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長期休暇の始まりと帰省

「よし、できた!」


リディアがセレナの部屋のテーブルに料理を並べると、ふわりと温かい香りが部屋に広がる。リディアは手際よく、ふわふわのオムレツに焼き立てのパン、スープ、そして香ばしいソテーを並べていく。簡単なものばかりだが、どれも美味しそうだ。


「まぁ……すごくいい匂いですね!」

「そうね、これが部屋のキッチンで作れるなんて、大したものだわ」


セレナは目を輝かせて手を合わせ、カトリーナも感心したように料理を眺めている。この日は、長期休暇前最終日であり、3人は寮の食堂ではなく、セレナの部屋で食事をとることにした。


「この程度のものなら、そんな難しくないわよ」


リディアは照れ臭そうに言いながら椅子に座る。


「いえ、本当にすごいです! リディアさんのお料理、本当に美味しいですもの。前にいただいたスープ……また食べたいなって思ってたんです」


セレナはスープの香りを嗅ぎながら、幸せそうに目を細めた。


「実家の定食屋も、こんな感じの庶民向けのメニューばかりよ」


リディアはさらっと言ったが、その言葉にカトリーナがすかさず反応した。


「……あなたの実家の店、前から気になっていたのだけど」

「え?」

「だって、あなた、料理の腕は確かにあるし、どんな味なのか気になるわ」

「どんな雰囲気のお店なんですか?」

「普通の食堂みたいなものだよ。家族経営だし、別に特別な店じゃないけど……」

「そうなんですか?とっても気になります」


セレナが興味津々といった様子で身を乗り出し、カトリーナもどこか思案するような表情をしている。

リディアは少し誇らしげに笑い「まぁ、気になるならいつか案内するわ」と話を切り上げ、グラスに手を取る。


「とにかく、明日から長期休暇よ!今夜は楽しく食べましょう!明日からの休みと、全員希望の実習先への赴任が決まったことを祝して乾杯!」


リディアが元気よく言い、3人の食事会が和やかにスタートした。3人はそれぞれ、優秀な成績を納め、カトリーナとリディアはセレナの出身国であるナイル国で、セレナはマナギア国の魔法局で実習予定である。

部屋のランプが暖かく揺れる中、おしゃべりは尽きない。


「セレナ、あなた本当に休暇中は寮に留まるの?実家に帰らなくて大丈夫?」

「はい。私はこの国に来たばかりですし、ここで植物の世話や魔法の勉強をしようかと。お二人は実家でのんびりされるのですか?」


セレナの問いかけにカトリーナは気難しい顔をする。


「私は父の手伝いとあとは社交活動がメインね。あとは魔法の復習や経営学を学んだら、休みなんてあっという間かもしれないわね」

「うわっ!貴族って思ったより大変なのね。社交って毎日パーティーしてダンス踊るわけ?私には無理だわ」


リディアが大げさに驚くとカトリーナはプッ!と吐き出す。


「そんなわけないでしよう。貴族の社交にはお茶会や手紙でのやりとりみたいな、派手じゃないものも多いのよ」

「へー。なんか色々大変ね。私は実家で手伝いかなー。暑い中、汗水垂らして働くわよ」


リディアが鍋を振る動作をすれば、今度はカトリーナが「私はそういう肉体労働の方がつらいから、適材適所ね」と苦笑する。


「でも休みが明けたらそれぞれ、実習先にすぐに派遣でしょう?3人で集まることも難しくなるし、休みどこかで会おうよ」

「だったら陽光祭でしょうね」


陽光祭ーーそれはマナギア国において、太陽の恵みに感謝し、豊穣と繁栄を願う伝統の祭りである。街は黄金色の装飾で彩られ、屋台には黄金色のスープやパンが並ぶ。夜には魔法の光や炎の舞が輝き、貴族たちは平民との交流として、魔法を施し人々と喜びを分かち合う。

セレナがそれを聞くとワクワクした顔をする。


「いいんですか?教科書に記載があって気になってたので、お二人と行けるなら嬉しいです」

「すごい大きなお祭りだから楽しいよ!うちの定食屋も、その日は屋台出すから朝は忙しいけど、私も昼過ぎからなら抜けられるわ」

「あら、私はむしろ夜から、少しイベントを出す可能性があるし、であれば3人揃えるのは夕方あたりかもね」


3人は顔を見合わせ、互いに頷きあう。


「それでは、次は陽光祭で会いましょう!」

「いいね!陽光祭ではたーっくさん美味しいものが出るから、みんなで色々食べたいな」

「......なんだか最近、私たちずっと食べてない?大丈夫かしら?」


3人は自分たちの手元の食事に目をやり、互いにクスクス笑い合った。


ーーーーーーーーー


「ただいまー!」


修了式も終え、リディアは約半年ぶりに実家の敷居をまたいだ。店の奥へ進むと、厨房から香ばしい焼きたてパンの匂いが漂い、母親が奥から顔を出す。


「あら、おかえり。思ったより早かったわね」

「ふっふっふ!馬車を降りてからは加速魔法でひとっ飛びしました」


リディアが胸を張ると母親は呆れたように笑う。


「相変わらず魔法バカだね、ほんと。学校ではちゃんとやれてるの?ほら、顔よく見せてごらん」

「もう、お母さん……心配しすぎ!友達もできて、ちゃんとうまくやれてるよ!成績だっていいんだから」


友達ができたと聞き、母親が柔らかく微笑んだその時——。


「おおおお! リディアーーー!!」


突如、厨房の奥から父親が現れた。


「お父さん!? うわ、ちょ、待って!」


ガシッ!

リディアは強引に抱きしめられ、そのまま宙に持ち上げられる。


「はっはっは! よく帰ってきたな! ちゃんとメシ食ってるか? 貴族の奴らにいじめられてないか?」

「もう! いきなり持ち上げないで!」

「こらお父さん、リディアがびっくりしてますよ……」


母親が苦笑しつつ、鍋をかき混ぜる。リディアは、ようやく地面に降ろされると、懐かしい店内を見渡した。


「店も相変わらず、忙しそうだね」

「ありがたいことにね。でもまぁ、最近は若い子たちが手伝ってくれるから、少しは楽になったわよ」

「そっか……。あ、そういえば、今度学園の先輩を店に連れてきてもいい?」

「もちろんいいわよ。あんたの知り合いなら大歓迎」


母親が笑顔で答えた瞬間、父親がピクリと反応した。


「……そいつは男か?」

「え?」


リディアが首をかしげると、父親が鋭い目で迫ってくる。


「ま、まさか……リディア! お前、学園でいい人を見つけたんじゃないだろうな!? どんなやつなんだ!?」

「いや、落ち着いて! 別にそんなんじゃないから。お世話になった先輩で、ルークって人で」

「男じゃねぇかーーーーっ!!!」


父親の叫びが店の奥まで響き渡る。

実は、社交ダンスの試験を手伝ってくれたお礼として、ルークの希望したことが「リディアの実家の定食屋で食事をしてみたい。庶民の暮らしに触れたい」というものだった。貴族相手にどんなお礼をしたらいいのか困っていたリディアにとって、拍子抜けするほど簡単なお礼だったため、二つ返事で了承したのだがーー。


「ダメだダメだ!男を家に招くなんて……! お、俺はまだそんな心の準備が……!」

「試験勉強付き合ってくれたお礼にご飯ご馳走するだけだってば!」

「なるほど!義理はしっかり返さなきゃならん!それなら仕方ないな、うん……」

「……?」


一瞬、納得したかに見えた父親だったが、ハッとした顔で再び叫んだ。


「いや待て、お前、騙されてないか!? そいつは、試験勉強教えるふりをして下心があるのかも......なんたってリディアはこんなに可愛いんだから」

「いや、だからさぁ......」

「お父さん、いい加減にしなさいよ」


母親が呆れたようにため息をつくと、店の中で聞き耳を立てていた常連客たちがぞろぞろ集まってくる。


「リディアちゃんおかえりー!」

「おい大将!リディアちゃんだってお年頃なんだからボーイフレンドの一人や二人で動じるんじゃねぇよ」

「そんなことばっかり言ってると、娘から煙たがられるわよ」

「なにぃー!俺は煙られたがられてもリディアを守るからな!そんな下心まみれの男なんて断じて認めないーー!」


父親と常連客はいつものように大盛り上がりで話をしている。リディアは母と目を見合わせ、仕方ないわね、という顔で互いに肩をすくめた。


「お腹空いてる?お昼ご飯は?」

「まだ食べてない」

「今準備するから待ってなさい」


母がリディアから離れ、厨房で料理する音が聞こえる。なんてことない料理の音、父親の大きな声と常連客の賑わい。


「帰ってきたなぁ......」


学園生活も楽しいけれど、やっぱり実家の雰囲気はとても居心地がいい。母がお盆を運んでくると、いい香りがしてくる。


「はい。冷静スープとサラダとパンね」

「ありがとう!いただきまーす!」


リディアは笑顔でスプーンを取り、スープを一口飲んだ。久々の母親のスープは懐かしい味がした。

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