みんなを幸せにする魔法使い
リディアは、ベッドの端に腰掛けて、目の前のドレスをじっと見つめ、ため息をついた。
そのドレスはーー先日、ルークから送られたものだった。
シンプルだけど上質な、純白の生地。装飾は少ないが、光の当たり方によっては、生地がうっすらと輝いて見えた。それを見つめていると、ルークの顔が浮かぶ。ここ何日かで反芻したルークとのデートを再度思い出し、リディアはベッドに突っ伏した。
『なぁ、お前、卒業式は出るのか?』
『もちろん出るよ。ルークのことも、フィリアさんのこともお祝いしたいし』
『その後の、ダンスパーティーは?』
『?出るよ?おいしいご飯たくさん食べるんだー』
『……ドレス、持ってるのか?』
『持ってるわけないじゃん。踊る予定ないし、制服でいいかなーって。私がダンス苦手なの、ルーク知ってるでしょ?』
パフェを頬張りながらリディアが言うのを、ルークは難しい顔をして聞いていた。「どうしたの?」とリディアが言うと、ルークはリディアの口元についているクリームをそっと拭って、柔らかい微笑みと共にいったのだ。「ドレスは俺が送るからさ……卒業式で、俺とダンスを踊ってくれないか?」と。
その目は、まっすぐだった。
(ドレスって高いし、断るつもりだったのに……!!)
気づけば、頬を染めて頷いていた。あんな真剣な顔をされたら、断れない。
正直、嬉しかった。
(しょうがない。絶対にしょうがない。断れなかった私は、悪くない!!)
リディアは、そっとドレスに手を伸ばした。
これを選んだ時、ルークは一体何を考えていたんだろう?そう思うと、こそばゆくて……でも、このドレスを着こなせる気がしなくて、虚しかった。
(……そもそも、作りが複雑すぎて着方もよくわからない)
ちらり、とドレスの隣に目を向けると、着慣れた制服がかかっている。
(やっぱり、制服で行こうかな……)
自分がドレスを着るのは場違いかもしれない。
ドレスを着たい自分と、そんな自分への違和感がぶつかり合う。
恋する乙女の情緒は、難しいのだ。
そんなリディアの考えをわかっていたかのように、部屋にノック音が響き、無許可に扉が開けられた。
飛び込んできたのは、カトリーナとセレナだった。
カトリーナは、闇夜を溶かしたような漆黒の生地に、星を思わせる宝石を散りばめたドレスを、セレナは、大草原を思わせる優しいグリーンのドレスを着ていた。
「ちょっと!不法侵入じゃない!?……というか、2人ともドレス似合うね」
「ありがとう……まぁ、私にかかれば、似合わないドレスなどないけどね」
「リディアさん、やっぱり着替えてなかった!」
セレナが責めるようにリディアを見るので、リディアは思わず目を逸らした。
カトリーナはため息をひとつ着くと、ドレスをさっと手に取る。セレナは、何やら小さなポーチを机に広げ、テキパキとメイク用品を出している。
「この私とセレナに身支度を手伝ってもらえるなんて……ありがたく思いなさい!」
「……いや、頼んでないから」
「もう!リディアさん、時間ないんですから、早く早く!」
有無を言わさぬ手際だった。
カトリーナがドレスを広げ、セレナはリディアの後ろに回って髪を解き始める。あれよあれよという間に着替えさせられていた。
「2人とも、慣れてるね」
「ドレスアップは貴族の嗜みですからね」
「私も、仕事柄、正装になることは多いので、一通りは ……」
「そっか ……」
リディアが俯くのを、カトリーナとセレナは不思議そうに見ている。
「私、ドレスの着方もわからないのに……ルークと一緒にいて大丈夫かなぁ」
ぽつり、と呟いたその弱音に、カトリーナとセレナが目を丸くした。
リディアは、ルークと付き合い始めて、初めて、貴族と平民の身分差が、自分の思ったよりも大きいことに気がついた。
「私が気にしないように、普段気さくに接してくれるけどさ……やっぱり、ルークと価値観全然違うなって。こんな素敵なドレスも、ぽんっと送ってくれて……私、何も返せない」
その言葉に、カトリーナは大きくため息をついた。
「くっだらないわね」
「な、なによ!人が悩んでるのに…..」
「あなたは、全っ然!わかってない!」
「何がよ!」
「身分差なんて、最初からわかっていたことでしょ!ルーク様は、それでも、そんなこと気にせず、あなたを選んだんじゃない!」
「そりゃ、そうだけど……」
「 ……このドレス、あなたの好みドンピシャでしょ?」
突然の話題転換に、リディアは驚きつつも素直に頷いた。
「あ、うん。綺麗だな、って思った」
「サプライズにしたいから、ってルーク様がセレナに頼んで、ソラキ商会経由で手配したのよ」
初耳情報にセレナを見ると、彼女はイタズラがバレた子供のように笑っていた。
「そうなの?」
「ええ……知ってますか?リディアさん。この生地のランクは、正直上の下で、これよりいい生地はたくさんあるんです。でも、手持ちがそこまでないからって、悔しそうに、ルークさんはこの生地を選んだんですよ?」
正直、驚いた。
この生地より上のグレードがあることにではない。
ルークほどの大貴族でも、買えないものがあるのが、予想外だった。
「実家の金でリディアにプレゼントしたくないって……ご自身で稼いだお金で、このドレスを買ったんです」
「……え?」
「魔法局からの任務でコツコツ貯めたお金らしいですよ」
「……それだけ愛されているのに、身分差を気にしてウジウジして……そうやって悩んで卑屈になるのも、ドレスを着ないのも……ルーク様に失礼よ」
初めて聞く話ばっかりだった。
気づけば、リディアは部屋を飛び出していた。
ルークに、早く会いたかった。
ーーーーーー
加速魔法を使って廊下を走りながら、リディアは可笑しくなってしまった。
(ドレス姿で走るな、って絶対カトリーナに怒られる)
(魔法を使ってドレスで走る人なんて、普通いないーーでも、それが、私だ)
足が止まらなかった。
会場に向かう人の流れに混ざって、大広間の扉をくぐる。
昼過ぎの光が窓から差し込んで、設えられた花と灯石が柔らかく輝いていた。カトリーナとセレナが何日もかけて整えた会場だ。
人の波をかき分けて、リディアは目を走らせた。
(いた、ルークだ)
ルークは会場の端で、友人達に囲まれ、談笑している。
見慣れない深紺の上着が、似合っていた。
リディアは深呼吸をひとつして、歩み寄った。まだ少し離れた場所にいるのに、リディアに気づいたように、ルークが顔を上げた。
目が、合う。
ルークは、驚いたように一瞬だけその目を大きくした。
「……」
「……なに」
「いや」
ルークはグラスを持ち直して、視線を少し外した。耳が、赤い。浅い呼吸をしてから、リディアを再度見つめた。
「遅いから、来ないかと思ったんだ……ドレス、嫌だったかな、って」
「っそんなことない!私には勿体無いかも、ってうじうじ悩んで遅くなっちゃたけど……すごく、嬉しかったよ」
「そう、か……よかった。似合ってるよ」
びっくりするほどの優しい声。細められた目元。
ルークが柔らかく微笑むと、リディアも自然と胸が高鳴った。
(好きだな)
ルークの、幸せを甘く煮詰めたようなこの顔が、リディアはたまらなく好きだった。
会場が賑わい始めた頃、音楽が流れ始めた。
何組かが踊り始めて、会場の中央に人が集まっていく。リディアはそれを横目で見ながら、グラスに口をつけた。
「踊るか」
ルークが、リディアを見て言った。リディアは、ごくり、と喉を鳴らす。
「私……下手だよ?」
「知ってる。でも、俺はダンスが上手い人と踊りたいんじゃないんだよ」
ルークの瞳は、雄弁にリディアを求めていた。
躊躇うリディアの腕を、ルークがグイッとつかむ。
「ちょっと……!」
「周囲の目なんて気にするなよ。楽しんだもん勝ちだ」
ルークが、リディアを引っ張るようにして会場の中心に向かうと、周囲がざわつく。
音楽がーー再び流れ出した。
最初の一歩で、タイミングがずれた。
「あっ……!」
「悪い、俺もフォロー出来なかった」
仕切り直すように、リディアは再度足を進めた。体が固まって、今度は半拍ステップが遅れる。直そうと急ぐと、今度はルークの足を踏んで散々だ。
(どうしよう、全然だめだ)
そんなリディアを見て、周囲がざわめき出す。嘲笑が耳に入って、情けなくなった。
そのとき、リディアの足元にそっと風が吹いた。
おそらく、誰にも気づかれない。だが、リディアにはわかった。ルークの魔法だ。風がリディアの重心をやさしく押して、次のステップへ自然に導いていく。
ルークを見ると、彼は何も知らないような顔をしている。
「……ありがとう」
「楽しいな」
ルークは、リディアのミスなんて全く気にしないで、嬉しそうに踊ってる。
リディアも、自然と笑みが溢れた。体から少しだけ力が抜ける。
「懐かしいね、この感じ」
「一緒に踊るのは、お前の試験以来だからな ……あの時と、おんなじことしてみるか?」
ルークは笑うと、指先からそっと灯りを灯す。その灯はルークの手元を離れ、会場を照らし出した。
周囲から、歓声が上がる。
それに呼応するように、会場に炎がぱっと散った。
カトリーナだった。
会場の端に立ち、すっと手を掲げている。指先から生まれた炎が、ゆっくりと形を変えていく。
翅が生え、触角が伸び、鮮やかな炎の蝶が宙を舞った。
会場がざわめいた。
その隣では、セレナが静かに目を閉じていた。彼女の足元から蔦が伸び、床材の隙間を縫うように白い花が咲き始める。
踊っている人々は、その鮮やかな魔法に足をとめ、見入っている。
リディアも、友人2人の突然のパフォーマンスに酔いしれていた。
カトリーナが、リディアを不敵に見る。
ーーあなたもやってご覧なさいよ
言葉はなかった。でも、はっきりと、そう聞こえた気がした。
(……やってやるわよ)
リディアはニッと笑い、息を吸った。
「私だって!」
気づいたら声が出ていた。
ルークから右手を離し、水を出した。そこから、光を混ぜ込む。
水が光を帯びる。形が変わる。羽根が生え、くちばしが伸び、翼が広がる。
金と蒼の鳥が、宙に舞い上がった。
一羽が二羽になった。二羽が四羽になった。鳥たちは会場の上を旋回して、羽ばたくたびに光の粒を散らす。窓から差し込む夕方の光に混ざって、会場全体がゆらゆらと輝いた。
そのとき、リディアのドレスが色を変えた。
金に。蒼に。鳥の羽ばたきと呼応するように、揺れるたびに色が混ざって輝く。
突然のことに、ルークを見上げると、ルークが肩を震わせて笑っている。
「っルーク!このドレス!色が変わるんだけど!!」
「魔力に反応して、色が変わる特殊な染料を入れてもらったんだ……あとで教えようと思ってたけど、そうだよな。お前なら、踊ってても魔法使うよな…..!」
普通、淑女は踊っている最中に魔法なんか使わない。
でも、それがリディアだ。
「そうよ、その方が楽しいじゃない!」
やけっぱちになって叫ぶと、ルークはますます笑い出す。そして、真剣な顔をしていった。
「……そうだな。やっぱりお前は、みんなを幸せにする魔法使いだよ」
ルークが顎で周囲をしめす。
会場を見渡すと、さっきまでリディアを馬鹿にしていた人たちも、みんなのーーリディアの出した魔法を楽しそうに見ていた。
ルークの言葉が、リディアの胸の奥にゆっくりと染み渡る。
目が、熱かった。
でも、ここで泣きたくなくて、リディアは意識してちゃんと笑って見せた。
「だったらルークは、そんな私を幸せにしてくれる魔法使いね」
ルークは一瞬だけ目を見開いた。
それから、彼こそーー泣きそうな顔で笑った。
「そう、思うか?」
「もちろん!」
「……ありがとう、リディア」
もう、言葉はいらなかった。
2人はまるで遊ぶように、時に魔法を繰り広げながら、踊る。
会場では、フィリアが、カトリーナが、セレナが笑っている。
見上げれば、ルークは、リディアを愛おしそうに見つめてくれる。
(あぁ……私、今幸せだ)
このパーティーが終われば、明日から日常に戻る。
ルークは魔法局へ。自分はここで、もう一年。しばらく、ルークとは離れる。
寂しくないわけじゃない、怖くないわけじゃない。
未来に対する不安も、ある。
でもーー
(大丈夫)
根拠なんてないけど、確かにそう思えた。
だってーーいつだって魔法がある。
魔法が、みんなと私を結んでくれる。
金と蒼の鳥はもういなかった。でも、光は、まだそこにある気がした。
長きにわたり、皆様ありがとうございました!!
皆様のおかげでここまでかけました。ぜひブクマ、評価いただけると嬉しいです〜




