会えない友達
誤字脱字、修正しました!
「いーやーだー!私は絶対帰らないー!」
リディアの大声がタウンハウスに響き渡り、レオナルドとルークはそれを呆れ顔で見ていた。カトリーナが貴族令嬢らしからぬ、苛立ちを前面に押し出した表情でリディアを怒鳴りつける。
「帰国命令が出たんだから、帰るに決まっているでしょう!3日後に出発よ!それまでに準備しなさい!」
カトリーナの怒鳴り声に、今度はリディアが眦を釣り上げた。
「本気で言ってるの!?セレナを置いて帰るわけ!?」
カトリーナが思わず黙り込むと、気まずい空気が流れた。
教会と闇魔法の関係が公になったことで、相変わらずナイル国は混乱している。闇魔法が関わっているなら、ということでマナギア国としても流石に見過ごせず、魔法局から魔法使いが派遣されることになり、実習生として派遣されていたリディア達には帰還命令が下った。
今は(もとはルークを助けるために)早めにナイル国に到着したアレンが、魔法局代表として状況を捜査している。
無事問題も解決したし!と嬉々として帰ろうとしたリディアだったが、そこで問題が発生した。
セレナである。
リディアは実は、司教との戦いの後一度もセレナに会えていない。リディアが目を覚ましたことを人づてに聞いたセレナから、走り書きのように、みんなの無事を喜ぶ手紙をもらったが、それきりなのである。
ナイル国の混乱で、セレナの実家のソラキ商会はてんやわんやの大騒ぎらしい。
セレナも、今までクランに任せていた自分の商用ルートの見直しや、闇魔法の一件とソラキ商会の関与についての調査協力、大型顧客への説明で走り回っており、帰国できない状態だと、アレンから聞いた。
落ち着けば帰国できる、二度と会えないわけじゃないーー頭ではわかっていても、リディアは胸騒ぎが抑えられなかった。
「今ここでセレナと別れたら、もう二度と会えない気がする」
ポツリと、まるで泣きそうな顔で呟くリディアにカトリーナは戸惑い、レオナルドはそれを慰めるようにリディアの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、セレナは落ち着いたら合流するって言っているんだろう?僕たちは先に戻って、セレナを待とう」
レオナルドの気遣いは、リディアには全く響かなかった。
そういうことじゃない、そう言いたいけど何が自分を不安にさせているのかわからないリディアは、レオナルドにどう伝えればいいのかわからなかった。
そこに、ルークが言葉を重ねる。
「一度、セレナと話してみろよ。兄さんにソラキ商会にお前が行けるよう、頼んどいてやるから」
その言葉にリディアは救われた気持ちになった。
教会と闇魔法の関係性が出てから、ナイル国の一部で魔法使いへの不信感が募っており、リディアたちは基本外出禁止になっている。それもあってリディアはセレナに会えないのだが、尊敬する魔法使いーーアレンが動いてくれるならきっと状況は好転する。ルークの気遣いが嬉しく、リディアがはにかみながら「ありがとう」と微笑むと、ルークは気まずそうにリディアから顔を逸らした。
自分の恋心に気づいたルークとしては、アレンのことを話題にあげた途端リディアが嬉しそうにしたのが複雑なだけなのだが、リディアにそれは伝わらない。
(またルークと気まずくなっちゃってる......)
ここ何回か、ルークと普通に話しているつもりなのに、ルークから距離を取られることが続いている。この前、竹林で話した時は距離が縮んだ気がしたのに、どうして......。そう思うと、セレナのことで気持ちが上向いたリディアはまた気落ちする。
それに気づいたかのように、今度はレオナルドが声をかけてくれた。
「良かったね、リディア。それなら、キッチンで何かセレナへの手土産にお菓子を作らないか?君の得意分野だろ?僕もやってみたいし、どうかな?」
レオナルドの提案は魅力的だった。カトリーナも、やりたそうに目を輝かせてる。
「それいいね!日持ちするクッキー作ろっか!」
ーーーーーー
その頃、セレナは精神的に参っていた。
闇魔法いりのハーツの問題が解決したのは心から喜ばしい。
知らなかったとはいえ、その流通に自分たちソラキ商会が関わっていたのだ、謝罪しないといけない関係先は山のようにある。
闇魔法入りのハーツは、杜撰な監査のもと流通に至った。ソラキ商会で出世を狙う男が、取引書類を改ざん、それに気づかなかったセレナの兄が、闇魔法入りのハーツの流通を許可した。
兄はその男を信用していた。
ソラキ商会はナイル国一の商会だ。トップである父と、それを支える兄の忙しさは尋常じゃない。
だからこそ、簡単な仕事は信頼しているものに任せていたが、まさかそれが裏切られるなんて……。
自分だって、信頼するクランに「この取引は問題ないからサインを」と言われたら、ざっと主要な部分だけをチェックしてサインをしてしまう。そうでもしないと、仕事は回らないのだ。だけど、それが今回の事件の原因ーー。
「やりきれないわね……」
一部では、ソラキ商会の体制に疑問を持つ声や、次期トップである兄の実力に疑問視する声が出ている。それに追い討ちをかけるように、ライバル商会がばら撒く根も歯もない噂たち。セレナも、ソラキ商会の信用を取り戻すため全力を尽くしているが、できることには限りがある。
思わずため息をつくと、セレナのそばで待機していたクランが、気まずそうにセレナにお茶を差し出した。
「……ありがとう、クラン」
「……いえ、俺にできることはこのくらいしかないんで」
謙遜だ。
クランはこの一件の後、セレナのボディーガード兼秘書をしており、セレナが休んでいる時も常にセレナに気を配っている。セレナが休めるように、今だって、部屋にセレナの好きなアロマを焚き、黙ってセレナがゆっくりする時間を作ってくれている。
それに、セレナが寝ている時も、クランは自分でできる仕事をこっそり処理し、セレナの負担を減らしてくれていることだってわかっていた。
「あなたには甘えっぱなしですね……自分が情けない」
「お嬢は十分よくやってます、休んでください」
そう言いながらも、クランはセレナから一歩引いた位置でセレナを心配そうに見つめるだけだ。その距離感が、今はもどかしい。昔みたいに接してくれたらいいのにーー。
いつもだったら、我慢していたセリフが、疲労からか、この時セレナの口から漏れた。
「昔みたいに、頭を撫でてくれませんか?」
「……え?」
「昔はクラン、よく私のこと、ガキの割にはまぁ頑張ってるって褒めて私の頭ぐしゃぐしゃに撫でてくれたじゃないですか」
「なっーー。あんな昔の話するのは卑怯っすよ!」
クランが気まずそうに叫んでいる。それがなんだか昔のようで、セレナには可笑しかった。
(私、もしかして性格悪いかしら?)
歳上のクランとは、出会った時から、それはもう色々あった。
色々あって、信頼関係が築かれ、クランとは本当に仲が良かったが、歳を重ね、セレナがソラキ商会で活躍するようになっていくと、次第にクランはセレナの部下として、距離を取るようになっていった。それがセレナには面白くない。
そんなこと気にしなくていいのにーー。
そう思いながらも、セレナだってわかっている。
ソラキ商会の一人娘と孤児院出身の男。
この2人が交わることを、多くの人々は認めない。
ふと、セレナの頭にリディアとルークの姿が思い浮かんだ。
貴族で模範生のルークと、優秀だが平民のリディア。
あの2人も、自分達と似たような立場なのに、実にうまくいっている。本人たちは無自覚だろうが、相思相愛にしか見えないし、とってもお似合いだ。なのになぜ、自分とクランはこうなってしまったのだろう。
「……羨ましいなぁ」
ぽつり、とセレナが呟くと、クランが「何がです?」と不思議そうな顔をする。
「内緒です!」
悪戯っぽくセレナが笑う。セレナの久々のその笑顔に、クランもつられてそっと微笑んだ。




