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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章 海と魔術(中)
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邂逅

 ただの人間、なのだろう。べつだん、おかしな様子はない。


 しかし、どこか不可思議な娘だった。


 年頃は俺や七星と同じぐらい。背丈は普通で、どちらかといえばほっそりとしている。


 白いTシャツ、デニムのショートパンツ、それににビーチサンダルという身軽な格好で、その風体にもおかしなところはない。


 少しくせのある髪を肩より長くのばしていて、日本人にしては、肌の色が黒い。ただ日焼けしている、というだけではなく、熱砂の国の民のように、褐色の肌をしているのだ。


 ……しかし、それも不可思議というほどのものではないだろう。俺の学校にだって異国人を親に持つ生徒の一人や二人はいるし、俺の隣りに立っている七星だって英国人とのハーフだ。


 その顔立ちも、日本人にしては彫りが深く、眉や鼻筋がしっかりしているせいか、少しだけ少年めいて見える。


 しかし、頬や顎の線はやわらかく、ちょっと幼げで、目鼻立ちはたいそう整っている。とびっきりの美少女だ、と言っても過言ではないだろう。


 が、良いことなのか悪いことなのか、幻獣娘やら七星やら八雲やらに囲まれている昨今、ちょっとやそっとの美少女っぷりでは、俺も驚けなくなってしまっている。


 だから、それも俺の感じている不可思議さとは関係ないに違いない。


 あえて言うならば、その瞳……少し眠たげに細められた、睫毛の長い黒の瞳が、俺には少しひっかかった。


 何となく、この世界をしっかりとは認識できていないような……半分夢でも見ているような、いくぶん焦点のさだまらない目つきを、その娘は有していた。


 何だか、ひどく危なっかしい。魔法か何かで動物が人間の姿に変えられてしまい、途方に暮れたままたたずんでいる。そんなあわれげで物悲しい雰囲気が、その眼差しからは感じられてならないのだった。


「あなたたちは……誰?」


 少し咽喉にからんだ幼げな声が、薄い唇からこぼれ落ちる。


「ワタシは、もなみだよ! アナタこそ、いったいどこのどなたちゃん?」


 こんな場面でもまったく緊張感をともなわない七星の声に、褐色の肌をした娘は、けげんそうに小首を傾げる。


「わたしは、一乃宮ミミ。……あなたたち、わたしの家で、何をやっているの?」


 その不可思議な目つきと同様に、ぼんやりとした声と口調だった。


「ああ、やっぱりアナタがヒトツノミヤミミちゃん。何となく、そうだろうなぁとは思ってたんだよねぇ」


「……」


「ヒトツノミヤミミちゃん。ここはもうアナタのお家じゃないでしょお? アナタは六年も前に隣りの街に引っ越したんだから! 住む人間のいなくなったこのお屋敷は、残念ながらもう誰のものでもないただの廃屋になっちゃったんだよ」


「……そうかもしれないけど、でも、ここは、わたしの家」


「うんうん。だからこうやって思い出にひたりに来てるのかな? お邪魔をしちゃって、ごめんなさいねっ!」


「……」


 七星がどんなに素っ頓狂な発言をしても、その一乃宮ミミという少女の心はまったく動じないようだった。


 一乃宮ミミ……苗字は違うが、それではこの娘が七星の追う海野カイジとやらの妹なのだろうか。


 すべての家族を失って、隣り町の擁護施設に引き取られたという、悲運の少女……それが、この不可思議な瞳をした娘なのか。


「……ワタシはね、この集落で代々神職をつとめていたっていう海野家について調査してるの。アナタにもいずれ会いに行こうと思ってたから、手間がはぶけちゃった」


「……」


「ヒトツノミヤミミちゃん。アナタは、この家でナニが祀られていたか、知ってる?」


「知らない。……わたしたちの神様の姿は、お父さんと、カイト兄さんしか見ることができなかったから」


「ほうほう。それは六年前に亡くなられた海野家の長男さんだね? ということは、長男さん亡き後は次男のカイジお兄さんが神職を継ぐご予定だったのかにゃ? 失踪したりしなければ、だけども」


 ぴくりと、少女の肩が震えた。


 その黒い瞳に、じわじわと恐怖の色がたちのぼり。一乃宮ミミなる少女は、細い肩を寒そうに両腕でかき抱いた。


「知らない。……カ、カイジ兄さんは、あの後すぐにいなくなっちゃったから……」


「うんうん。どうやらそうらしいねぇ。まずは長男さんが不慮の事故でお亡くなりになって、その数日後にお父様が溺死。お祖父様は心臓発作。最後にお母様が首を吊っちゃって……そしてカイジお兄さんは、この村から消え失せた。御神体の石像を担いで、煙のように消え失せちゃった、ってわけだ」


「おい、なな……じゃなかった。お前、やめろよ。あまりにデリカシーがなさすぎるぞ?」


 さすがに俺が口をはさむと、七星は無言でこちらを振り返った。

 それで俺は、二の句も継げなくなってしまう。


 暗視ゴーグルのレンズの下で、七星の目が、驚くほど強い光を浮かべていたのだ。


 こいつのこんな真剣な目つきを見たのは初めてかもしれない。


「ミミちゃん。カイジお兄さんは、どこに行っちゃったんだろうねぇ? こんな可愛い妹ちゃんを一人残して、神職の仕事も放りだして、あまつさえ土地神様であるはずの神像を持ちだして、いったいどこに行方をくらましちゃったんだろ? 何の目的で、そんな罰当たりなことをしたんだろ?」


「し……知らない。わたしは、なんにも知らない……」


「カイジさんがいなくなる直前、誰かがこのお家を訪ねてこなかった? もしかしたら、それは日本人じゃなく、イギリスかどこかから来た外国人じゃなかった?」


「……」


 少女は激しく首を振り、ついにはその場にかがみこんでしまった。


 少女が立っていたのは、屋根の最端部なのである。落ちても死ぬような高さではないはずだが、そちらは建物の裏側で海に面している。


 切り立った断崖にでもなっていたら大事だ。俺は反射的に駆け寄ろうとしてしまい、その腕を、横合いから七星につかまれた。


 七星は、しゃらしゃらと錫杖を鳴らしながら、みずから少女のほうに歩み寄っていく。


「ミミちゃん。アナタの魂は呪縛されてしまっているね。魔術なんかではなく、過去の悲しい思い出に。そんな暗い目をしていたら、映る世界も真っ暗になっちゃうよ?」


 そして七星は、思いもかけないことをした。


 その頭にかぶっていたヘルメットとゴーグルを取り外し、震える少女に、ぐいっと顔を近づけたのだ。


「アナタは、お兄ちゃんに捨てられちゃったんだね。だけど、しかたがないんだよ。……海野カイジさんは、アナタだけじゃなく、真っ当な人間としての生活すべてを捨て去っちゃったんだから」


 強い光を浮かべた鳶色の瞳と、暗く陰った黒の瞳が、わずかな空間を隔てて、しっかりと視線をからませる。


 そして……七星は、ふいに少女の身体を抱きすくめた。


 まるで、迷子の子どもを見つけた母親のような仕草で。


「ミミちゃん、かわいそう。……もなみも六年前に家族を亡くしたけど、パパは最期まで、もなみを愛してくれた。だからもなみは、ひとりぼっちでも生きてこられた。ミミちゃんは、たったひとりで、よく頑張ってきたね」


 少女は、何も答えなかった。


 ただ、褐色の肌をした手がおずおずと上がり、七星の背中を、子どものようにわしづかみにした。


「……ミミちゃん。アナタには、これをあげる」


 やがて七星は少女から身を離し、自分の首にかかっていた護符のペンダントを外しはじめた。


 飴色の琥珀に、銀の鎖。まだ七星の服をつかんだまま放そうとしない少女の首に、それを手ずからかけてやる。


「それから、これはもなみの電話番号ね。さびしくなったら、いつでもかけてきて。……ただし、誰にもナイショだよ?」


「もなみ……あなたは、誰?」


 手渡された名刺のようなものをぼんやりと見下ろしながら、少女は震える声で問う。


 七星は、ようやくいつもの笑顔を取りもどして、にこやかに答えた。


「もなみは、もなみさ! きっとミミちゃんの味方だよ! ミミちゃんが、海野カイジさんを追いかけたりしないかぎりはね!」


「わたしは……カ、カイジ兄さんが、怖いから……」


「だったら、もなみが味方だよ! 永遠に! 死が二人を分かつまでっ!」


 そう高らかに宣言し、七星はおもむろに立ち上がった。


 その手が足もとのヘルメットを拾い上げ、暗視ゴーグルとともに再び装着される。


「さてさて。もっとゆっくり語り合いたいところだけど、無粋なお邪魔虫がぞろぞろやってきちゃったねぇ。アレはいったい何のお祭りなのかしらん?」


 何のことだ?と俺が問いかけようとしたとたん、闇が、いきなり引き裂かれた。


 屋敷の正面口のほうから、懐中電灯と思しき白い光の線が、屋根の上に幾筋も差しむけられてきたのだ。


「おい! そんなところで何をやっている?」


「どこのどいつだ? とっとと降りてこい!」


 いくぶん平静さを欠いた、野太い男たちの声。


 俺は心から驚いたが、他の連中はとっくに気づいていたのだろう。七星は、一乃宮ミミなる少女の手を引いて悠々と凱旋してきたし、トラメは、俺の肩の上で俺だけに聞こえるようにつぶやいてきた。


『どれも、ただの人間ばかりだな。錯乱はしているようだが、邪気などは吸っていない。取るに足りない無力な老人どもばかりだ』


 そうなのか。


 しかし、闇をかき回す光の数は、軽く二ケタに達している。


 背後は海で逃げ場などないはずなのだから、これはなかなかに困った事態なのではないだろうか。


「あらあら、ずいぶん賑やかだねぃ」


 などと言いながら、七星が少女とともに屋根の下をのぞきこむと、声の主たちはいっそういきりたった。


「ミミ! やっぱりお前か!」


「そいつらは何モンだ! よその人間を村に引き入れたのか?」


 逆光なので、こちらからは相手方のシルエットしか見てとれない。


 しかし、俺の見間違えでなければ、その連中は懐中電灯ばかりではなく、手に手に長い木の棒やら何やらをたずさえているようだった。


 これはなかなかに由々しき事態であると言えるだろう。


「あーあ。せっかくもなみたちはコソコソ忍びこんだってのに、ミミちゃんのおかげで大騒ぎになっちゃったじゃんか!」


「……だけど、ここは、わたしの家……」


「あはは。うそうそ! そんなかわゆいお顔をしないで! 思わずチューしたくなっちゃうから!」


 阿呆なことを大声で言ってから、七星はくるりと俺を振り返る。


「ミナトくん! ミミちゃんは頼んだよ? ただし! ミミちゃんのかわゆさにクラクラしたら、後でマルカジリです!」


「おい、お前、まさか……」


 止めるいとまなどありはしない。一方的に言いたいことだけ言い捨てると、七星はいきなり「とおっ!」と屋根の下に飛び降りてしまった。


 かぼそい光の乱舞する闇の底に、七星の姿がかき消える。


「まったく、モナミめ……」という苦々しいつぶやきを残し、アクラブもまた七星の後を追う。


 そうして俺は、初対面の不可思議な娘とともに取り残されてしまった。


えーと……いったい俺は、どうすりゃいいんだ?

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