サードガールの部屋で女子会?①
ーー嫌がらせされている。
リディアは椅子に滴っている水を魔法で蒸発させた。ここ数日、嫌がらせが続いている。教科書に書かれた落書き、机の上に置かれたゴミ、どれも些細だが、リディアを苛立たせる、という効果はしっかり発揮している。
カトリーナを疑ったが、この陰湿な行動はどうも正々堂々とした彼女とは結びつかない。犯人の手がかりもなく、リディアは気が立っていた。
人前で平静を装うのにも疲れ、中庭で一人ぼんやりしていると、レオナルドが微笑を浮かべながら歩いてくる。
「どうしたんだい、こんなところで。なんだか顔色も少し悪いようだ」
まただ。
レオナルドは、リディアが辛いとき、まるでヒーローのようにやってくる。その気遣いと優しさが嬉しく、疲れていたリディアはレオナルドに少し自分の話を聞いてもらいたくなった。
「君は他の子に比べて頑張りすぎている。困ったことがあるなら、僕も力になるからね」
しかし、レオナルドの次の言葉でその気持ちが急速に冷えていく。
他の女と比べられるのが嫌だった。
レオナルドを頼りたいわけでもなかった。
リディアはただ、話を聞いて欲しかったのだ。
レオナルドに嫌がらせの話をすれば、おそらく慰め、親身に今の状況を打破してくれるだろう。でも、リディアは自分のことは自分で解決したかった。
「大丈夫。2年目になって、新しい科目も増えて、ちょっと疲れちゃっただけ」
「そうかい、なんだか君らしいね。本当に困ったら僕のところにいつでもおいで。守ってあげるから」
その後、レオナルドは休みの日に公園で見かけた色鮮やかな花の話や、街のカフェでの流行について話してくれた。その取り留めのない時間がリディアには心地よかった。
ーー先ほどレオナルドが言った『守ってあげる』。
彼のその言葉に抵抗感を覚えるとともに、彼がその言葉を口にしたとき、蔑むような気配を感じた気がしたが、きっと気のせいだろう。
リディアはそう、自分に言い聞かせた。
夜、寮の自室に戻ると、いつもの習慣で机の上に置かれた魔道具にそっと手を置く。古びた掌サイズのその丸い魔道具には複数の突起のようなものがついており、リディアがその一つを押すと、部屋中に柔らかい光が放たれ、優しい音色が流れる。
学園生活は基本的に楽しい。
初めて知る魔法は刺激的で、経済学やマナーなどは正直とっつきにくいが、それでも知らないことを知るのは楽しい。クラスメイトたちとも、良好な関係を築けている。
それでも、やはり疲れてしまうことはある。いつもは心を癒してくれるこの魔道具も、今日のリディアのモヤモヤは消してくれなかった。
ーーコンコン
ノック音が聞こえると、リディアは魔道具の機能を停止し、普段通りの態度で部屋を開けた。そこには、セレナが立っていた。普段はおろしている赤い髪を三つ編みにし、柔らかそうなリネンのパンツに身を包んでいる。
「こんばんは。実家からお菓子が大量に届いてしまって......。よければ一緒に食べてくれませんか......?」
セレナは申し訳なさそうな顔をして言うが、この誘いがセレナの気遣いであることは察せられた。
セレナとはあまり授業は被らないが、リディアのちょっとした変化を察知し、さりげなく誘ってくれたのだろう。
「食べたい!私も実家からラスクが届いてるの。ちょっと待ってて、持ってくね」
リディアはその優しい申し出が嬉しく、セレナの部屋へと足を運ぶことにした。
ーーーーーー
セレナの部屋は、彼女らしい温かみのある空間に小さな観葉植物が並べられており、ほのかに薬草のような香りがした。
座り心地の良いソファにリディアが腰を下ろすと、セレナは自国で伝統的だという小さなお菓子を並べ始めた。珍しい形や色の菓子が目の前に広がり、リディアは興味津々だった。
しばらく二人でお菓子を楽しんでいると、不意にノックの音が聞こえた。
セレナがドアを開けると、カトリーナが花と小鳥の絵をあしらった大きな箱を持って立っている。
「げっ」
思わずリディアは声を漏らし、カトリーナも部屋の奥のリディアを見つけ眉を顰める。
セレナだけは喜び「カトリーナさん!どうされたんですか?」と歓迎するがカトリーナは口籠もってしまう。
おそらくその手にある箱が要件だろう。
リディアは助け舟を出そうとも思ったが、彼女のシルク素材のローブ、寮でまで身につけるアクセサリー。その優雅な姿が『私は貴族であなたたちとは違う』と言っているようで、思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「私には勝てなさそうだから、今度はセレナの部屋に乗り込んできたの?」
「私は人が寛いでいるときを狙って勝負をするような恥知らずじゃないの。今日は、先日の治療のお礼をセレナにしにきたのよ」
カトリーナはリディアの嫌味を相手にせず、手にある箱をセレナに差し出した。
「うちのパティシエ自慢の焼き菓子詰め合わせよ。あの程度の怪我、自分でも治せましたけどね」
礼をしているとは思えない言い方にカチンとときたリディアだったが、セレナは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!箱もとっても可愛いですね。今、ちょうどリディアさんとお菓子パーティーをしてたんです。カトリーナさんもぜひ一緒に召し上がりませんか?」
セレナの誘いにカトリーナは戸惑った表情を見せたが、セレナの明るい笑顔に心を動かされたのか、結局はその誘いに乗った。
「じゃあ、少しだけお付き合いするわ」
リディアは、カトリーナがわずかだが、自分達に心を開こうとしていることに気づき、憎まれ口ばかり叩く自分が恥ずかしくなった。
ーーーーーー
部屋に入ると、カトリーナは意外にも興味深そうにお菓子を見つめ、次々と話し出す。
「このお菓子、あなたの国のものなの?」
「え、これパンじゃない!こんな薄くて乾燥しているものが、どうしてここにあるのよ?」
普段だったら、カトリーナのその物言いがリディアは頭にきただろう。でもこの時は、セレナの部屋が持つ柔らかい雰囲気のおかげか、自然と答えることができた。
「これはラスクって言ってね、市民の知恵の結晶よ。食事で余ったパンを、最後まで美味しく食べれるように砂糖やハーブをまぶして乾燥させるの。美味しいよ」
リディアの話を聞いて、カトリーナは目を丸くする。そのままじっとラスクを見ているカトリーナに、あえて挑戦的に「何よ、貴族様は市民の食べ物なんて食べれないってわけ?」というと、カトリーナは意を決して、ラスクに手を伸ばす。
思ったより硬かったのだろう。一口目では眉を諌め、顎に力を入れていたが、咀嚼するうちに慣れてきたのか、次第に表情が柔らかくなる。
「素朴な甘さというか…うちで食べるお菓子とは全然系統が違うわね。うちのお菓子は数個食べれば十分ってなるけど、これは何個でも食べられそうね」
勧めはしたが、リディアはどうせ「平民はこんなもの食べてるのね、食べられたもんじゃないわ」などと馬鹿にされると思っていた。
だけど、カトリーナは純粋にラスクを肯定してくれた。それが嬉しくて、ついリディアは饒舌になる。
「そうでしょう!これはうちの実家で作った物で、お土産としても人気なんだから!」
「お土産って?」
「うちの実家は定食屋なの。普段は食事と飲み物しか提供しないけど、パンが大量に余った翌日は限定で、ラスクも販売してるってわけ!」
「定食屋…」
カトリーナが呆然としていると、セレナも会話に加わっていく。
「カトリーナさん、ぜひこのお菓子も食べてみてください。祖国の伝統菓子で、お祭りの日などは屋台などでも売られるんですよ」
セレナが花や葉の形の焼き菓子を振る舞う。
マナギア国では、焼き菓子といえば総じて黄金色や黒茶色だが、セレナが用意しているものは、黄金色や黒茶色はもちろん、若葉色や朱色、黒色や怪しげなスミレ色まである。
「これは一体何が入っているの?」
先ほど、リディアがセレナにしたのと全く同じ質問をカトリーナがするので、リディアはつい笑ってしまう。
「何よ!?」
「いや、思うことは一緒だなー、と思って」
立場は違えど、同じ国の人間。わからないものは一緒なのだ。初めてカトリーナに感じた共通点に、リディアは嬉しくなる。
「これは、それぞれのお菓子に乾燥させた種子や実をパウダー状にして練り込んでいるんです。それぞれ、薬効もあって、体にとってもいいんですよ」
セレナが「先ほど、リディアさんと盛り上がったのはこれですね」と言って、カトリーナに若葉色の焼き菓子をすすめる。カトリーナがそれを口にすると、大きく咳き込んだ。
「何よこれ、すごく口の中がスースーするじゃない!」
カトリーナの反応にリディアは吹き出し、セレナは微笑む。
「そうよね、私も驚いた!」
「最初は慣れないかもしれませんが、慣れると病みつきになるんですよ!」
それはリディアにとって、ずっと敵対関係だと思っていたカトリーナに、僅かではあるが親近感が湧いた瞬間だった。
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