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リディアへの思い

ルークが部屋を出てすぐ、アレンは「ルークと話してから、また仕事に戻るわ。またね」と言い残して颯爽と出ていってしまった。


ずっと憧れてた『魔法使いさん』に会えて、再会の言葉ももらえて嬉しいはずなのに、リディアの胸は締め付けられるようだった。


(あんなルークの顔、はじめてみた)


無意識にルークにもらったイヤリングを触り思い悩んでいると、空気を和ませるようにレオナルドが言葉を続ける。


「リディアがアレン殿と知り合いだなんて思わなかった」

「あぁ、うん。昔ちょっとお世話になっただけなんだけど......」

「へー、お世話、ね。ところで具合はどうだい?」

「少しだるいけど、もう大丈夫だよ」


それからも、レオナルドとカトリーナがリディアを気遣って優しい世間話をしてくれるがリディアは上の空で聞いている。


「ところでリディア、君は司教の魔法陣の意味がわかったんだろう?あれはなんだったんだ?」

「......」

「リディア?聞いてるかい?」

「え!?ごめん、なんだっけ?」


リディアの心あらずの状態に、カトリーナが仕方ないわね、というようにため息をついた。


「......ルーク様のことが気になるのかしら?」

「えっと、その......」

「少し落ち着いたら話してみるといいよ。今はルーク殿も一人になりたいんだろう」


レオナルドの言うことは正しい。

ルークには、面と向かって話したくない、と言われているのだ。


「でも、私は今ルークと話したい」


その言葉を予想していたようにカトリーナが笑う。


「まだ病み上がりだから無理はしないこと。一時間探しても見当たらないなら、きちんと帰ってくること。いいわね?」

「なんかカトリーナ、お姉ちゃんみたい」

「あなたみたいな手のかかる妹、絶対嫌よ」


カトリーナが渋い顔をすると、レオナルドが横で「僕はリディアが妹でもいいよ」と笑ってくれた。


「ありがとう、いってきます!!」


ーーーーーー


ルークには、特技がいくつかある。

その中の一つが『人目のつかない場所を探し当てること』だ。

幼少期から、才能のない魔法使いとして揶揄されていた少年は、自然、人目を避けるようにして生きるようになった。


「......ダサい特技だけど、結構役に立つんだよな」


ルークはぽつり、と呟き、町外れの竹林の裏手にある高台に腰を下ろした。

見事な竹林だが、ナイル国にとっては珍しくもないのだろう。地元の住人もあまり足を運ばないようで閑静な場所だった。竹が風に揺れるたび、さやさやとなる音が静かに耳をくすぐり、遠くには町の赤茶けた屋根が点々と見えた。

ルークは美しいはずの景色を見ても、気が滅入っているせいか感動できず、小さくため息をついた。


リディアとアレンが一緒にいる姿が、脳裏をよぎる。


ルークにとって、リディアは特別な女の子だった。

自分の価値観を変えてくれた子ーー。


幼い頃、出会った時は情けない姿ばかりを晒していた。魔法の才能がない自分を受け入れたくないから、という理由で、ろくに知りもしないのに魔法使いのことを否定し、自分も貴族の恩恵で生活しているくせに貴族を見下していた。努力しても魔法が使えないということを目の当たりにしたくなくて、カッコつけて、物事を否定的にとらえていた過去の自分。

鍛錬もせず、やせこけて、いつだって俯いていた自分。


そんな自分を変えてくれたのがリディアだ。

リディアは、魔法を権威あるものとして考えてなかった。魔法に対して純粋な好奇心を持ち、魔法で人々を幸せにしたい、と本気で言っていた。

リディアに会って、魔法の楽しさをーー生きる喜びを知った気がした。

その出会いで、ルークは生まれ変わったのだ。

ルークは、今まで目を逸らし続けていたものに目を向け、努力し、立派な魔法使いになった。

そう、生まれ変わったつもりだった。


だが、ルークはやはり、臆病なままだった。

ルークは、リディアと学園で再開した時を思い出す。


※※※※※※


自分の1学年下にリディアが入学したことに、ルークはすぐに気づいていた。話しかけようか、でも、あの時の少年が自分だ、というのも気まずく、様子を見ているうちに、リディアはレオナルドの「セカンドガール」と学園で評されるようになった。


ーーその時のルークのショックは計り知れない


魔法にひたむきで、周囲の目を気にせず自由に生きていたリディア。

そのリディアが、まるでレオナルドの支配下のように収まり、本人もそれに満足している様子だったのだ。


(もうリディアは、自分の知っているリディアじゃない)


最初の出会いから何年も経っている。リディアも、良くも悪くも賢い生き方を覚えたのだろう。そう思って、裏切られたような気持ちをやり過ごし、ルークはリディアと接することをやめた。だが、リディアが2年生になり、セレナが転入したことで、転機が訪れた。

リディアが、かつての自分を取り戻したように、自由に振る舞うようになってきたのだ。


ルークは、模範生として学園の風紀を見る立場である。そこで「リディアが最近調子に乗っている」という噂を聞き、様子を見に行ったら、水をかぶせられるという古典的な嫌がらせを受けていた。それは、幼少期、リディアと初めて会った時と、ほぼ同じ状況だった。どうするのか、息を潜めて様子を見ていたらーー彼女は変わってなんかいなかった。


「やるなら正々堂々やりなさいよ……」


そう言いながらも、その目には絶対に負けないという闘志があり、泣くこともなく濡れた服を風魔法で乾かしながら「こういう魔道具あったら暑い時も便利なのに……」とぶつぶつ小声で言っていた。

嬉しかった。

変わらない彼女が。生き生きと魔法を使っているリディアを見て、ルークは、やはりこの子は特別だ、と思った。


そこからは、リディアと積極的に関わるようにした。

リディアは、なかなかに難儀で、そして魅力的な女の子だった。


自由奔放な性格、視野が狭くて猪突猛進、素直で、魔法バカでーーだけどみんなを幸せにしたいと相変わらず本気で思っていた。

そして、あの時からの成長なのだろう。リディアは、不器用に、それでもひたむきに友人達に向き合っていた。


リディアと、魔法の話をするのが楽しかった。一緒に、世間話をするだけで心が弾んだ。

昔は、リディアに引け目があり、一歩引いていた自分。だけど、今は昔とは違う。1つ上の先輩として、信頼され、時に頼られる存在である自分が誇らしく、リディアも自分には特別友情を持ってくれている。


だが、やはりリディアにとって、一番大切なのはきっとアレンだーー。

リディアが幼少期泣いていた時、助けてくれた魔法使い。リディアに魔法の使い方を、楽しみ方を教えてくれた人。魔法を愛するリディアにとって、魔法の天才はそれだけで特別なのだーー。


そのことが、先ほどのアレンに頭を撫でられているリディアの表情で、すぐにわかった。

自分とアレンが全然違うことなんて、ルークはよくわかっていた。違いすぎて、劣等感を持ったことすらない。それでも、今回だけは、どうしようもなく切なかった。


「俺は、兄さんみたいにはなれない……」


絞り出すような声をあげ、顔を顰めて見上げると「俺もお前みたいにはなれないからお互い様だな」と笑い声が聞こえた。


「よ!ルーク。相変わらずお前、かくれんぼが天才的にうまいな」

「兄さん!?」


そこには、なぜかアレンがいた。


「今は誰とも話したくないんだけど」

「感傷的になってるのか?お兄さんが慰めてやろう」


笑いながら、アレンはルークの隣に腰を下ろした。

沈黙の時間が続く。けれどその時間は穏やかで、気まずさはなかった。


「俺がリディアに自分から昔の話をするはずない、ってわかってるくせに、なんでリディアにその話をしたんだ?」


ぽつり、とルークが疑問を口にすると、アレンは驚いた顔をする。


「気づいてたのか?」

「当たり前だろ。なーにが、お前が言ってないと思ってなかった、だよ。絶対嘘だろ」


ルークがギロリとアレンを睨むと、アレンは悪戯がバレた子供のような顔で笑った。その笑顔が、なんとも腹立たしい。

アレンの本質は計算と洞察の塊だ。だから、ルークの行動でアレンが予想外のことなんてないはずで、アレンは、ルークの前でわざとリディアと戯れ、ルークを怒らせたのだ。


「お前がいつまでも自分の気持ち自覚しないで、リディアちゃんのいいお友達ポジションにいるのが嫌だったんだよ。お前、わかってる?リディアちゃんのために共鳴魔法やって、倒れたんだぞ?そこまで彼女のために必死になってるのに、ずっとお友達のポジションでいいわけ?それでレオナルドみたいな男に掻っ攫われたらどうするんだよ」


ルークは黙ったまま、竹林の奥を見つめる。風が吹き、細くしなった竹の葉がさらさらとなった。


自分は、リディアのことが好きなんだろうか?


レオナルドとリディアが付き合ったら、と思うと胸がざわつくが、それは、どちらかというとルークがレオナルドに思うところがあることが大きい。


リディアには、幸せになってほしい。

リディアが幸せで、自分を救ってくれたように、その明るさで誰かを救えるような人であり続けてくれたら、そんなに嬉しいことはない。


「リディアが幸せなら、俺はそれでいいよ……俺よりいい男なんて、ごまんといる」

「じゃあお前は何で、俺とリディアちゃんが話してるの見て、ここに逃げ込んだんだよ」

「それ、は……」


ルークは思わず言葉に詰まった。

リディアが、眩しいものを見るような微笑みをアレンに対して浮かべていた。自分の方が、ずっとリディアと一緒にいるのに、自分はそんな表情、引き出したことはないーー


リディアの色々な表情が、ルークの頭に駆け巡る。


強がって不敵に笑っているときの、唇のひきつり方。悔しさを噛み殺すような、あのギュッと結ばれた眼差し。知らない魔法に対して、身を乗り出して瞳をキラキラとさせる姿。セレナのことを思いやり、ふと柔らかくなる声。


思い出そうとしなくても、彼女の姿はすぐに浮かんだ。まるで、自分の中に根付いているように。


(どうして……)


喉がかすかに鳴る。

どうして、リディアのことが頭から離れないのだろう。

どうして、彼女がアレンに微笑んでいるだけで、こんなにも心がざらつくのか。


リディアには、自由でいてほしい。自分の傍にいてくれなくても構わない。笑ってくれれば、それだけでいい。

その気持ちは本当だ。

でも、誰かに取られるのは、焦る。

リディアが、誰かに頼りたい時、リディアが喜びを誰かと共有したいと思った時、そんな時に、彼女が思い浮かべる人は自分であってほしい。

こんなのまるでーー


「あいつのこと、好きみたいじゃないか……」


呟いた自分の声に、ルークは眉を顰めた。

アレンに言われて気づくなんて、あまりに情けない。


こんな風に、誰かに心奪われるなんて、考えたこともなかった。

リディアと出会ってから、自分を変えたくて必死に走ってきたから。魔法の才能がない自分。臆病で、何もしない自分ーーそういう現実とずっと向き合ってきた。


でも。


そもそものきっかけは、リディアだったのだ。そんな彼女が、変わらずにいる。自分に笑いかけてくれる。そんなの、好きにならない方がおかしい。


「……あー、やばいな」


ルークが頭を抱えているのを、アレンがニヤニヤと見つめている。


「やっと気づいた?」

「うるさい」

「じゃあ俺、仕事あるからもういくけど……お前も落ち着いたらちゃんとリディアちゃんのところに戻れよな」

「だからうるさいって」


この思いが叶う思いなのか、そうでないのかもわからない。

けれど、そうであればいいと思う。

自分をリディアが救ってくれたように、自分もリディアを救えるようになりたい。そして、2人で笑い合えたらーー。


思いを自覚すれば、そこからは一瞬だ。

さっきはリディアを拒絶したのに、ルークはもう、リディアに会いたくてたまらなかった。


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やっと恋愛要素がいれられて、個人的には大満足です。

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