第百六頁 ベス
一七三二四年五月十一日(木)
大米合衆国・アメリカ州。東地区 ニューヨーク郊外
時は少し遡る。
ジャック・スミスがクウヤ・インディュラから預かった剣をローザンヌ空港まで持っていった直後のことである。
「今回は早く帰ってきたな。って、何回も言うが、部屋の真ん中に土足で入るな」
グレゴリーはパソコンと目を合わせたままジャックに語りかけた。
「オメーが早く帰って来いっつったんだろうが!んで、何回も言うが、こんなボロ部屋に土足で入ろうが裸足で入ろうが大差ねぇだろ?」
「まったく……早く帰って来いと俺が言ってるのはいつも帰ってこないからだ。不法入国してる自覚がないからだろ?」
「頻繁にしてるみたいな言い方すんな!最後にしたのは……結構前だ。」
「お前の場合、そこらの一般人とは違うんだ。バレたら困る。だから言ってるんだ。それに本来なら一回でもしたら犯罪者だろ?」
「あのなぁ!」
熟年夫婦のようなテンポで、治安の悪い単語が飛び交う喧嘩をしていると、アリが叫びながら部屋に入ってきた。
「ただいま戻りましたー!あっ、ジャックさん!珍しく帰りが早いですね!朗報です。ベスさんから連絡がありましたよ!」
「なんか一言多いぞ?それはいいが、見つかったのか!さすがベスだ」
ジャックは目を輝かせた。
「まずは一人らしいです。今からその人の履歴書持ってここにくるそうですよ!」
「何人か聞いてるか?」
「サハラ人じゃないですか?『暑すぎて二度と行きたくない』とか言ってたんで」
「高級スイーツせがまれそうだな……」
一転して表情が暗くなった。
「フルーツかもしれないですよ?」
「笑ってんじゃねぇよ!そこは別に大事じゃねぇし!」
「アハハ……元気になりましたね!」
「おまえ……」
「ったく……」
アリはニヤニヤし、対照的にジャックは辛い顔をしていた。
「ジャッキー。履歴書なんて要求したのか?」
グレゴリーが尋ねた。
「あぁ。何も素性知らねぇ奴を仲間とは呼べねぇだろ?経歴とかじゃなくて何つーかな?とりあえず身分証明?みてぇな」
「素性を知らないのはクウヤくんたちもそうだろ?」
「いや、そうでもねぇぞ。アイツ実は……」
——ピンポーン……ピンポーン……
ボロ小屋にインターホンの音が鳴り響いた。
グレゴリーとアリは驚いていた。
「この小屋インターホンなんてついてたんですね」
「初めて知ったな。来客がないから当然だが」
「インターホン鳴らすってことはベスだな」
ジャックは部屋を出た。
「ベスさんは知ってるんですね。インターホン……」
「俺たちより詳しいな……」
彼らは自分たちの無知を嘆いた。
「ベスー!入っていいぞー!」
入り口からジャックの大きな声が聞こえた。
数秒するとジャックは一人で戻ってきた。
「出迎えないのか?」
グレゴリーはジャックに問うた。
「何でアイツをいちいち迎えにゃならん?勝手に入ってくるだろ?許可はしたし」
「そういう問題じゃないだろ……」
「そうよ!お出迎えくらいしたらど〜お?」
女性の声が聞こえた。
声は高く、しかし独特な色気があった。
振り返ると金髪ショートカットの女性が立っていた。
切れ長の目が特徴的で、右目の一部は頬のあたりまで伸びている長い前髪で隠れている。
「よっ。ベス」
「『よっ』じゃない!人に無理難題押し付けて自分は何してんの?不法入国?」
「はっ?何で知ってんだ?」
「アリくんに聞いた」
「余計なことを……」
ジャックはアリの方に視線を向けた。
「しょうがないじゃないですか!ジャックさんの場所聞かれたから」
必死に弁明する。
「別に!わざわざ確認しなくても電話圏外な時点でそうだとは思ってたけど?」
「お前はいつも変なタイミングで電話よこすな!ほんとに来てるし……」
ジャックが携帯の通知を見ると、丁度ヘルヴェティアにいた時間に『ベス』という人物からの着信があったことを示す記録があった。
国ごとに電波の種類が異なるため、外国からの電話は届かない。着信音は鳴らず、応答もできないが、履歴には残るのだ。
「パパに言いつけるよ!」
「心配すんな!そのパパに揉み消してもらうから」
「腐敗政治!」
ベスと呼ばれている女性は目を細めて言った。
「おめぇのパパの政治だろうが!まあ大統領には俺も迷惑かけっぱなしだからな。気をつけるよ。俺だってやりたくてやってる訳じゃねぇんだ。アイツらが無茶言うから……」
ジャックは頭を掻いた。
「アイツらって?っていうかパパは腐敗政治じゃないから!あんたの尻拭いしてるだけだから」
「自分で言ったんじゃねぇかよ!それに反省してるだろうが……」
大声でつっこむジャックを横目にグレゴリーが言う。
「ジャッキーが気にかけてる能力者がいるんだよ」
「へー……その人たち仲間にすれば?そしたら私が動かなくて済むし」
ベスと呼ばれた女性は目線だけをジャックに合わせて言った。
彼はそれを察知して言う。
「アイツらは発展途上なんだよ!それに今は即戦力が欲しいんだ!先生が言うにはどっちも力を蓄え始めてるらしいしな」
「発展途上の彼らを待ってられないわけね……今叩くのは?」
「こっちは能力者が俺とお前しかいないだろ?俺と心中してぇなら喜んで手貸すぞ」
「冗談じゃない!なんであんたなんかと!死ね!」
「何だ?てめぇ!」
「やめろ!二人とも!一人は仲間が見つかったんだし。クウヤくんたちも順調に行けば育つだろ?」
グレゴリーが制した。
思い出したかのようにベスと呼ばれた女性はUSBを取り出した。
「忘れてた。これ。彼の情報ね」
それをジャックに渡した。
「お、おう。グレッグ!これ見といてくれ!」
ジャックは貰ったものを投げた。
「アリ!パスだ」
グレゴリーも受け取ったものをすぐ投げた。
「結局、俺の仕事なんですね。まあ分かってましたけど」
アリは受け取ったUSBを自身のパソコンに挿した。
「見たら色々読み上げてくれるか?」
ジャックが言った。
(それなら自分で見ればいいじゃないですか)
そんな思いを持ちつつ、アリは保存されたファイルを見た。
「えーと。ムカカ・オルンガさん。ジャックさんとベスさんと同い年なんですね」
「よく見つけたな?」
「エリートって見つけるの大変なの分かる?」
ベスと呼ばれる女性はもっと褒めろと言わんばかりの視線をジャックに向けた。
「ホールケーキでいいか?」
「二個ね」
「……はぁ。で、職業は?」
「サハラ共和国の裁判官ですね。かなりできる人ですよ。能力を……あ、能力者の能力と別ですよ!」
「分かってるよ……で?」
「能力を買われて既に高等裁判所の裁判官をやってるみたいです!」
「漫画かよ!裁判官ってそんな簡単にできんのか?」
「俺に聞かないで下さいよ!」
「不思議なこともあるでしょ?どう?あんたの求める人材ってこういうことでしょ?」
ベスと呼ばれた女性は自慢げな顔をしていた。
「そうだな。最高だ!ホールケーキ三つでも足んないくらいだ」
「じゃあ十個!」
「調子乗んなよ?ま、即採用だ!」
「よかった。これでダメ出しされたらぶん殴ろうかと思ってたのに」
彼女はどこか残念そうだった。
「お前は俺を何だと思ってんだ?」
「あと一人?」
「引き続き頼めるか?」
「今度は欧連で探してくる」
「悪ぃな」
「うわっ!きもっ!鳥肌立っちゃった!あ〜寒気する!」
体を縮こめて言った。
「お前な!」
「ボロ屋で風邪なんか引いたら最悪だから行くわー!じゃあねー」
ベスと呼ばれた女性は出て行った。
「行っちゃいましたね。クオンさんとイェジュンさんが帰ってきたら報告ですね。おっ?」
アリがジャックを見ると少しばかり喜んでいるように見えた。
欧州連合国篇 完
次回 サブタイトル再考中
第一篇と比べ、短いですが第二篇完結です。
完結を期に、いつも読んでくださる皆様にとても重要な報告があります。
このあと活動報告を更新するので詳細はそちらに記しています。
皆様の反感を買うことも覚悟をしての報告ですが、ご理解いただければと思います。




