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召喚ノススメ  作者: EDA
第四章 海と魔術(後)
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帰路

「それじゃあね! バイバイ、ヒトツちゃん!」


 名も知れぬ小さな駅のロータリーから、マイクロバスがしずしずと発車しはじめる。


 七星は、窓から半身を乗りだして、いつまでもぶんぶんと右腕を振っていた。


 それを見送る制服姿のヒトツも、いつまでも静かに右腕を振っていた。


 怪異の起きた翌日の、昼下がりである。


 けっきょく一晩、ホテル・サモヴィーラに宿泊していったヒトツをここまで送ってやり、これから俺たちは帰路をたどるところだった。


「ふーう。ひとまず一件落着だね! みんなクタクタにくたびれただろうから、帰りの道中は各自おくつろぎくださいな!」


 言われるまでもなく、メンバーの過半数はすでに眠りこけてしまっている。はっきりと目を開けているのは、七星と、俺と、アクラブぐらいのものだった。


 トラメとナギは仲良く並んで熟睡中だし、ラケルタに寄り添った八雲もいつのまにかぐったりとまぶたを閉ざしてしまっている。


 昨晩はずっと傷ついたラケルタにつきそって眠れぬ夜を過ごしたようだから、無理もない。義手も眼帯もなくしてしまったラケルタは、顔の右半面を包帯で覆い、右腕の袖口を手首のところで縛り、壊れた人形のように眠り続けていた。


 これでも一度は、ラケルタも意識を取り戻したのだ。昨日の夕刻頃、ナギよりも早く覚醒したラケルタは、「ちょっと疲れただけサ! 何にも心配いらないヨ!」と言い残し、それからすぐにまた意識を失い……そうして、ずっと眠り続けている。


 どんなに強がっても、昨日の一件でもっとも深いダメージを負ったのはラケルタである、という事実は疑いようもなかった。


 ナギの安らかな寝顔を見つめながら、俺は小さく息をつく。


 溜息はこらえるにしても、ちょっと息ぐらいはついてもいいだろう。


 ナギがまったくの無事であることに、俺はどれだけ感謝しても感謝しつくせなかった。ラケルタと、もちろん七星にもだ。


 俺は、ナギやトラメを起こさぬように注意しながら立ち上がり、最後部の座席にむかった。


 ハンチングを目深にかぶった七星が、ちろりと上目づかいに俺を見上げてくる。


「よお。ちょっと邪魔していいか?」


 昨晩こいつはヒトツにつきっきりだったから、ロクに話もできなかったのだ。


 七星はパチパチとまばたきを繰り返すばかりで何も答えなかったが、俺はかまわずその隣りに腰を降ろした。


 アクラブは、無関心に外を眺めている。


「なあ。ヒトツをあのまま帰しちまって良かったのか?」


「うん? それって、どういう意味?」


「いや、だからさ、あいつ自身に罪はなくても、やっぱりあいつの境遇は普通じゃないみたいじゃないか? こんなところにひとり置き去りにして、お前は心配じゃないのかよ?」


「心配だよ。心配だけど、ヒトツちゃんがそうしたいって言うんだから、もなみには何もできないよ」


 七星は、すました顔でそう言った。


 すましてはいるが、やっぱりどこか、おとなしげである。昨晩から、七星はずっとこんな取りすました顔をしていた。


「いちおう危険はない範囲で、ヒトツちゃんにも説明してあげたんだけどね。もなみはああいう怪異を撃退するプロフェッショナルで、ヒトツちゃんが怖いんだったら、もなみのアジトでかくまってあげる、ってさ。……だけどヒトツちゃんは、大丈夫って言ってた。自分が海に近づかなければ海魂は現れないからって」


「それはそうなのかもしれないけどよ……」


「もなみと関わったら、『暁の剣団』に注目されることになる。へたをしたら、『名無き黄昏』だって動くかもしれない。できることなら、もなみなんかには関わらないほうがいいんだよ」


 七星はうつむき、にやりと笑った。


 七星らしくない笑い方だった。


「現時点では『暁』にも『黄昏』にもスルーされてるんだから、わざわざヤブをつつくこともないっしょ。……もしももなみがヒトツちゃんをかくまったとしてもさ、そりゃあもなみが生きてるうちは世界で一番安全なぐらいかもしれないけど、もなみが死んじゃったら四面楚歌だよ? 少なくとも『暁』の連中は放っておかないだろうねぇ。だから、長い目で見れば、もなみに関わらないのが一番安全な生き方なのさぁ。……ミナトくんだって、今回でそれを痛感したでしょ?」


「なに?」


「もなみの口車なんかに乗ったせいで、大事な大事な妹ちゃんを、危険な目に合わすところだった! ミナトくんにどんなになじられようとも、もなみは平身低頭で謝りたおすばかりでございます!」


「何を言ってやがる。今回の一件は魔術師どもなんて関係ないんだから、お前に責任なんてないだろ」


「あるさ。あるよ。この海水浴を企画したのはもなみだし、その合間に上ノ浦を探索しようと決めたのはもなみだし、そこで知り合ったヒトツちゃんをホテルに招いたのも、もなみだもん。どこからどう分析しても完全無欠に、すべての責任はもなみに帰結するじゃんかさ?」


 やっぱりそんなことを考えていたか。


 珍しく、この俺なんかに心中を見透かされているぜ、七星よ。


「だったら、そんなお前をオトモダチと認定しちまったのは俺の責任だ。ナギが危険な目に合っちまったのは俺の責任だよ、完全無欠にな」


 七星は、反射的に何か言いかけて、すぐにまた口を閉ざした。


 ハンチングで半分隠された目が、またちろりと俺の顔を盗み見る。


「……それならミナトくんも、今回の一件を教訓にして、いろいろ考えをあらためたほうがいいだろうね?」


「そうだな。それもあって、ちょっとお前と話しておきたくなったんだよ」


「うんうん。そうだろうねぇ。何でも聞くから、遠慮なくどうぞぉ」


 七星は目を閉じ、頭の後ろに手を組んで、優雅に足まで組みはじめた。


 白く整った横顔に、いくぶんシニカルな笑みがうっすらと浮かんでいる。


 こいつも意外に強情っ張りだな。いつまでそんな風に笑っていられるか見ものだぜ、まったく。


「七星、俺はな、やっぱり何の罪もないナギを巻き込むことだけは、どうしても勘弁ならねェんだ」


「うんうん、そうだろうねぇ。固い血の絆で結ばれた愛すべき妹ちゃんだもんねぇ?」


「茶化すな、馬鹿。……だからな、お前に頼みがあるんだ」


「はいはい、どうぞぉ。他ならぬミナトくんの頼みだったら、もなみは何だって聞いてあげるよ!」


 やっぱり俺と、縁を切ってくれ。


 と、言うとでも思っているのかな、こいつは。


「あのな、俺たちを遊びに誘うときは、今まで以上に危険がないように注意を払ってくれ。……それから、遊びと仕事を同時にこなそうとするのも、もうやめろ」


 俺はそう言って、七星の頭からハンチングをむしり取ってやった。


「ついでにもうひとつ。話すときはちゃんと相手の目を見て話しやがれ。礼儀がなってないぞ、馬鹿野郎」


 七星は、ゆっくりと目を開けて、俺のほうを見た。


 シニカルな微笑がひっこみ、何ともいえない感情のせせらぎが、白い面をゆらめかせている。


「もう金輪際、お前のお遊びにはつきあえない……って話じゃないの?」


「お遊びにつきあえなかったら、もうそんなのは友達でも何でもないだろ」


 奪い取ったハンチングで、亜麻色の頭を優しくひっぱたいてやる。


「お前とは友達でいたいから、何とか安全に遊べるように頑張ってくれ、って言ってんだよ。他力本願で悪いけど、俺には魔術の心得なんて一ナノグラムもありゃしないんだからな」


「……」


「今回だって、ヒトツの件がなかったら安全に終わってたはずだろ。公私混同なんざするから、こんな騒ぎになっちまうんだ。俺は別に友達だから、何に巻き込まれたってかまわねェけどよ、ナギや宇都見はお前の友達じゃあないんだろ? だったら、せめて、あいつらを呼びだすときぐらいは、復讐だの何だののことは忘れて、遊ぶことに集中しやがれ」


 開いた口がふさがらない、とはこういう顔のことをいうのか。


 もうちょっとその面白い表情を見物していきたかったが、こいつが我を取り戻すとまたエラい目にあいそうだったので、俺はハンチングを七星の手もとに返し、早々に退散することにした。


「それじゃあな、今後ともしっかり頼むぜ? お前の人間離れした才覚と計算高さに期待してるからな」


 ちょうどバスは高速にさしかかるところだった。


 俺は転ばぬよう座席の背もたれを伝いながら席に戻ろうとしたが、そんな用心は水泡のごとく弾けて消滅した。


 なぜなら、七星が「せやぁ!」と背後から胴タックルをぶちかましてきやがったからだ。


 固い床に両腕を強打され、俺はたまらずわめき声をあげる。けっきょくこうなるのか、チクショウめ。


「せやぁじゃねぇよ! 危ないだろが! 最後ぐらい綺麗にシメさせろよ!」


「むはははは! ここまでもなみを錯乱させといて、そんな言い分がまかり通るものか!」


 ま、こうなるんじゃないかと思ってたんだよ。こいつがいつまでも取りすました顔をしていられるわけは、ないもんな。


 しかし、だからといって抵抗しないわけにもいかない。俺の上にまたがった七星は、どうしてくれようかと言わんばかりに、両目をランランと輝かせていた。


 その顔に満面の笑みを浮かべつつ、だ。


「ミナトくん、大好きだよっ!」


 車内の全員が飛び起きるような大声で叫び、七星は俺にのしかかってきた。



 こうして俺たちの初めての旅は、最後まで騒々しく幕を閉じたのだった。


 死に物狂いで抵抗しながら、ふっと俺の頭によぎったのは、来年もこうしてこのメンバーで海水浴でもできたら面白いよな、という、ずいぶんありきたりの感慨だった。


 それがどんなに甘っちょろい考えか、などということは痛いほどにわかっている。


 だけど、だからこそ、俺はそんな風に望まずにはいられなかったのだ。



 そんな思いを嘲笑うかのように、災厄の前触れがひたひたと忍び寄ってきたのは、それからわずか数日後のことだった。

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