あなたは私の特別。
やっと少し恋愛っぽくなってきました...!
風が鳴いた。竹の葉が掠れ合い、遠くから、何かを運んでいるような音がする。
ルークは、アレンが立ち去った場所でのんびりと1人座っていた。さっきまでの会話が、胸の奥で繰り返され、今までリディアと過ごした時間が、鮮やかに蘇る。
自覚してしまえば、もう後戻りはできない。
「……リディア」
その名前を口にした瞬間ーー
さわ、と葉音が変わり、足音が聞こえる。振り返ると、そこにはリディアがいた。
「……やっと、見つけた!」
乱れた髪を風にゆだね、簡素な服は少し汗で肌に張り付いている。だが、そんなこと気にせず、リディアはルークを見て、喜びの色をその瞳に移していた。
ルークは、言葉が出ず、ただリディアを見つめ返した。どうしてここに、このタイミングで……?
やっと自分の気持ちを認めたばかりのその相手が、何の前触れもなく現れたことに、ルークは戸惑っていた。
※※※※※※
リディアは、やっと見つけたルークの姿にホッと息をついた。
誰もいない静かな高台。竹に囲まれたこの場所は、ひどく落ち着く。
ルークはこちらを見たまま、何も言わない。いつもなら「俺に会いたくなった?」と茶化してくるが、それもなくて少しだけ不安になる。だけど、少し安心した。先ほど、少し喧嘩のようになってしまった時から、ルークの雰囲気が和らいでいたから。
「まだ病み上がりだから1時間しかルーク捜しちゃダメってカトリーナたちに言われれて……すごい必死で探したんだよ。見つかってよかった」
リディアがルークの隣に腰を下ろし、ルークの顔を覗き込むと、ルークはリディアから距離をとるように顔を逸らしながらも「……ごめん」と謝ってくれた。その声は、やけに静かに響く。
「いや、謝ってほしい訳じゃなくて……むしろ謝らないといけないのは私の方だし……」
「謝るって、何を?」
ルークの驚いたような顔に、リディアは言葉が詰まった。ルークを探しながら、話したいことを整理していた。だけど、まだ頭がゴチャゴチャして、うまく伝えられる気がしない。それでも、ルークには、自分の思ったことを正直に伝えたかった。
「さっきは、傷つけてごめん。ルークのこと、再会したときに気づかなくてごめん。昔、『魔法使いさん』のことばっかりでごめん……私にとっては、ルーク……ううん。『ルー』は初めてできた魔法使いの友達で、とっても嬉しかった。でも、私は『ルー』を傷つけてたんだね」
リディアはルークの様子を伺うように、そっとその顔を覗き込んだが、ルークは戸惑った顔をしていた。
「別にお前は、何も悪くないだろ」
「だけどルーク、さっき傷ついた顔してた」
その言葉に、今度はルークが黙る。そして、意を決したように、ポツリポツリと自分の生い立ちを話し始めた。
才能のなかった幼少期。天才の兄と比べられ、貴族であることも魔法使いになることも煩わしく、やけになっていたこと。リディアと出会って、魔法に興味を持てるようになったこと。
「だから……まぁなんだ。お前には感謝してるんだよ。ありがとうな、あの頃の俺に、いろんなこと気づかせてくれて」
それは、リディアにとって初めて聞く話ばかりだった。
魔力が少ない、というのは本人から聞いていたし、自分で自分を「努力型」と評していたのも知っていた。
だけど、リディアが思っていた以上に、ルークは努力していたのだ。
リディアは正直、魔法の才能に恵まれている。だけど学園を見渡せば、そうでない人間も多い。そういう人たちが必死に勉強しても、あまり身につかない姿を見て、正直かわいそうに思っていた。
でもきっと、ルークもそうだったのだろう。
それが、学園の模範生になるまでに、一体、どれほどの努力をしたのだろうーー。
出会った頃は自分と同じ背丈で、線の細かった少年。
それが、今は自分を助けてくれる、頼れる存在になっている。
そこに至るまでのルークの道のりを考えると、リディアは目頭が熱くなるのを感じた。
(敵わない、なぁ……)
魔法使いとしてだけではない。人間としての器の大きさが、リディアとは全然違うと思った。
「私、ルークのこと尊敬する」
「……今の話にそんな要素ないだろ」
「そんなことない。今のルークがあるのは、ひたむきに、一途に、魔法に向き合ったからでしょう?魔法だけじゃない。あの頃は、弱々しい体つきだったのに……他にも、すごくすごく努力したってことじゃない!それは、親から才能をもらって、簡単に強くなった魔法使いより、よっぽど価値があることだよ!」
リディアが身を乗り出して力説すると、ルークは照れたように頬を染めた。
「本当に、そう思うのか?」
「当たり前じゃない!」
「俺が……天才と言われる魔法使いより弱くて、使える魔法が少なくても?」
その問いに、適当に返事をしてはいけない、と直感で悟った。
ルークの目も、さりげなさを装いつつ、探るようにリディアに向いている。
リディアの身近には才能ある魔法使いは3人いる。
再会したばかりのアレン。カトリーナーーそして、レオナルド。
3人のことを考え、次に司教との戦いを思い出した。
『なぜ、共鳴魔法で助けを求めたのがルークだったんだ』
アレンへの問いの答えは、やはり変わらない。たとえアレンたち3人と共鳴できたとしても、リディアはきっとあの時、ルークを選んだ。なぜかはわからない、それでもーー
「私が、何か困ったとき、助けを求めるならきっとルークだよ。ルークが、他の魔法使いより魔力が少なくても弱くても、きっと私はルークを頼る」
リディアのその真っ直ぐな答えに、ルークは面映そうにしている。
「だけど、頼るだけじゃ嫌だ。ルークにも、私を頼ってほしい。私は、ルークと対等でいたいよ」
それは、飾らないリディアの本音であり、だからこそ、ルークの心の奥に深く染み込んだ言葉だった。
ルークの頬が赤く染まる。
「それは、俺がお前にとって特別、って考えていいのか……?」
「うん」
リディアの裏表のない答えに、ルークはやりきれない、というふうにさらに顔を朱色に染め、空を見上げた。
2人の間を流れる空気が、甘くなる。
(え、何この空気……)
リディアが戸惑いながらもルークの顔を見上げると、なぜかその唇に目が向かった。アレンに聞かれた、ルークとキスできるか?という質問が頭をよぎる。
「違う!違うから!!」
「は?違うの?」
「いや、違くない。ルークは確かに特別なんだけど、そういう意味じゃないから!!」
「そういう意味って……?」
「だから、その、えーっと!!…なんでもない!!」
今度はリディアが顔を赤くして否定すると、さっきまで照れていたルークは一転、奇異なものを見るような目をリディアに向けた。
リディアはごまかすように、ルークに言葉をつづける。
「そういえば、イヤリングありがとう。すごく助かった……それと、共鳴魔法もありがとう。あれがなかったら、司教との戦い危なかったよ……共鳴魔法が頭をよぎった時なんでだろう。ルークの顔がすぐに浮かんだんだ」
ルークはリディアの言葉にしばらく黙っていたが、やがてふっと息を吐いて笑った。
「……なんか、お前がそう言ってくれると、色々報われるな」
「へ?何それ」
「何でもない……こっちこそ、ありがとな」
風がまた吹いた。竹の葉が優しい音をたて、ナイル国独特の土臭い匂いを運んでくる。
「……っていうかお前、病み上がりなのにこんなところまできて大丈夫なのか?」
「……そうだった!!カトリーナに門限言われてた!まずい、帰んなきゃ!」
リディアが勢いよく立ち上がる。だが、回復しきれてない身体は、ほんの少しだけ重心を崩した。
「あっ……」
その瞬間、すっと腕が伸びてくる。ルークが瞬時に立ち上がり、リディアの肩を力強く支えた。
「お前なぁ……まだ回復してないなら無理すんなよ」
耳元で低く、でもどこか優しい声が聞こえる。
リディアは顔を上げた。思ったより近くにあるルークの顔に、目があった瞬間、心臓が跳ねる。
「……ありがと」
「ほんと、リディアって目が離せないよな」
そう言いながらも、ルークの腕はリディアを離さない。少し照れ臭そうに笑うその表情がどうしようもなく眩しく、また、甘い雰囲気になってしまった。それを誤魔化すように、リディアが言い訳を並べる。
「だって、カトリーナ怒ったら絶対怖いよ」
「……まぁ、怖そうだよな。俺も一緒に謝ってやるよ」
ふふっと2人でそっと笑い合う。2人の距離が少し離れ、並んで歩き出した。
重ねた影が、竹の葉の間を通って揺れている。
風がまた静かに吹いた。どこかでお菓子でも作っているのだろうか、甘い香りを運んでいく。
それは、まだ名前のない思いをそっと包む、優しい風だった。




