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どんなあなたでも、愛していたはずだった

風邪で投稿遅れました…

引き続きカトリーナのお話です

昼下がりの中庭は、寒い空気のなか、暖かい陽射しがさしているにも関わらず、冷たい空気が流れていた。

学生たちで賑わう中庭のガゼボも、いつもの雰囲気とは違う。


レオナルドがカトリーナをエスコートするのを、周囲の生徒もーー教師も、一定の距離を置いて見つめていた。その眼差しは、レオナルドとカトリーナへの憧憬ではなく、何か、観察するような、そんな視線だった。


いつもと違う学園の様子に、カトリーナの胸がざわつく。


「こっちだよ、カティ」


中央のガゼボの内側へと足を踏み入れると、レオナルドはいつも通りの、完璧な微笑みを浮かべて待っていた。


「移動、寒かっただろう?お茶と茶菓子を用意したよ」


そう言って振る舞ってくれる品物は、どれも一級品だった。


お茶ーー


ふと、カトリーナの脳裏に、リディアとセレナの姿が思い浮かぶ。

自分が睡眠薬を混ぜたお茶を飲んで、彼女たちは今頃、もう目覚めただろうか?


(このお茶にも、何か盛られてる?)


一瞬、嫌な考えがカトリーナの脳裏をよぎる、そして、愕然とした。


(私、レオのことを疑っているんだわ)


自分の無意識の考えにゾッとしていると、それを咎めるように「カティ?どうしたんだい?」とレオナルドに声をかけられ、カトリーナは我にかえった。


「いえ、何でもないわ、ありがとう」

「よかった、きみの好きなものばかりだよ、召し上がれ」


レオナルドがお茶を口にするのを見てから、カトリーナもそっと微笑み、そのお茶を口に含んだ。


「美味しいわね」

「温まるだろう?……で、任務はどうだったんだい?」


レオナルドとの会話だけを切り取れば、いつもの光景そのものだった。

だが、ふと周囲を見渡せば、やはり学園全体に違和感が残る。

周囲は、相変わらず、まるで“観察者“のようにカトリーナを息を詰めて見張っているように感じられた。


「……ねぇ、そんなことより、何だか今日、学園の様子がおかしくないかしら?」

「……どのあたりが?」


問い返すレオナルドの声音は穏やかなはずなのに、そこには氷のような硬さがあった。

その微細な変化に、カトリーナの胸がひゅっとすぼまる。


「そう、ね…..例えばみんな、大人しすぎないかしら?……自分でいうのも何だけど、模範生候補者が帰ってきたなら、もう少し、私の周りに人々が集まってもおかしくないと思うのだけど……」


言葉を濁すカトリーナを、レオナルドはじっと見つめた。

優しさを模した微笑みの奥に、測定するような光が宿る。


「……君が、そう感じたのかい?それとも……誰かに唆されてそう感じている?」

「唆されたって何よ」


レオナルドはくつろいだ姿勢のまま、わざとらしく肩をすくめた。


「カティは純粋だから、悪い影響を受けてないか心配になっただけさ……例えば、フィリア・モンローから妙な手紙をもらった、とか、あの男の弟に妙なことを吹き込まれた、とか。そういうことはなかったかい?」

「あの男の弟って……ルーク様のこと?」


レオナルドが、意味深に微笑む。その笑みは、どろり、と嫌な感じがした。


「レオ、あなた何だか変よ。ルーク様のことそんなふうに言ったり…..それに、フィリア様の手紙のこともなぜ知っているの?…..確かに、手紙は頂いたわ。だから、私心配になって……」

「簡単さ。あの手紙が“ルーク殿の元に届くよう”に仕向けたのは僕だからね」

「え……?」

「でもそうか。君は──今まで築いてきた僕との絆より、あんな女の書いた言葉を信じるんだ?」


レオナルドの瞳に一瞬だけ影が落ちる。

次に浮かんだ感情は、露骨な軽蔑だった。


「そうじゃないわ!私は、真実を確かめるためにここにきたのよ!」

「もし、手紙の内容が“本当“だったら、きみはどうするんだい?」


思いがけない問いかけに、カトリーナの言葉が詰まる。

どう、するんだろうか?

きっと彼はそんなことをするはずはない。

何かあったとしても、自分が話せばどうにかなる。

そんなことばっかり考えていた。

手紙の内容が正しかったとき、どうするかなんて、考えてなかった。


レオナルドは、そんな彼女を値踏みするように眺め、唇の端だけで笑った。


「考えてなかったのかな?そうだよね、きみはどうせ『僕がそんなことするわけないじゃないか、愛しいカティ』……そう言ってもらえるのを期待していたんだろ?」

「違っーー」

「違わないさ。君は“皆が憧れるプリンスとしての僕”に夢中で……本当の僕には、興味がないんだから」


カトリーナは、目を大きく見張った。


「……何、を言ってるの……?本当のあなたに興味がないなんて……そんなはずないじゃない」

「そうかな?」


レオナルドは、ゆっくりと首を傾けた。

その仕草はいつもの紳士的な優雅さのままなのに、目だけがひどく冷たい。


「カティ。君は昔から“僕”ではなく、周囲が作り上げた“優しいプリンス”に恋していただけさ。本当の僕には、触れようとしなかった」

「違うわ!私はちゃんと、あなたをーー」

「どこが?」


遮るように彼が問う。

声は静かだが、その静けさが刃物のように鋭い。


「きみは、僕の家庭環境を知っている。だが、僕の孤独に寄り添おうとしてくれたことが、今まであったかい?」

「それはっーー。私だって、気にしてたわ!でも、あなたはいつだって“大丈夫だよ“の一点張りで」

「そうだね、その後僕が『君こそ大丈夫かい?』と問えば、僕のことなんてどうでもよくて、いつだって自分の話だ」

「だって、それはあなたがーー」


レオナルドの言っていることは、確かに事実だ。

でも、真実ではない。

カトリーナは、レオナルドの孤独に寄り添いたかった。それがうまくできなかっただけで、彼に関心がなかったわけでは決してない。

それが伝わらないのが、どうしようもなくもどかしかった。


「君は、僕が少しでも理想から外れれば、すぐ不安になる。さっきみたいに、少し学園の雰囲気が違うだけで“レオは変だ”だなんて」

「それは……あなたのことが心配で……!」

「心配?」


レオナルドの唇が、わずかに歪む。

それは笑みの形をしているのに、優しさと呼べるものは欠片もなかった。


「君の“心配”は、君自身が安心したいだけだよ。いつもの、穏やかで優しい僕に戻ってほしいだけ。君の理想の僕で会って欲しいだけさ」


その言葉は、胸骨を内側から殴られるように痛かった。


「私は……そんなつもりじゃ……」

「なら、教えてくれないか?」


レオナルドの声が、ふいに優しくなる。

しかしその優しさは、まるで毒を蜜で包んだような、危うい甘さだった。


「きみは、僕の、どんなところが好きなんだい?」

「…………っ」


喉がひりつく。

言葉が出ない。


「優しいところかい?きみが困っている時、いつでも駆けつけてくれるところ?きみの父上から叱責された時庇ってくれるところ?」


違うと言いたいのに、うまく言葉にならない。

自分の気持ちが、言語化される前に切り裂かれていく。

レオナルドは、そんなカトリーナの沈黙を勝手に解釈するように、細く息を吐いた。


「沈黙、か……ほらね、図星だ。きみは、“プリンスとしての“僕が好き何だよ」

「違うわ!私は、本当にあなたがーー!」


カトリーナの声は震えていた。何を言えば、彼の心に届くのかわからなかった。

レオナルドは、そんなカトリーナを失望するようなーー傷ついたような瞳で見つめている。


言葉がーー想いが届かない。

カトリーナの頬を涙が伝った。


レオナルドはその涙を見下ろし、なぜか同情するような眼差しを向けてきた。


「前に言っただろう『次に会った時は違う僕を見せる』って。どうだい?……こういう僕は……嫌いかい?」

「こういう僕、って……?」

「プリンスじゃない僕、きみに寄り添ってくれない僕……そう言う僕のことを、きみは愛してくれるのかい?」


レオナルドが、そっと首をかしげた。

そしてその瞳はーーカトリーナを探るような、どこか諦めているような、そんな陰りがあった。

カトリーナの体が震える。


「…..あなたは、ここで何をしていたの?」

「手紙のとおりさ…..いや、違うか、僕は誰のことも操ってない」

「え?」

「不思議だよね。人はみんな、幸せになりたいと思いながらも、自分で悩みを見つけて、自信のなさにに打ちのめされるんだ。僕はね、カトリーナ。そんな人々を救ってあげただけさ」

「……どう、言うこと?」


レオナルドが、手を広げ、まるで演説するように話を進めていく。

それが、カトリーナには恐ろしくてたまわらなかった。


「僕は、みんなの辛さをわかってあげてるんだ。みんなを、悩みから解放してあげる。考えなくて、僕の言うとおりに動けば安心できるように…..そうしてあげてるんだよ。そうするとね、みんな、僕を愛してくれるんだ」


カトリーナは、レオナルドが何を言っているか、理解できなかった。


(この人は、誰?)


幼い頃から一緒だったレオナルドが、知らない人に見える。


「プリンスにならなくていい。自分を抑えなくていい。僕は僕として……みんなに受け入れられてるんだよ、わかるかい?カティ」

「……それが、闇魔法を人々に使っている理由、なの?」


そっと、呟くように確認した。

否定してほしかった。だが、否定されないことはーーもうわかっていた。


「そうさ。みんな勘違いしている。闇魔法は悪しき魔法ではない。正しい人間が、人々を導ける人間が使えばーーみんなを苦しみから解放できるんだよ……僕は、選ばれたんだ」

「……そんなの、おかしいわ」


カトリーナの否定に、レオナルドは軽蔑するような眼差しを向けた。


「何だい、やっぱりカティは、こんな僕はだめだと言うのかい?」

「それは……っ!」

「もしそうなら、きみが愛しているのは、やっぱり僕ではないんだよ」

「違うわ!!」


レオナルドの手がそっと伸びる。カトリーナの頬を優しく包み、まるで祈るように、カトリーナの額に彼の額を合わせた。

そして、慈愛の瞳でそっと呟く。


「可哀想なカティ。泣くことはない…..僕を愛してるのに、どうすればいいかわからず困ってるんだね。もう、大丈夫だよ」


ほんの僅か。

レオナルドの額から、カトリーナの体内に彼の魔力が流れてくるのを感じた。

それが、闇魔法によるものだと、カトリーナは理解した。


だけど、拒めなかった。

涙が頬を濡らす。


「私は、あなたを本当に愛してたわ……」

「僕も愛しているよ、可愛いカティ…..だからもう、何も考えなくていい。全てを僕に委ねればいいんだ」


ずっと、レオナルドと一緒だった。信頼していた。愛していた。


何かが、壊れる音がした気がした。

それでも構わないと、そう思った。


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