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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章
118/141

見えざる刃②

「……シンテンゴキョウドウ?」


 キャンディスは、小馬鹿にしたように笑っている。


 しかし……マルヴィナは、表情を変えぬままに、ぴくりと肩を動かすことによって、動揺をあらわにしてしまっていた。


「『神天五教道』……それは……」


「そうです。この世は唯一神ゼクゥナに創世されしものであり、儒教と、道教と、仏教と、イスラム教と、キリスト教、それら五教はみな違うかたちで同じ神を崇めているのである……と説く、愉快な愉快な宗教団体であります」


「何だよそりゃ。くっだらねえ教えもあったもんだな」


 忌々しげに吐き捨てるキャンディスに、七星はにこやかに笑いかける。


「ですが、この宗教団体を舞台裏で管理しているのは、魔術結社『聖なる盾』なのでありますよ、キャンディス・マーシャル=ホールさん。『神天五教道』の名に聞き覚えはなくとも、『聖なる盾』を知らないなどということは……さすがにありえないですわよね? 『聖なる盾』は、『銀の星団』と並ぶ『暁の剣団』の母体組織なのですから」


「……『聖なる盾』、だと?」


「そうです。中国から台湾を経て日本に伝来したはずの『神天五教道』を、どうして『聖なる盾』が管理することになったのか、そのようなことは歴史の闇に塗り潰されてしまっておりますが。何はともあれ、『神天五教道』を支配しているのは、『聖なる盾』なのです。その目的は……もちろん、おわかりでしょう? 魔術結社を運営するための資金を調達するため、です」


「…………」


「現状では、『銀の星団』よりも『聖なる盾』のほうが、アナタがたにとっては縁が深いのではないですか? ワタシの記憶に間違いがなければ、『暁の剣団』に対する資金と人材の確保は『聖なる盾』が受け持っているはずなのですけれども、如何?」


「手前……」


「邪魔者は排除すればいい、疑わしきは罰すればいい、というのが、アナタがたの流儀だと聞いております。が、『神天五教道』に対しては、そのような暴挙が可能でありましょうか? ただでさえ、かの団体は日本に広く深く根ざしているのです。数十万人を超えるであろう『神天五教道』の信者を皆殺しにすることなどは不可能でありましょうし、可能だとしても、そのようなことをしてしまえば、『聖なる盾』も、ひいては『暁の剣団』も組織として立ち行かなくなります。これが最後の聖戦であるならば、そのような玉砕戦法も選択肢になりうるやもしれませぬが、『名無き黄昏』はまだまだ世界中にはびこっているのですから……自重が、必要になるでしょうねえ?」


「なるほど……それが手前の切り札ってわけか、モナミ・ナナホシ」


 と、キャンディスが両目を吊りあげて、悪鬼のごとく笑いだす。


「面白えっ! ……だけど、俺様たちに必要なのは、手前の力じゃなく、手前の持つ情報だ! 手前にすべてを吐かしちまえば、それで話は済むことだろうが?」


「おやおや。ずいぶん買いかぶられたものですねえ。ワタシだって『神天五教道』の存在にまで行き着いてから、まだせいぜい二ヶ月ていどですのよ? たったそれだけの期間で、ワタシが『名無き黄昏』の全容を把握しているとでもお思いですか?」


「だったら、その後の調査は俺様たちが引き継いでやんよ。手前は大人しく火炙りにでもなっちまえや」


「無理ですね。アナタがただけの調査能力では、『名無き黄昏』を追い詰めることなど不可能でありますよ」


 そう言って、七星は芝居がかった仕草で両腕を広げた。


「ワタシは、魔術のみならず、ワタシの管理する調査組織と、ワタシの有するパソコンの技術知識を総動員させて、それだけのことを調べあげたのです。英国育ちのアナタがたが、他人の庭であるこの日本で、どれだけの調査能力を発揮できるとおっしゃるのですか?」


「……『聖なる盾』に協力を依頼すれば、『神天五教道』の全容を把握することは難しくないと思われます」


 マルヴィナの言葉に、七星は「ふふん」と鼻を鳴らす。


「甘いですね。英国に居座っている『聖なる盾』の方々に、数十万人を数える信者たちのどこまでが把握できているというのですか? その中で、『名無き黄昏』の邪教徒などは、せいぜい百人も存在しないていどでありましょうが、やつらは、ひとりでも取り逃せば、そこからまた細菌のように繁殖し始めるのです。アナタがたが百年以上かけても連中を駆逐しきれなかったのは、その繁殖力の凄まじさゆえでしょう?」


「…………」


「連中は、正しい意味での魔術師ではありません。むしろ、魔術師としての修練をショートカットするためにこそ、『黒き石版』を始めとする強力にして外法なる魔術道具の開発にいそしんだのです。昨日まではごく平凡な一般市民だった人物が、一夜にして優秀な魔法戦士にも成りうる。その恐ろしさは、アナタがたもよく知るところでありますよね」


「…………」


「そんな連中と闘うには、魔術だけでは足りないのです。連中は、魔術師ではなく、魔術を拳銃や大砲のように使用しているだけの、近代人の集まりなのですから。近代には近代の闘い方がある、ということですよ。……そもそもアナタがたは、『名無き黄昏』の邪教徒どもを、『何』と定義し、どういう存在として認識しているのですか?」


 答える者は、いなかった。


 なので、七星はさらにまくしたてる。


「邪神の復活。黄金率の破壊。巫女の血族……そういった前時代的なお題目に目をくらまされて、連中を、自分の土俵に乗せてしまっているのではないですか? 連中は、崇高な理念を持つ宗教家ではありません。宇宙の真理を求める探求者でもありません。ただこの世界が気に食わなくて、何もかもを無茶苦茶にしてやろうと企んでいる、自己の肥大化したテロリストに過ぎないのですよ」


「だったら……どうだと言うのですか?」


「もっと柔軟に対応しなくては勝ち目がない、と言っているのです。武力を行使する前に、まずは情報戦を制さなければならないのですから。……とりあえず、ワタシが海野カイジの存在を知り、そこから連中の素性を探り出すのには、魔術よりも、電子機器や生身の人間たちのほうがよほど有効でありましたよ?」


 にわか魔術師の本領発揮、といったところだろうか。


 魔術を拳銃や大砲のように使用している、というのは、俺にしてみれば七星の行動そのものだとしか思えなかった。


「精霊魔法よりも、拳銃のほうが有効なこともあるのです。使い魔よりも、人間の探偵のほうが有効なこともあるのです。念話や、読心術や、結界よりも、携帯電話や、盗聴器や、防弾チョッキのほうが有効なこともあるのです。ましてや、『黄昏』の連中は、アナタがたを警戒している……魔術師に対しては、外法の魔術道具を駆使して最上級の防御ラインを構築しているのです。たとえばアナタがたは、今この瞬間に海野カイジの居場所を突き止めることができますか? 彼は『黄昏』から支給された護符に守られ、結界の張られたアジトに潜伏しているはずですが、いかがでしょう?」


「…………」


「ワタシには、可能です。彼の所持している携帯端末のサーバにハッキング済みなので、そのGPS情報を常に把握しているのですよ。そうして彼が『神天五教道』のどのメンバーと親密にしているのかを探り、『名無き黄昏』の全容を暴いてやろうと画策しているわけです」


「…………」


「コレが現在の、ワタシの力です。これでもまだ、ワタシの存在は手を組むに値しない、とお考えになられるのでありましょうか?」


 沈黙が、落ちる。


 サイたちや下級魔術師どもなどは最初から一言たりとも言葉を発していないので、それはつまり、キャンディスとマルヴィナが黙考し始めた、ということだった。


「……しかし、あなたは、邪神の巫女の血族です」


 と、やがて再び口火を切ったのは、マルヴィナのほうである。


「そんなあなたを同胞と呼んでしまうのは、『暁の剣団』の禁忌に触れます。わたしどもにとって、あなたは許されざる存在なのです」


「べつに、恒久的に手を組もう、などとは言っておりませんよ。巫女はどうして巫女なのか、それが解明されるまで、ワタシが百パーセントの信頼を得られることなどはできないのでしょうから」


 七星は、実にあっさりとそう応じた。


「ですから、ワタシは和平の条約に期間を定めたいと思います。七星もなみと『暁の剣団』が共闘するのは、この日本における『名無き黄昏』を壊滅させるまで……といったところで、いかがでありましょう?」


「それでは、その期間が過ぎたら……」


「どうぞワタシの討伐に取りかかってくださいませ。ワタシは、逃げますから」


「逃げる……いずこに?」


「むろん、『名無き黄昏』がはびこっている地に」


 と、七星はにんまりと笑う。


「今なら、フランスかアラビア半島あたりが激戦区でありましょうかね。まあとにかく、ワタシの宿願は『名無き黄昏』を完全にこの世から駆逐することなのですから。日本国における駆逐が完了したら、次なる舞台へと移動するだけであります」


「……あなたは、それで納得できるのですか?」


「できますよ。それにこれは、最愛の父から学んだ戦術でもあるのですから」


 何?と、俺は七星を振り返った。


 七星は、マルヴィナたちを見つめながら、何かを懐かしむかのように目を細める。


「アナタがたは、たぶんご存じではないのでしょうけれども。父は、『暁の剣団』を去った後に、たった一度だけ、アナタがたの同胞と共闘したことがあるのです」


「……それはいったい、何のお話ですか? そのようなことは、絶対に起こり得ないはずなのですが」


「それが、起こり得たのですよ。父にとっては最後の戦場となった、マサチューセッツのセイラムにおいて。父は、自分を討伐するために追ってきた大アルカナに共闘を持ちかけて、その人物とともに、『名無き黄昏』の祭祀場を壊滅させたのです」


「…………」


「邪教徒の巣窟を目前にして、自分たちが相争うのは無益だ。自分の首が欲しいなら、邪教徒どもを殲滅させた後にしろ……そんな風に、父が提言すると、その人物はさんざん苦悩した末に、父との共闘を了承してくれたのですよ。残念ながら、最後の最後で邪教徒の手にかかってしまいましたが。背信者のリュウ・ナナホシと一時的にでも手を結ぶ、などという話は、とうてい本国には報告できなかったのでしょうねえ」


「……それは……」


「え?」と、七星が、びっくりしたように目線を移動させる。


 この場において、他者を仰天させる役回りばかりを演じていた七星が、初めて見せる驚きの表情だった。


 七星を驚かせたのは……サイ・ミフネである。


 それまで石像のように黙りこくっていた男が、ふいに言葉を発してきたのだ。


「……その、リュウ・ナナホシに手を貸した大アルカナ、というのは……?」


「はあ。たしか、No.7の『戦車ザ・チャリオット』、ドン・アクロイドというお方でしたね。金髪碧眼の、とても背の高い男前のお方でありました。……もしかしたら、彼はサイ・ミフネさんのお知り合いだったのですか?」


 お知り合いも何も、こいつらはみんな同じ穴のムジナであろう。


 しかし……それが六年前の出来事であるならば、サイはまだ十三歳ていどであったはずだ。


「……勝手に口を開いてるんじゃねえよ、三下っ!」


 と、キャンディスが乗馬鞭で床を打った。


 サイは静かに引き下がり、また仮面のような無表情に心情を隠してしまう。


「気に食わねえなあ。何もかもが、気に食わねえぜ。 ……おい! それでも手前みたいな背信者の娘は信用できねえって結論になったら、手前はどうするつもりなんだ?」


「そりゃあもちろん、逃げますですよ」


「逃がすかよ。この場に何人の魔術師が集まってると思ってやがる」


「大アルカナ四名に小アルカナ八名、合計十二名でございますね。……しかし、アナタがたがワタシを捕らえることは、絶対に不可能なのです」


「へへえ。絶対とはまた、見くびられたもんだなあ?」


「見くびってなどは、おりませんですよ。その方法が、存在しないだけです」


 七星は、やれやれというように肩をすくめる。


「何故ならば、交渉が決裂した瞬間、ワタシはこのように叫ぶからですね。アクラブ、ワタシたちを連れてこの場から脱出せよ。と」


 キャンディスの顔から、嗜虐的な笑みが消えた。


「ワタシの望みが叶えられれば、ワタシは脱出を果たせます。ワタシの望みが叶えられなければ、ワタシの魂は打ち砕かれます。どの道、アナタがたはワタシを捕らえることはできなくなり、海野カイジの行方も『名無き黄昏』の現状も、すべては忘却の地平線へ、という結末でありますね」


「…………」


「まあ、無事に脱出がかなったならば、ワタシは当初の予定通り、単身で『名無き黄昏』と闘うだけですよ。イソツキミナトくんは、今のところ魔術結社の影が見当たらない中国かロシアにでも亡命させてあげましょうかね。新しい外見と戸籍を与えて、新生活の準備金ぐらいは恵んであげることにしましょう。これまでの生活も家族も捨てて、グーロのトラメさんと末永くお幸せに、てなもんです」


「手前……最初っから、そういう筋書きだったってわけか」


「そりゃあまあ、最悪の事態も想定せずに行動できるほど、ワタシは豪胆な人間でもありませぬので」


 いけしゃあしゃあとそんなことを言い、七星は優雅に一礼してみせた。


「さあ、それではご決断を。ワタシはあくまでも和睦の道が最善と信じておりますよ」


「……納得いかねえっ!」と、キャンディスがわめきたてる。


「感情的になるのはおやめなさい」と、マルヴィナがそれをたしなめた。


「これはもう、白旗を上げるしかないようですね。少なくとも、あなたの言葉が真実ではない、という確証を得るまでは、あなたを害するわけにはいかなくなってしまいましたわ、モナミ・ナナホシ」


「おい! 本気で言ってんのかよ、マルヴィナ!」


「もちろんですよ、キャンディス。モナミ・ナナホシが剣と成りうるか、毒と成りうるか。それはもう、火を見るよりも明らかではないですか」


 とても英国人とは思えぬ言い回しで七星を賞賛したのち、マルヴィナは、まぶたに隠された目を俺のほうに向けた。


「それで……ミナト・イソツキ。あなたの役回りは、いったいいかなるものなのでしょう?」


「え?」と、俺は阿呆のように聞き返してしまった。


 不覚にも、このようなタイミングで矛先を向けられるとは思っていなかったのだ。


「モナミ・ナナホシの計略は完璧です。『名無き黄昏』の殲滅を第一に考えるならば、彼女の要求を飲む以外にない、としか思えません。……その中で、あなたの存在だけが、妙に浮いてしまっているではないですか」

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