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眠れぬ夜と、カトリーナの選択

ルークがドアを閉める音が、やけに静かに響いた。

残された空気は重く、リディアは息苦しさを感じる。


「いやー、寒いね!男子もいなくなったことだし、チャチャッとお風呂に入って、早く寝よう!」


リディアの空元気な声が虚しく響く。

カトリーナは俯いており、セレナも何か考え込んでいた。


「ねぇ、カトリーナ。色々思い詰めちゃうのはわかるけど、明日朝早いんだし、早く寝よう!ね?」


カトリーナを気遣うようにリディアが顔を覗き込むと、根負けしたのか、カトリーナもいつもの調子を見た目上は取り戻してくれた。


「あなた、よくそんな普通にしてられるわね」

「そりゃ、レオナルドのことも学園のことも心配だけど……でも、気にしても仕方ないじゃない」

「……それもだけど、いきなりルーク様に告白するんですもの、私びっくりよ」


カトリーナが揶揄うように言った。リディアがその言葉で赤面することをカトリーナは狙っていたが……リディアは思いのほか冷静だった。


「……なんでだろうね?つい言葉が出ちゃったのもあるし、言うならここしかない、とも思ったんだよ」


そう答えるリディアの顔は晴れやかだった。

セレナは、そんなリディアを微笑みながら見つめる。


「……暗い状況ではありますが、皆さん湯浴みをしましょう。寝ようとしても、みなさん色々考え込んでしまうでしょう?だったら、睡眠は馬車でとることにして、今晩は、思いっきり恋バナしませんか?実は私も、聞いてほしい話があるんです」

「……そう、ね。どうせ寝れないし」

「いいね!今日は徹夜よ!徹夜!」


場の空気が、全員の優しさと気遣いで少し明るくなる。

やっと、リディアは少し呼吸がしやすくなった。



カトリーナがシャワーを浴びる音を、リディアはぼんやりと聞いていた。セレナは、何か書き物をしている。


「セレナ、何書いてるの?」

「手紙です。ルークさんの話が本当であれば、ナイル国にいるアレンさんにも連絡したほうがいいでしょうし……クランにも、闇魔法について、ちょっと調べ物をしてほしいので」

「調べ物?」

「はい、神父様が使っていた闇魔法について少し」

「なるほど、ね」


さすがセレナだ。

本人は、魔法使いとしての能力が低いことを気にしているが、彼女はいつだって、人の一手先を読んでいる。


「私も、何かしないと……」

「…..リディアさん、正直、ルークさんの話を聞いてどう思いましたか?」


珍しく、眼光鋭くセレナが質問をしてきて、リディアは戸惑う。


「どう思う……って?」

「レオナルドさんが、学園の方々がを操っていると思いますか?」


それは、リディアも悩んでいたところだった。

普段の彼の紳士的な姿からは、そういう“悪事めいたこと“は全く想像がつかない。それでも……


一時期あった、リディアをコントロールするような支配的な言動。

ナイル国で、神父の使う闇魔法を、心奪われるように見つめていた姿。

そしてーールークと喧嘩した時に、彼が言った言葉。


“あいつは、自分のことしか考えてない!お前のことなんて、優しい言葉を吐きつつ心配していなかった!!“


あの言葉を言われた瞬間、頭がカッとなった。

レオナルドのこと、ルークは何も知らないくせに、って思ったはずだった。

なのに、今はその言葉に納得している自分がいる。


でも、それは認めたくなかった。


「……セレナは、どう、思うの?」


リディアらしくない、問いかけに問いかけでの回答。

それが、答えだった。


「私は、正直レオナルドさんならやりかねないと思っています……彼は、優しいようで、自分を一番愛しているように、私には見えるから」

「そう、思ってたんだ」


セレナは悲しそうに笑って「もちろん、良い方だと思いますし、友人だと思っていますよ」とフォローを入れる。


「……そっか。でも、ルークの話が本当だとして、レオナルドはアレンさんの魔法陣で、闇魔法を使えないようにされてるんでしょう?なのに、なんで闇魔法で人を操るようになったんだろうね…?」


疑問を口にしながら、自分のしでかしたことに気づき、リディアは顔を青くした。


(私の、せいだ……)


だからルークはあの時、顔色を悪くした。

気づいて、リディアの手が震えた。

そして、セレナはずっと前から気づいていたのだろう、痛ましそうにリディアを見ていた。


「……セレナ、気づいてたの?」

「ルークさんの話を聞いて、気づきました」


そうだ。

アレンがレオナルドにかけた魔法陣とそっくりなものを、リディアは自信満々に解読した。

そして、レオナルドと会話したのだ。

“その魔法陣をどうやって打ち破れるのか“をーー。


レオナルドは、そこからやり方を見出し、アレンの魔法陣を破った。

だから、人々を操つれるようになった……?


であれば、全ての元凶は自分じゃないかーー。


リディアが震えているを慰めたのは、いつの間にか入浴を終えたカトリーナだった。


「まだ何もわかってないわ。それに、もしあなたの考えが正解でも、レオが闇魔法を使っているならーーそれは彼の責任よ」

「……カト、リーナ」

「ねぇ、もしあの人が本当に人を操ってたら、あなたはどうするの?」

「......わからない。でも、許せないと思う」

「......そう、よね......」

「カトリーナ?」

「……なんて顔してるのよ。シャワー浴びて、少しリラックスしたら?」


心配する立場がいつのまにか逆転していた。

そして、リディアも、セレナも気付かなかった。

カトリーナが悲しそうに笑った。


******


「あなた、髪ちゃんと乾かしなさいよ」

「……なんか、そういう気分じゃなくて」

「気分の問題じゃないですよ?この地域は寒いんですから」


リディアの濡れた髪を、仕方ないな、と笑いながらセレナが優しく乾かしていく。カトリーナは呆れたように笑いながらも、茶器に手を伸ばした。


「……なんだか、私あなたのメイドみたいじゃないの。でも仕方ないから、お茶入れてあげるわ」


そう言いながらも、カトリーナが手際よくお茶の準備をしていく。

リディアは、ホッとしたように目を細め、セレナの頭皮マッサージを受けていた。セレナも、リディアをリラックスさせようと、集中している。


「……ありがとう、カトリーナ」


リディアが小さく笑うと、カトリーナの手が一瞬だけ止まり、気まずげな顔をした。

それに気づいたセレナが「カトリーナさん?」と聞くと、カトリーナはすぐにいつもの高慢な調子を取り戻す。


「勘違いしないで。今のは冗談よ。私は、私の気分転換のために入れているだけ。決してあなたのためじゃないんですからね!」

「でた、ツンデレ発言」

「あなた、たまにそのワード出すけど、ツンデレってなんなの?」


カトリーナの問いかけに、リディアは無視を決め込み、セレナはくすくすと我っている。

いつもの3人の空気が流れる。


が、その空気はカトリーナのお茶で崩れた。


「うっげ……!苦い」

「……いえ、これは、眠気が飛ぶいい味わいですよ。この深夜の状況にぴったりです」


そのお茶は、驚くほど不味かった。

カトリーナも一口飲むと眉を諌めつつ「何よ、私の飲むお茶が飲めないの?」と凄んでみせる。


「飲めないよ!こんなの!」


リディアが軽く答えると、カトリーナが気まずそうに目を逸らした。


「……ごめんなさい、レオナルドのことで動転して、お茶もろくに淹れられないなんて……恥ずかしいわ」


その姿に、リディアの罪悪感が痛んだ。

セレナは、リディアを肘で突き「飲め」と目線で抗議している。


「なんて、嘘うそ。庶民は勿体無い精神でなんでも飲めるから」

「私も、ナイル国にはこういった味わいのお茶もありますし、気にしてませんよ」


そう言って、2人がお茶をごくごく飲むのを、カトリーナは、じっと見つめていたーー。


「ねぇ、じゃあ早速恋バナしようよ」

「いいですね……と言っても、こういうのは最初に口火を切るのが難しいですし、簡単なものからいきましょう。…..相手の好きなところを、それぞれ3つずついうって感じで、私スタートで順番に話すのはどうですか?」

「……いいわね、あなたの話、ぜひ聞きたいわ」


3人が三人、無理をして明るく振る舞う恋バナが始まる。

それが、すぐに終わるものだとも気づかずにーー。


「えーっとですね……そう、クランは......ああ見えて可愛いもの、が好き......なんです。昔、クマさんのぬいぐるみを、照れ......臭そうに抱えていたことがあるんですよ」

「……それって、セレナの ため、に買ったのが  恥ず かしいだけ、なん……じゃないの?っていうか、セレ、ナ ねむ、そ……」

「違いますよー。だって私……別に、ぬいぐる み なん、て……リディアさん だって……船、漕いで…」


そう言っている2人は似たり寄ったりだ。

眠そうに頭をぐらぐら動かし、時に互いの肩に頭を預けあっている。

眠気を覚まそうと、時に2人は、カトリーナの入れた苦いお茶に手を伸ばす。

リディアの指先が震え、カップが床に落ちる。だが、リディアもセレナも、その時にはもう夢の中で気がつかない。


カトリーナは、そんな2人を、静かに、冷静に観察していた。

その表情は、薄い影が揺れるように、どこか儚げだった。


「おやすみなさい、2人ともーー。ごめんね」


カトリーナは眠る友人たちに毛布をかけると、素早く外出の準備をした。

もう、このホテルに戻ることはないーー。


(私が、レオを止めなくちゃ)


もしかしたら、もうリディアたちとは友人に戻れないかもしれない、そんな予感がした。

それでも、カトリーナは、レオナルドを選んだ。


「いままでありがとう」


扉を閉めた瞬間、カトリーナの足が一瞬だけ止まる。

(戻りたい......でもーー)


それでも、彼女は歩き出した。

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