運命との邂逅
「よおっし! それじゃあ勝負の時間だね、妹ちゃん!」
山積みのジャンクなフードがあらかた殲滅されてしまうと、七星はナギとともにシートから立ち上がった。
「そんじゃね! アクラブ、ミワちゃん、後はよろしくぅ」
「何だよ、落ち着きのないやつだなぁ。もうちょい待ってりゃ、みんな動けるのに」
二人の背中を見送りながら俺がそう評すると、八雲が、おずおずと口を開く。
「あの……もなみさんは、ナギさんと遊びたいらしいです。ナギさんは、もうすぐアメリカに戻ってしまうんでしょう?」
「ああ。フライトは四日後の予定だな。あいつ、そんなにナギのことが好きなのかよ」
「さあ……好きかどうかはわかりませんけど……」
そこで、気まずそうに口をつぐんでしまう。
その表情で、ようやく俺はすべてを察することができた。
「ああ、わかった。あいつはナギと遊ぶのは今夜がラスト・チャンスとか言ってたよ。……それは、この夏だけの話じゃなく、この先ずっと永遠に、って意味だったんだな」
「……ナギさんは、年に二回ぐらいしか帰国しないんですよね? それじゃあこれが今生のお別れかもなぁって言ってました」
俺は、右手で頭をかきむしってみせた。
八雲は、自分が悪いわけでもないのに、申し訳なさそうに目をふせる。
「ナギさんと遊んでいる間は自分がナギさんを守る。だからその間は、みんなアクラブさんから離れないように、と……いえ、何も危険なことが起きる予兆はないんですが、海水浴での一件を、もなみさんはすごく重く受け止めているので……やっぱり自分が人並みの幸福なんて求めちゃいけないんだなあって、その、笑ってました」
「おもいっきり楽しそうに、だろ? ……あの馬鹿野郎め」
「は、はい。だけど、あのままナギさんとお別れになるのは心残りだから、今日は、どうしてもこのメンバーで集まりたかったみたいです……」
「ナギなんて、何も言わなくても冬にはまた帰ってくるんだ。悲観的なこと言ってないで、あいつはクリスマスパーティーの準備でもしてりゃあいいんだよ」
「ちょっと、ミナト! ミワが悪いわけじゃないでショ? そんな怖い顔して、ミワを責めないでヨ!」
「大丈夫よ、ラケルタ。……ね、磯月くん、もなみさんは明日、何か危険なことでもするつもりなんですか?」
俺は無言のまま、八雲の気弱そうな顔を見つめ返す。
「もなみさんが言ってたんです。九十九・九九パーセントは大丈夫だけど、もしも自分の身に何かあったら、『暁の剣団』を通して『銀の星団』に入団させてもらえばいいって……『銀の星団』は『暁の剣団』に討伐の任務をすべて託して、今でも清く正しい魔法学校として機能しているはずだから……そこで魔術師になり、ラケルタと暮らしていけばいい、と……」
「ふん。あいつの言いそうなこった。……明日は確かに、ちょっとしたイベントがあるみたいだな。その件に関しては俺が先に話をさせてもらうから、お前はアジトに帰ってからもう一度話を聞いてみろよ」
「わかりました。……あ、どうしたんですか、トラメさん?」
「……もう食う物はないのか?」
どうやら最後に残っていたタコ焼きまで完食してしまったらしい。
俺もナギも七星もけっこう勢いよく食べていたから、摂取量に不満があるのだろう。すべてが十人前の量だったが、海水浴のときなんて二十人前のメニューだったんだからな。
俺は苦笑を浮かべつつ、シートから腰を浮かせてみせる。
「食糧を調達がてら、ぶらぶらしようぜ。まだ半分も回ってないんだからな。全員で一緒に行動してりゃいいんだろ?」
「はい。行きましょう」
八雲もうなずき、にこりと笑う。
本日は水着姿のときほどの爆発力は有していないものの、やはりメガネをかけていない八雲は、以前とは比べ物にならないぐらい華やかで、その、美人だった。
男に関心なんてまるでなさそうなのに、やたらと艶っぽいんだよな、こいつは。
たたんだシートは、感心なことに宇都見のやつが率先して運ぶことになった。八名から六名に減じた俺たちは、再び人混みの真っ只中へと身を投じることにする。
「そういえば、アクラブ、お前は何にも食べてないみたいだったな。ホテルではけっこうがっついてたのにさ」
歩きながら俺が呼びかけると、本日一番人目をひいてしまっている妖艶な伊達女は、あやしい流し目で俺をねめつけてきた。
「力は、十分に満ちている。隠り世に戻り、私は完全に回復したのだ。あのように不味そうなものを食べる気になどはなれん」
「そうか。大一番を前に完全回復できたのは良かったな。頼もしいこった」
それに、羨ましくもある。やっぱりトラメやラケルタのダメージは、アクラブよりもよほど深刻なのだろうか。
ラケルタなど、手傷を負ったのはもう二週間も前のことなのに、いっこうに回復した様子すらない。
「あれ……トラメ?」
気づくとトラメが群れからはぐれつつあった。
夜なのに麦わら帽子をかぶった頭が、すいすいと人波をよけて右手にそれていってしまう。
背がちっこいからこのままだと見失ってしまいそうだし、宇都見や八雲をふくめた五人でそれを追うのは難しいぐらい、トラメの動きは性急だった。
「まいったな。……おい、八雲、俺たちはいいから、お前らはアクラブとはぐれないように気をつけろよ?」
「え? だ、だけどそれじゃあ、磯月くんたちが……」
「トラメと一緒なら安全だろ。すぐに取っ捕まえてくるからさ」
いつも黙念と後をついてくるのがセオリーであるはずなのに、いったいトラメはどうしてしまったのだろう?
何か美味いもののニオイでも嗅ぎあてたのだろうか。……おおいにありうる。
俺は心配げな八雲に手を振り、可能なかぎり急いでトラメの後を追った。
どうやらトラメは、屋台の並んだ正規ルートから外れて、人もまばらな広場の外側にむかっているようだった。
その姿が、ふいっと消え失せ、俺は一瞬だけ焦る。
が、りんご飴の屋台のわきに足を進めていくと、やがて、本当に人気のない暗がりに一人でぽつんと立ちつくしているトラメの小さな後ろ姿を発見することができた。
八雲たちは完全に置いてけぼりにしてしまった。
俺は小走りでそちらにむかいつつ、金褐色の長い髪に上半身を隠されたトラメの背中に呼びかける。
「トラメ。どうしたんだよ? 全員一緒に行動するって話をしたばかりだろ。こんな何もないところで何を突っ立ってるんだ?」
トラメは、答えなかった。
ただ、暗がりにたたずんだまま、じっと足もとの芝生に視線を落としている。
その視線の先を目で追った俺は、思わず言葉を失ってしまった。
そこに、意想外のものを発見してしまったのだ。
「おい、トラメ、これはもしかして……」
あたりは一面、芝生だった。
が、そこには異様な痕跡が残されてしまっていた。
直径一メートルていどの円状に、そこだけ芝生が引き抜かれて、黒く湿った土が露出してしまっていたのだ。
よく見ればちらほらと新しい芝が生えはじめてもいたが、この暗がりではまるで地面にぽっかり黒い穴でも空いているかのように、それは不自然で、不可解な様相だった。
この犯人を、俺は知っている。
ネットのオークションであやしげな石版を落札したオカルト馬鹿と、その腐れ縁たるもう一人の馬鹿が、ありあわせの道具で召喚の儀式などを取りおこなった、その痕跡であるのだ、これは。
(そうか……)
ここは、俺たちが初めてトラメと出会った地であるのだ。
不覚にも、そんな事実はすっかり忘れ去ってしまっていた。
夜の公園。街灯のひとつもない、暗い広場。ロウソクと懐中電灯と月の灯りだけを頼りに、俺たちは、ここで召喚の儀式を敢行した。
そうして、出会ったのだ。
濃淡まだらの金褐色の髪と、黄色く火のように燃える瞳をもった、一糸まとわぬ丸裸の女の子と。
俺は、胸のつまるような思いで、トラメのかたわらに立った。
「あのまま放置されてたのか。……だけど、何にも目印なんてないってのに、よくここがわかったな、トラメ?」
トラメは、やはり答えなかった。
麦わら帽子のその下で、トラメはいったいどのような表情をしているのだろう。
「あれから、ざっと二ヶ月、か。……長いのか短いのかよくわからないけど、とりあえず、色んなことがあったよな」
「……」
「まさかこんな突拍子もない人生を送ることになるなんて、それまでは想像もしてなかったぜ。……お前にも、山ほど面倒をかけさせちまったよなあ」
「……」
「ま、明日からも問題は山積みなんだろうけど。何とか生き延びてみせようぜ、トラメ」
返事は、ない。
俺は苦笑して、トラメの華奢な肩に、手を置こうとした。
その声が響きわたったのは、まさしくその瞬間だった。
「あなたたちガ、いそつきみなとト、ぐーろノとらめデスカ」
トラメが、ハッとしたように背後を振り返る。
そのトラメらしからぬ素振りにこそ、俺は一番驚かされてしまった。
「貴様……何者だ?」
鋭い声で、トラメが闇に呼びかける。
提灯の明かりも届かない暗がりの向こうから……小さな人影が、近づいてきた。
おそらくは、魔術師だ。
それが証拠に、暗灰色のフードつきマントなどで面相を隠している。
身長はトラメと同じぐらいで、体格も、トラメと同じぐらいほっそりとしている。
しかし、少しばかりイントネーションのあやしいその声は、まだ第二次性徴も済ましていないかのように甲高くて、男とも女ともつかなかった。
もしかしたら……魔術師ではなく、幻獣なのだろうか?
そういえば、この装束はかつてアルミラージやエルバハたちが纏っていたものと、よく似ている。
「なのルほどノものデハあリマセン。シカシ、よビなガなイトふべんダ、トイウことデシタラ……」
と、その人物は愉快そうに肩を震わせる。
「『No.0』……あるイハ、『ZZ』トデモ、オよビくだサイ、ぐーろノとらめ」
「お前は、例の教団の魔術師なのか? 結界を破って侵入してきたのかよ?」
俺が呼びかけると、フードに隠された顔が、俺のほうに向けられた。
「わたしガ『あかつきノつるぎだん』ノだんいんカトいウごしつもんナノデシタラ、こたエハ、いえすデス。シカシ、けっかいヲやぶッタノカトいウごしつもんニたいシテハ、のートオこたエいたシマス」
ふむ。魔術を行使しようとしなければ、魔術師自体は足を踏み入れられる空間なのだろうか。
いや、そんな詮索はどうでもいい。問い質すべき事柄は、他にいくらでもあるはずだった。
「ずいぶんと気が早いんだな。七星との会見は明日のはずだろう? 予定がくりあがったって話は聞いてねェぞ?」
「イエイエ。ななほしもなみトかいけんスルノハ、べつノだんいんデスヨ。わたしハタダ……あなたたちニきょうみガあッタダケナノデス、いそつきみなとニ、ぐーろノとらめ」
「俺たちに? ……それはどういう意味なんだよ?」
「ことばノとおリノいみデスヨ。ほうこくヲきクかぎリ、あなたトぐーろノとらめガもっとモたかイしんわをナしとゲテオラレルようデシタノデ。いちどオはなしヲうかがッテミタカッタノデス」
しんわ……親和、か?
そんな言葉は、七星の口からも聞いたことがあるような気がする。
「うさんくさい野郎だな。顔も見せず、名前もきちんと名乗ろうとしないような相手と楽しくおしゃべりする趣味はねェぞ?」
「ソウデスカ。シカシ、ざんねんナことナガラ、わたしハかおモなまえモうばワレテシマッタみノうえナノデス」
そう言って、『No.0』……あるいは『ZZ』と名乗る謎の人物は、首を振って暗灰色のフードをはねのけた。
その下から現れたのは……薄汚れた包帯でぐるぐる巻きにされた、ミイラ男のような丸い頭部だった。
頭だけではなく首にもしっかりと包帯が巻きつけられており、面相どころか、肌の色すら見てとることができない。
「封印の術式か……」
と、トラメが低い声でつぶやいた。
「ソウデス。わたしはすべテヲふういんサレテシマッタノデス。かおモ、なまえモ、みらいモ、かこモ……ダカラわたしハ『No.0』デアリ、なにニモかんしょうスルことガかなワナイノデス」
「……貴様の境遇など、我らの知ったことではない。すみやかに立ち去れ、魔術師よ」
「ソウデスカ。ナラバ、ひとツダケしつもんスルことヲゆるシテいただケマスデショウカ?」
こちらが否とも応とも答えるより早く、そいつは甲高い声で言った。
「あなたハいそつきみなとヲあいシテイマスカ、ぐーろノとらめ?」
そして、包帯に隠された顔が、また俺のほうを見る。
「あなたハぐーろノとらめヲあいシテイマスカ、いそつきみなと?」
何だ、その質問は。
俺は憮然と頭をかき、トラメは……心底不愉快そうに舌を鳴らした。
「もう一度だけ言う。すみやかに立ち去れ、魔術師よ」
「しつもんニこたエテハいただケなイノデスカ? ざんねんデス。わたしハトテモ、あなたがたノそんざいガきょうみぶかイノデスガ……」
「くどい」
言いざまに、トラメが足を踏み込んだ。
鋭い爪を生やした指先が、容赦なくそいつの顔面に奮われる。
しかし、その包帯ごと顔面を引き裂かれる前に、そいつの姿は視界から消え去った。
「わたしハ、てきデハあリマセンヨ……すくなクトモ、いまハまダ」
両目を黄金色に燃やしながら、トラメは頭上を振りかぶる。
そいつは、背の高いクヌギの樹の上にいた。
その姿を見て、俺はちょっと息を飲んでしまう。
今の動きで、マントが大きくはだけていたのだ。
マントの下の、そいつの身体は……黒革の拘束衣で、ぎちぎちに両腕を封印されてしまっていたのだった。
「マタオあイシマショウ、いそつきみなとト、ぐーろノとらめ。……あなたたちノあいガけつじつスルひヲ、わたしハだれヨリモつよクまチのぞンデいマス」
そうして時ならぬ闖入者は、梢を鳴らしながら、闇の向こうへと退散していった。
いったい何だったんだ、と俺はトラメの横に並ぶ。
「何だかおかしなやつだったな。そんなに敵意は感じられなかったけど、そいつがよけいに不気味だぜ。……なあ、あいつは本当に『暁の剣団』の魔術師だったのかな?」
「……知らん」
「雰囲気的には、魔術師っていうより幻獣みたいだったけどな。でも、幻獣だったら結界の中には入れないはずだしなあ」
「知らん、と言っておるだろう。あの道化者の正体が何であれ、その力は完全に封印されていた。だからこそ、結界の内にも易々と足を踏み入れることができたのだろうが……」
と、そこで口をつぐんでしまう。
不思議に思ってその横顔をのぞきこんでみると、麦わら帽子の下で、トラメは俺の想像よりもはるかに深刻そうな顔をしていた。
その黄金色の目が、苛立たしそうに俺を見る。
「何の魔力も使えない身で、あやつは我の爪をかわした。そんなことは、人間にも幻獣にも不可能な所業であるはずだ。……あやつは危険だぞ、ミナト」
「ああ。七星のやつにも報告しておいたほうが良さそうだな」
「うむ」と小さくうなずいて、トラメはそのまま動かなくなった。
まだ臨戦態勢の解けていない黄金色の瞳を見返しつつ、俺は「どうした?」と反問する。
そして……俺は急速に気恥ずかしくなってきてしまった。
謎の闖入者の最後の言葉が、ふいにまざまざと蘇ってきてしまったのだ。
(貴方達の愛が結実する日を、私は誰よりも強く待ち望んでいます)
何でだよ。
初対面の人間(だか幻獣だか)に、そんなもんを待ち望まれる筋合いはない。
(貴方は磯月湊を愛していますか、グーロのトラメ?)
(貴方はグーロのトラメを愛していますか、磯月湊?)
結婚式の牧師じゃあるまいし。何でそんな質問をされなきゃいかんのだ。
俺がひとりでドギマギしていると、トラメは黄金色の瞳を、すっとまぶたで半眼に隠した。
「……馬鹿か、貴様は?」
そう言い捨てて、トラメはさっさと歩き始める。
「ば、馬鹿って何だよ? お前、俺の心を読んでるんじゃないだろうな?」
俺の心など、契約で結ばれたトラメには筒抜けだ……などと言っていたラケルタの言葉を思いだし、俺は大いにあわてることになった。
「たわけたことをぬかすな、うつけ者め。読まれて困る心の持ち合わせでもあるのか?」
「そ、そりゃあ俺にだってプライヴァシーってもんが……おいおい、本当に俺の考えてることが何もかも筒抜けになってるんじゃないだろうな?」
「うつけ者め。言語化された心情は、もはや心ではなく、意識だ。魂と心と意識の区別もつかぬ人間風情が、わけのわからぬ横事をぬかすな」
「それじゃあ、どうして俺が馬鹿なんだよ?」
「貴様が馬鹿なのは、いつものことだ」
何だかちっとも安心できない。
だから俺は、「おい、トラメ」とその肩に手を置いて、もう一度、麦わら帽子の内側をのぞきこもうとしたのだが……スナップのきいた猫パンチで、撃退されてしまった。
「痛えな! いきなり何するんだよ!」
「やかましい」
不機嫌の極みにあるような声音で言い捨てて、トラメはスタスタと人混みのほうにまぎれていってしまう。
何とも言えない複雑な気持ちを抱えこみつつ、俺はトラメの後を追った。
…………。
またまた厄介なやつが、現れたものだ……ぐらいのことは、考えていた。
逆に言うと、それぐらいのことしか、俺は考えていなかった。
その時の俺たちに、それ以上の感想をもて、だなんて言うほうが、酷だろう。
この一ヶ月半、俺たちの前には、おかしなやつしか現れなかった。
魔術師か、幻獣か、にわか魔術師か、オカルト馬鹿か……そんなしょうもないラインナップの中に、新参者が加わった。それは、それだけのことだったのだから。
しかし。
違ったのだ。
決定的に、違ったのだ。
最終的に、俺たちの運命を決したのは……俺とトラメの行く末を定めたのは、この『ZZ』とかいう包帯野郎だったのである。
七星もなみではなく。
八雲美羽ではなく。
宇都見章太ではなく。
浦島琢磨ではなく。
一乃宮ミミではなく。
サイ・ミフネではなく。
ドミニカ・マーシャル=ホールではなく。
カルブ=ル=アクラブではなく。
ラケルタではなく。
ムラサメマルではなく。
ミュー=ケフェウスではなく。
まだ見ぬボールドウィン・マーシャル=ホールではなく。
まだ見ぬ海野カイジではなく。
この、『ZZ』とかいうやつの存在こそが、俺たちの運命を決することになったのだ。
もちろん、どいつの存在が欠けていても、運命の方向性は変わっていたに違いない。
七星の存在がなければ、俺たちの生命なんて何度となく散り果てていたし、『暁の剣団』や『名無き黄昏』の存在がなければ、生命の危険にさらされることもなかった。
それ以前に、宇都見との腐れ縁を続けていなければ、こんな騒動に巻き込まれてはいなかった。
浦島氏がネットオークションなどに手を出していなければ、こんな騒動自体が発生しなかった。
浦島氏に話を聞こう、などと思いつかなければ、八雲やラケルタと出会うこともなかった。
どこかでほんの少し道を違えていただけで、俺たちの運命は百八十度、違う方向に進んでいたのだろう。
すべては、因果の掌の中だ。
しかし。
それでも。
最終的に、俺たちの運命を決したのは、この『ZZ』の存在だったのである。
俺がそれを思い知ったのは、すべてが終結した後のことだった。




