宇都見は如才なく浦島氏とやりとりできている。こいつ、こんなマトモな口もきけるのかと、ちょっと感心してしまったぐらいだ。


 これでどうして、クラスの連中とはロクにコミュニケーションできないのだろう。


「ええ。ほとんどのものは、父が懇意にしていたという骨董屋に売却してしまったんですよ。ただ、その骨董屋に鑑定できなかった少数の品に関してだけ、オークションに出品することにして……僕には価値などわからないんですが、いちおう父が半生をかけて収集したコレクションなので、二束三文で売り払ってしまうぐらいなら、価値のわかる方に適正な価格で引き取ってほしいなと思ったんです。もちろん、高く売れればいいなあという下心もありましたが。それにしても、あの石版があんな値段で売れるとは驚きでした」


「はい。七枚ともなかなかの値がつきましたよね」


「ですよね? 実はあの石版の前には、年代不明の茶器だとか、いかにもいわくありげな掛け軸なども出品していたんですが、そちらは骨董屋に捨て値で引き渡してしまっても良かったなぁというぐらいの値しかつきませんでした。それで最後に、骨董屋から『何の価値もない。無料でいいなら引き取るよ』と言われたあの石版を、落札されれば儲けもの、というぐらいの気持ちで出品したんですよ」


 革張りのソファに浅く腰をかけ、大理石のテーブルに身を乗りだした体勢で、浦島氏はにこにことそう言った。


「それがあんな高値で売れてしまって、正直、戸惑っているんです。これは何か落とし穴があるんじゃないかと思って、受け取った代金も使えずに保管しています。そのうちクレームでも来るんじゃないか、と怖くなってしまって……で、そんなところに、宇都見くんからご連絡をいただいたわけですね」


「なるほど」


「あれはやっぱり、何かの間違いだったんですかね? 商品の出所が知りたいというのは、やはりそういう……?」


「いや、クレームをつけようとかそういう話ではないんです。ただ……あの石版のルーツを調べたくて、もともとの持ち主である浦島さんなら、何かご存知じゃないかと……」


「残念ながら、僕にはさっぱりですねぇ。父があの品をいつどこで手に入れたのか、そんなことすら、わからないんです。ただ、蔵の一番奥底に眠っていたものなので、そうとう古い時期に入手したんだろうなと推測できるぐらいで……」


 浦島氏は困ったように眉を下げ、宇都見も「うーん」と子どものようにうなる。


 さて、浦島氏からたどるセンは、予想通り早々に潰えてしまったようだ。


 ここから他の落札者についてまで言及するのは、相当に困難をきわめるだろう。オークション上のルールやマナーを考慮すれば、そんな行為は許されるはずもないのだから。


 さあ、宇都見よ、意外に巧みなその話術で、有効な情報を引きだしてみせてくれ。


「えーと……浦島さんは、西洋儀式魔術とか、そういうものにご興味はおありですか?」


 宇都見の言葉に、浦島氏は「はい?」と鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。


 そりゃそうだろ。


「ま、魔術が何ですって? あいにく僕は、オカルト方面はチンプンカンプンなんですが……」


「あ、そうですか。いや、そもそも西洋儀式魔術っていうのは、十九世紀のイギリスが発祥で……」


 ぺしり。


 俺は無言で、宇都見の頭をはたいてやった。


 子犬みたいな目で、宇都見が俺を振り返る。


「ですからその、黄金の夜明け団という魔術結社の創設が……」


 ぺしり。


「そ、その中でも召喚魔術という、霊的な存在を喚びだす儀式魔術が……」


 ぺしり。ぺしり。


「痛いなぁ。何でそんなに叩くんだよぅ」


「何でじゃねェよ! 空気を読め! 警察か病院に通報されちまうぞ!」


 そりゃあ俺だってわざわざグーロを連れてはきたが、こんなのはあくまで最後の手段だ。というか、この浦島氏がオカルト馬鹿じゃないという事実を最初から知らされていれば、俺だってグーロを連れてこようだなんて思わなかったんだよ、まったく。


 ちなみにそのグーロは、さきほどから借りてきた猫のように大人しく煮干しをかじり続けている。幸か不幸か、人間どものやりとりなんかにはまったく興味もなさそうだ。


「あ、あの、何ですか? そういえばあの石版はいかにもそっち方面の品物っぽかったですけど、それが何か……?」


 見ろ。目を白黒させてるじゃないか、気の毒に。


「いや、いいんです。とにかく俺たちはあの石版のルーツが知りたいんですよ。だから、その、あの石版を高額で落札した人の中には、そういう話に詳しい人もいるんじゃないかって考えたんですけど……」


 けっきょく俺が説明する羽目になってしまった。


 そして、浦島氏をいっそう困惑させてしまったみたいじゃないか。


「それはまあそうかもしれませんけど、落札された方々の個人情報は漏らせませんよ? そんなことをしたら、僕が訴訟されかねませんし」


「まあ……普通はそうですよね」


「だけど、あの石版は危険なんです!」


 と、宇都見が再び割りこんでくる。


 まずいな。ビョーキのスイッチが入っちまったみたいだぞ、このテンションは。


「ボクたちは、あの石版を使った儀式のせいで、かなり困った立場に立たされてしまったんです。石版を落札した残りの六人の中にも、同じ目にあって困っている人がいるかもしれません。ことは人命に関わることなので、何とかご協力していただけませんか?」


「じ、人命? それは穏やかな話じゃありませんねぇ」


「そうなんです! なんなら、ボクが浦島さんのメールボックスにハッキングして情報を盗んだ、っていうことにしてもいいですから、何とか落札した人たちの連絡先を……」


 ぺしり。


 今度は、かなり強めに叩いてやった。


「痛いってば! どうして磯月は邪魔をするの?」


「お前と違って、俺は礼儀や常識ってやつをわきまえてるからだよ! ……なあ、宇都見、もうやめにしねェか?」


 俺は何だか、すっかり気持ちが萎えてしまっていた。


 確かにこの浦島氏が意地汚くオークションに出品などしなければ、俺たちがこんな目に合うこともなかったわけだが。そんなものは、結果論だ。そいつを有難がって落札したのは宇都見だし、考えなしに協力してしまったのは、他ならぬこの俺だ。浦島氏の責任を追及する権利など、俺たち馬鹿二人にはない、と思う。


 とどのつまり、この浦島氏は無関係の第三者なのだから。そんな相手を自分の面倒事に巻き込んでしまうのは、あんまり俺の流儀でもなかった。


「俺のことは、もういいよ。もちろんあきらめたわけじゃねェけど、もうちょい穏便な解決策を考えようぜ」


 だいたい、何を聞かされたって、普通の人間はこんな馬鹿げた話を信じたりはしないだろう。自分が当事者じゃなかったら、俺だって一笑に付していたと思う。


 もしかしたら、何かリクエストでもすれば、グーロのやつも自分がただの人間ではないという証拠を見せてくれるかもしれないが。それで警察やらテレビ局やらでも呼ばれてしまったら大事だし、そもそもグーロの人間離れした姿など、俺だってちっとも見たいとは思えない。


 自分の寿命を守るために、グーロにそんな真似をさせるだなんて、そんなのは少しばかり人間様のコケンに関わるではないか。


「……そっか。磯月がいいなら、それはそれでいいんだけど。でも、他の落札者の人たちはどうする?」


「あん? それこそ俺たちが心配する筋合いじゃねェだろ。石版にはきっちり取り扱いの説明も書いてあるんだろうから、何が起きたって自業自得だろ?」


 俺がそう答えると、宇都見のやつはいつになく生真面目な表情で首を振った。


「うん。ボクらと同じような考えで儀式をおこなって、ボクらと同じように困った目に合ってる人がいれば、それはもちろん自業自得だと思う。だけど、もし確信犯で、あの石版を使うような人がいたら、それはどうするの?」


「……確信犯?」


「だから、どんな代償を払ってもいい、っていうぐらい強い望みを持ってる人間がいたら……そして、その望みがもしも大勢の人間に災難をもたらすようなものだったら、さ。これはちょっと、危険じゃない?」


 俺は、とっさに言葉を返すことができなかった。 

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