最期に見るのは君の顔
どうも、はじめまして。また私の作品を見てくださっている方はご機嫌よう。市舞ポメです。
ということで、短期連載を始めることになりました。特に理由はありません。唐突に書きたいと思ったので。
先に言っておきます。今回、結構シリアスです。特にこの一話は人によっては精神的にキツイものとなっているかもしれません。それでも、この作品を見たいと思っていただけるなら、ぜひ最後までお付き合いください。
では、ひと夏の淡い恋物語をどうぞ。
「死」———それはこの世の命あるもの全てが必ず行き着く終着点であり、本能的に恐れる恐怖の象徴。「死」は無慈悲に、残酷に、容赦なく命を奪い去っていく。
そして、それは当人だけでなく、残された人の心さえも深く蝕んでいく。特に近しい間柄にある者のそれを目の当たりにすれば尚更だ。
…だから今僕、珠洲郁真はここにいる。
雑居ビルの屋上にある柵の上で、僕は無機質に人々が行き交う眩しい通りを見ていた。
高さ十数メートルのこの場所から落ちたら即死だということは分かっている。それでも今の僕に恐怖という感情はなかった。
ただ、心にあるのは寂しさ、悲しさ、喪失感だった。
人間は死ぬ前になると走馬灯というものが流れるらしい。勝手にというわけではないが、僕も走馬灯というものを頭に思い浮かべてみる。
その時、頭の中に映るのは...あの子の顔だけだった。
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「見てみて、綺麗な星空!...あっ流れ星!ねえ今の見た?」
「ん〜!美味しぃ〜。あ、郁真も食べる?」
「もっと寄って、郁真。はい撮るよ〜」
「次あれ!あれ乗ろう!」
「ねえ郁真、今日はどこに行こうか?」
伊那詩紀———僕の幼馴染で唯一の友達と呼べる存在であり、初恋の相手である。
幼少の頃からずっと僕達は一緒だった。
あまり記憶はないが、幼稚園の時もほとんどを彼女と過ごした。その時に親同士も仲良くなったと聞いている。
そして、小学校になり、お互い以外とも関係を築くようになった。それでもお互いがずっとお互いの一番だった。
僕も男子グループなどとつるんだりしたが、周りに適当に合わせていい顔をしていくのは疲れる。一緒にいても楽しくなかったし、友達だなんて口が裂けても言えない。詩紀も同じようなことを僕によく愚痴っていた。
中学生になり、世間一般には思春期と呼ばれる時期に入っても、僕たちの関係は一ミリたりとも変わらなかった。むしろ小学生の頃他の人と関わるのに疲れたせいで、余計に一緒の時間は増えていった。学校でも休み時間、昼ご飯は一緒に過ごし、放課後はお互いの家に行ったり出かけたりした。休みの日でも予定が合えば、一日中だって隣で過ごした。
それからかはわからない。ただ一つ確かなのは、中学校を卒業するとき、僕は彼女への...恋心をはっきりと自覚したということだ。
高校生になっても関係も僕の彼女への気持ちも変わらなかった。
その日までは。それは高校二年生のある夏の日、突如起こった。
「ん〜難しいよ〜」
「はは、そうだね。ここは、まずこれについて理解していないとダメで...」
「なにこれ?」
「これは...」
放課後、僕達が二人で学期末試験に向けた勉強を、学校の図書室でしていたときのことだった。
いつも通り試験で上位常連組の僕が、赤点常連組の詩紀にわからないところを教えていた。
「っ!ごほっごほっ!」
「詩紀!?どうしたの!?」
なんの前触れもなしにそれは起きた。
突如詩紀が口を抑えて激しく咳をしはじめたのだ。 僕は驚いて彼女の背に手を添え、訊ねた。
「どうしたの!?どこが痛い?大丈夫?」
「げほっごほっ...ごほっ!」
それでも咳は止まらず、僕の言葉に何かを答えようとするが、その瞬間に次の咳が押し寄せてきて、苦しそうにしている。
「ごめん!もう答えなくていいから!それより早く保健室に!」
彼女はもうまともに動けそうになかった。
僕はぐっと拳を握りしめ、眉をしかめた。そして、悩んでいる時間ももったいないと、僕は素早く彼女の体を横抱きにして持ち上げた。
すぐに保健室に向かって走るが、その間も彼女は絶えず咳をして、苦悶の表情が消えることはなかった。 一瞬咳が途切れたとき、抑えていた手を離した彼女の掌にはべっとりと血が付着していた。
「っ!」
僕は両手が塞がっているため、何もできなかった。できるのはせいぜい彼女の体の無事を祈り、走ることだけだった。
保健室に着くなり、僕は「先生!」と叫んだ。
「なになに!?」と焦った表情で出てきた養護教諭の先生は、僕の腕の仲の彼女を見て、顔をさっと青ざめさせた。
先生はすぐさま固定電話に飛びつき、受話器を乱暴に取り上げた。時間が惜しいと足を落ち着きなく動かし、電話がつながった途端、まくし立てるように救急車を要請した。
十分も経たないうちに詩紀は搬送された。
僕は先生たちに鬼気迫る表情で頭を下げ、彼女に付き添った。
彼女はすぐに手術室に運び入れられ、僕は一人ベンチに腰掛けた。幸い、彼女の両親の連絡先は知っていたため、待っている間に連絡を入れた。
二人は詩紀が学校に行っている間はずっと働き、朝や夜、休みの日には家にいるという家族思いな人だ。 メッセージを送ったとき、偶然二人とも休み時間だったのか数秒後には既読がついた。それでも返信が返ってこないのは、恐らく上司のところへ飛んでいき、相対する許可をもらうためだろう。
それらの事情を察した僕は、自分の親にも連絡を入れた。
そして願った。彼女の無事を、僕の愛する人の無事を。
「...神様...ねが......ます...」
顔を俯け、消え入るような声で僕は小さく、今まで信じていなかった神を頼った。
そのうち僕と詩紀の両親が到着し、険しい顔が五つ並んだ。
深夜、静かな手術室の前で「手術中」の赤いランプに照らされて、全員の苦々しい表情が見て取れる。
父さんは手にしているコーヒーのスチール缶をへこむほど握りしめている。母さんは自分も傷ついているような表情で顔を俯けていた。
僕は両親の向こうを覗き込む。詩紀の母親は両手の指を固く絡ませて額に当て、祈っている。父親はそんな彼女の背中に手を添え、自分も苦汁をなめたように唇を噛み締めていた。
僕は視線を前に戻し、まっさらな壁を静かに見つめた。心の中では何もできない自分への怒りと、悔しさと、なにより無力感が暴れまわっていた。
だが、ただでさえ気が気でない四人にこれ以上心配をかけないために、僕はできるだけ表にこの激情を出さないようにした。
その場に沈黙が降りてからどれほどの時間が経っただろうか。窓から差し込んでいた光は消え、蛍光灯とランプだけが病棟を照らしていた。
誰一人身動ぎせず待っていると、視界の端で何かの光が消えた。
「っ!」
その場の五人の視線が同時に吸い寄せられる。見れば「手術中」のランプが消灯していた。
ガタガタガタッ!
音を立てて、勢いよく立ち上がる。
全員がすがるような、懇願するような目でそのドアが開くのをじっと息を詰めて待つ。
永遠にも思える長い数分だった。スッとドアが横にスライドし、医師が後ろに看護師たちと詩紀が横たわったベッドを連れて出てきた。
「「詩紀!」」
詩紀の両親が深夜の病棟に声を響かせ、走り寄ろうとする。しかし、僕は二人の前に立ちふさがった。
「郁真くん!?何をしているの!?そこを退いて!」
「気持ちはわかりますが、二人とも落ち着いてください」
僕は努めて冷静な声で二人に告げるが、二人とも焦りをあらわにしている。
僕は詩紀を手術したであろう医師に目配せをした。医師は少し安堵したような表情をしている。
「君、ありがとう。この子の両親の方ですね?」
「はい、そうです。詩紀は、詩紀は大丈夫なんですか!?」
二人は医師に詰め寄る。僕の両親も二人ほどではなくても、なにか言いたげな表情で見守っている。
「彼女の体に響くかもしれません。詳しい話をさせていただきますので、一度診察室へ行きましょう。...君たち、彼女を頼めるかい?」
「わかりました。行きますよ」
「「はい」」
看護師の方々が詩紀のベッドを運搬していく。恐らく病室へ向かうのだろう。
角を曲がって見えなくなったと同時に、医師が口を開いた。
「では、参りましょう」
全員が重々しく頷いた。
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「まず、良いお知らせがございます。手術は成功し、彼女は一命を取り留めました」
開口一番にそう言った医師に、僕達の表情が明るくなる。
「それは本当ですか!」
「はい。...しかし、本題はここからです」
顔の微笑を消し、真面目な表情に戻る医師。少し舞い上がっていた僕達は、表情を固まらせた。
嫌な予感に、背中に汗が伝う。
全員が医師に向き直り、無言で話の続きを促す。医師は一つ頷き、小さくため息とも違う息をついた。
「結論から言いましょう。彼女の体に何が起こっているかわからなかったのです」
その場の空気が凍った。特に詩紀の両親は今にも崩れ落ちそうな表情をしている。そんな中、落ち着いて続きを問うたのは父さんだ。
「それは...どういうことですか?」
「彼女は肺と胃から出血していました。なので、手術で出血を止めました。しかし、手術後検査をしたところ、彼女の体に異常は見られませんでした。医学的に見れば、『突如彼女の肺と胃から出血が起きた』としか思えないんです。現時点では原因を特定できていません」
「なんですって!?」
「そんな...」
「事実です。今のところは先程申し上げた通り、問題ありません。ですが、それは今の医療レベルでの話です。世界でまだ発見されていない異常が彼女にはあるのかもしれません。つまり、何かの拍子にまた死の淵を彷徨うことになるかもしれない、ということです」
「つまりそれは...今は大丈夫でも、また再発するかもしれないし、治療法もわからないと...?」
「...はい」
僕は怒涛の勢いで押し寄せる情報の量に、耐えきれずフリーズした。
それでも、一つだけ理解できた。詩紀の体がまだ安全でないということだ。
医師が「国内外全ての症例を洗いざらい———」「私達の持てる力を総動員させて———」という言葉も左から右へ抜けていく。
僕達家族はその事実にただただ言葉を失うばかりだった。詩紀の両親は深い悲しみと、ぶつけようのない怒りを抱えていた。
医師に八つ当たりでもしたいのだろうが、医師も苦虫を噛み潰したような表情で、自分のズボンを強くしわができるほど握っていたので、その口から言葉が紡がれることはなかった。
それぞれが心中に激情を抱え、全員が無力感にただ打ちのめされるしかなかった。
次の日、僕はただ呆然としていた。寝ることもできず、ただ目を開けたまま、一日を過ごした。
到底学校なんて行く気にはなれなかったが、その次の日重い足取りで学校へ向かった。
この話の余韻を噛み締めてもらいたいので、あとがきは今回簡潔に書きます。
次回もよろしくお願いします。感想などもぜひ。




