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召喚ノススメ  作者: EDA
第五章 夏と魔術
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再会

 食事を済ませて、少しくつろいだ後は、トラメとともに外出することにした。


 俺も墓参りをしておこう、と思いいたったのだ。


 ただし、ナギや母親とはむかう場所が異なる。二人がむかったのは母親の故郷である都内の霊園で、俺がむかったのは市内の小さな墓地だ。


 バスを使えば十分ていどでたどりつける場所だが、俺は何となくその倍の時間をかけて自転車でむかうことにした。


 以前だったら警察の目が気になって自転車の二人乗りすらはばかられたものだけれども、今は七星のおかげでトラメにも戸籍ができた。


 幻獣三人娘は、とあるマンションで共同生活を送っている、という設定になっているらしいのだ。


 何かの間違いで身元確認の必要が生じても、そこの管理人がうまいこと応対してくれるらしい。……ま、自転車の二人乗りが法律違反という事実に変わりはないんだが。そういう気分だったんだよ、本日は。


 和柄の甚平に麦わら帽子と雪駄、というナギにプレゼントされた夏服一式を身にまとい、後部座席で、トラメは静かだった。


 ついに八月になり夏も本番。本日は快晴で、気温も三十度を突破している。


 だけど、夏は、嫌いじゃない。自転車をこいでいると、風がすがすがしく、汗はかいても心地いいぐらいだった。


「トラメ。幻獣には、やっぱり墓参りの風習なんてのはないのかな?」


 ペダルをこぎながら俺が尋ねると、トラメは「ない」と短く言った。


「現し世の人間は、死ぬと、たいてい土に埋められる。隠り世の幻獣ってのは、死ぬとどうなるんだ?」


「……力尽きれば、その身は塵となり、魂はおのおのの精霊王のもとへと還る。その後の行く末などは、知らん」


「それなら、人間と大差ないな。……もしかしたら、人間も幻獣も、最終的な魂の行き先なんかは一緒なのかもな」


 俺のガラにもない発言にも、トラメは無関心に「知らん」と応じるばかりだった。


 予定通り、二十分ほどで墓地に着いた。


 あともうちょっと規模が大きければ霊園と呼ばれるところなのだろうが。住宅街の外れにいささか唐突な感じでぽつんと作られた、やはり墓地としか言い様のない場所だ。


 以前はこの裏に父親の実家があったらしいが、祖父も祖母も俺が生まれる前に他界してしまい、今では更地になってしまっている。その土地を売却した金で、父親は今のマンションを購入したらしい。


 俺は墓地の入口に自転車を止め、トラメとともに、磯月家の墓へと足を進めた。


 木陰の多い、砂利の道。


 緑が多いから、セミがうるさい。


 だけど、いかにも夏という感じだな。


 磯月家の墓石は、墓地の一番奥まったところで、苔むし、雑草に覆われてしまっていた。


 俺は、小さく息をつく。


「……幻獣は、その、自分ひとりで子どもを産むんだろ? となると当然、父親だの母親だのっていう概念もないわけだよな」


 俺の言葉に、トラメはいぶかしそうに振り返る。


「アクラブのやつに聞いたんだよ。そういえばお前には話してなかったけど、お前とラケルタが退治したギルタブルルは、アクラブの『親』だったらしいな」


「そうであろうな。気性はあまり似ていないが、魂の色合いはよく似ている」


「何だ、気づいてたのか。……そいつもなかなか因果な話だよな」


「どうということはない。ギルタブルルはそう個体数の多い種族でもないからな。……あんな凶悪な連中がうじゃうじゃといたら、隠り世の住人はみな喰い殺されてしまうわ」


「そうか。アクラブが味方で良かったな」


 肩をすくめつつ、俺は墓の前に立つ。


 花も供え物も用意していない。


 恥ずかしながら、俺は墓参りの作法をよく知らないのだ。何せ、身の回りに教えてくれる人間がいなかったんでな。


 だから俺は、いつもの通りに手を合わせ、墓石の周りの雑草をむしり取ることで、その日も自分流の墓参りを早々に終了させることにした。


「……ここには、俺の母親が眠ってるんだ」


 何となく、そんな言葉が口をついて出てしまった。


 無関心にたたずんでいたトラメが、ほんの少しだけ首を傾げる。


「貴様の母親は、今あの小娘とともにいるのではなかったのか?」


「ああ……幻獣のお前には説明が難しいんだけどさ。あれはナギの母親であって、俺の母親じゃあないんだ」


「……?」


「何ていうかなぁ。人間が生まれるには父親と母親が必要、ってのはわかるか? 俺とナギは父親だけ一緒で、母親は別の人間なんだよ。……もちろん、俺を育ててくれたのは今の母親なんだけど、血のつながりは、ないんだ」


 俺を生んだ母親は、俺が三歳の頃に亡くなってしまった。


 そして、その翌年にはもうナギが生まれ、俺には新しい母親ができたのだ。


 だから別に、何がどうしたってわけでもないのだが。母がこの場所に収められてから、父親はこれまで一度として足を運んだことがないし、俺も、新しいほうの母親の先祖を供養したことはない。


 ゆえに、俺は墓参りの作法を知らない。


 ついでに言うならば、二年半前、ひとりで日本に残りたいと主張した俺のワガママはけっこうすみやかに受け容れられたし、毎年ナギとともに帰国してくる母親は、ほとんど実家のマンションに近寄らない。


 それだけのことだ。


 ナギや宇都見には言わないでくれよな、トラメ。


 ナギは、こんなところに磯月家の墓があることすら、知らないのだから。


「……それでは、あの小娘は貴様の正式な血族ではない、ということか?」


「え? いや、まごうことなき血族だぜ? 戸籍上でもばっちり妹だし、あいつが生まれて以来ずっと一緒に暮らしてたんだ。母親が同じだろうが違かろうが、そんなことは関係ないね」


 今の母親とそりが合わないのも、きっと性格上の問題であり、血のつながりなどは関係ない……もしかしたら、早すぎる再婚に対する反発心、なんて要素もあったのかもしれないが、自分が三歳のときにその事実をどう考え、どう受け止めたかなんて、ちっとも記憶には残っていなかった。


 ただ、幼少時代の俺は、今からは考えられないぐらい人づきあいの下手な子どもだった。


 だから極端に友達が少なく、同じように孤立していた宇都見なんかと親交を結んじまったんだよ、そういえば。


 そう考えたら、現在の俺の境遇にも、母親の早すぎる死や、父親の早すぎる再婚も一役買っている、ということになるのかもしれない。


 そんな風に考えたら、俺はなんだか可笑しくなってきてしまった。


 この二ヶ月ちょいで、俺は何度も死ぬような目にあった。地獄のような苦しみを味わう羽目にもなった。


 だけど宇都見と交流を結んでいなければ、俺は召喚儀式に手を染めることなども(絶対に)なく、ひいては、トラメとも、八雲とも、ラケルタとも、そして七星とも出会うことはなかったのだ。


 そんな人生は、今となっては想像することさえ難しかった。


「ん……?」


 そんな想念にひたっていた俺の腕を、ふいに、トラメが強い力でつかんできた。


 何事かと思って振りむいてみると、何だか奇妙な風体の子どもが俺たちの姿をじっと見つめやっていた。


 異国の、幼い女の子だ。


 赤茶けたパサパサの短い髪に、浅黒い肌。それにオレンジ色がかった不思議な目をしている。


 年齢は十歳ぐらいだろうか。いかにも気むずかしそうな顔つきで口をへの字にしているが、顔立ち自体は、人形みたいに愛くるしい。


 それに、何だか時代がかったエプロンドレスのようなものを着ていて、まるで見習いのメイド少女みたいだ。


 昼下がりの墓地には、あまりに似つかわしくない存在である。が、幽霊なんかであるわけはない。


 その少女は、五メートルぐらいの距離をおいて、少し怒っているような目つきで俺とトラメの姿をにらみつけながら、やがて小さな声で言った。


「イソツキミナト。我がマスターがお呼びだ。我らとともに、来い」


 幼い、舌足らずな声。


 その声に、俺は確かな聞き覚えがあった。


「お前、まさか……」


「……どうして命令口調かなぁ。それじゃあ誤解されてしまうじゃないですか。お気を悪くしないでくださいね。僕が代わっておわびを申しあげますよ、イソツキミナト殿」


 そして背後からは、これまた聞きおぼえのあるハスキーな声。


「アルミラージ! ……どうしてお前がこんなところに?」


「それはもちろん、あなたがたに用事があるからですよ。イソツキミナト殿に、その魂の伴侶たるグーロ」


 目もくらむようなプラチナブロンドに、色の淡い水色の瞳。ものすごい美形なのに、どこか少年ぽく見える、涼やかで爽やかな白い面。


 ずいぶんひさびさの対面だが、もちろん見まちがえようなどあるはずもない。アルミラージの、ムラサメマルだった。


 しかし本日は、いつもの暗灰色のマントではなく、なんと小洒落たノースリーブのパーカーに、七分丈のハーフパンツとスニーカー、という当世風の格好である。


 長い金髪も、アップにまとめて、あまったぶんを白い肩に垂らしている。


 全体的にカジュアルな装いだが、元が美形すぎるので、やっぱりファッション雑誌のモデルみたいに見えてしまう。


「てことは、こっちのこいつはやっぱり……」


「はい。ミュー=ケフェウスです。……ああ、現し身をきちんと見るのは初めてでしたっけ? なかなか可愛らしい容貌をしているでしょう?」


 エルバハの、ミュー=ケフェウスか……確かにその煮えたぎる溶岩みたいな瞳の色には、見覚えがある。


 が、俺の知るエルバハは、暗灰色のマント姿か、五メートルをこえる岩の巨人でしかなかった。


 ラケルタと同じぐらいの小さな体躯も、まあ記憶の通りか。しかし、こいつの現し身がこんなにちまちまとした女の子だったとは……こいつだけはひょっとして男性形の幻獣ではないかと思っていたのに、アテが外れてしまった。


「こんな真昼間に、しかも正面から堂々と姿を現すとはな……やっぱり交渉は決裂して、俺たちを始末しに来たってわけか?」


「いえいえ、とんでもない! ナナホシモナミからもたらされた不可侵条約にどう対処するかは、今もって審議中です。本日、僕たちが出向いてきたのも、もちろんそれにまつわるお話をさせていただくためですよ」


「どうして俺たちに? そいつはお前らの親玉と七星の間で交わされるべき話だろ?」


「いやぁ、それはその通りなんですが……その前に、グーロ、そんな闘志まんまんの目つきで僕をにらみつけるのは勘弁してください。ミューはまだしも、僕あたりじゃあ逆立ちしたって貴女にはかなわないんですから! はっきり言って、貴女にそんな目でにらまれたら生きた心地がしませんよ」


「横言をぬかすな。争うつもりでないのならば、とっとと用件を言え」


「言いますよ。今回は、またまたメッセンジャーのお役をおおせつかってきたんです。……サイとドミニカが、イソツキミナト殿にご協力を願っています。どうか僕たちのことを信用して、ともに来ていただくわけにはいきませんか?」


「俺に、協力? そいつはいったいどういう冗談だよ? まさか、一緒に七星を退治しろ、とか言うつもりじゃないだろうな?」


「まさか! その逆です! 貴方たちにとっても大事な存在であらせられるナナホシモナミを救うために……ひいては僕たちを救うために、どうかご助力を願えませんか?」


「はん? 七星を救うことがお前たちを救うことになるなんて、そんな事態はまったく想像がつかねェけどなぁ?」


「そうです。まさしく貴方がたの想像を絶するような事態が勃発しようとしているんですよ。……本当にね、僕などは絶望のあまり首をくくりたいぐらいなんです。とにもかくにも、サイたちからの話を聞いてあげてくれませんか?」


 相変わらずの、気安い口調だ。こいつはラケルタと同じぐらい、人間くさい雰囲気をかもしだしているかもしれないな、と思う。


 しかし、エルバハのほうは、ただ愛くるしい外見をしているという事実が発覚しただけで、トラメやアクラブにも負けないぐらいの仏頂面である。


 どう見ても、友好的なメッセージをたずさえてきた親善大使には見えやしない。


「……ミューのことは勘弁してやってください。本当は僕一人で来たほうが話もスムーズに進んだんでしょうが、もしもグーロに問答無用で襲いかかられた場合、僕一人では太刀打ちできませんので……あ、今回はサイも本調子でないため、僕の身を守るために契約を行使することができなかったんですよ」


 ああ。以前にこいつがメッセンジャーとしてやってきたときは、指一本ふれただけで強制送還されるような契約を施されていたんだっけか。


 しかし、そのようなことはどうでもいい。


「そいつはずいぶん心得違いな発言なんじゃねェか? トラメの心臓を潰してくれたのはエルバハじゃなくてお前だろうがよ、アルミラージ?」


「あれこそ契約の行使なんだから、しかたないじゃないですか! 文句だったら、サイに言ってください! ……ね、お願いしますよ、イソツキミナト殿。貴方だって、ナナホシモナミをみすみす危険な目に合わせたくはないでしょう?」


「だからって、そんな言葉だけでほいほいついていけるかよ。いったいどういう話なのか、もうちょっと具体的に説明してみせろ」


「具体的に、ですか。うーん……要するにですね、サイは、『暁の剣団』とナナホシモナミの和睦を願っているんです。が、このままだとそれが難しい。ゆえに、貴方がたの力をお借りしたいと、つまりはそういう話なんですよ」


「……そんなたいそうな話に、魔術師でも何でもない俺が役に立てるとは思えねェけどなぁ?」


「またまたご謙遜を! 貴方のかたわらに立っているのは誰ですか? 僕よりもミューよりも強い力を持った、グーロのトラメその人じゃないですか! ……僕やミューには止められない非常事態でも、彼女だったら止めることができるかもしれません」


 俺は少し言葉につまり、トラメの不機嫌そうな顔を見下ろした。


 その指先は、いまだに俺の右手首をしっかりつかんでいる。


「……貴様はあの娘の護符に守られている。万が一にもこやつらの主どもが我らの滅びを望んだとしても、逃げきることは可能だろう。そうして、あの娘と合流できれば、こやつらを返り討ちにすることも容易だ」


 トラメは、低くそう言った。


 それで俺も、ようやく心を決めることができた。


「わかった。案内しろよ。……ただし、お前たちのことをちょっとでも信用したわけじゃねェからな?」


 アルミラージはうなずき、それから、「ありがとうございます」と微笑した。


 それは、思いがけないほど屈託のない笑い方だった。

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