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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章
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来たりしものたち①

「やっほー! お待たせしたね、ミナトくん!」



 その日も七星は、相変わらずの七星だった。


 我が町で開催された夏祭りの、翌朝である。


 俺とトラメがマンションを出ていくと、見覚えのあるワゴン車の運転席におさまった七星が、いつもと変わらぬ様子で笑いかけてきた。


「さ、乗って乗って! 時間に余裕はあるけども、本日ばかりは遅刻するわけにもいかないからね! すみやかに移動いたしましょう!」


 格子柄のハンチングに、目もとを隠すサングラス。ベージュ色のざっくりしたシャツに、帽子と同じ柄をした吊りズボン。


 どこからどう見ても、ふだん通りの七星もなみだ。


 俺とトラメは無言のまま、後部座席に乗りこんだ。


 助手席では、やはりふだん通りの黒ずくめの格好をしたアクラブが静かに座している。


「それでは、出発いたしまーす!」


 七星の宣言とともに、銀色のワゴン車は走り出す。


 あの海沿いの国道ほど無茶のできる道ではないが、それでも警察に捕まるすれすれのスピードだ。


「妹ちゃんは、大丈夫? ちゃんと言いきかせてきた?」


「ああ。午後になったら遊んでやるから、それまでは家で大人しくしておけと言っておいたよ」


「うんうん。とりあえずお家の中にいれば安全だからね! マンションに張った結界と、もなみがプレゼントしたスペシャルな護符! 生半可な魔術師じゃあ、手を出すどころか近づけもしないはずだよ!」


「な、何? あのマンションにも、そんなもんを張ってくれたのか?」


「んあ? 結界を張ったのは、もっとずっと前のことだよ? ほら、サイ・ミフネさんたちとの激闘が一段落して、ミナトくんをマンションまで送り届けてあげたときさあ」


 それは……トラメの封印が解除され、七星が俺たちの前から行方をくらまそうとした、あの夜のことか。


 俺はついに、この日で初めての溜息をついてしまう。


「お前、俺との縁を切ろうとしてたくせに、そんなアフターサービスを施しておいてくれたのかよ?」


「あっはっは。当たり前じゃん! 二度と会わないと誓ったからこそ、もなみにできることは全部やっておきたかったんだよ!」


 笑いながら、七星は赤に替わる寸前の交差点を、疾風のごとく走りぬけた。


「ま、昔のことは置いておいて、さ。目的地に到着してしまう前に、本日の段取りを決めておかないと!」


「段取り?」


「うん。だって、『暁の剣団』を信用できないから、戦力補強のためにミナトくんに同席してもらうことにした!……なんて正直に言うわけにはいかないでしょ?」


「……そりゃまあ、そうか」


「そりゃまあ、そうさ。それに、ミナトくんともなみの関係も、ありのままを話すわけにはいかないし! ぶっちゃけさ、もなみにとってミナトくんはそんなに大事な存在じゃないってことにしておかないと、のちのち面倒なんだよ。『暁』はどうせいつの日か、もなみの存在が目障りになるに決まってるんだから! そうなったとき、ミナトくんを人質にしよう、なんて思われちゃったら、もなみちゃんの大ピンチでしょ?」


 相も変わらず、悲観的なことを楽しげに話すやつだ。


「だからね、設定を考えた! ミナトくんは、トラメちゃんのことが、大好きなんだよ!」


「な、何? お前、何言ってんだよ!」


「照れるな照れるな! 設定だってば! あのね、ミナトくんは、トラメちゃんのトリコになっちゃったの。その愛くるしさに魂を奪われて、一生この娘と一緒にいたい! 離ればなれになるぐらいなら死んだほうがマシだ!ってぐらい思いつめちゃったのだよ!」


「お前……真面目に話してるんだろうな?」


「もなみはいつだって真剣勝負だよ! ……つまりさ、ミナトくんは、トラメちゃんとの幸福な生活を送るのが唯一にして最大の目的ってわけ。もともと興味本位で召喚儀式に手を出しただけのミナトくんには、この世をゆるがすような望みの言葉を唱える気もないし、『暁』にも『黄昏』にも、最終的には七星もなみにも関わる気はない!……という設定」


「……それで?」


「ん? それ以上の説明が必要かなあ? ……だからね、本日のミナトくんは、そういった決意表明をするために、『暁』と会見するんだよ。魔術結社なんかとは関わりたくない、トラメちゃんを失いたくない、何もよけいなことはしないから、自分のことはそっとしておいてくれ……と、涙ながらに訴えるのだ!」


 七星の言葉を聞きながら、俺は嫌でも昨晩の包帯野郎を思いだしてしまう。


 横目でトラメをうかがってみると……むろん、本日も甚平姿の幻獣娘は、素知らぬ顔で煮干をかじっているばかりだった。


「で、一方もなみは、いきがかり上で助けてしまったミナトくんを、信用しつつも適当にあしらっている、という設定。これから『黄昏』との全面戦争だってのに、アンタみたいな色ボケにかまってるヒマはないんだよ!っていう、ツンデレ設定なのだ」


「その設定の、どこにデレがある」


「うん、デレちゃ駄目なんだよね! わずらわしいけど放っておけない、どうでもいいけどどうでもよくない……あ、あれだ、一般的な幻獣が、自分の契約者に対して抱いているような心情! 傷つけられるのは自分の不名誉になってしまうけど、内心では人間を小馬鹿にしてるような、そういう感じ?」


 身もフタもない考察だな、それは。


 だけどまあ、トラメもアクラブも、表面的には、そんな感じだ。


「だから、もなみは、ミナトくんに対して、ちょっと冷淡な態度をとらせてもらうよ? 別に求婚をすげなく断られた意趣返しなどではないので、傷つかないでね?」


 俺の心臓が、一瞬だけ激しくバウンドした。


 バックミラーの向こう側で、七星が面白くもなさそうに笑う。


「ま……何にせよ、ワタシが『暁』と和解しようって思えるようになったきっかけをくれたヒトだからね、イソツキミナトくんは。できれば幸福になってほしいと思ってるよ……ワタシとは無関係な世界で、さ」


「お、おい、七星……」


「ワタシもひさびさに馬鹿騒ぎできて楽しかったし。まあ、いいんじゃない? しょせんこんな平和な島国で育ってきた人間には、魔術結社の抗争なんてピンとこないんだよ。この世の裏側で何が起きてるのか、そんなものは知らないまま、嘘っぱちの平和をむさぼってりゃいいさ」


「…………」


「とまあ、やっかみ半分、軽蔑半分って感じで、適度にミナトくんを見下していこうと思っております。これなら、もなみにとってミナトくんがアキレスのかかとだとは気づかれなさそうでしょ?」


 俺はシートにもたれかかり、重く重く溜息をつかせていただいた。


「お前の本心を聞かされた気分なんだけど、これは俺の被害妄想なのかな?」


「被害妄想だね。ミナトくんの望む平和が嘘っぱちだなんて、もなみはまったく思ってないもん」


 と、七星はケラケラ笑いだす。


「ご存じの通り、もなみはにわかの魔術師だからさ。生粋の魔術師さんたちが言う宇宙の真理だとか黄金率の秘密だとか、そんなもんに興味はもてないんだよ。魔術師なんて、せいぜいこの世に数百人ていどしかいないだろうにさ、そんな少数派の唱える真理が正しくて、残りの数億人の見ている現実が嘘っぱちだなんて、そんな風には思えないのだよ、もなみは」


 高速道路の標識が見えてきた。


 危なげなくハンドルを切りながら、七星はさらに言葉をつむぐ。


「もなみのパパは、邪神の巫女であるママを連れて逃げた。魔術結社の掟に背いて、この世の真理も放り捨てて、人間らしい情感を一番に選びとったんだよ。だから、もなみは、『普通の人間』を否定しない。否定されるべきは魔術師のほうだって思ってる」


「七星……」


「もなみが『名無き黄昏』を憎むのは、あいつらがそんな『普通』をぶっ壊そうとしてるから。パパを殺したのは『暁』の魔術師たちだけど、それは、しかたのないことなんだ。彼らだって、『黄昏』を撲滅せねばという使命感に凝り固まって、それで団を裏切ったパパのことが許せなかっただけなんだからね。……人間としてのママを愛したパパと、邪神の巫女は滅ぼずべきと誓った『暁』の魔術師たち。エゴとエゴのぶつかりあいで、力の弱いほう……パパが負けた。それはそれだけの話なんだって思ってる」


 高速道路に突入し、七星は深くアクセルを踏み込む。


「だから、今日の会見は成功させたい。『黄昏』をこの世から根絶するために、もなみは『暁』と共闘したいんだよ。……力を貸してね、ミナトくん。友達として、これ以上ないぐらい頼りにしてるから、さ」


「ああ」としか、俺には答えようがなかった。


 七星は、やっぱり筋が通っている。


 人格は破綻していても、自分がどう生きるべきか、何を重んずるべきか、それだけはしっかりと把握しているのだ。


 一方で……俺は、どうなのだろう?


 さっきから、七星の言葉は俺の胸をえぐりまくっていた。


 トラメとの平穏な生活を望む、俺。


 魔術師どもの思惑など、まったくピンときていない、俺。


 枝葉の部分に脚色はあっても、それは全部、俺にとっての真実ではないか。


 それじゃあ、今日、魔術師どもとの会見がうまくいき、和睦が成されたとしたら、俺はどうするのだ?


 あとの荒事は七星たちに丸投げで、自分だけ、平和な生活に戻っていくのか?


 もしかしたら……これでもう、七星たちには会えなくなってしまうというのに……


(……そうか)


 やっぱり俺は、七星たちにも『こちら側』にやってきてほしいのだ。


 七星にも、八雲にも、ラケルタにも……


 もしかしたら、サイのおっさんにも、事と次第によっては、ドミニカのやつにも……


 だけどそれは、かなわぬ夢だ。


 そいつらと俺とでは、背負っているものの重さが違う。


 七星やサイは、家族をすべて、殺された。


 その耐え難い事実を水に流して、平和な生活になど、戻れるものか……自分に置き換えてみれば、それはわかる。


 もしも、トラメが殺されたら。


 もしも、ナギが殺されたら。


 もしも、宇都見が殺されたら。


 もしも、八雲が殺されたら。


 もしも、ラケルタが殺されたら。


 もしも、七星が殺されたら。


 もしも、アクラブが殺されたら。


 もしも、そいつらの全員が殺されたら。


 俺は、復讐など考えず、人間らしい平和な生活を追い求めることができるだろうか?


 ……できるはずがない。


 だからこそ、七星やサイなどは、あまり魔術師らしい素養など見受けられないままに、こんな生活に身を置いているのだろう。


 何も失っていない俺に、すべてを失った人間の気持ちなど理解できるわけがない。


 そんなやつらに、不毛な闘いなど、もうやめろ……などと、言えるわけがないではないか。


 だから俺は、迷っているのだ。


 だから俺は、中途ハンパなのだ。


 七星を守りたいと思いながらも、家族や日常や平和な生活といったものどもを捨て去ることのできない俺は……七星をあきらめることも、七星と運命をともにすることもできないまま、すべてが中途ハンパになってしまっているのだろう。


(……だったら、どうしろっていうんだ?)


 八月の日差しに明るく照らしだされている情景を眺めながら、俺の胸中はいつまでもどんよりと曇ったままだった。

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