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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章
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来たりしものたち④

 ずいぶんと巨大な立ち姿だ。


 だから、最初は、実物よりも少しだけ拡大された幻影なのだろう……と思ったのだが、どうもそうではないようだった。


 まず、それが威嚇を目的とした巨大化であったならば、サイズが中途半端すぎるのである。


 そいつは、常人の一・五倍ぐらい……およそ二メートル半ほどの大きさを有していた。


 二・五メートル。二百五十センチ。


 確かに、尋常な大きさではない。


 しかし、俗に言う巨人症の人間であるならば、ありえない数字ではないはずだ。


 そして、そいつは、テレビや雑誌などで見るそういった人々とよく似た風貌をも持ち合わせていたのだった。


 漆黒の長マントを着ているために、体型はよくわからない。


 だけど、縦の大きさに対して横幅が足りていない、ということぐらいは見てとれる。


 肩幅はせまく、胴体は細く、とにかく縦長のシルエットである。


 これで身長を平均値まで縮小したら、骸骨のような痩身になってしまうだろう。


 フードの陰からのぞく顔は、やっぱり異常に面長で、額も顎も、三日月のごとく全面に突出している。


 せりでた眉の下で青灰色の小さな目が陰鬱に光っており、唇は、ぶあつい。


 言っては悪いが、少し類人猿ぽい顔貌だ。


 やたらと指の長い骨ばった手で、奇妙にねじくれ曲がった木製の杖をつき、そいつは、遥かな高みから俺たちを見下ろしていた。


 わざとらしく首をのけぞらしてその陰鬱な眼光を見返していた七星は、「これはこれは」と皮肉っぽい声をあげる。


「違っていたら、ごめんなさいですけど。あなたはもしかして、『暁の剣団』の副団長にして漆黒の上級魔術師、『調整(ザ・アジャストメント)』たるトロイ・クロムウェル卿ではございませんか?」


『いかにも。吾はトロイ・クロムウェルである。……吾の名を聞き及んでおったか、リュウ・ナナホシの遺児よ』


「それはもちろん。あなたは中級魔術師だった頃、長らくワタシの父のパートナーであったのでしょう? ご尊顔を拝見するのは初めてですけれども、父から聞いていた通りのお方ですわね」


 何となく、七星の様子がおかしい気がした。


 そして……その疑念は、次の瞬間にあっさりと氷解することになった。


「本当に、奇異なる巡り合わせですわよね。長年のパートナーであったあなたが、父を処断することになるだなんて。……父の死に様がどんなだったか、詳しくご説明してさしあげましょうか、クロムウェル卿? あなたの仕掛けた魔術がどんな風に父を滅ぼしたのか、あなたはその目で確認していないはずなのですからね」


 こいつが……この巨大な図体をした魔術師が、七星の父親を殺した張本人だったのか。


 七星は、いつも以上に両目を強く光らせて、女英雄のように笑っていた。


 いや……英雄、なんていうよりは、やっぱり、復讐の女神とでも評したほうが、正しかっただろうか。


 その目は爛々と燃えさかり、ほっそりとした身体には、あふれんばかりの精気がみなぎり……まるきり、契約を行使する幻獣そのものみたいだった。


 そう。


 七星は、まるでエネルギーの塊みたいに見えた。


 こいつは本当にただの人間なのか、と疑わしくなるぐらい……素手でさわったら指先の皮膚が灼けただれてしまうのではないか、というぐらい……七星は、人間離れして見えた。


 俺は魔術師でも、武道の達人でも何でもない。


 そんな凡俗たる俺をして、七星の肉体を包む生命力の波動、オーラ、闘気、みたいなものが見えるような気さえしてしまうのだ。


 一個の人間が、たったの十六年間で、ここまでの力を得ることができるのか。


 俺は、あらためて、七星もなみという奇跡のような存在に打ちのめされ……


 そして、怒りと悲しみの激情をかきたてられてしまった。


(どうして、こいつが……)


 どうして、こいつだけが、そんな数奇な運命を辿らなくてはならないのだろう。


 こいつの存在は、化け物みたいに強靭で、目もあてられないぐらい光り輝いていたが。


 そんなものは、不幸と絶望を糧に与えられた強靭さであり、輝きなのだ。


 魔術結社の魔術師と、邪神の巫女の間に生まれ落ち。


 たった二歳で、母親を失い。


 たった十歳で、父親を失い。


 それからの六年間を、独りきりで、過ごしてきた。


 その間に、こいつはアメリカから日本に渡り。


 地下に潜伏し。


 おそらくは、父親ゆずりの魔術やインターネットなどを駆使して、魔術結社の動向を探りつつ。


 死ぬような思いで、己を研鑽し続けたのだ。


 幻獣と正面から闘えるような体術と。


 本物の魔術師を凌駕するほどの魔術と。


 はかりしれない、巨万の富と。


 生き抜くための、知識と技術を。


 わずか六年で、体得したのだ。


 そんなことが成し遂げられたのは、もちろん両親から受け継いだ才覚あってのことだろう。


 しかし。


 他の誰に、そんな馬鹿げたことが実現しうるだろうか?


 他の誰に、そんな馬鹿げた研鑽が必要だっただろうか?


 しかも、こいつは……



『……リュウ・ナナホシの死に様などに興味はないが、汝に対しては問いかけたいことがある、遺児よ』


 重々しい、地獄の底から響いてくるような念話の声が、俺の思考をさえぎった。


『汝は、父とともに、吾の魔術で灼き滅ぼされたはず……その汝が、如何にして吾の魔術から逃れ得たのであろうか?』


「ふふん。そんなことは、ちょいと考えればおわかりになるでしょう? 父は、身代わりを立てたのです。父とともに灼き殺されたのは、気の毒な身代わりの女の子だったのですよん」


『身代わり……そのようなもので、汝らの死骸の回収におもむいた大アルカナをあざむけるはずは……』


「もちろん、ただの身代わりではございませんですわ。それは、『邪神の巫女』としての『器』を有した、お気の毒な女の子だったのです。あなたの魔術に灼かれる寸前、父とワタシがマサチューセッツのセイラムに存在した『名無き黄昏』の祭祀場を撲滅した、ということは聞き及んでおられるのでしょう? 彼女とは、そこで出会ったのでありますよ」


 そこで七星は、ふっと遠くを見るような目つきをした。


「とっても綺麗な女の子だったのですけれども。最後の最後でワタシたちに牙を剥いてきたので、やむなく父が、魂を砕きました。そこで力を使い果たした父は、魂を失った彼女の遺骸をワタシの代わりにかき抱いて、ひとり、祭祀場を飛び出しました……あなたの仕掛けた魔術に灼き滅ぼされるために、ね」


『……なるほど。了承したのである』


「それは重畳。では、ワタシがリュウ・ナナホシの娘であるという事実を認めていただけますか?」


 挑戦的に七星が言い放つと、巨人症の魔術師は、その図体のわりには華奢なつくりをした肩を、奇妙な風に震わせた。


 ぶあつく、湿った唇が、おかしな具合にねじ曲げられている。


 どうやら……そいつは、笑っているらしかった。


『そのようなことは、最初に汝の姿を目にした瞬間から、わかりきっていた。……汝も口にしていたであろう。吾は、リュウ・ナナホシが背信者となるまで、長らくともに活動しておったのだ』


「ええ。……ああ、そういうことですか」


『そうだ。ウェールズに存在した邪神の祭祀場から、邪神の巫女アイリス・バスカヴィルを連れ出したのは、吾とリュウ・ナナホシに他ならぬ。かの巫女めの容貌は、この目に今でもまざまざとやきついておるよ』


 そう言って、魔術師は陰火のように燃える青灰色の目で、七星の姿をねめつけた。


『かの巫女めは、地獄のように美麗な容貌を有しておった。忠義心の権化であったリュウ・ナナホシが、団を捨て去ってまで、それを欲するほどにな。……汝は、かの巫女めに生き写しだ、モナミ・ナナホシよ』


「地獄のように美麗でありますか。過ぎたお言葉をいただき恐悦至極ですわ」


 地獄のように美麗。


 そんな言葉は、七星には不似合いだ……と、昨日までの俺だったら、そんな風に鼻で笑うこともできただろう。


 しかし。


 今、復讐の女神みたいに笑う七星は……どうしようもないぐらい強烈に、そんな言葉が相応しい存在に成り果ててしまっていた。


「さて、それでは、いかがでありましょうかね? ご覧の通り、あなたを前にすると、復讐心でこの身が焦げつきそうになってしまうワタシでありますけども。この激情の奔流は、『暁の剣団』ではなく、『名無き黄昏』にこそ、叩きつけてやりたい所存なのでありますよ」


 七星が、恒星のごとく目を光らせる。


「そちらも父に数十名もの同胞を害されて、恨み骨髄に徹するところでありましょうが、『名無き黄昏』を駆逐するため、己を制し、ともに手を取り合うことはかないませんでしょうか? 剣ではなく、盃を……それがワタシ、七星もなみの真情にございまする」


 魔術師……トロイ・クロムウェルは、沈黙した。


 その巨体が、不自由そうに後ろを振り向いて、同胞たる魔術師どもを見る。


『大アルカナ、マルヴィナ・マーシャル=ホール、および、キャンディス・マーシャル=ホールよ』


「はい、指導者よ」


「へーい、何か用?」


『この者の真贋を見極めよという吾の任は、これにて完了した。この者は、まぎれもなくリュウ・ナナホシとアイリス・バスカヴィルの間に生み落とされた、遺児である』


 その漆黒にして巨大なる立ち姿が、ふいにさらさらと輪郭を崩し始めた。


 幻影が、消滅しようとしているのだ。


『汝らは、汝らの任を果たすがよい。この者が、我が団に勝利をもたらす剣となりうるか、我が団を蝕む毒となりうるか、汝らがその目で見極めるのだ。……それが、偉大なる指導者ボールドウィン・マーシャル=ホールの意志である……』


 そんな言葉を、はかない灰燼のように残して。


 幻影は、消滅した。


 狂気のように延々と響いていた魔術師どもの詠唱の声も、消える。


 しん……と、再び静寂が垂れこめて。


 やがてそれは、女の下卑た大爆笑の声によって粉砕された。


「ギハハハハ! けっきょく最終決断をまかされるのは俺様たちかよ? 退屈な思い出話を大人しく聞いてやってた甲斐があったなあ? さあ、それじゃあ魔女裁判の開始といこうぜ、モナミ・ナナホシ!」

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