第百五頁 次家
一同、目の前で起きた悲惨な光景に目を向けることができず、現実を疑った。
誰一人として口を開くことはできない。
目の前には死体。
何をしたらいいのか分からなくなっていた。
ミクリの啜り泣く声だけが聞こえていた。
「ミクリ……さっきの人、誰だ?」
なんとか現実に意識が戻ったビゼーが問う。
ミクリは半べそをかきながら答えた。
「次家の……四女さん……」
「ミリョウって呼ばれてたよな?亡くなった人……確認してねぇから分かんねぇけど、悪口言うわけじゃねぇが、かなり嫌われてたな」
「次家の人はね、ぐずっ……男の人のこと、すっごい嫌いなの……ぐずっ……男の人と喋るだけで、すごく、イライラしてて……」
「理由は?」
ビゼーの問いにミクリは首を横に振った。
「ただ嫌ってるんじゃなくて、理不尽だったもんな……さすがに酷ぇ……」
「ご、ごめんなさい……ぐずっ……私、何が起きるか……分かってたのに。ぐずっ……止められなくてえー……」
抑えられかかっていた涙が再び溢れだした。
「ミクリは何も悪くねぇ。気にするな……ってのも無理か……」
やりきれない思いで言葉が詰まった。
「ミーちゃんはあんなことしないでしょ」
クリスティナが優しくミクリを正面から抱きしめた。
それに呼応するようにミクリは泣きじゃくった。
「よしよし……」
クリスティナはミクリの頭を一定のリズムで軽く叩き、落ち着かせようとした。
その横でアダンが頭を抱えていた。
「どうした?」
ビゼーが問う。
「あのひと……どっかで……」
「会ったことあんのか⁈」
ビゼーは食いつくように聞いた。
体が一歩前に出ていた。
「す〜……あったこと?う〜ん……みかけた?いや?」
曖昧な答えだ。
アダンの戯言だと割り切って、一度無視することにした。
もう一度ミクリに問いかけた。
「ミクリ。イシザワ家ってどうなってるんだ?人の命をあんなに……メディアに出るような人がやることじゃねぇ」
ミクリはクリスティナの胸元に埋めていた顔を出して、答えた。
涙は流れておらず、目元は腫れていた。
「ぐずっ……あんなのみたことない……ぐずっ……処刑魔導は知ってたけど、ぐずっ……使っちゃダメって、お母さんが……」
「普通の人間なら使わねぇよ……あの技やろうと思えば誰でもできんのか?」
ミクリは首を縦に振った。
「話した感じ、身内だけってわけでもなさそうだしな……あのまま俺が反抗してたら殺されてたか?」
ミクリは数秒黙り込み、やがて小さく頷いた。
「そうか……」
生きていることが当たり前ではないと彼は思った。
(ミクリが止めてくれたことを考えると、少なくとも本家は変な思想に染まってねぇよな。イシザワ家全体があんな感じではねぇってことだ。ミクリは本家の娘だっつってたな。『次家』だけなのか?それとも本家以外は全部ああなのか?)
少し考えを巡らせると再びミクリに尋ねた。
「ミクリ。次家だけがあんな感じなのか?それとも他の家系も?」
「次家がちょっと過激なのは知ってた。でも……こんなことまでするなんて……助家は落ち着いてると思う。副家は……あんまり分かんない。ごめんなさい。フワッとしか言えなくて……」
ミクリは既に泣き止んでいた。
泣いていた痕跡も目元の腫れ以外は消えていた。
「いや、何もないよりましだ。認識として次家はああいうのばっかりいるってことでいいのか?」
「うん。間違ってない。そういうふうに言わなきゃいけないのがなんかヤダ……」
「お前も苦しいよな……」
再び沈黙が訪れた。
「もしかしたらさ、イシザワ家と戦わなきゃいけない可能性ってあるのかな?」
ロッドが言った。
ミクリの方をチラチラと見ながらの発言だった。
かなり気にしていた。
「ない……とは言えないよな」
「うん……」
ビゼーとミクリはなんとも言えない表情をしていた。
「あとさ。あの人最後にクウヤのこと見てたよね?ミクリちゃん。イシザワ家とクウヤの関係についてなんか知ってる?」
ロッドが再び尋ねた。
「分かんない……でもあの人がいなかったら処刑魔導使われてたかも?処刑魔導って連発できないから」
ミクリはロックウェルの方を見ながら答えた。
「えっ?」
一同はミクリの言葉に驚いた。
ミクリは慌てながら訂正する。
「ご、ごめんなさい!あくまで私の予想っていうか……そうしかねないなって思っただけで……本当にするかは分からない……です……ごめんなさい……」
「ミクリちゃんが謝ることじゃないよ。未然に防ぐとかはおそらくできなかっただろうし」
ロッドが優しくフォローした。
「起きたことはどうにもならねぇ。今は全員の無事……」
ビゼーの視界に遺体が映った。
「あ……」
ビゼーが言葉を詰まらせた瞬間に全員が察した。
「あれ……どうすっか?」
彼は悩んだ。
「通報した方がいいんじゃない?」
最も現実を見た意見を出したのはスカーレッドだった。
「すーちゃん。私は欧連出身だからいいけど、みんな米国人でしょ?外国人が関わってると何が起きるか分かんないよ?」
クリスティナが忠告した。
言われてみると、その通りである。国際問題に発展しかねない。
「お母さんに相談してみる。家系の問題は家で解決する」
ミクリは「石澤流通信魔導其ノ参 通話」を使ってミオンと連絡を取った。
しばらく話すと通話を切った。
「お母さんなんて?」
ロッドが尋ねた。
「転送してって」
「転送?」
ミクリの不思議な答えに全員が鸚鵡返しした。
「内密に弔うって」
「えっ?それって揉みk……ん……んー……」
「その方がいいかもね!よ〜しやっちゃって!ミーちゃん」
スカーレッドが「何か」を言おうとするのをクリスティナが口を塞いで止めた。
クリスティナは自分の発言が終わるとスカーレッドの目も塞いだ。
「ちょ……クリスティナさん!」
スカーレッドはもがき抵抗したが、表面積の大きい甲冑をしっかりと掴むことができなかった。
不用意に暴れると自らも怪我を負いかねない。
そう思うとスカーレッドは自然と抵抗をやめた。
その隙にミクリは遺体の転送準備に取り掛かる。
母に言われた通りに手を施す。
「石澤流治癒魔導其ノ玖 全身恢復」
これにより遺体の傷が治った。
一つ作業を終えるとどんどんと技をかけていった。
石澤流治癒魔導其ノ参 止血
石澤流清掃魔導其ノ捌 血液除去
石澤流清掃魔導其ノ拾 特殊清掃
石澤流傀儡魔導其ノ壱 肉体操作
最後の技で小さく畳まれていた体を真っ直ぐに直し、仰向けに寝かせた。
最後に手を組ませる。
遺体は葬式前のようにとても綺麗になっていた。
拘束されているスカーレッドと拘束をしているクリスティナ以外は祈りを捧げた。
「じゃあミクリ頼む」
祈りが終わるとビゼーが言った。
ミクリはチョコンと頷くと最後の技をかけた。
「石澤流輸送魔導其ノ拾 瞬間転送」
目の前の遺体は綺麗さっぱり消え去った。
ミクリが杖をしまうのを見てクリスティナはスカーレッドの拘束を解いた。
そしてすぐに祈りを捧げた。
それを見てスカーレッドも真似をする。
スカーレッドよりも数秒早く祈りを終えたクリスティナは黙祷中のスカーレッドに言った。
「はい!これで元から何もない!すーちゃんの気持ちは分からなくはないけど、正しい行動が正解じゃないことだってある。今回はこれがベストだよ」
目を開いたスカーレッドは納得した表情ではなかった。
しかし不満を口にすることもなかった。
「行くか?マルセイユ?」
それぞれ思うところはあったが、クウヤの音頭で一行は目的地へ歩を進めた。
一度きた道のはずであったが、空気感だけが決定的に違っていた。
この日一日は誰一人として雑談を始めるものはいなかった。
一七三二四年七月二十四日(月)
欧州連合国・フランセーズ マルセイユ
数日歩いて一旦の目的地マルセイユに到着すると、ビゼーはジャックを呼んだ。
彼にクリスティナとスカーレッドの分の特別渡航許可書を頼むためだった。
ジャックはたまらず嫌な顔を見せたが、最終的には引き受けた。
今回は正規の手続きを踏んで行うとのことで、二週間後に届けることを約束された。
一行は気分が上がらないまま特別渡航許可書が出来上がるのを待った。
次回 ベス




