ファーストガールのプライド
ファーストガールであるカトリーナ視点です。
2026.3月に大幅修正しましたが、文章のみで内容は変えていません。
カトリーナ・フランベルグは、いつだって誇り高く、皆の憧れだった。
少なくとも、そうなるよう努力している自負がある。
腕にあるブレスレットをさりげなく直しながら、カトリーナは廊下の窓から中庭を見下ろした。レオナルドの瞳と同じ青色の石が、午後の光を受けてきらりと光る。それは、レオナルドと自分の関係を周囲に知らしめる、ひとつの手段だった。
中庭では、リディアとセレナが並んで何やら話し込んでいる。
(……また、あの2人)
ここ数日、その光景を何度も目にしていた。
優しいレオナルドが気にかけるだけで、周囲はやれセカンドガールだ、サードガールだ、と騒がしい。
(平民と異国からの編入生……苦労が多いだろうから、レオが気にかけてくれているだけなのに、調子に乗っちゃって)
自分の立場も弁えず、2人が、まるで旧知の友人のように笑い合っている。
それが、気に入らなかった。
(身の程を教えてあげるわ)
カトリーナは踵を返し、便箋を取り出した。
ーーーーーー
放課後、リディアのもとに手紙が届いた。
几帳面な筆跡で、こう書いてある。
セレナ・ソラキと裏庭までいらっしゃい。話をして差し上げるわ。私はひとりで待っているので、安心して。――カトリーナ・フランベルグ
(……なんで私が)
リディアは一瞬だけ眉をひそめ、それから肩をすくめた。
(まぁいいか、きちんと話したことなかったし。もし嫌がらせでもしてこようもんなら、コテンパンにしてやるわ)
セレナに声をかけると、セレナは困った顔をしながらも「リディアさん1人で行かせるわけには行きません」と静かに言った。
ーーーーーー
カトリーナは、約束通り一人で待っていた。
ただまっすぐに立ち、腕を組んで、2人を迎える。
「逃げずにきたわね」
「逃げる理由なんてないよ……で、何の用?」
「序列というものを、理解してもらおうと思って。レオナルドがあなた達を気にかけるのは、その生い立ちに同情しているからよ、調子に乗らないことね」
「序列?」
リディアは少し首を傾けた。
「ファーストだかセカンドだかの話なら、私もう興味ないから。私は私よ。ってことで、レオナルドにも特別な感情ないし、安心して」
リディアが軽やかに言うと、カトリーナの眦が、わずかに上がる。
ジロリ、と今度はセレナを見ると、彼女はニコニコとカトリーナをみていた。
「カトリーナさんは、とてもお美しいですし、素晴らしい方だと聞いています。レオナルドさんとのこと、応援していますね!」
沈黙が落ちた。
(この少女は、少しおバカなのかしら……?それとも天然?)
一瞬、カトリーナは遠い目をし、口を閉じた。それから、決意したように息を吐き出す。
「……やっぱり、あなた達には身の程を弁えてもらったほうが良さそうね。勝負してあげるわ」
「偉そうに……でもいいね、あなたがどの程度のものか、私も興味あったの」
リディアが手元に水の魔法をイメージした刹那、カトリーナの炎が、舞い上がる。
それは、見た目の優雅さとは裏腹に苛烈で、リディアは、そのひとつひとつを水魔法で防いでいく。だが、防戦一方だった。
その様子を、カトリーナは冷静に分析していた。
(なるほど、彼が興味を示すだけの実力はあるわね。ただ、私よりは弱くてよ)
それは、リディアにもわかっているはずだった。だが、彼女を見れば、リディアは嬉しそうに魔法を駆使しており、カトリーナに負けそうなことへの焦りはなかった。
純粋に、魔法を楽しんでいるのだ。
その姿が、カトリーナに過去の自分を彷彿させた。
ーーーーーー
幼いカトリーナは、魔法理論を学ぶのが好きだった。
魔法書を読むたびに、秘密の世界を知るような高揚感があった。だが、実技の訓練には身が入らず、父に激怒された。
「魔法理論など最低限で良い。貴族として実技を極めろ。戦えなければ意味がないのだ」
カトリーナは強気に反論した。
戦うだけが貴族の役割ではない、魔法の法則を読み解き世の中の役に立つことの方が重要だと。
返ってきたのは言葉ではなく、妹との魔法試合だった。
ソリの合わない妹からの攻撃は苛烈だった。
圧倒され、惨敗した。
敗北のあと、妹が侮蔑の笑みで言った。
「お姉様に魔法は向いてないんじゃないですか?精々その美しい外見を活かして、早く嫁いだほうがよろしいかと。どうせ、それしか出来ないんだから」
屈辱だった。
それ以来、カトリーナは何事にも一番であり続けることに異常なほどこだわるようになった。
この過去を知っているのは、レオナルドだけだ。
彼だけは、魔法理論が好きな自分を認めてくれる。完璧を目指す辛さをわかってくれる。彼の前でだけ、カトリーナは完璧でなくていい。だから、何も知らず、彼の優しさを無神経に享受している人間が許せなかった。
ーーーーーー
「なぜ、あなたは平民のくせにそんなに堂々としていられるの?」
気づけば、カトリーナは自然とその言葉を口にしていた。
リディアは少し驚いたように眉を上げ、それからまっすぐ答えた。
「え、だってこれが私だし」
「魔法は、貴族が操るものよ。平民なんて、基本はちょっと魔道具を使って魔法を使う程度じゃない。あなただって、平民なのに、貴族社会のこの学園に来て、周囲の眼差しも気にせず勉強して……くだらないと思わないの?身の程知らずだと、わからないの!?」
「何、それ」
リディアが、がっかりしたようにカトリーナを見た。
「出自なんて関係ないでしょ。魔法は、この世に生きる全ての人のためにあるんだよ。私からすれば、魔法を特権のようにして、自分たちだけでその恩恵を得ようとする貴族の方が、よっぽどくだらないよ」
その言葉が、カトリーナの胸に何かが刺さった。
自分だって、昔はそう思っていた。魔法は世の中の役に立ててこそだと。
なのに今は、完璧であることに必死で、その言葉をどこかに置いてきてしまっていた。
気づいたら、炎が弱まっていた。
リディアも魔法を解いた。息を切らす2人の間に、セレナが静かに割って入る。
「これで、落ち着いてください」
セレナが種子を取り出し、優しく魔法を発現する。
彼女出身国の植物なのだろうか?カトリーナの知らない植物が、2人の傷を癒していく。
「さっきの話だけど」
リディアが、仕方ないわね、と言うようにカトリーナを見てから、言った。手のひらに水を集め、小さな動物の形を作る。ぴょんと跳ねて、本物のようだった。
「お貴族様はこう言うの興味ないだろうけど……私としては、こういう魔法が楽しいと思うんだ」
続いて鳥。水の動物たちが3人の周りで踊る。
セレナが微笑んで種を取り出し、魔法でカラフルな木の実を実らせた。動物たちがそれを「食べる」とーーその水は色づき出す。
赤、黄、緑。
色づいた動物たちは、きらきらと輝きながら飛び跳ねる。
カトリーナは、言葉を失っていた。
魔法は厳格で理論的なもの。戦うためにあるもの。そう信じていた。いや、信じなければならなかった。なのに目の前の光景は、ただ綺麗で、楽しくてーー無性に、胸が詰まった。
「すごいでしょ?しかもこれ、飲めるんだよ」
リディアは自慢げに言うと、色づいた動物達の形を球に変え、カトリーナの手元まで浮かせて運んできた。
カトリーナは一瞬だけためらって、受け取った。
果実の香りがほのかに漂う。
口に含むと、疲れた身体にちょうどいい温度で、甘さが胸の奥まで染みていった。
「……おいしいわ」
思わず声に出し、気まずくてそっぽを向く。
それは、カトリーナが知った「新しい魔法の価値」だった。
あのまま戦いを続けていれば、確実に勝てた。
魔力の余力も、奥の手も、まだあった。
それでも、カトリーナには2人にーーリディアに勝てた気が、全くしなかった。
そっと立ち上がり、スカートの埃を払う。
「今日のところは、このくらいで勘弁してあげる。リディアもセレナも、自分の分をわきまえて、あまり調子に乗らないことね」
颯爽と裏庭を後にする。
それが負け惜しみであることは、カトリーナ自身が一番よくわかっていた。
そして、2人の名前を初めて呼んだことにも、2人を「認めた」ことにも、カトリーナ自身、まだ気づいていなかった。
さらに、カトリーナは気づいてなかった。
「平民と異国の女がカトリーナ様にあの態度、生意気よ」
自分の取り巻きともいえる生徒が、この現場を目撃していたことを。




