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召喚ノススメ  作者: EDA
第二章 襲撃者の影
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襲撃者の影③

「ああ、グーロさん、こんにちは!」


 無事に着せ替えプレイを終えた俺たちが玄関に出向くと、宇都見がはしゃいだ声をあげた。


 グーロは、不機嫌きわまりない目つきで、その喜びに満ちた笑顔をにらみすえる。


「何だ。昨日の小僧ではないか。こいつを喰っていいのか?」


「あのな……お前、人間なんて喰えるのかよ?」


「隠り身になれば可能だろうな。不味そうなので試したことはないが、あまり我を空腹にさせるようだったら、考えなくもないぞ」


 ぶかぶかのジャージ姿は想像よりもサマになっていたが、姫君のご機嫌はだいぶ下降気味のようだった。


 寝起きのせいか、空腹のせいか、着たくもない衣服を着させられたせいか、理由は判然としないが、まあよかろう。暴れだしたり脱ぎだしたりしないだけマシだ。


「実は、これからちょっとお前についてきてほしいところがあるんだ。別に面倒なことはさせないから、まあ、よろしく頼む」


「……何を言っている。歩くだけで、十分に面倒だ」


「あ? 朝は学校に着いてくるってうるさかったろうが! 言うことをコロコロ変えるなよ」


 俺の反論に、グーロは「ふん」と憎たらしげに鼻を鳴らす。


「あのときは腹が満ちていた。今は空腹だ。何でもいいから、喰うものを寄こせ」


「おやつはちゃんと買っておいたよ。一緒に来てくれるなら、電車の中で喰え」


「……ついてこなかったら何も喰わさん、と言うつもりだな?」


 見ぬかれていたか。黄色い目が、陰気な反感をこめて、じとっと俺を見る。


「別にこれは意地悪で言ってるんじゃない。どっちみち俺はこいつと出かけなきゃいけないから、一緒に来てくれないなら、食事は俺が帰るまで待ってもらわなくちゃならないんだ。どうしても来るのが嫌だったら、もういっぺん寝て待っててくれよ」


「本当に勝手な小僧だな。怒る気にもならん」


 ぷいっとそっぽをむいてしまう。その小さな頭の上に、俺は寝室から持ってきていたキャップをそっとかぶせた。


「何をする!」


「お前の髪と瞳の色は目立ちすぎるんだよ。まあこんなんじゃ髪の毛は隠しきれないけど、せめて目もとだけでも隠しておいてくれ」


 というか、本当に隠したかったのは、その可愛らしすぎる顔そのものなのだ。あげくに人間ぽくない黄色の目では、いくら何でも目立ちすぎる。


 万が一にもクラスメートなどと出くわしてしまったら最悪なので、可能なかぎり目立たない格好をしてほしい、と願うのが人情だろう。理解してくれ、人外のバケモノよ。


「いったい、何だというのだ……」


 さらにグーロを玄関に座らせて、サイズのまるで合っていないハイカットのキャンパス・シューズを履かせてやり、脱げないように足首のところで紐をきつく締めてやると、グーロの中で何かのメーターが振り切ってしまったのか、すべての表情を消し去って口もきかなくなってしまった。


「……ねえ、怒ってるみたいだけど大丈夫なの?」


 エレベーターの中、宇都見が心配そうに耳打ちしてくるが、俺にだってそんなことはわからない。俺も朝から散々な目に合っているので、さしあたってはグーロに同情する気にはなれなかった。


 無言のグーロと宇都見を引き連れて、徒歩十五分の最寄り駅へとむかう。


 案の定、腰よりも長い濃淡まだらの茶色い髪、というだけでやたらと人目はひいてしまったが、それでも素顔をさらしていたら、この十倍は目立ってしまっていたことだろう。


 ほとんど金色に近いぐらいの髪と、ぶかぶかのジャージ、という組み合わせは、多分に不良がかって見えるので、好きこのんで近づいてくる者もそんなにはいないと期待するしかない。


「うーん。こうして見ると、全然普通の人間だねぇ。昨日の儀式を体験してなかったら、グーロさんが幻獣だなんてことは誰にも信じられないだろうね」


 さすがにその険悪な不機嫌オーラに怖れをなしたのか、宇都見もむやみにグーロへ声をかけようとはしなかった。


 あるいは、昨晩の公園からの帰り道で、何を問いかけてもロクに返事をしてくれないことから、自分がそんなに好かれていないという事実を正しく認識しているのかもしれない。


 ちと気の毒だが、宇都見は人に避けられたり嫌われたりすることに免疫がありすぎるのだ。


「おい、グーロ。お前に好き嫌いはないのかよ?」


 ということで、グーロには俺が声をかけてやることにする。


 さすがにいつまでも沈黙されていると、後の反動がおっかないからだ。


 グーロは、キャップのつばの陰で黄色く目を光らせるだけで、何も答えない。


「何でも残さず食べるのは感心なことだけど、逆に、気に入った食い物とかはなかったのか? どうせ食べるなら、好きなものを食べたほうがいいだろうしな」


「……名称がわからないから、説明のしようがない」


 不安感をそそってやまない、感情の欠落した声だ。


 俺は宇都見にあずけたままだったビニール袋を取り返すと、袋からは取り出さぬままに、中の封を開けた。煮干しの香ばしい匂いが、もわっとたちこめる。


「こいつはどうかな? 元が猫なら、相性がいいかもと思ったんだけど」


 歩きながら、グーロの顔の前で煮干しを一匹、ふわふわと泳がせてみせる。


 とたんにグーロが猫のような素早さで煮干しに噛みついてきたので、俺はあわてて手を離した。


 こいつ、俺の指まで喰うつもりか?


「ど、どうだ? こいつはなかなか健康にもいいと思うぞ?」


 グーロは答えぬまま、ボリボリと煮干しを咀嚼する。


 その目が再びじろりと俺を見て、小さな指先が子どものように差しのべられてきた。


「……大事に喰えよ? せめて家に帰るまではこれでもたせてくれ」


 煮干しのパックをビニール袋ごと渡し、俺はふぅっと息をつく。


「さすがだねぇ、磯月」


 と、無言でこのやりとりを見守っていた宇都見が、実に楽しげな笑顔でそんなことを言ってきた。


 何が「さすが」だ。俺は保父でも猛獣使いでもないんだぞ。


 夕暮れ時というにはまだ明るすぎる午後の雑踏を歩きながら、グーロは無言でボリボリと煮干しを食べ続けた。

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