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召喚ノススメ  作者: EDA
第四章 海と魔術(後)
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再び、海へ

 そして、翌日。


 本日も、海は、快晴だった。


 青い空に、白い雲。昨晩の陰鬱な体験とはあまりにかけ離れたその光景に、俺は何だか目のくらむような思いだった。


 しかし、それ以前に、俺は眠かった。


 当たり前だ。上ノ浦を脱出して、一乃宮ミミなる少女を隣り町に送り届けたのち、ホテル・サモヴィーラに帰りついたのは、午前五時。で、あるにも関わらず、その二時間後にはもう七星やナギの手によって叩き起こされてしまったのだから。眠くないわけがないではないか。


 朝食をバイキングでやっつけた後は、またひたすらにビーチである。


 ああ、太陽が黄色いってのはこういうことか。


 人を殺したくなるのもうなずける。


 もちろん俺には七星の底抜けの体力につきあえる度量などは備わっていなかったので、午前中はひたすらにパラソルの下で惰眠をむさぼることになった。


「ミーナートくん! いったいいつまで寝てるのさ? そんなに寝てばかりいたら、目ん玉がとろけちゃうよ?」


 しかし、そんな安息も長くは続かない。


 頭の上でわめかれて、しぶしぶ夢の世界から帰還した俺は、仁王立ちになってパラソルの中をのぞきこんでいる七星の威容を見上げやった。


「……もうちょい、ほっといてくれ。眠すぎてノーミソがとろけそうだ」


「えー? つまんない! 今日という日は二度と帰ってこないんだよ? せっかく海に来たのにビーチで寝て過ごすなんて、そんな青春の無駄遣いが許されようか!」


「許される。青春のカタチは人それぞれだ」


「やだ! 許せない! 早く起きて、もなみの青春の一ページを彩ってよお!」


 ゆさゆさと肩をゆさぶられる。


 それと同時に「やかましい」というトラメの声が響き、腰のあたりを蹴っ飛ばされた。


 そうか、お前も寝てたんだっけな。……しかし、やかましいのは俺じゃなくって、このオレンジ色の悪魔だぞ?


「勘弁してくれよ……お前はどうしてそんなに元気なんだ?」


「鍛え方が違うから! 眠るときは眠るし、遊ぶときは遊ぶの! そして今は、遊ぶべき刻限なの!」


 ああうるさい。これでは再び蹴っ飛ばされてしまいそうなので、俺はしかたなくシートの上に半身を起こした。


 が、どうしても立ち上がる気力まではかき集めることができず、時間稼ぎにクーラー・ボックスなどを開けてみる。


「じじむさいなぁ! あ、もなみもスポーツ・ドリンク、もーらいっと!」


 と、俺の手からペットボトルを強奪して、一気に半分ほども飲み干してしまう。


 そうして、「ぷはー」と息をついてから、七星は俺のかたわらに腰を降ろしてきた。


 本日はまだ一歩として海に踏みこんでもいない俺の身体に、びしょ濡れの素肌がべったりとおしつけられてくる。


「……濡れる。暑い。たしなみがない」


「うるさいなぁ! これでも十回に九回はガマンしてるんだから、もなみが甘えてきたときは素直に甘えさせて!」


 いやあ水着姿でそんなにべたべたとからみついてくるのは、公序良俗に反するだろ。官憲にでも発見されたら、前科がついてしまいそうだ。犯罪だよ、犯罪。


 いっそナギにでも発見されてしまえばこの女体地獄からも解放されるのだが、あいにく妹君は八雲たちとビーチボールに興じている真っ最中だった。


 本日のビーチは昨日以上に閑散としていて、ナギたちの他には、波打ち際で砂遊びをしている三人家族ぐらいしか見当たらない。


 宇都見はどうせまた岩場で水生動物ざんまいなのだろう。トラメは七星の反対側ですやすやとご就寝中だし、アクラブはそのむこうで無言・不動。


 ……何だ、けっきょく昨晩の探索任務とやらに付き合わされたメンバーがそろって休息しているんじゃないか。


 それでどうして俺だけが七星にからまれなくてはならないのか。まったくもって、理不尽だ。


「……ナギとの勝負は、いいのかよ?」


「んー? ほんの今さっきビーチバレーのリベンジ・マッチでコテンパンに返り討ちにしてやったところだよっ! だから再々戦にむけてミワちゃんたちと猛特訓してるんじゃない?」


 いや、アレは遊んでるだけだろう。八雲もけっこう楽しそうではないか。


 いつのまにかナギとの交流が深まったのなら、何よりだ。ああ見えて、ナギのやつも意外と人見知りなんだからな。


「……ミナトくんと妹ちゃんは、仲のいい兄妹だよねぇ」


 ふいに七星が、そんなことをつぶやいた。


 その声のトーンが気になって目線をかたむけると、七星は俺の肩にしなだれかかったまま、少し遠い目でナギたちの姿を見つめやっていた。


「そいつは、どこかの仲の良くない兄妹と比較してるってわけか?」


「おお、鋭い! さすが我が友! もなみの心中なんて、スッケスケだね!」


 いや、お前の心中なんて謎だらけだ。暗中模索の五里霧中だよ。


「……かわゆいコだったよね、ミミちゃん。もなみが男の子だったら、ああいうコにクラッときちゃうんだろうなぁ」


「へえ。ああいうぼんやりとしたのがタイプなのか?」


「うん! だってものすごく庇護欲をかきたてられない? ……あ、いや、ちょっと待って!  共感してはいけませぬ! うぬーっ! ミナトくんはまたもやもなみを羅刹にする気?」


「勝手に妄想して勝手に怒るなよ。誰もそんなこと、これっぽっちも言ってないだろうがよ」


「ほんとに? 誓える? もなみのほうが可愛い?」


「……そういえば、あいつって、俺らの知ってる誰かに似てないか?」


「またかわされた……似てるって誰にさ? ミワちゃん? ドミニカ・マーシャル=ホールさん? 共通点は多々あれど、似てるってほどのもんでもないんじゃない?」


 おお、相変わらず頭の回転が早すぎるやつだな、お前は。


 だけど、やっぱり俺と同意見か。そうなんだよ。似てるってほどのもんではないんだよなぁ。


 しかし、ここしばらくは魔術がらみのメンバーとしか顔を合わせていないし、そもそもそれ以前にはそこまで親密になった女子もいない。


 さらに言うなら、このメンバー以外であんな奇妙な娘と少しでも似ているような人間が、俺の身近にいるとも思えなかった。


「あのコは、ちょいと特殊すぎるからねぇ。あんなコと似てる人間なんて、そうそういないんじゃない? まだ孵化してなくて、自分がどういう人間なのかもわかってないって意味じゃあやっぱりミワちゃんが一番近いけど、そのタマゴのヒビワレのむこうから垣間見える本質の気配が、全然似てないよ」


 ああ、一瞬の内に、俺よりも深い部分にまで洞察のメスを入れてくれたな、七星よ。


 そうだ。八雲とあの娘は「不安定」という部分が共通しているだけで、本質的にはまったく似ていない、気がする。どっちの本質も俺には全然見抜けてはいないんだけどな。


「どうしたのさ? もなみの前でもなみ以外の女子に思いをはせるなんて、そいつは致死性のマナー違反だよ?」


「お前にマナーなんざ説かれたくねェよ。……なあ、七星、お前はあいつをどうするつもりなんだ?」


「んにゃ? べつだん、どうもしないよん。あのコはすっごく特殊なコだけど、魔術師でも何でもないんだから! 異世界の邪神を祀る家柄なんてロクなもんじゃないんだし、海野カイジに見捨てられちゃったんなら、これ幸い! このまま平穏な人生を歩むのが一番さあ」


「へえ。俺はてっきり、あいつのこともかくまってやったりするのかと思ってたぜ」


「かくまうって、何からさ? 海野カイジが放置してるってことは、『黄昏』にとってもあのコは無価値ってことなんだから。へたにもなみが介入して付加価値をつけちゃうことはないでしょお?」


 なるほど。それは道理である。


 しかし、俺はこうも思っていたのだ。不幸な家柄に生まれつき、不幸な境遇に陥ってしまったあの娘のことを、七星は放っておけないのではないか、と。


 昨晩の七星は、それぐらい慈愛に満ちた眼差しであの娘のことを見つめていた。


「わかってないなぁ、ミナトくん! もなみはそこまでおせっかいな人間じゃないよ! 頼まれもしないのにそんなことにまで手を出すのは内政干渉でしょお。あのコがミワちゃんみたいに助けを求めてきたならば、そりゃあ全身全霊で守ってあげるけどさ! そうじゃなかったら、人はやっぱり自力でおのれの運命を切り開くべきなんだよっ! もなみにできるのは、せいぜい電話で話相手になってあげることぐらいだねぇ」


「なるほどな……」


 それならそれで、別にいい。


 しかし、だとすると、七星の処置はあまりに中途ハンパではないだろうか?


「なあ、それだったら、素顔を見せたり本名を明かしたりする必要はなかったんじゃないか? あいつは、放置されてるとはいえ、お前が仇として追ってる相手の、妹なんだろ?」


「おお、ミナトくん! その発言は、失敗だ! もなみは初めてミナトくんのことをケーベツしてしまうかもしれない!」


「な、何がだよ?」


「あのミミちゃんは、六年間も放置されてるんだよ? てことは、完全に『名無き黄昏』とは無関係と考えていい! それなのに、ミナトくんは、あのコが海野カイジの肉親だっていう理由だけで、あのコを敵とみなせと言うの?」


「敵、って言ったら言い過ぎだけどよ。無条件に信じるのは危ないだろ」


「ダメだね! ダメダメだ! それを言ったら、もなみは通りいっぺんの身上調査だけで、ミナトくんやウツミショウタくんを信用しちゃってるんだから! ミミちゃんのことなんて、そりゃあ最初から所在も割れてたんだから、ここに来る前に調査しまくってるんだよ! その上で、警戒の必要なし、と判断したもなみの分析力を、ミナトくんは疑うのかい?」


 いったい七星が何にこだわっているのか、俺にはさっぱり見当もつかなかった。


「だけどさ、それでも敵方の肉親って事実に変わりはないんだから、少しぐらい警戒したって……」


「おお、愚かしい! 兄の罪は、妹の罪? 海野カイジが極悪人だったら、ミミちゃんもその罪をあがなわないといけないの?」


「いや、だからさ……」


「ミナトくん! どうしてもなみが『暁の剣団』に敵対視されているのか、その理由をもう一度熟考してみたまえ!」


 びしり、とひさびさに七星の指が俺の鼻先に突きつけられる。


「もなみのパパは、『暁の剣団』を裏切って、『名無き黄昏』の巫女であるママを連れて、逃げたんだよ? 二人はおたがいを愛するあまり、それぞれの魔術結社を裏切っちゃったんだ! そうしてもなみが愛の結晶として生まれ落ちた、っていう生い立ちはきっちり説明してあげたはずだよね?」


「ああ、そいつはもちろん忘れちゃいないけどよ……」


「そしたら、何故にパパとママが死んじゃった現在も、もなみは『暁』に敵対視されてるの? 許されざる裏切り者の娘だから? 許されざる『黄昏』の巫女の血筋だから? ……その両方でしょ!」


 七星は、笑っている。


 が、その目はランランと肉食獣のように燃えさかっていた。


 俺は、どうやら七星の地雷を踏んでしまったらしい。


「罪が血統で引き継がれるなら、最大級の罪人はもなみだよ! もなみも、もなみのママも、海野カイジも、ミミちゃんも、邪神を崇める血筋に生まれ落ちたって意味では一緒なんだ! それが罪だっていうんなら、もなみは真っ先に、自分の首を刎ね落とすべきだね!」


「わかった。俺が悪かった。そういう意味で言ったんじゃないけど、考えが足りなかったよ」


 俺は、全面降伏することにした。


 俺だってもちろんあの一乃宮という少女を深刻に危険視していたわけではないが、心のどこかに「呪われた血筋」などという考えが生じていなかったわけでもない。


 そんな概念は、重要視するべきではないのだ。少なくとも、この七星もなみという人間を尊重し、大事に思うのならば。


「前言撤回、する? するなら、許してあげるけど」


「する。お前の目から見て、あいつが危険なやつじゃないんだったら、お前の好きなようにしたらいい」


「よし、許す! ……大好き、ミナトくん!」


 と、いきなり七星が首っ玉にかじりついてきたので、俺は「うわあ!」と大声をあげてしまった。


 トラメが、うるさそうに寝返りをうつ。


「ば、馬鹿! 何だよ? さっきまで怒り狂ってたのは何だったんだ?」


「憎さあまって可愛さ百倍! 素直に自分の非を認めるミナトくんが、大好き!」


「だったら、もういっぺん前言撤回する! だから離れろ! うわ、マジでやめろって!」


 俺は何とか七星のカラダをもぎ離そうとしたが、どこを触ったってふにゃふにゃの素肌だ。


 こんな怪力なのに筋肉はどこに行った? どうにもならない。誰か助けてくれ。


「こらーっ! ナニやってんのっ?」


 今回の救いの女神は、我が最愛なる妹だった。


 七星は波打ち際で怒髪天を衝いているナギに笑顔でアカンベーをしてから、名残惜しそうにするすると退陣していく。


「うむ。本気で押し倒しそうになってしまった! これぞ夏のマジックだね! あぶないあぶない!」


 危ないのはお前の人格だ。俺はげっそりとしながら、肩で息をつく。


「お前、本当に自制しろよ。これじゃあこっちの身がもたねェよ!」


「しかたないじゃん! 最大級に自制した結果がコレなんだから! 基本的には、気持ちに歯止めをかけるつもりもないし!」


「かけろよ! 馬鹿かお前は! ……痛っ!」


 また蹴られた。


 だからどうして七星じゃなく俺を蹴るんだよ、トラメ。


「……まあそんなわけで話を戻すけど。ミミちゃんだったら、大丈夫だよ! 何と言っても六年間も放置されてるんだし、あのコの周囲には魔術で干渉されてる気配もないしね。見張りも何もつけずにこんな片田舎でほったらかしなんて、あのコが『名無き黄昏』にとって価値のある存在だったら、そんな放置プレイはありえないでしょ? 良い意味でも悪い意味でも、あのコは海野カイジにとっては無価値の存在だったんだよ」


「ひでェ話だな。ま、こんな馬鹿騒ぎに巻き込まれるよりはマシだろうけどよ」


「そうさ。あのコは魔術結社だの邪神だのとは無縁で健全な世界を生きるべきなの。もなみなんかには深く関わるべきじゃないんだよ! ……あ、ウワサをすれば、ミミちゃんだぁ」


 と、七星がいきなり立ち上がり、「おーい、こっちだよー!」とがなりはじめたので、俺はずっこけそうになってしまった。


「な、何だと? お前、今、何て言った? あいつがどうして、こんなところに……」


「朝方、電話があったのさぁ。もういっぺん会いたいっていうから、ここの場所を教えてあげたの」


 石垣の上の歩道の果てに、小さく黒い人影が見えた。


 俺にはまだその顔の判別もつかないが、七星が言うからには間違いなく一乃宮なのだろう。俺は脱力したまま頭をかきむしる。


「お前なぁ、関わるべきじゃないとか言ってた矢先に、何だよこれは? どうしてあいつをこんな場所に呼びだしたりするんだ?」


「何を怒ってるのさぁ? もなみたちが滞在する明日までが、ミミちゃんと会えるラスト・チャンスでしょお? この先は半永久的に顔を合わせる機会もないんだから、しっかり思い出を作っておくの!」


 それは別にかまわないけども、だったら個人的に親睦を深めてくれ。ナギに見つかったらまた説明が面倒ではないか。


 そんなことを心中でぼやいているうちに、一乃宮が砂浜に降りてきた。


 なんと本日は、制服姿だ。


 白地のシンプルなセーラー服で、肌の褐色がいっそう際立っている。が、そんな格好をしていると、確かに昨晩よりは普通の純朴な女子高生に見えないこともなかった。


「こんにちは。呼んでくれてありがとう、もなみ」


 スポーツバッグを両手にたずさえ、ぺこりと頭を下げてくる。


 そのぼんやりとした子鹿のような目が、不思議そうに俺を見た。


「……ミナト?」


 ああ、そういえば俺は車に戻るまでヘルメットを外さなかったし、車では一乃宮が助手席だったので、俺の顔などほとんど見てはいないはずなのだ。


「ミナト、こんにちは。……アクラブも、こんにちは」


 そうして最後にその瞳が、日陰で丸くなっているトラメの姿をとらえる。


「猫さん、こんにちは。……寝てるの?」


 俺は、思わず七星と顔を見合わせてしまった。


 トラメのやつは昨晩、最後まで子猫の姿を保持していたのだ。


「これはなかなかの眼力だねぇ。ちょっとミミちゃんを甘く見てたかな。……ま、いいや。よく来たね、ミミちゃん! さあさ、せまいところだけど、どうぞおくつろぎになってくださいな!」


 一乃宮はうなずき、七星の横にぺたりとしゃがみこんだ。


 七星は、恥じらいもなく豪快にあぐらをかきながら、一乃宮に笑いかける。


「……えーと、トラメちゃんが昨晩は子猫ちゃんだった件について、何か釈明が必要かしらん?」


「トラメちゃんっていうんだ。……トラメちゃん、こんにちは」


 と、もう一度トラメにむかっておじぎをする。


 その茫漠とした顔を見つめる七星の瞳は、隠しようもない好奇心にきらめいていた。


「ミミちゃん。ちっとも動じてないのね? どうしてこんな不思議なことが!とか騒いだりはしないの?」


「不思議。……不思議だね。この世には、不思議なことがたくさんある」


 おいおい、こいつは本当に大丈夫なのか?


 これで本当に魔術師でも何でもないっていうなら、そっちのほうが問題ありそうだぞ。


「だけど、わたしには関係ない。わたしには、父さんや兄さんみたいに不思議を解き明かす力もないから」


「ふーん。自己完結しちゃってるんだねぇ! ま、あんな奇妙なお家に生まれついちゃったら、不思議な出来事に免疫ついてもしかたないかぁ」


 七星は実に楽しそうに笑い、一乃宮はけげんそうに小首をかしげる。


「ところで、どうしてミミちゃんは制服姿なの? とってもかわゆいけど、今は夏休みでしょ?」


「午前中、部活だった。今は、その帰り道」


「へえ、部活やってるんだ? 何部? 運動部?」


「陸上部。走るのが、好きだから。……泳ぐほうが、もっと好きだけど」


「ほうほう! だったら、泳いじゃう? 水着だったら、たっぷりあまってるよん」


 一乃宮は、ちょっと息をつまらせるようにして黙りこみ、それから穏やかな海面のほうに目をむけた。


 黒い瞳に、憧憬とも郷愁ともつかない、奇妙な光が浮かびはじめている。


「泳ぎたい。……もうすぐ、海に入れなくなっちゃうし」


「うん? それは例の水神祭ってやつが関係してるのかな? 八月になったら上ノ浦に近づくなとか、あのおじーちゃんが言ってたよね」


 一乃宮は、答えない。


 そのいくぶんさびしげな横顔を見つめながら、七星はにっこりと微笑んだ。


「よし! それじゃあ、一緒に遊ぼう! もなみたちは明日帰っちゃうから、今日は思い出作りに励みましょうぞ、ミミちゃん!」

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