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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章
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見えざる刃①

「ワタシの願いは、サイ・ミフネさんとドミニカ・マーシャル=ホールさんにお伝えした通りでございますよん」


 四面楚歌というも愚かしいこの状況で、七星の様子には毛ほどの気後れも感じられなかった。


 というか、トロイ・クロムウェルなる奇怪な魔術師と対面してしまった効果なのか、それまで以上に力強く、凛然としているようにさえ見えた。


「ワタシは、『暁の剣団』との共闘を望んでおります。それが無理なら、せめておたがいの邪魔をしないという和平の条約を結びたいと考えておりまする」


 にやにやと、楽しくてたまらぬように口の端を吊りあげている、キャンディス・マーシャル=ホール。


 にこにこと、得体の知れない微笑みをたたえている、マルヴィナ・マーシャル=ホール。


 そんな二人の女怪を前に、七星は得々と言葉を重ねていく。


「その同盟関係が成立しうるならば、ワタシはこれまでに調査してきた日本国内における『名無き黄昏』の情報をアナタがたにも開示する準備がございます。有り体に申しまして、かの邪教徒どもはすでに確固たる橋頭堡を完成させつつありますので、ワタシどもが仲違いをしているゆとりなど微塵も残されてはいないと愚考いたしまするが……如何?」


「その同盟関係の条件として、あなたは自身の安全と自由を望む、ということでありましたね?」


 マルヴィナの言葉に、七星はうなずく。


「ワタシと、それから例の『黒き石版』のせいで今回の一件に巻き込まれてしまった人々の安全と自由、でありますね」


「ミナト・イソツキ。ミワ・ヤクモ。ショウタ・ウツミ。タクマ・ウラシマの四名でありましたか。……その者たちは『名無き黄昏』の関係者ではない、という確信を、あなたはすでに得ているわけですね」


「はい。もちろん身辺調査も行いましたが、そんなものをするまでもなく、彼らの潔白は明らかに過ぎましたから。……何せ、例のオークションには『名無き黄昏』の重要人物であると目される海野カイジその人も参加していたのです。『黄昏』どもがすべての石版を欲していたのなら、わざわざ入札者を分散させる必要もないでしょう? よって、海野カイジを除く六名の落札者は、すべて無関係とみなすのが道理だと思われます」


「……カイジ・ウンノ」と、マルヴィナは同じ笑顔のまま、静かに繰り返す。


「その人物が、『名無き黄昏』の関係者であるということに、間違いはないのですか?」


「九九・九九パーセント、間違いないですね。彼は『黒き石版』の中から、邪神復活の儀に必要な『本物の一枚』だけを選んで落札しましたし……何より、彼はもともと邪神を祀る血族の出自でもありました。彼の故郷にて発見した『邪神像の台座』の画像は、先日サイさんの端末にお届けしましたよね?」


 そこで七星の目が、初めてサイのほうに向けられた。


 何だかすっかり存在感を消失してしまっているサイ・ミフネは、やはり無言のまま、小さくうなずく。


「しかし、どうしてあなたはそこまでミナト・イソツキを始めとするオークションの関係者を擁護するのでしょう? もともと彼らと面識があったわけではないのですよね?」


「そんなのは、簡単な話です。ワタシはいかなる相手であれ、『名無き黄昏』を要因として人が不幸になるのが許せないだけですわ」


 そう言って、七星は不敵に笑った。


「イソツキミナトくんたちに疑いをかけて、害そうとしたのは、アナタがた『暁の剣団』です。しかし、原因は、あくまで『名無き黄昏』でしょう? それで彼らが生命を落とすようなことになったら、それはやっぱり『名無き黄昏』がこの世に存在するためである、としか思えないのですよ……ま、父に対する思いと同じでありますね。父を殺したのは『暁の剣団』の副団長トロイ・クロムウェル卿、だけど私は『名無き黄昏』こそを仇敵と憎むことに決めたのです。……それが、父の遺志でもありましたから」


「……なるほど」


「それにつけ加えて、ワタシはとっとと解放されたいのですよね、彼らのお守りから。……これから『名無き黄昏』との熾烈な全面戦争が展開されるというのに、彼らの安否まで気づかっていたら身が持ちません。だから、後顧の憂いをなくすためにも、とっとと彼らの安全を保証していただきたいのですよ」


 いよいよ話が核心に迫ってきた。


 マルヴィナの、相変わらずまぶたを閉ざしたままの顔が、ゆっくりと俺に向けられる。


「ミナト・イソツキ。……あなたが魔術師などでないということは、誰の目にも明らかです。そして、『名無き黄昏』の教徒である可能性もはなはだしく低いということであれば、誰もあなたを害そうとは考えません」


「……ええ」と、俺は相槌を打つ。


「ですから、わたしどもが提示する条件はひとつだけ。『黒き石版』の魔力によって召喚せしめた隠り世の住人を、わたしどもに始末させること、だったのですが……あなたはそれを、拒絶なされたのですよね」


「……こいつは危険なやつじゃないし、契約者の俺が危険な真似はさせません。だから、見逃してもらうわけにはいかないですかね?」


 こんな喋り方でいいのかな、と危ぶみつつ、俺はついに「狂犬」たる魔術師と言葉を交わしてしまった。


 マルヴィナは、慈母のようにやわらかく微笑む。


「確かに隠り世の住人が現し世において危険な存在になりうるかどうか、それを決定するのは契約者の裁量です。ですが……そこのグーロは、隠り世の住人としてもなかなかに強力な魔力を有する存在であるはずなのです」


「はあ。どうやらそうみたいですね」


「ですから、たとえば今、あなたがここでグーロに、マルヴィナ・マーシャル=ホールを滅ぼせと命じれば……私を守るために、相当数の小アルカナが犠牲になることでしょう。もしかしたら、私や同胞たちの幻獣たちも深手を負ってしまうかもしれません。それぐらい、そのグーロは強力な幻獣なのです」


「……ええ」


「それを野放しにしてほしい、というのは、とうていささやかな望みとは言い難いと思うのですが、いかがでしょう?」


 それは、思いの他、真っ当な反論の言葉だった。


 真っ当すぎて、ぐうの音もない。


 だから、救いの船を出してくれたのは、やっぱり七星のやつだった。


「イソツキミナトくんをそんな風に問い詰めても、気のきいた返事なんてできやしませんよ、マルヴィナ・マーシャル=ホールさん。彼は無力な、十七歳の男の子に過ぎないんですから。……だから、ワタシが、彼の苦労を肩代わりする羽目になっているのです」


「肩代わり、ですか」


「はい。さきほどはあえて省略されたのでしょうが。ワタシが要求しているのは、五名の人間の安全と、三名の幻獣の安全ですね。さきほど挙げたメンバーに、ワタシのパートナーであるギルタブルルのカルブ=ル=アクラブと、グーロのトラメ、そしてコカトリスのラケルタの名もつけ加えてくださるよう、お願いいたします」


「……ずいぶん虫のいい話だなあ、おい?」


 と……ついにもう一名の「狂犬」が口を出してきた。


 豪奢な革椅子に座したキャンデス・マーシャル=ホールが、乗馬鞭をしごきながら、悪意に満ちみちた言葉を吐きつけてくる。


「ちいとも話が進まねえから、俺様が尻をひっぱたいてやんよ。……モナミ・ナナホシ。俺様たちが望むのはな、『名無き黄昏』の情報と、その忌まわしい魔術道具で召喚された三匹の幻獣の身柄、そして手前自身の生命、だよ! そいつを全部さしだすってんなら、まあ、魔術師でもねえのに邪教の魔術に手を染めたクソッタレどもの生命は見逃してやってもかまわねえぞ?」


「ほほう。それはそれは……ずいぶんとおたがいの条件に隔たりが生じてしまったものですねえ」


「あったりめえだろ。手前は『邪神の巫女』の血族なんだ! 手前が本当に『名無き黄昏』の野望をくじきてえなら、手前自身をくびり殺すのがまず真っ先に為すべきことなんじゃねえのかあ?」


「ご高説、ごもっとも……と、言いたいところですが。『器』としての資格を持つ人間なんて、この世界には何人も存在するでしょう? ワタシひとりが自己犠牲の精神を発揮しても、巫女の代わりなんていくらでもいるわけではないですか」


 と、七星は余裕たっぷりに肩をすくめやる。


「それではワタシもそろそろ本音で語らせていただきますけども。アナタたち『暁の剣団』だけでは、まったく心もとないのですよ。だからこそ、ワタシはアナタがたに命運を託してこの身を滅ぼす気持ちになどは、とうていなれないのであります」


「……へえ、面白いことを抜かすじゃねえか、背信者の娘ふぜいがよ」


「何も面白くはないですよ。アナタがたは、一九世紀の末期から、百年以上も抗争を続けつつ、いまだに『名無き黄昏』を駆逐するに至ってはいないではないですか? そんな人たちに、どうして命運を託す気持ちになれましょうか?」


 そんな挑発的な言葉をのたまいながら、七星の顔は、楽しげに笑っていた。


「そして今、この日本国においても、アナタがたは救い難いぐらい後手に回ってしまっております。ワタシを殺してしまったら、『名無き黄昏』を駆逐することなど、とうてい不可能になってしまいますよ? 『名無き黄昏』の悲願は達成され、この世に邪神が降臨し、現し世も隠り世も木っ端微塵で、ジ・エンドです。そんな最悪な未来を選び取るおつもりなのですかね、アナタがたは」


「……そんなもん、手前から『名無き黄昏』の情報を引き出せば済むこった。グーロとギルタブルルがいりゃあ、俺様たちを返り討ちにできるとでも思ってんのかよ、手前は?」


 ひどく物騒なことを言いながら、キャンディスの下卑た笑顔にもまだ余裕が感じられる。


 その、十歳児ぐらいにしか見えない魔術師の顔を見返しながら、七星は至極あっさりと言った。


「ワタシたちの力がアナタがたに勝るかどうか、そのようなことは知りません。ただ、ワタシにわかっているのは、アナタがたの力だけで、この国の『黄昏』どもを止めるのは不可能だ、ということだけです」


「……それは、どういう意味なのですか?」


 マルヴィナは、にこにこと微笑んでいる。


 七星は、胸の前で腕を組みながら、言った。


「この国の『黄昏』どもは、とある宗教団体を隠れ蓑にしている、というお話は、サイさんを通して伝わっているはずですわよね? その宗教団体の名前を、ワタシはあえてお知らせしませんでした。ワタシとの会見が済む前に余計なことをされては、本当にすべてが台無しになってしまいますからねえ。……その名を、ここでお伝えしましょう」


 二人の女魔術師の表情に、変化はない。


 七星は、何でもないことのように、言った。


「『名無き黄昏』が自分たちの姿をくらますために隠れ蓑として選んだのは、『神天五教道』という新興宗教団体です。『暁の剣団』の重鎮たるアナタがたならば、その名前を耳にしたことぐらいはあるはずですわよね?」

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