セカンドガールの名前
初連載です。
2026.3月、大きく修正しました。文章をいじっただけで、内容はほぼ変化ないです。
「きゃーっ!あれが噂の2年生のレオナルド様ね!」
「黒髪に青い瞳……絵本の王子様みたい!」
暖かい光が降り注ぐ入園式の日。エルミナ学園の中庭では、黄色い声が響いていた。
それを嗜める、1人の女生徒が現れる。
「ちょっと2人とも。レオナルド様にはファーストガールのカトリーナ様と、セカンドガールのリディア様がいらっしゃるのよ。おやめなさい」
「え、なにそれ?」
「知らないの?二番目の女って意味よ」
(……は?)
大木の根元にもたれ、魔法書を膝に広げていた、まさに渦中の人物ーーリディアは、ゆっくりと顔を上げた。
リディア・クロッカー。
平民出身にも関わらず、貴族を凌駕するほどの魔法の実力をもつ秀才……魔法以外は、正直それなりだが、リディアは気にしていなかった。気になるのは、この学園の生徒達の考え方ーー彼女達は、いつも、肩書きを先に口にする。
“学園のプリンスーーレオナルドに認められた、セカンドガールのリディア“
それが、リディアの呼称だ。
(私が先よ。「リディア」が先)
リディアは軽く舌打ちをして、ダークブラウンの髪を風にたなびかせ、そっと新入生たちの噂話から、距離をおいた。理知的な緑色の瞳は、冷え切っていた。
ーーーーーー
エルミナ学園は、マナギア国で最も権威ある魔法学校である。
広大な敷地に白亜の校舎、3年間の寮生活。貴族も平民も、才能さえあれば門を叩ける――建前の上では。
実際は、廊下を歩けばわかる。
貴族の生徒たちは固まり、平民はその外縁を歩く。リディアはその「外縁」の出身だが、今は少し違う場所にいた。
2年生になる少し前から、学園のプリンスであるレオナルドに認められた結果として、貴族たちからも“表面上は“認められるようになった。
レオナルド・テネブレはまさに“プリンス“である。
黒くて艶のある髪、透き通るような青い瞳。そして、柔らかな物腰。
女性はもちろん、男性をも魅了する彼は、平民であるリディアにも親切で、客観的な視点に基づき、リディアの実力を認めてくれた。
(それはありがたいのよ、それ自体は)
リディアはそっとため息をつき、レオナルドの周囲に思いを馳せる。
彼には、美しい幼馴染、カトリーナ・フランベルグがいる。
彼女の次に、レオナルドがリディアを特別目をかけることから、気づけば、カトリーナが“ファーストガール“、リディアが“セカンドガール“と周囲から認識されるようになってしまった。
リディアは、それが苛立って仕方がない。
(あーんなツンケンした女の下って序列も気に入らないし、大体、人をレオナルドの付属物みたいな扱いしないでほしいわね)
イライラしながら廊下を歩いていると、ちょうどカトリーナが前から歩いてきた。
一瞬、視線が交錯するが、一言も交わすことなくすれ違う。
カトリーナからは、ほのかに花の香りがした。リディアには手が届かない、高級な香水の香りだ。
(ほんと、嫌な感じ。何しに学校にきてるわけ?……勉強しなさいよ、勉強)
吐き出すように息をついて、リディアは進む方向を変えた。
入園式で浮き足だった一年生のせいで、いつも以上にレオナルドと“ガールズ“の話題が多い。
それらから逃れように図書室に向かったがーー結局また、噂話に捕まる。
「ねえ、聞いた? 先日編入してきた子」
「赤い髪の子でしょ? 異国から来たって」
「レオナルド様が気にかけてるらしいわよ。“サードガール”なんじゃないかって」
(……サードガール?)
リディアの足が、ぴたりと止まる。
(また増えるわけ?)
胸の奥が、わずかにざわついた。
正直、“ガール”だのなんだのという呼び方自体はどうでもいい。
勝手に周りが言っているだけだ。
――ただ。
(私の“下”に来るっていうなら、それなりなんでしょうね)
自分でも驚くくらい、冷えた考えだった。
小さく息を吐いて、リディアは再び歩き出す。
(……見てやろうじゃない)
ーーーーーー
図書室は、リディアのお気に入りの場所だ。
隅の席に腰を落ち着け、マナーの課題を広げる。本当は、魔法の勉強をしたいが、近々、試験がある。
(な・ん・で!私が貴族マナーなんて勉強しないといけないのよ!?)
心の中で毒づきながら、ペンを走らせる。
「苦戦しているね」
顔を上げると、レオナルドが向かいの席に腰を下ろすところだった。
「……見てたの?」
「通りがかったのさ……眉間にしわ、寄ってるよ」
レオナルドが、軽くリディアの眉間をこずくと、リディアも額に手を当てた。それをみて、レオナルドは、ふと零れたように笑う。リディアのマナーの課題の隣に並ぶ、分厚い魔法書をみて、彼は眉を上げた。
「本当は魔法の勉強がしたいだろうに……マナーの課題は、君にとって負担だろうね」
「……どうせ私はマナーなんてダメダメですよ」
リディアが拗ねたようにいえば、レオナルドは苦笑する。
「ここは魔法学園だ。本来、魔法の勉強に専念するべきなのに……貴族社会で君も歯がゆいだろう。だけど、僕は君が才能ある魔法使いだと、ちゃんとわかっているよ」
優しげに言われると、リディアの胸が高鳴る。
天才と言われるレオナルドに認められるのは、素直に嬉しかった。
「僕のノート、貸そうか?図も入れて、わかりやすくまとめているつもりだけど」
「……ありがたいけど、やめとく。自分でやるわ」
「君はいつも、自分でがんばるね。困ったら、僕を頼ってくれていいのに」
レオナルドが肩をすくめるが、リディアにだって、事情がある。
レオナルドに頼ったが最後、また周囲から「セカンドガールだからって、レオナルド様に頼って、嫌な感じ」と言われるのだ。
(カトリーナに知られたら、絶対面倒だし。どうせまた、見下した目で見てくるのよ、最悪)
無言で返すと、それを気にすることなく、レオナルドは自分の課題を広げた。
「ちょっと!ここで勉強するの?」
「どこでやろうと僕の勝手だろう?」
茶目っけたっぷりに言われれば、リディアも何もいえない。
そのとき、図書室の扉が開いた。
赤い巻き毛が目に入って、リディアは手を止めた。
小柄な少女が、扉のそばで立ち止まり、空席を探して困り顔で辺りを見回している。異国の風を纏った雰囲気で、この国では珍しい真っ赤な髪が、やけに目を引いた。
(あの子が……サードガールって噂の子?)
思っていたより、ずっと普通だった。カトリーナと違って高慢な様子もなく、ただ静かに戸惑っている。
可愛らしい雰囲気から一点、薄紫の瞳は知的で魅力的だが……なんというか、素朴な印象だ。
思わず、リディアは声をかけた。
「ここ、空いてるよ」
自分でも、なぜ彼女に声をかけたのか、わからなかった。
少女はぱっと顔を上げて、お礼を言い、リディアの隣に着席する。
「ありがとうございます……図書室を利用するの初めてで……助かりました」
「やぁ、セレナ。学園には、少しは慣れたかい?」
レオナルドが穏やかに声をかける。
「お気遣いありがとうございます。まだ慣れない部分もありますが、楽しいですよ」
柔らかい声だった。レオナルドへ媚びる様子もなく、ごく自然に、丁寧に答えている。
(……思ってたのと、違う)
リディアは横目でセレナを観察すると、それに気づいたように、セレナがリディアに微笑む。
「初めまして、ですね。先日、この国にきたんです。セレナ・ソラキと言います」
「……リディア・クロッカーよ」
「リディアさん!よろしくお願いしますね」
可憐な笑顔が可愛らしい。だが彼女は、挨拶を終えるとすぐ教科書を開いて、静かに勉強を始めている。ノートには、異国の文字がびっしりと書き込まれ、浮き足だった様子はまるでない。
(勉強熱心な子だ)
彼女が、サードガールと噂される人物で間違いないだろう。
どれほどのものか、みてやろうと思っていたが、正直、好感が持てた。
三人で並んで、それぞれの課題に向き合う。静かで、悪くない時間だった。
ーーーーーー
それから数日、リディアはセレナと廊下や教室で顔を合わせるたびに、軽く挨拶を交わすようになっていた。セレナは、来てすぐにこの学園に馴染んだのか、時折、相手の身分を問わず友人と談笑している。だが、リディアを見つけると、必ず嬉しそうに笑ってれた。
他の生徒と違って、リディアを“レオナルドのセカンドガール““平民“というレッテルを貼らずに接してくれるセレナとの距離感が、リディアには心地よかった。
ある日、またしても図書室で鉢合わせたとき、セレナはリディアの持つ魔法理論書をじっと見ていた。
「セレナ、興味あるの?」
「はい。ただ……魔法理論、正直まだよく理解できてなくて」
「とりあえず暗記したら?試験はそれでも乗り越えられるよ」
セレナは少し困ったように笑った。
「私は、試験でいい成績を取りたいわけじゃないんです。立派な魔法使いになりたいから。大変でも、一歩ずつ理解していきたくて」
その言葉が、胸に刺さった。
(立派な魔法使い)
それはリディア自身の願いだったはずだ。なのにいつからか、セカンドガールと呼ばれる悔しさや、平民だと侮られる苛立ちに気を取られて、薄れていた。
「……私も同じだよ」
気づいたら、口から出ていた。
「え?」
「平民とか、何番目の女とか、そんなの関係ない。ただのリディア・クロッカーとして、みんなを幸せにする魔法使いになりたいの」
久々に、誰かに本音を話した気がした。
自分の芯に、触れた気がした。
セレナは少し驚いたように目を丸くして、それからやわらかく微笑んだ。
「素敵ですね。私も、そんな魔法使いになりたいです」
セレナが柔らかく微笑むのにつられて、リディアもそっと笑った。久しぶりに、笑えた気がした。
この学園に来て初めて、友達ができた気がした。リディアはそれが、たまらなく嬉しかった。
そして、そんな2人の様子を、遠くでアイスブルーの瞳が一瞥していた。
「……気に入らないわ」
カトリーナの小さな呟きは、誰にも届かなかった。




