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ルークとリディアの出会い

ルークが実家の門をくぐると、そこは名門貴族らしい広々とした庭園があり、重厚な石作りの屋敷の扉を開けると、昔から仕えてくれている執事や使用人たちが出迎えてくれる。

彼らに挨拶をして自室に向かうと、なぜか兄、アレンがソファに腰掛け優雅にお茶を飲んでいた。


「おかえり、ルーク」


ルーミンハルト家の長男であるアレンは魔法の天才だ。

現在は魔法局の部隊長を異例の若さで勤め、好青年な見た目とは裏腹な抜け目ない性格で、人脈作りや政治手腕にも長けている。しかし、家族に対しては昔から一貫して優しく、ルークにとっては、愛情を惜しみなく注いでくれている"優しい兄"である。


「兄さん、なんで俺の部屋にいるんだよ……」

「可愛い弟が帰ってくるのを待ってたんだよ」

「可愛いって......俺もう兄さんと同じ身長なんだけど」


ルークが呆れても、アレンは気にすることなくニコニコ笑い、机の焼き菓子を頬張る。


「兄さん、お行儀が悪いよ」

「家なんだからこれくらいいいだろう。昔一緒に旅してた時なんて、肉を手づかみで食べてた時もあったんだぞ?それに比べたら可愛いもんだ」


ああいえばこういう......

ルークが苦笑すると、そんなルークを見てさらにアレンは笑みを深める。


「旅といえば、覚えてるか?昔旅した時、出会った女の子が可愛くてさー、魔法教えてあげたっけ。飲み込み早くて、教えてて楽しかったよなー」

「......そんな子、いたっけ?覚えてないな」

「うわっ!ルークが俺に嘘ついた!兄さんショックだわー」


アレンがわざとらしくショックを受けた素振りをした後、全てお見通しとばかりに小さく笑うと、ルークが降参のポーズをとりながら、無造作にソファに腰を下ろす。


「......なんで今、そんな話するわけ?」

「え?弟が旅で出会った初恋の子と再会して嬉しそうだから、からかいたくなって。どうだった?久々に会うリディアちゃんは」


ルークはギロリとアレンを睨み、そっとため息をつくと、気持ちを落ち着けるために、無言で机にあったお茶を口に運んだ。

この会話の流れにするために、おそらく兄は行儀悪く焼き菓子を頬張ったのだろう。

優しい兄ではあるが、アレンの本質は計算と洞察の塊だ。アレンの術中にはまった自分が悔しかった。


この後、リディアの話をどうアレンに話せばいいのか。そんなことを考えながらも、ルークはふと、リディアとの出会いを思い出していた。


ーーーーーー


魔法使いの力量は、才能によるところが大きい。

努力はもちろん重要だが、才能のある人間には、どれだけ努力しても勝てない、というのが魔法界の常識だ。


ルークはルーミンハルトの次男として生まれたが、天才・アレンの無能な弟、と社交界からは揶揄された。

家族はそんな自分を蔑むことなく対等に接してくれたし、兄は、魔法の才能で人の価値を決める貴族のくだらなさをルークに説いた上で、それでもルークには才能があると信じ、いつだってルークの味方でいてくれた。

だが、足の引っ張り合いの貴族社会でその理屈は通用しない。少し人目に出れば、魔法の才能のなさをバカにされ、子供同士の遊びと称して、魔法をぶつけられ、悔しい思いをすることもあった。次第にルークは引きこもりになり、体が弱い、と家族に嘘をついてもらって社交界に姿を現さなくなった。


そんなルークを一番心配してくれたのが、兄であるアレンだった。

ルークに、貴族社会以外にも世界があることを教えたいーーそんな思いから、アレンは学校を休学し、防犯のために変装魔法で年を10歳以上引き上げ、親子のふりをして旅をすることにした。

両親からは反対もあったが、アレンの強い説得により、1年の期間限定での旅だった。


旅自体は楽しかった。

広がる草原、活気ある市場、旅人たちの自由な空気。

そこには、自分の知らないものがたくさんあった。


それでも、ルークの心は晴れなかった。

行く先々で出会う魔法使いは皆、魔法使いであることをひけらかし、社交界にいる貴族たちと変わり映えもせず、使っている魔法にもそそられなかった。

旅が終われば、また憂鬱な貴族社会で過ごし、学園に入れば魔法を大して使えないことで虐められる日々が始まると思うと、憂鬱にならざるを得なかった。


そんな時に出会ったのが、リディア・クロッカーだった。


たまたま街から少し外れた森を歩いていると、アレン曰く複数の魔法の気配があったらしい。

タチの悪い魔法使いや魔獣だった場合に備えて、ということで、アレンとルークは用心深く森の奥に進んだらーーある意味見慣れた光景が広がっていた。


「おい!お前、魔法が使えるんろう!俺たち貴族に偉そうな口を叩くんだ、どのくらいやれるか見せてみろよ!」

「このくらいの攻撃、防げないと魔法使いとは言えないぜ!」

「平民風情が、魔法なんて使えるわけないだろう!」


複数の身なりのいい少年たちが、たった1人の少女を取り囲み、悪口に留まらず魔法を繰り出し攻撃している。

少女は、弱い防御魔法でどうにか凌いでいるが、地べたに転び、膝や腕を擦りむいていた。長い茶髪の髪を振り乱した彼女は、泣きそうになりながらも、少年たちを睨みつける。


「バカにしないで!私だって勉強すれば魔法がもっと使えるんだからーー」


その言葉を遮るように、少年たちは笑いながら去っていった。

彼女は地面にしゃがみ込み、目を擦りながらボソリと呟く。


「……ちくしょう」


その様子を見ていたルークは、苛立ちに駆られていた。

傷つけられ、馬鹿にされ、悔しそうに唇を噛み締めるその姿は、かつてのルークに重なった。

兄とくらべられ「アレンの残り滓」「落ちこぼれの次男」と言われ続けた幼い自分。

才能のないやつ、生まれに恵まれないやつは何をどう頑張っても無駄なのに、どうしてそれでも足掻こうとするんだ。


(……やめろよ。そんなことしたって、余計に惨めになるだけだろ)


ルークは冷めた目で、静かに彼女の次の行動を見守った。

少女は目を擦ると、スクリと立ち上がり「見てなさいよ……私が闇魔法を使いさえすればあんたたちなんか……」とブツブツ呟く。

一緒にいたアレンを見上げれば、アレンもルークを見ていた。

闇魔法が使えるのだとしたら、色々な意味で問題がある。

まさか……

そっと彼女の動向を見ると、彼女は右手をじっと見て集中力を高めている。そして……


「……あんなたたちなんて、転んで泥水に顔を突っ伏しちゃえ!」


少年たちが去った方向に両手を向ける。

が、何も起こらなかった。


「あっれー。おかしいなー。泥水のイメージが違うのかな?」


少女は右手を自分の顔に向けると、彼女の顔目掛けてドロ水が発射され、顔を諌めた。


「うわっ!」


少女は慌てて顔を手で擦ると、なぜか足がもつれたのだろう。今度は転び、痛ーい!と叫んでいる。


「……ぷっ!なんだ、あの女」


ルークが思わず吹き出すと、横にいたアレンもプルプルと肩を震わせている。

馬鹿みたいだ。

悔し涙を流しながら、それでも魔法を使おうとして、結局自分が泥まみれになっている。


それでも、少女は、その魔法がなぜ起きたのか不思議そうにしており、その目は輝いていた。


そんな彼女に、ルークは妙に目が離せなかった。


少女は、まだ涙を眦に残しながら、帰ろ、と呟きトボトボと歩き出した。

アレンがルークの肩をそっと叩く。


「……何?」

「あの子、面白いね。ルークと同じ年頃みたいだ。話してみたくない?」


アレンも彼女に興味を持ったのだろう。ルークとアレンはそっと頷き合い、その少女に声をかけた。


「君、泣いてるの?大丈夫?......名前は?」

「私?私はリディア......あなたたちは?」


ーーーーーー


「……なぁ、兄さん」


ルークはお茶のカップを机に置き、ぼんやりとした視線を窓の外に向けた。


「ん?」


アレンはお茶をカップからだし、ふよふよと浮かべて遊びながらも、興味深げにルークを見つめた。


「俺さ、リディアを最初に見た時、馬鹿な女って思ったんだよ。何やっても無駄なのにって。でも……」


ルークの視線は遠く、まるでその時の光景をもう一度見ているようだった。


「……泥まみれになって、それでも諦めずに魔法を使おうとしていた。あの姿を見て……なんて言うのかな、驚いたんだ。魔法は貴族が権力を誇示するためのもので、それが当然だと思っていたから」


アレンが続きを促すようにルークに目線を向ける。


「けど、リディアは違った。あいつはただ、『魔法が好き』『魔法が楽しい』って、それだけだった」


ルークはそっとアレンを見て、自嘲気味に笑った。


「……悔しかったんだよ。俺には才能がないからって、何もせずに諦めて、ヤケになって、でもそんな自分を認めたくないから格好つけて『魔法を使うやつは権力を見せつけたいだけのくだらないやつ』って決めつけて。父さんも兄さんも、全然そんなんじゃないのに」

「だけど、リディアは、生まれとか才能とか関係なく、ただひたむきに魔法を使おうとしていて、それが俺はーー」


そこまで言って、ルークはふっと息を吐き、肩をすくめる。


「何を言いたいのか、自分でもよくわからないな」


アレンはじっと弟の顔を見ていたが、やがて口元に微笑を浮かべた。


「……そりゃ、初恋の子に価値観を変えられたって惚気だろ?」

「ちげーよ」


ルークが即座に否定すると、アレンはニヤニヤしながら、宙に浮かべていたお茶をゼリーのような固体にかえ、ガブリと食べた。


「まぁなんでもいいさ。でも、お前がそういう風に変わったことが俺は嬉しいよ」

「なんでだよ?」

「だってお前、リディアちゃんに会ってから、魔法に打ち込むようになっただろ。才能ないって言われても気にせず、ただひたすらに努力して努力してーー。気づけば、誰もが認める優秀な魔法使いになった。今のお前を、才能がないなんて言う奴、どこにもいないよ。それにお前、今魔法楽しいだろ?」


アレンの言葉に、ルークは一瞬何も言えなくなる。


「お前がどう思おうと、リディアちゃんとの出会いはお前にとって特別な出会いだったんだよ。だから、俺は彼女に感謝してるの」

「……っ」


ルークは何か言い返そうとしたが、アレンの言葉があまりに的を射ていて、結局黙ってしまった。

そんな弟の様子を見て、アレンは満足そうに微笑む。


「さて、じゃあ兄さんはそろそろ仕事に行くかな。久しぶりに会えて楽しかったよ」


そう言って立ち上がるアレンを、ルークは睨みつける。


「結局、俺をからかいに来ただけだろ」

「まさか。可愛い弟の成長を見に来ただけさ」


ニヤニヤと笑いながら、アレンは軽く手を振って部屋を後にしようとし、一度立ち止まる。


「......ルーク。好きならちゃんと守ってやれよ。本人無頓着だろうし、大半の人にはバレてないだろうけど、リディアが時間魔法使えるの、気づいてるやつはそこそこいるはずだ。悪用されないよう、気をつけてやれよ」


その言葉にルークも頷く。

それは、ルーク自身が感じたことでもあったからだ。


「お!好きって認めたな!俺は二人の関係応援するからなー」


アレンが再び茶化した顔をして部屋を飛び出す。


「そういうことじやねーよ!おい、兄さん聞いてるか!?」


ルークはしまった扉に怒鳴りつけるが、何の反応もない。


「......変わんないな、兄さんも」


ルークはふっと小さく息を吐き、兄が残した焼き菓子を見る。そこには、ルークの好きなものがきちんと残されていた。

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