決別の朝
すみません!間違って削除したので再アップです。
いつもよりやや分量多めですよろしくお願いします。
マナギア国における移動手段は、今も昔も馬車が基本である。
しかし、ごく一部の富裕層だけがーー
“空”を選ぶ。
翼を持つ聖獣“ハイウイング“。
高空を滑るように飛ぶその姿は優美で、同時に人を選ぶ。
気位の高いその獣を扱えるのは、訓練を重ねた上級騎手か、よほど魔力の相性が優れた者だけ。
ゆえに、手配には金とコネが必要となる。
早朝のホテルのロビーに、ルークの足音が静かに響いた。
まだ外は薄闇の中で、宿の従業員たちが朝の準備を始めたばかりだ。
(……早く学園に戻らないと)
ルークの手には、フィリアから送られた手紙が握られている。
まだ、フィリアの証言しかない、にも関わらず胸騒ぎが止まらなかった。
リディア達には申し訳ないが、最悪の場合も考慮して、やはり彼女たちは置いていくことに決めた。
カウンターに近づくと、昨夜も対応していた若い受付係が深々と頭を下げる。
「昨晩手配を依頼したハイウイング、もう来てるか?」
ルークがそう告げると、従業員の顔が一瞬固まった。
「……ええ、手配しました。お連れ様が使用する、とおっしゃったので、もう引き渡しましたが」
「……俺の、連れ?」
喉がひりつくように乾いた。
カトリーナの顔が瞬時に脳裏に浮かぶ。
「はい。金髪のーー」
それを聞き終える前に、ルークは駆け出していた。
(俺の考えが甘かった…..カトリーナ嬢ーーまさか一人で!?)
まだ人々が眠っている早朝の廊下で、ルークの足音だけがやけに大きく響いた。
ルークはリディア達の部屋の前で足を止め、荒い息を整える暇もなく扉を叩いた。
「リディア!カトリーナ嬢はどこだ!!おい、返事しろ……!!」
返事はない。
まだ早朝だ、寝ているのかもしれない。
だが、胸に走る嫌な予感が、ルークの手を止めなかった。
「……くそっ!」
ドアノブに魔力を込め、勢いのまま、半ば無理やり押し開ける。
軋む音とともに扉が開かれた瞬間──冷えた空気と、静まり返った部屋が現れた。
視線が奥のソファに吸い寄せられる。
「リディアッ……!」
リディアはソファに倒れ込んでおり、その足元ではティーカップが割れていた。
セレナは机に突っ伏して微動だにしない。
(……倒れてる、なんで……!?)
ルークは急いでリディアに駆け寄る。そっと体を抱き上げると……リディアは眠っていた。
「寝てるのかよ……」
思わず安堵のため息をつき、再度部屋を見渡す。
カトリーナは、いない。
部屋をざっと見渡すと、旅行鞄も2つしかなく、カトリーナの荷物は無くなっていた。
「リディア、おい!起きろ!」
「……んー。何よー……って、ルーク!?え、なに?どういうこと……!!あれ、ここどこ……?」
寝起きで頭が働かないのだろう。
リディアはぽかんとしたまま、近い距離のルークを見つめーーようやく自分のくたびれた寝巻き姿に気づき、顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっと待って!?え、どういうこと……ここ女子部屋なんだけど!」
「今はそれどころじゃないいんだ!カトリーナ嬢はどこだ!?」
ルークの必死さに、リディアの赤面も吹き飛ぶ。
ようやく体を起こし、今が朝であるとに気づく。
「……え、カトリーナ?…..どこだろう?……朝の散歩?」
「なら、なんでカトリーナ嬢の荷物が部屋にないんだ」
「……にも、つ……?」
リディアは部屋を見渡し、ようやく事態を把握する。
「え!?カトリーナは!?」
「……だから、それを聞いてるんだ。昨日、何があった、なんでお前たちはこんなところで寝てるんだ」
ルークが尋ねると、騒がしさのせいか、セレナが小さく呻いて起きた。
「う、うぅ……なんだか頭が痛い……あれ?私、寝てた……?」
昨晩の話で、それぞれ精神的負荷が高かったはずだ。
なのに、2人とも熟睡していたーーそれは、明らかに不自然だった。
リディアが昨夜のことを思い返しながら語る。
「ルークが部屋を出た後、どうせ寝れないし徹夜で恋バナでもしようってなったんだよ」
「……恋バナ?」
あまりの呑気さにルークは眉を顰めるが、リディアは寝ぼけた頭がまた一段、クリアになり赤面する。昨日告白した後で、“恋バナ“なんて…..ルークの話をしています、と自白するようなものだ。
「と、とにかく!みんなでおしゃべりしようってなって……カトリーナがお茶を淹れてくれて……」
そう言って、ティーセットに目を向ける。
ルークは、リディアの足元で割れたカップを見ていた。
「お茶を飲んで、眠くなってカップを落として寝たのか?」
「う、うん…..?そうだったのかもしれない、なんだか、話しているうちにすごく気持ちよくなってきて、そこからよく覚えてない」
気まずそうにセレナを見れば、セレナも頷き「私も、急な眠気がやってきました」と言う。
ルークの目が鋭くなり、カップに残っているお茶に魔力を流した。
「……睡眠薬だ。しかも強めのタイプだ」
リディアとセレナの顔が青ざめる。
「ま、待って! じゃあ、私たち……」
「カトリーナさんが……?」
セレナが信じられないという顔でつぶやく。
だが次の瞬間、セレナは、はっと表情を変えた。
「……まさか……これ……私の……?」
「え?」
「今回の任務用に持ってきた睡眠薬……実習前にカトリーナさんにも渡してたんです。使うことがあるかもしれないからって…..…少し甘い味なのですがーー」
リディアとセレナは顔を見合わせた。
やたら苦い、出来の悪いお茶ーー。
最近淹れるのが上達したとはいえ、カトリーナは元々お茶を入れるのが苦手だ。だから、昨晩は失敗したのかと思った。
カトリーナの精神状況を考えて、強くも言えず、その味を受け入れて無理やり飲み干した。
それが、仕組まれたものだとしたら…..?
セレナの唇が震えた。
「……まさか、こんなふうに使われるなんて……」
沈黙が落ちる。
苦いお茶。
突然の眠気。
そして、カトリーナが飲まなかった理由。
全てが一つに線で繋がった。
リディアの胸に刺すのは、裏切られた痛みだった。
「……なん、で?私たち、一緒に行こうって言ったのに……」
「……考えるのはあとです。カトリーナさんを追いましょう」
ルークは大きく頷き、すぐさま出口へ向かった。
「…..急いで追うぞ!」
「うん……!」
******
冷たく乾いた夜明けの風が、頬を容赦なく叩いた。
ハイウイングの背に跨りながら、カトリーナは手綱を強く握りしめる。
金色の長い髪が、風に荒々しく翻り、乱れた。
(……ねぇ、レオ。あなた本当に、闇魔法を使っているの?……あなたは一体、何がしたいの?)
頭の中は、レオナルドへの心配と、リディアたちへの罪悪感でいっぱいだった。
真夜中に宿を抜け出した。
……ルークも、リディア達を置いていく気だったのだろう、ハイウイングがすでに手配されているのは幸運だった。と、同時に悟った。ルークも1人で行動しようと思うほど、今回の事態は緊迫していることに。
ルークも、先に出発してしまうのだろうか?
もしそうなれば、リディアとセレナ、置いて行かれた2人は、一体何を感じるのだろう?
「私を……恨むんでしょうね」
ぽつり、と言葉がこぼれ落ちる。
それでもーー置いていくしかなかった。
(もしレオが闇魔法を使っていたら……きっとリディアと戦いになる。そんなことさせない。私なら、彼を止められる)
カトリーナには自負があった。
自分はレオナルドの特別だという自負。
幼い頃から彼と一緒で、彼のことはもっとも理解できているという自負。
まず、真実を確かめないといけない。
あの優しいレオナルドが、人を操るなんてこと、やってるはずがない。もしやっていたとしても、何か意味があるはずだ。
だったら、自分が話せば、きっとレオナルドは止まってくれる。
レオナルドのやりたいことを、正しいやり方で、自分は一緒にやってあげられる。
そう思った。
傷つけたくなかった。
レオナルドを、リディアを、セレナをーー。
震える手を握りしめた瞬間、ハイウイングが鋭く嘶く。
大きな翼が空気を切り裂き、地上の景色が一気に流れ去っていく。
「……もう少しだけ、急げる?」
小さく囁くと、意を汲み取ったようにハイウイングは高度を上げた。
薄い雲の層を突き抜け、朝陽が地平線を照らし始める。
日の出だ。
夜の名残を湛えた紺青が、ゆっくりと薄れていく。
その色は、レオナルドの深い瞳に似ていた。
触れることを拒むような、少しの闇を含んだ深い青。
だが東の空に淡い光が差し込むと、その青は少しずつ溶け、澄み切ったスカイブルーへと変わった。
カトリーナ自身の瞳が持つ、朝を告げる色へ。
あまりに美しい光景にカトリーナは息を呑み、意味もわからず涙がこぼれ落ちた。
カトリーナは震える指で、左手の小さなブレスレットに触れた。
レオナルドがくれた、ブレスレット。彼の瞳の色があしらわれ、魔力を流せば、互いのいる場所がわかる魔道具。
(……レオ。あなたは今どこにいるの?)
まるで祈るように、カトリーナはそっと目を閉じて魔力をゆっくり流し込んだ。
次の瞬間、宝石が淡く脈打ち、微かな震えが走った。
──エルミナ学園に、いる
夜が明けたばかりの時間なのに、どうして?
胸がざわめく。
カトリーナは手綱を引いた。
「お願い、もっと急いで……!」
ハイウイングは低く鳴き、翼を強くはためかせた。
加速した風が涙を吹き飛ばしていく。
ーーーーーー
学園に着いた頃には、朝日は登りきっていた。
ハイウイングは白い翼を軽やかに操り、ふわり、と中庭に降り立った。
「ありがとう、いい子ね……戻っていいわ」
カトリーナとの別れを惜しむように、その聖なる生物はカトリーナに頬を寄せ、そっと空中に舞い戻った。
「……おかえり、カティ。待っていたよ」
聞き慣れた、愛しい人の声が聞こえ、カトリーナはゆっくりと振り返る。
「……レオ」
優しげな微笑み。きちんと整えられた黒髪。
いつも通りの“レオナルド“だった。
「任務はうまく行ったかい?」
昼の学園にしては、中庭は静まり返っていた。
そこに違和感を感じつつも、レオナルドのいつも通りな姿に、カトリーナは少し息をついた。
「えぇ……大丈夫だったわ。あなたは?」
「僕?……どう思う?」
レオナルドが首を傾げる姿に、カトリーナは胸元を冷やした。
「どう思うって……それを聞いてるんじゃない。どうしたの?」
「……どうして、君一人で戻ってきたんだい?わざわざハイウイングに乗って……何か心配事かい?」
柔らかい声色、カトリーナを気遣う言葉、だけど、その瞳は冷たかった。
「……フィリア・モンローからの手紙で、僕のことが心配になった?」
「……え?」
「大丈夫、何の心配もいらないよ。言っただろう?『次に会ったときは、今までと違う僕を見せる』って」
「何を、言ってるの?」
「少し、話をしようか……こっちへおいで」
レオナルドはカトリーナに歩み寄り、そっと彼女の腰を抱く。
それは、まるでエスコートをするような優美さなのに、檻に閉じ込められるような、そんな気がした。
カトリーナは、ただ黙って、彼についていくことしかできなかった。
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ハイウインドはペガサスのイメージです。
カトリーナのお茶ネタは、4話サードガールの部屋で女子会?②にもあるのでご興味ある方はご覧ください。
近日中に裏話的なのも活動報告にアップしたいと思ってます!




