セカンドガールとサードガール
初連載です。
エルミナ学園――ここはマナギア国で一番の権威を誇る、魔法を学ぶために平民から貴族までが集う名門の学び舎だ。ここで3年間のカリキュラムを終え卒業すれば大きなステータスになり、魔法界はもちろん、各界での将来が約束される。
広大な敷地にある白亜の校舎には、魔法を扱う設備を備えた数々の教室があり、学園内の景観はまるで王宮のように美しい。この学園には、寮があり、生徒たちは寝食を共にしながら、魔法の理論や技術を中心に、語学や経済学、果てはマナーまで様々な科目を学んでいる。
今日この日は、新入生の入園式が行われていた。
広々とした中庭には、入園式を終えた初々しい新入生たちが集まり、賑やかな声が響いている。
生徒たちは揃いの制服に身を包み、魔法を学ぶ希望と少しの緊張感を抱えながらも、それぞれのグループを作り始めている。
そんな中、校舎を歩く一団が目を引いた。
「きゃーっ!あれが噂の2年生のレオナルド様ね!なんて素敵なの!」
「実物は噂以上にかっこいいわね〜。黒髪に青い瞳、さらに魔法の成績もすごいなんて、絵本の中の王子様みたい」
学園のプリンスと呼ばれているレオナルド・テネブレが、入学したての女子生徒の注目を早くも一身に集めていた。彼の整った顔立ちと、気取らないのに気品漂う佇まいに、多くの生徒が息を呑む。
「ちょっと2人とも」
1人の女生徒が騒いでいる2人を嗜める。
「私には3年のお姉様がいるのだけど…お姉様の言うところによると、レオナルド様はみんなに平等に優しいけど、ファーストガールのカトリーナ様とセカンドガールのリディアさんには特別気を配っているそうよ。お二人は本当に素晴らしい魔法使いみたいですし、あんまり調子に乗ってはお二人に失礼ですからね」
その会話を、中庭にある大木に腰を下ろし、魔法書を読んでいる少女は耳にしていた。
彼女の名前はリディアーーまさに『セカンドガール』と呼ばれていたその人である。
(なーにがセカンドガールのリディアさんには特別気を配っている、よ。ばっからしいわね)
リディア・クロッカーは、地味なダークブラウンの髪をハーフアップにまとめ、自由な校風のエルミナ学園で、制服をきっちり着こなすごく普通の少女だ。
貴族が多いエルミナ学園で、平民出身でありながら、地道な努力と持ち前の才能で成り上がり、入学2年目にしてこの学園での一目置かれる存在にまで駆け上がった。
顔の各パーツに特に秀でたものがないリディアだが、その切れ長のグリーンな瞳は彼女の実力を示すような知性を感じさせ、魔法技術の訓練で鍛えられたスラリとした体つきと相まって女性としての魅力を感じさせる。
その実力もあってか、学園のプリンスであるレオナルドの「セカンドガール」と呼ばれており、それは大変名誉なことらしい。
入学したてでは冷たかったクラスメートも、レオナルドに認められたリディアを見て、敬意を払ってくれている。
レオナルドはカッコよくて優しくて、魔法使いとしても立派で、リディアももちろんレオナルドのことは好きだし尊敬している。彼と話すと心が浮き立つのも事実だ。それでも…
「セカンドガール」ーーレオナルドに認められるのは嬉しいが、一方でリディアは、自分がレオナルドを通して周りから評価されていることが不満であり、複雑な思いを抱いていた。
ファーストガールと呼ばれるカトリーナは、その肩書きが気に入っているようだが、リディアは違う。
カトリーナ・フランベルクは名門貴族出身で気位が高く、その性格を現すようなアクアブルーの眦を釣り上げ、手入れされたストレートな金髪を腰まで垂らし、さりげなく高級な宝石をあしらったアクセサリーを身につけている。
平民から成り上がったリディアにどこか見下すような視線を向けることも多く、リディアにとっては「敵対心を抱かざるを得ない存在」だった。
リディアは、カトリーナやレオナルドには思うところはあるものの、順調に学園生活を送っており、特に2年目から始まった実用魔法学の勉強に打ち込んでいた。
2年生としての生活も安定し始めたある日、異国から年次編入したセレナが、どうやらレオナルドの「サードガール」になったらしい、と噂が流れはじめた。
赤い髪と大きな瞳が特徴で、異国出身だからか、どこか神秘的な雰囲気を漂わせているらしい。
彼女がレオナルドの“新たな噂の相手”として注目を集めていると聞いたリディアは、胸に複雑な思いが湧き上がった。
レオナルドの「ガールズ」という立場はどうでもいいとしてーー自分の「次」と呼ばれるほどの能力が本当にあるのだろうか?それは、今まで努力して学園での地位を築いてきたリディアに対する挑戦であり、リディアはある種の苛立ちを感じていた。
(どれほどの生徒か、見てみようじゃない)
リディアは校庭に足を運び、その噂の少女を探した。異国の風を感じさせる赤い髪が人目につき、遠くで談笑するセレナはすぐに見つかった。リディアは意を決し、やや冷たい表情で彼女に近づき声をかけた。
「あなたがサードガールとして噂されている、セレナさんね?」
セレナはリディアに気づき、微笑みながら軽く会釈をした「はい、今年から編入したセレナと申します。あなたは……セカンドガールのリディアさんですね。お話しできて嬉しいです」
サードガールと噂されている以上、カトリーナやリディア同様気が強い女性をイメージしたが、無垢で素直な反応にリディアは少し戸惑った。それを悟られまいと「えぇ、同じ学園の生徒としてお互い切磋琢磨し合いましょうね」と冷静に挨拶しその場を切り抜けた。
ーーー
その日の午後、リディアが図書室でマナーの課題に手こずっていると、レオナルドがさりげなく近寄ってきた。
「リディア、手伝おうか?」
その優しげな声にリディアは少し驚いたが、微笑んで手を止めた。いつもながら、無造作にセットされた黒髪が気取らないカッコよさと清潔感をだしており、カトリーナより濃いブルーの瞳は、彼女とは逆に、なぜか温かさを感じさせる。
「ありがとう、でも大丈夫。これくらい自分でやれるから」
「そうか、君はいつも一人で頑張るね。たまには僕を頼ってくれないか?特に君には、貴族マナーの課題は大変だろう」
レオナルドの言葉はどこまでも温かく、平民であるリディアへの侮りではなく、真実思いやりが溢れていた。
思わず心が揺れるのを感じる。
彼の気配りと優しさは、いつも鎧をすり抜けるかのようにリディアの心に触れる。レオナルドに甘えてしまおうか、そう思うたびに周囲の声を思い出す。いつだって自分は、レオナルドを通してしか評価されない――その現実に立ち返るたびに、リディアは心のどこかで彼との距離を保とうとする自分に気づき、素直になれない自分にも腹が立つのだ。
ふと、昼に話したセリアのことが頭をよぎる。
自分とは対照的に可愛らしい雰囲気を持ち、素直で無垢なセリアとの会話を思い出し、リディアの胸に一抹の苛立ちが走る。
(セレナは、わけもなくこの課題をこなせるのかもしれない。困ったら、レオナルドにも気軽に相談できるのかも)
すると、セレナがちょうど図書室に入ってきて、困ったように辺りを見回していた。
空いている席が見つからない様子だ。
リディアは一瞬ためらったが、セレナに声をかけた。
「ここ、空いているわよ」
セレナはほっとした顔でリディアに礼を言い、隣の席に腰を下ろした。
「やぁ、セレナ。学園には慣れたかい?」
「お気遣いありがとうございます。まだ慣れない部分もありますが、この国での日々は充実してます」
レオナルドとセレナを引き合わせたらどんな会話をするのだろう?少しの不安があったが、2人はごく普通のやりとりをしているだけだった。
セレナへの嫉妬心がない自分にも気づき、むしろ勉強に打ち込むセレナには好感を覚えた。
その後も、廊下や教室でリディアはセレナに会うたびに軽い挨拶を交わすようになり、互いに少しずつ距離が縮まっていった。
ある日、ふたりは偶然にも放課後の図書室で出会った。
リディアは魔法の理論書を手にしており、セレナもまた同じ本を読もうとしていた。
「セレナもこの本に興味があるの?」リディアが尋ねると、セレナは嬉しそうに微笑んだ。「はい。魔法の基礎を学ぶためにと思って……」
リディアはその純粋な態度に心を開く気持ちになり、ふたりで魔法の練習方法について意見を交わし始めた。
異国出身のセレナにとって、この国の魔法理論は理解が難しいようで、「理解が難しいものはとりあえず暗記したら?試験はそれでもある程度問題ないはずよ」というと、「私はね、リディアさん」とセレナが少し照れくさそうに口を開く。
「何事に対しても、なるべく自分で理解して、できることを増やしていきたいです。人の価値は、その人の積み重ねたもので決まると思うから」
その言葉に、リディアの心が揺れた。
自分の価値を、自分の力で築き上げたい――それは彼女がずっと抱いてきた思いと重なっていた。
平民からここまでのし上がってきたリディアだからこそ、自分の意志で未来を切り開きたいと願っていたのだ。
だから、学園のプリンスであるレオナルドに選ばれたのが誇らしい一方、彼の付随物かのような「セカンドガール」という肩書きが不快だった。
リディアは思わず小さく微笑み、「私も同じよ」と静かに答えた。「平民とか、何番目の女とか関係ない。ただのリディア・クロッカーとして認められたいの」
それはふたりの間に、静かな絆が芽生え始めた瞬間だった。
リディアとセレナの交流はまだ目立たないものだった。むしろ周囲からは、リディアの気が強い性格も相待って、セカンドガールがサードガールに牽制をかけてるようにも見えただろう。
それでもカトリーナは、二人の変化を目ざとくキャッチしていた。
レオナルドの「ファーストガール」であるカトリーナにとって、新たに登場したサードガールとセカンドガールが互いに惹かれ合っているように見えるのは、決して快いものではなかった。カトリーナはそのアイスブルーの瞳で二人を見つめ、冷ややかな表情を浮かべていた。