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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章
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来たりしものたち②

「ようこそ、おいでくださいました。モナミ・ナナホシと、ミナト・イソツキ、ですね?」


 待ち合わせ場所に現れたのは、栗色の髪と淡い碧眼を持つ、二十代半ばぐらいの若い女だった。


 外国人だ。


 身にまとっているのは、簡素な灰色のワンピースである。


 これといって、不審なところは見受けられない。


 少なくとも、幻獣などではないだろう。


「私の名前は、ジェマ・エルウィスです。ジェマとお呼びになるか……あるいは、『聖杯の小姓(カップ・ペイジ)』とお呼びください」


 何だそりゃ。またタロットカードの名前か何かか……と考えていると、七星が愛想よく笑いながら、うなずいた。


「『聖杯』ということは、教会の方ですか。今回は『(ソード)』のみなさんしかいらっしゃらないと思っていたので、意外です」


「ええ。あなたのお話が真実であった場合、私どももこの国に拠点をかまえる必要が生じてきますので。『聖杯』だけではなく、『護符(ペンタクル)』や『(バトン)』からも複数名、視察に随行しております」


「なるほど。……失礼ですけど、とても流暢な日本語ですね。サイさんやドミニカさんは日本にゆかりのある方々だと聞いていましたけど、もしかしたら、アナタも?」


「いいえ。勉強いたしました」


 にこりと笑い、優雅に手をさしのべる。


「それでは、まいりましょう。関係者一同、あなたがたの到着を心待ちにしております」


 女に誘導されながら、俺はこっそり七星に耳打ちする。


「おい。この人も魔術師の一人なのか?」


「そりゃあそうだよ。彼女は小アルカナ、『暁』の下級魔術師だね。『聖杯』ってのは、トランプで言うハートのこと。『小姓』は……日本では馴染みがないんだっけ。キング、クイーン、ジャックに次ぐ人物札だよ。そんで、『聖杯』は教会の運営部門だから、彼女はそこのナンバー5ってことになるね」


 口調はいつもと変わらないが、笑いの成分はずいぶんと薄い。


 俺に対して関心の薄い他人モードが、すでに発動しているということか。


「ついでに説明しておくと、スペードの『剣』は戦闘員、ダイヤの『護符』はボランティア団体『ニンフの御手』の運営部門、クローバーの『杖』は諜報部門だよ。四つのスートにそれぞれ十四枚、合計で五十六名の下級魔術師が『暁』には存在するってことだね」


「その教会とボランティア団体ってのが、魔術結社の表の顔ってわけか」


「そういうこと。魔術師にだって戸籍や社会的立場ってもんがないと、表社会で活動しにくいからねえ。あのサイさんだって表向きは『ニンフの御手』の関係者、ドミニカさんは教会のシスターさんっていう設定なのだよ」


 ジェマ・エルウィスなる女性のほっそりとした後ろ姿を眺めながら、七星はいっそう声をひそめる。


「……だけど『聖杯』や『護符』だって、戦闘要員である『剣』より格下ってわけじゃない。軍隊で例えるなら、『剣』が遊撃部隊で、『聖杯』と『護符』が後方支援および防衛部隊、『杖』が索敵・諜報部隊って感じかな。戦争の花形は最前線の攻撃部隊でも、勝敗をわけるのは裏方の充実度でしょ」


 何とも殺伐とした話だ。



 それにしても……と、俺は周囲の情景に目線を巡らせる。


 俺の住むマンションから車で一時間。ここはどうやら東京都との県境あたりであるらしかった。


 遠くには、巨大な集合団地が立ちはだかっているのが伺える。それなりに緑も多い、郊外のひなびたたたずまいだ。


 時節は八月の上旬で、時刻は午前の九時前後。


 世界は明るく、光に満ちている。


 というか、普通にクソ暑い。


 魔術師どもとの会見なんて、きっとまたあやしげな空間で夜中にでも開催されるのだろうと思っていた俺には、肩透かしの気持ちが拭えなかった。



 この水先案内人たるジェマ・エルウィスという女だって、外見上は、普通の人間だ。


 ただし……彼女は、俺たちの背後にたたずむトラメやアクラブには目もくれなかった。


 無視している、というよりは、警戒して目も合わせないように心がけている、といった雰囲気だ。


 その一点だけが、俺にはちょっとだけ腹立たしかった。


「……こちらです」


 と、そのジェマ・エルウィスが足を止める。


 こちらも何も、周囲の風景に変化はない。普通の家屋や、個人経営の理容店、運送会社の事務所など、ごくありふれた町並みのままである。


 その、家屋にはさまれた細い街路の前で、女は白い指先を差しだしてきた。


 その手の平に乗せられていたのは……小さな銀細工の十字架だ。


 数は、ちょうど四人分ある。


「到着するまで、この護符を手に握っていてください」


「ふふん。結界への通行証ですね」


 七星が率先してそれを受け取ったので、俺たちもそれに習うことにした。


「では」と、女は街路に足を踏み込む。


 何だか、入り組んだ道だった。


 これといっておかしなところは見受けられないのだが……何となく、気分が落ち着かない。


「ずいぶん強力な結界ですね。……だけど、退魔型ではなく、目くらましに近いのかな」


「はい。自分たちの力は制限されぬまま、人の目を忍ぶには、こういった術がもっとも有効だと思われますので」


 前を向いたまま、女は静かに笑う。


「誰にも存在を気づかれなければ、襲撃を受ける危険もない。退けるべきは、魔ではなく自分たちの存在感です」


「ご高説、ごもっとも」


 何だか、俺にはわからないところで舌戦の火花が散らされているような気がした。


 まあいい。俺の役割は……というか、トラメの役割は、あくまで敵方への牽制なのだ。


 魔術師どもがよからぬことを企まないように、無言で武力をアピールする。こんなものは、核爆弾の起動スイッチみたいなものなのだから、じっと息を殺しているのが正解なのだろう。


 俺と七星にこのスイッチを押させるなよ、魔術師どもめ。


「……あちらの建物です」


 やがてたどりついたのは、奇妙な四角い建物の前だった。


 あたりの情景は、住宅街から工場街のそれへと移行している。


 ただし、背後を振り返れば、同じような工場や、一般家屋のたたずまいが確認できる。何てことはない郊外の街の一画だ。


 だけどまあ、倒壊してしまった七星のアジトたる廃ビルなどは、繁華街のど真ん中にあったし。この建物の内部は、泣けど叫べど誰にもその声は届かない治外法権の魔窟なのだろう。


(……にしても、何だ、この建物は?)


 工場っぽい……が、そんなに大きな建物ではない。二階建ての、サイコロみたいに真四角をした建造物だった。


 無装飾なコンクリ造りで、窓には、カーテンが降りている。


 隣りに建っている円柱型の金属の塔は、給水塔か何かだろうか。


 古くて使われなくなった浄水施設か何かなのかもしれない。


 もちろん元が何であれ、現在は廃屋なのだろうが。


 金属のフェンスに設置された扉をくぐり、その建物の入り口に近づいていくと……その内側から、ゆらりと新たな人影が出現した。


「……お客人をお連れしました」


 女が静かな口調で言い、その手の腕時計を外して、手首の内側を相手に向ける。


 ……きっとそこには、『S∴S∴』という魔術結社の刻印が刻まれているのだろう。


 八雲のことを思いだし、俺は少し嫌な気持ちになる。


「ようこそ、お客人。……許されざる背信者と邪神の巫女の血を継ぎし、モナミ・ナナホシ。お待ちしておりましたよ、心から」


 揶揄するように、そいつは言った。


 暗灰色のフードつきマントでその容貌を隠した、どうやら若めの男であるらしい。


 何となく……嫌な雰囲気だ。


「私は、テオボルト・ギュンター。『暁の剣団』の『剣』に所属する小アルカナです。よろしければ、『剣の(ソード・エース)』とお見知りおきください」


 そう言って、男はフードをはねのけた。


 その異様な風貌に、俺は思わず息を飲んでしまう。


 不健康に痩せこけた、目つきの鋭い男である。


 そのハイエナみたいに光る目は、いくぶんグリーンがかっており、外国人らしく彫りの深い顔立ちをしている。


 しかし、そのような細部はどうでもいい。


 そいつは、髪の毛も眉もつるつるに剃りあげており。


 そして、生白い色をしたその頭部に、びっしりと奇怪な紋様を刻みつけていたのだった。


「それは……魔力を増強させるための呪符ですか。ずいぶん大胆なことをされているのですね」


 こいつにしては珍しいぐらい感情の読みとれない口調で、七星はそう言った。


 テオボルト・ギュンターと名乗った魔術師は、口もとをねじ曲げて嘲笑う。


「如何ほどのものでもありません。これでさらなる力が得られるなら、易いものです」


 どいつもこいつも、えらく達者に日本語をあやつるものだ。


「どうぞ、こちらに。我が主どもが、お待ちかねです」


 ジェマ・エルウィスなる女も、その男のかたわらまで足を進め、どこからともなく出現させた暗灰色のマントを、その身にまとった。


 ようやくそれらしい雰囲気になってきたようだ。


 七星は、ひとつ肩をすくめてから、サングラスごしに俺を見る。


「イソツキミナトくん。引き返すなら、これがラスト・チャンスだよ。……まあ、ここから一人で引き返すのにも、そうとう勇気が必要だと思うけど」


「……ここで引き返すぐらいなら、最初から着いてきたりしねェよ」


 魔術結社との縁が切りたくて、助命嘆願をしにやってきた、無害で大馬鹿な高校生。


 それを演じきるのが、俺の任務だ。


「行こうぜ、七星」


 演じると言っても、半分以上は、本音である。


 ただし、目の前で七星が窮地に陥ったら……俺は迷わず、剣を取るだろう。


 何を捨て去る覚悟もないまま、七星を助けてしまうに違いない。


 俺は大馬鹿の、半端者だからな。


 その、奥深いところにある一番の本音だけは、魔術師どもに悟られないようにしなくてはならない。


「……後悔しても、知らないよ?」


 演技なのか、そうじゃないのか、七星は皮肉っぽく口もとだけで笑ってから、俺の脇腹を肘で小突いた。


 そうして、俺たちは……魔窟の中に、足を踏み入れたのだった。

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