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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章 海と魔術(中)
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海神の民

「……あなたは、誰?」


 黒い瞳が、ぼんやりと俺を見つめている。


 七星も平気で俺の名前を呼んでいたから、べつだん名乗って悪いことはないのだろう。俺は溜息をかみ殺しつつ、答えた。


「俺は、磯月湊だ。あの馬鹿娘の、まあ、友達だよ」


「もなみの、友達……そう」


 それだけで納得してしまったのか、娘はすぐにまた屋根の下へと目線を戻してしまう。


 まったくもって、つかみどころのないやつだ。


「一乃宮……だっけ? お前、こんなところで何をしてたんだよ?」


「……海を見てた」


「こんな真夜中にか? ずいぶん酔狂な趣味だな」


「……もうすぐ、見れなくなっちゃうから」


「なに?」


「……もうすぐ、水神祭の時期。だからわたしは、海に来られなくなる」


「水神祭? だけど、神主だか何だかをつとめていたお前さんの家族は、その、全員いなくなっちまったんだろ?」


「うん。……だからわたしは、海に来られなくなる」


 駄目だ。さっぱりわからない。


 だいたい、俺がこんな話を聞いたって無意味だろう。根幹の部分を理解していないのだから、表層だけなぞっても有意な考察など望むべくもない。


 それにしても……と、俺はその娘の横顔を眺めながら、あらためて思った。


(こいつ、何だか、誰かに似てるような気がするんだよなぁ……)


 俺が不可思議だと思う、もうひとつの要因がそれだった。


 こんな奇妙な雰囲気を漂わせる知人など、俺の周囲にはいない。それがハッキリしているだけに、このデジャブーといってもいいぐらいの強い感覚が、俺には不思議でしかたがなかった。


(八雲……いや、ドミニカか?)


 地に足の着いていないふわふわとした感じは、少し八雲と共通しているかもしれない。


 しかし、似ているというほどではないだろう。


 ドミニカの名前などを思い浮かべてしまったのは、たぶん、あの人形じみて茫洋とした感じからの連想だ。


 だけど、やっぱり似ているというほどではない。


 強烈な自我と個性を有した幻獣娘たちなんて論外だし、ナギだって、ついでに宇都見のやつだって、まったく似たところなど見当たらない。


 幻獣といえば、エルバハのやつも浅黒い肌をしていたようだが。俺はあいつの人となりなんてまったく知らないし、おまけにいつもフードを目深にかぶっていたから、その素顔すら見たことはないのだ。


 だけどあいつはラケルタと同じぐらいの背丈しかなかったし、肌の色も、もっとはっきりと黒かった気がする。


 何だか、落ち着かない気分だった。


 答えはすぐ目の前にぶら下がっているような感じがするのに、手をのばそうとすると、ひゅるひゅる逃げていってしまう。そんなもどかしさと、焦燥感にも似たおかしな感覚に、俺は何だかたいそう居心地が悪かった。


「もなみ……大丈夫かな」


 咽喉にからんだ低いつぶやきに、俺は、ハッと我に返る。


 そういえば、七星のやつは護符すらつけていないのだ。


 いくら相手がただの人間とはいえ……そして、たとえアクラブがそのかたわらにつき従っているとはいえ、俺は七星の暴走を観察しにノコノコとついてきたわけではない。


 下から格闘の気配などは伝わってこないが、なんだか険悪に言い争っているようではある。


「ただの人間」が相手の問答だったら、凡夫たる俺のモラルや常識などがお役に立つ可能性もあるのではなかろうか?


 そう思うと、俺は居ても立ってもいられなくなってしまった。


「おい、下に降りてみないか?」


 俺が呼びかけると、一乃宮ミミなる娘は、こくりと子どものようにうなずき返してきた。


 トラメは、呑気にあくびなどをしている。


 ということは、異存もないのだろう。俺は一乃宮と連れ立って縄梯子を降り、回廊を抜けて、正規ルートで正面口まで出た。


「……そういったわけで、ワタクシは海野カイジなる人物の素行調査をおこなっていたのであります。その妹君たるヒトツノミヤミミさんとここで出くわしてしまったのは偶然にすぎないのだということをご理解いただきたい!」


 そうして表に出るなり、七星の力強い声音が耳に飛びこんできた。


 ふだん通りの、自信と気合いに満ちあふれた声だ。


「だけど……探偵事務所だって? 今日びそんなもんが本当に存在するのかね?」


 それと相対した男たちの一人が、いかにも不審げに反問する。


 その場に集結しているのは、確かに老人といってもいいぐらいの男たちばかりだった。


 一番若くても、せいぜい五十路あたりだろう。漁村に相応しい武骨な大男もいれば、枯れ枝のように痩せ細った老人も混ざっている。


 一乃宮ほどではないが、みんな浅黒い肌をしていて、粗末な夜着を身にまとっており、そして不審と敵意に目を光らせていた。


 その手にたずさえられているのは、旗竿のように長い棒だったり、すりこぎだったり、そこらに落ちている黒い流木だったり、とさまざまだったが。とりあえず、出刃包丁などを用意している者などはいなそうで安心した。


 まあ、安心ばかりもしてはいられないが。


「正確に言うなら、興信所ですよ! 信用と安心の総合興信所『大黒堂』であります! 素行調査に、身辺調査、家出人の捜索から、盗聴器の発見・除去まで、何でも幅広く取り扱ってございますので、御用の際は、是非こちらにお電話を!」


 と、吊りズボンから引っ張りだした名刺を、七星が先頭の男におしつける。


 男は、汚れた雑巾でもつまむような仕草でそれを受け取り、猜疑心に満ちた目つきでその文面を読みあげた。


「総合興信所『大黒堂』関東第一支部調査員、モナミ・フィリップス……あんた、ガイジンか?」


「いえ! 父はオーストラリア人ですが、生まれも育ちも日本国でございます! 何かご不審な点があれば、当社までお問い合わせください。ワタクシどもが海野カイジ氏の素行調査をおこなっているのはもちろん機密事項でありますが、こうして海野邸に不法侵入してしまった段を目撃されてしまったからには、いたしかたございませぬ。何なら警察をお呼びになられてもかまいませんよ! 我が身に恥じることなど一点もございませんから!」


「……しかし、あんたはどう見ても子どもだろう。探偵だか興信所だか知らないが、あんたみたいな子どもがそんないかがわしい場所で働いているってのは……」


「ワタクシはこう見えても二○歳でありますよ! そして我が『大黒屋』はけっしていかがわしい会社などではなく、前々年度には一部上場も果たした優良企業でありまして……」


「わかったわかった。……ミミ、この連中は本当にお前が呼びこんだわけじゃないんだな?」


 いかつい顔をした初老の男が、じろりと一乃宮をにらみつける。


 一乃宮は、ぼんやりと夢でも見ているような目つきで、その顔を見返した。


「この人たちとは、さっき偶然そこで会った。……何をしている人たちなのかは、知らない」


「お前は、何をしに来たんだ? この屋敷には近づくなと、この前もきつく言ったろう」


「海を見てた。……ここは、わたしの家」


「いや、お前の家じゃない! お前はもう、一乃宮の人間なんだ!」


 男は苛立たしげに声を荒げたが、一乃宮はきょとんと首を傾げるばかりで、まったくこたえた様子もない。


 男は、深々と溜息をつき、七星のほうにむきなおった。


「あんたもな、探偵さん。調べたんなら、知ってるだろ。あんな悲惨な事件が相次いだ場所に、おいそれと近づくもんじゃねェ。……そいつは、よくないことだ」


「そうですね! ですが、ワタクシどもも決して興味本位でやってきたわけではなく、さきほども申し上げました通り、とある新興宗教団体の被害者の会の皆様からの依頼を受けて、海野カイジなる人物の素行調査に当たっているわけでありまして……」


「こんなところを調べたって何もわかりゃあしねェ! ここは、ただの廃屋だ!」


 いくぶんあわてたように、男がまた怒鳴り声をあげる。


 俺の観察眼を信用するならば、どうやらこの連中も『海野カイジ』という名前に過剰反応を示すらしい。


 一乃宮も、俺の横で、またひっそりと自分の肩をかき抱いている。


「しかし、この集落において神職の家系にあった海野カイジ氏が、新興宗教団体などの要職についているのですから、我々としても生家との繋がりに注目せざるを得ませんねぇ。もしかしたら、海野家にて祀られていたモノと同じモノが、その団体においても神と目されている可能性も……」


「そんなことが、あるわけはねェ! アレは、この土地だけの神サンだ!」


 今度はハッキリと、男の両目に怯えの光が閃いた。


 無言で周囲を囲んでいた連中も、ざわざわと騒ぎはじめる。


「……探偵さんとやら。とにかく今宵は、夜も深い。お引き取りを願うわけにはいきませんかのぅ?」


 と、その中で一番の高齢であるらしい枯れ枝のような老人が、俺たちの前に進み出てきた。


 野良着のようなものを着た、痩せてはいるがなかなか背の高い老人だ。


 荒波に削られた岩のような質感の肌をしていて、天狗のように鼻が高い。


 そういえば、そこに集まった連中は、みんな彫りの深い顔立ちをしていて、体格も、のきなみがっしりとしていた。


 隠れ切支丹の村、という言葉が一瞬だけ俺の頭をよぎっていく。


「ミミ、お前もだ。ヒロシの言う通り、お前はもう海野ではなく一乃宮なのだからのぅ。こんな場所には、やってくるな。……いや、もうこの村には、足を踏み入れるな」


「……」


 一乃宮は、表情のさだまらない顔にうっすらと不満げな色を浮かべ、老人を見る。


「ここから神サンはいなくなった。だから、この地ももうお終いだ。あとはゆっくり、海に飲みこまれていくだけじゃろう。……海野の家や、神サンのことなんかはもう忘れて、お前は一乃宮の人間として生きろ。海野の次男坊が消えたあの夜に、すべては、終わってしもうたんじゃよ」


「……」


「興味深いお話ですね! ……だけど、確かにずいぶんと遅くなってしまいました! 今日のところは、これにて退散させていただきたく思います!」


 おし黙る一乃宮の肩にそっと手をさしのべながら、七星は元気いっぱいにそう言った。


「つきましては、一乃宮ミミさんをご自宅まで送ってさしあげようかと思うのですが、いかがでしょう? 袖すりあうも他生の縁と申しますし! こんな夜道を一人で帰すわけにもいきませんしね!」


「願ってもない。お頼み申しますぞ、探偵さんとやら。……そして、できうればあんたももうこの地には近づかぬことじゃ」


「うーん、それは難しいですねぃ! 海野カイジ氏の人となりなど、皆様がたにはまだまだ聞きたいことが山積みなのですが?」


「わしらには、何もわからんよ。……海野の家は、海野の家だけで暮らしておったのだから。わしらには、本当のところなど何もわからんのじゃ」


 そう言って、老人は声もたてずにひっそりと笑った。


「それでも話が聞きたいのならば、葉月になる前にやってくることじゃ。神サンのいない水神祭が始まる前にのぅ……でないと、あんた、とても怖い目にあってしまうかもしれませんぞ?」


 それは何だか、見るものの背筋をぞっとさせるぐらい、虚ろで陰鬱な笑い方だった。


 七星は、にこにこと笑いながら、何も答えようとしなかった。

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