セレナとクラン
別作品が現実世界(恋愛)- 完結済で日刊ランク入り!ありがとうございます!
「え!ここがセレナの実家!?大きすぎない!?!?」
リディアの叫び声が街中で響き、隣のカトリーナも目を見張っていた。
「フランベルク家の屋敷くらいの大きさね」
「ってことはカトリーナの家もこんな大きいわけ!?」
自分の実家の小さな定食屋を思い浮かべて、リディアは複雑な気持ちになる。大好きな実家だが、流石にこのスケールには打ちのめされる。目の前そびえるのは、赤茶色の瓦屋根と艶のある濃い木材が美しく組み合わされた巨大な建物だった。重厚な門扉には、精緻な木のレリーフが施されており、屋根の先端では金の鳥の装飾が光っている。
門扉をくぐると、石畳を挟んで左右には異国情緒漂う中庭が広がり、噴水と、マナギア国では見かけない花々が咲いている。
「セレナって、お嬢様だったんだ……」
「あなた、知らなかったの?」
「いや、そりゃ育ちいいんだろうな、とは思っていたけど、これほどとは……」
リディアが気まずそうに言い訳をしていると、後ろで見守っていたアレンがくすくすと笑った。
「セレナの時間、少ししか調整できなかったんだ。早く行こう」
2人は小さく頷き、どこか緊張した面持ちでソラキ商会の本拠地に足を踏み入れた。
廊下を進むと、ソラキ商会の人間がバタバタと歩き回り、開いている部屋を覗き込むと「その街は今ストライキが起きているから、キーア町経由に変更しろ」「そこの注文は、この混乱による買いだめだ!モノは本当に必要としている人たちに届くよう、注文鵜呑みにするんじゃなくて自分で考えろ!」と怒鳴り声が聞こえる。
「……すごいね」
リディアが圧倒されていると、正面からクランがやってきた。
「おいお前ら!お嬢は超絶忙しいのに、なんだってんだ!とりあえず部屋案内してやるから来いよ!」
(うわー、相変わらずだ。久々の再会なのに挨拶もなくセレナの心配......!)
クランらしい言動にリディアが苦笑し、カトリーナはやれやれ、と言わんばかりに首を振る。「......んだよ」クランが気まずそうにいうのを「なんでもないよねー」「そうね、なんでもないわ」とリディアたちが返すと、クランは忌々しそうな顔をして、後ろではアレンが肩を震わせて笑っていた。
ーーーーーー
「リディアさん!カトリーナさん!わざわざ来てもらっちゃってすみません!」
クランに通された部屋には、少しやつれたものの、変わらぬ穏やかな笑顔を浮かべたセレナがいた。薄いクリーム色のワンピースに身を包み、髪はゆるく後ろでまとめられている。
「セレナ!」
「リディアさん!回復されて本当に良かった……!」
リディアが駆け寄り、思わずセレナを抱きしめた。細い肩に触れると、力が抜けたようにセレナも腕を回し、胸元で小さく震える息が伝わってくる。
「ご無事でよかった……!私のせいでリディアさんに何かあったら、どうしようかと……なのに、リディアさんが倒れてからも、ろくにお見舞いにも行けず、ごめんなさい……」
セレナの声は震えていて、抱きしめた背中越しに熱がじんわり伝わってくる。
「セレナのせいなわけないじゃない!」
リディアはセレナを引き剥がし、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「私がこの国に来たくて来たんだよ!それで、好き勝手やって、失敗して、落ち込んで……むしろセレナに迷惑をかけたのは私のほう。.それが、なんかよく分からないうちに、最後はうまくいっただけ。偶然に助けられた、そんな感じだよ」
その言葉には、自分への反省も混ざっていた。リディアにとって、ナイル国で過ごした日々は、嵐のようだった。結果的には解決したが、自分の判断が正しかったとは、言えたものじゃない。
「そんな……リディアさんは私たちのために必死でーー」
「いーえ!リディアが倒れたのは、はっきり言って自業自得よ。レオナルドに任せてもいい局面で、全部自分でやったんですから」
カトリーナが横から、軽くため息をつきつつも、キッパリと割り込んだ。「カトリーナさん……」セレナが小さく名を呼ぶと、カトリーナは慈しむように微笑んだ。
「もちろん、リディアが頑張ったのは私も認めるわ。でもセレナ、あなただって頑張ったし、私だって精一杯動いたわ。確かに、全員怪我をしたり傷ついたりした。でもそれは、誰かが悪い、ということではなく、それぞれに、自分の正しいと思うことをしたからでしょう?最後は全て解決したのだから、それでいいじゃない」
優しい響きのその言葉は、胸に静かに染み込んでいく。
貴族令嬢であるカトリーナにとって、ナイル国で罪人扱いされたのは屈辱だったはずだ。その彼女が微笑んでくれるーーそれだけで、リディアもセレナも心の緊張が解けていく。
「ありがとう、カトリーナ……今更だけど、ごめんね」
「ありがとうございます、カトリーナさん。そう、ですね」
「そういうことよ。だから、今日は久々にのんびりしましょう!私たち、セレナにクッキーを焼いてみたのよ」
カトリーナが包みを開くと、甘い香りがふわりと部屋に広がった。場の空気が一気に和らぎ、3人の顔に笑みが溢れる。
その光景をアレンは静かに見守り、クランはーー胸の奥に複雑な思いを抱えたまま、見つめていた。
(やっぱりお嬢は、こいつらといる時はよく笑う。年相応なお嬢になれる)
クランは、セレナのことを昔から知っている。あどけなくて、柔らかく微笑み、だけど芯が一本通っている、そんな少女だった。今でも、そこは変わらない。
だが、ソラキ商会に身を置き、頭角を表すようになってからは次第に大人びた表情を見せることが増えていた。帳簿と書簡を抱えて忙しなく歩き、笑っていても、それは交渉相手を油断させるような、そんな笑みだった。
商人としては、完璧だ。
常に背筋を伸ばし、次々に新しい商流を開拓する姿は格好良いと思う。
けれど、今、リディアやカトリーナと向き合うセレナの顔は違った。
昔のように、肩の力を抜き、年相応にあどけなさを滲ませている。
クランが守りたいと思っているーーセレナの笑顔だった。
(お嬢のこの表情は、きっとここに残らせたら見れない)
ソラキ商会は今、混乱している。セレナがいないと捌けない案件だって正直ある。
やはりマナギア国に、リディアたちのいる場所に戻してやりたい。
だが、言葉にできない。
説得しても、意外と頑固な彼女は、ナイル国をこのままにはしておけないと言うだろう。どうすればいいーー
クランにできることは、ただ黙って、セレナのその笑顔を目に焼き付けることだけだった。
セレナたちは楽しそうに会話を進めている。
リディアが、商会の忙しさや街の混乱のことを尋ね、カトリーナが時折、鋭い質問を挟む。セレナはそれらに一つひとつ答えながら、微笑を崩さない。
そして、リディアが確信をつく質問を投げかける。
「ねぇ、マナギア国に戻らないって本当?」
セレナは一瞬だけ言葉を探すように視線を落としたが、すぐにまっすぐリディアを見返した。
「……本当です。私は、ここに残ります」
空気が、わずかに張り詰めた。
リディアは何か言いかけて、唇を閉じる。カトリーナも目を細め、じっとセレナを見た。
「今戻ったら、ソラキ商会とこの国を見捨てることになる。だから......戻りません」
窓から差し込む光が、セレナの横顔を照らす。
その表情は、揺るぎない意志を映していた。
クランはその横顔から目をそらし、奥歯を静かに噛みしめた。リディアは、目を伏せたかと思うと、勢いよく顔を上げた。
「……嫌だ。セレナが戻らないと、私困るよ」
「……え?」
セレナがきょとんと目を瞬かせる。
カトリーナは「また始まったわ」とでも言いたげに額に手を当てため息をつき、アレンは肩を揺らして笑いを堪えている。
「もちろん、ナイル国が大変なのは分かってるよ!セレナが残ったほうがいいのも分かってる!でも……セレナが学園に戻らないなんてーー寂しいよ」
あまりにも直球すぎるわがままに、部屋の空気が揺れる。
セレナは口をぱくぱくさせ、言葉を失った。
アレンが堪えきれず、とうとう吹き出す。
「ははっ……リディアちゃんってほんと、自由で素直で予測不能だよな...!こりゃ、ルークも苦労するわ」
「ちょっ......!アレンさん!私は本気で言ってるんですよ!?しかも、なんでルークが出てくるの!?」
リディアは不満そうな顔でアレンを見つめる。
「……あんた、いい加減にしろよ」
クランの顔には苛立ちが滲んでいた。
クランだって、セレナを戻してやりたいが、どうにもならないのだ。なのに、何も知らない外野が、セレナの友人という立場に甘えて我儘を言い、セレナを困らせるのが腹立たしかった。
「ねぇクラン、どうにかできないの?あなた、セレナの信頼する部下なんでしょ?」
突然振られたクランは目を見開き「はぁ!?」と声を上げた。セレナが慌てて会話を遮る。
「リディアさん、やめてください!クランはすでに十分よくやってくれてます!これ以上は頼れません!」
しかし、その言葉より先に、クランの堪忍袋が切れた。
「どうにかできるならとっくにしてる!お嬢に、こんな面倒な仕事させたくねぇし、マナギア国でゆっくり勉強させてぇ!でも現実は簡単じゃねぇんだ!お嬢じゃねぇとーーソラキの苗字がないと捌けない仕事が、山のようにあるんだよ!!」
「本当に?」
リディアが真剣な目で問いかける。その目は、心底「可能性を探そう」としている光だった。
「セレナじゃないとできない仕事……本当にそうなの?セレナのお兄さんじゃダメ?」
「若だって仕事がパンパンなんだ!お嬢の分までやる余裕はねぇ!」
「じゃあ、お兄さんの仕事で、クランができるのはクランがやればいいじゃない」
「俺はお嬢の部下だ!若の仕事を代わりにやるなんてできねぇよ!」
「なんで?」
その一言に、クランの思考が一瞬止まった。
自分はセレナの部下だ。だからセレナの仕事はモノによっては肩代わりできる。たが、セレナの兄の業務は代われない、そう思っていたが、本当にそうなのかーー?
今まで考えもしなかった道が、わずかに開いた気がした。
「誰の部下とか関係ない。やれる人がやればいいじゃない......うちは定食屋だけど、忙しい時は常連さんが自分でお皿下げてくれるよ。セレナのお兄さんの仕事で、クランができるものは本当に何もないの?」
リディアのあっけらかんとした物言いに、クランは思わず押し黙る。
「……あんた、意外と……つーか、客にそんなことやらせんなよ」
クランは口を噤み、セレナの方を見た。
「お嬢」
その声色は、驚くほど穏やかだった。
「お嬢は本当は、どうしたいんすか?」
「......え?」
その問いに、セレナが息を呑み、震えるような声で言葉を紡いだ。
「私、私は......ソラキ商会の一人娘です。預かっている商用ルートがたくさん、あります。それらを、きちんと機能させないと......」
「それは、やらなきゃならないことだろ?俺は、やりたいことをきいてるんすよ」
セレナの喉が震えた。クランが、セレナの頭をそっと撫でる。
「俺は、お嬢の望みを叶えたい。だから......言ってくれ」
セレナの瞳に、薄い膜が出来上がって行く。
「私、私は......ソラキ商会が大切で、この国の役に立つためにマナギア国に魔法の勉強に行きました。だから......ナイル国を、いつだって優先すべきです。.....でも、でも本当は......リディアさんとカトリーナさんと一緒に戻りたい。普通に友達と笑って、勉強して......立派な魔法使いになりたいんです。でも、だからってこのまま商会を置き去りになんてーー」
「それが聞けりゃ、俺には十分だ。戻ってくださいよ、マナギア国に」
「でもっ......」
「だーっ!もういいから!」
クランが雑にセレナの頭を掻き回す。
「お嬢はまだガキなんだから、学校行って勉強してろ!」
「クラン......」
その振る舞いは、かつてクランがセレナにしていたもので、上司と部下の関係になってから、しばらくなかったやりとりだった。
「お嬢はタッパだってちいせぇんだから、学校で勉強して、よく食ってしっかり寝てろーーんでもって毎日楽しそうに笑ってりゃ、それでいいんだよ」
セレナはクランに頭をくしゃくしゃにされ、思わず手で払いのけたが、その口元はわずかに緩んでいた。
「……クラン、昔の言葉遣いと振る舞いに戻ってますよ」
「そりゃ、こっちが素だからな。でも昨日の話だと、こっちの方がいいんだろ?」
セレナとクランが見つめ合うと、吐き出すように笑い出す。そのやり取りを見ていたリディアが、にやりと笑った。
「ほらね、セレナ。クランがどうにかしてくれるって!勉強は学生の権利よ!戻って勉強して......それで、卒業したらこの国に役立つ魔法使いになんなよ」
「……簡単に言ってくれますね」
そばで見守っていたカトリーナも、言葉を重ねる。
「私もセレナに戻って欲しいから......屁理屈だと百も承知で言うけどーー。長期目線で物事を判断するのも上の立場の者の努めよ。未来のこの国のために、今は戻って勉強したら?あなた......座学は優秀だけど、魔法実技はまだそこそこじゃない」
やや捻くれた言い方がカトリーナらしく、セレナとリディアは笑ってしまう。
セレナは少し考えて、2人から視線を揺らした。
胸の奥で、ずっと抑えていた気持ちが膨らんでいく。
「……でも、商会のことが」
「だから、若とも話して俺がどうにかする」クランがきっぱりと言う。「たから、お嬢は俺を信じて、託してくれ」
「……」
窓の外では、商会の仲間たちが仕事をする声と街の喧騒がかすかに響いていた。
セレナは、その音に耳を傾けながら、深く息を吸う。
「……わかりました。ちゃんと引き継ぎが終わって、皆が困らない体制が整ったらーーそのときは、マナギア国に戻ります」
「やった!」リディアが小さくガッツポーズをし「全く......あなたも意外と頑固者ね」とカトリーナが呆れたように笑った。
クランはわずかに口元を上げ「お嬢が学園にいる間は、俺がお嬢の仕事の大半をこなしてたんだ。引き継ぎなんて、すぐ終わるぜ」と不敵に笑った。
セレナの顔には、クランの好きなあどけない笑顔が浮かぶ。自分がその笑顔を引き出せたことが、クランには誇らしかった。
「ありがとうございます、クラン」
「お嬢のためなら、俺はなんだってやりますよ」
そんな2人を、リディアたちは優しい顔で見つめていた。
別作品「リケジョだってパリピになりたい!〜恋と実験、どっちも本気〜」が現実世界(恋愛)- 完結済で日刊ランク入り!
全3話でサラッと読めるので、ご興味ある方は読んでいただけると嬉しいです。
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