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第64話

「すまなかった」


 昨日義父から伝えられた時間に待ち合わせ場所へ赴くと、すでに上澤は来ていた。そして目が合うなり頭を下げてきた。


「いや、なんのこと?」


 いきなり謝られてもこちらとしては混乱するだけ。何について謝られているのかも分からない。


「お前を臆病者だと言ったことだ」

「あ~、あれね」

「お前も色々と大変だったんだな」


 なるほど、これは僕だけ話が分かっていないってことだな。昨日の義父との話で何かしらの誤解が解けたのだろう。ただその話した内容というのは僕は知らないというのがむずがゆいところだ。


「そんなお前に臆病者とひどいことを言ってしまってすまなかった」

「気にしてないから大丈夫だよ」


 実際臆病者と言われたことについては怒っていない。それよりも臆病者という言葉を何に対して言われているのか分からず困惑していた気持ちの方が勝っていた。


「それにせっかく謝ってもらっているところ悪いんだけど、なんで急に謝られているのかも分かんないんだよね」

「え? お前のお父さんから何も聞いていないのか?」

「うん」


 自分がどういう存在であるのかが分からずいることについて話した。それは、自分が名乗れない苗字のこと、龍ヶ崎家と関わりを持ったこと、そして何より全く昔のことを覚えていないことを話した。


「なるほどな。どおりで話が通じなかったわけだ」

「ごめんな」

「いや謝ることはない。記憶がないのならしょうがない話さ」


 誤解が解けるだけでこんなにも話すのが楽とは。あんなに話すのが大変だったのが嘘みたいだ。


「めぐみや龍ヶ崎さんと一緒にいるから、てっきり記憶があるものだと思っていたんだ」

「瀬川さんからの話を聞くに僕は昔どこかで会っていたみたいだしね」

「まあ、そこに俺もいたんだけどな」

「えっ……」


 次から次に明らかになる事実に頭が追い付かない。瀬川だけじゃなく、上澤とも知り合いだったとは。


「思ったよりも重症だったみたいだな」

「そうみたい……、まさか上澤のことも忘れてるとは思わなかったよ」

「まあいいさ、俺も瀬川もお前とは一回ぐらいしか会ってないしな」


 1回しか会ってないとはいえ、2人は僕のことを覚えている。しかも話し方的にただ顔を見たことがあるではなく、しっかり話したことがありそうな言い方だ。


「あのさ、僕は一体上澤と瀬川さんの2人とどこで会ったの?」

「……」

「やっぱり言えない事情がある?」


 上澤も瀬川と同じで話しにくい理由があるのだろうか。


「別に口止めされているということはない。たぶんだが、いずみはお前が違う苗字を名乗っていることの意味を考えて何も言わなかったのだろう。俺も同じ理由で話すのを躊躇っている」

「違う苗字を名乗る意味?」

「そうだ、俺たちがお前と出会った時は違う苗字だった」


 それは夢で見た名乗れない苗字のことだろう。今ではその名は思い出せないが、その時はその名で過ごしていたということなのか?


「その苗字って?」

「それだけは俺から言うことはできない。その苗字だけはお前の父から口止めをされたし、お前の身のために俺も教えるのは憚られるからな」


 ダメ元で聞いてみたが、やはり教えてはくれないか。だが僕もタダで引き下がるわけにはいかない。すでにこの時代は僕の知っているものとは大きく離れつつある。それは望んだ未来を手に入れるには不都合となった。


 けど……、正史では知ることのなかったことを知りつつある。本当の自分の名前、そして僕はどういった人間であるのか知ることができるチャンスともなった。だから僕は今上澤博昭という人間から、自分のために情報を少しでも引き出したい。


「じゃあ他のことでもいい。何か僕について知っていることがあるなら教えてくれ」

「……教えるのは簡単だ。だが、教えたことでお前が危険に晒されることにもなるかもしれないんだぞ」

「それでもいい」


 どっちみちミナと関わったことで危ない橋を渡ることとなった。今更そんなことにビビる僕ではない。


「それならばお前の力を俺に見せてみろ」

「どうやって?」

「お前が最近いずみと一緒にいるのは、アイツから恋愛相談を受けているからなんだろう?」

「知ってたんだ」

「隠そうとはしないんだな」


 上澤がいずみの相談内容を知っていたことには驚いたが、僕は淡々と答えた。


「別に隠したところで上澤は考えを変えないでしょ?」

「ああ」


 上澤のことも少しずつ分かってきている。自分の考えに絶対の自信を持つ男。それが上澤博昭という人間。だからそれを否定しようと時間の無駄である。


「それで瀬川さんの恋愛相談がどうかした?」

「いずみが俺のことを好いてくれているのは分かってるんだ」


 この一文だけを聞けばなんて自信過剰なんだと思えてしまうが、瀬川の話を聞くに上澤に対してかなりのアピールをしていたからな。上澤が瀬川の気持ちに気づいていてもおかしくはない。


「だからもし、いずみが俺に告白をしようと考えていたら止めて欲しいんだ」

「理由は訊いても?」


 場合によってはこちらの計画に大きな修正が必要となる。すでに瀬川はこの文化祭で告白する気満々だからな。……まぁ、僕が嗾けたんだけどな。


「俺は龍ヶ崎さんとの縁談の話が来ている。だから俺にはいずみと付き合うことがまだできない」

「まだ、ということは付き合いたいとは思っているの?」


 僕が上澤の本音を聞き逃さなかったことで、一瞬上澤の顔が怯んだ。


「ああそうだ。だから俺は龍ヶ崎家との縁談をどうにか破談できるように動く。だからそれまでいずみに告白をされてはまずいんだ」

「なるほどね、分かったよ。上澤が望むように僕が動けばいいんだね」

「そうだ話が早くて助かる」


 告白されたら断れないのか、それとも瀬川を傷つけるのが嫌なのか、その理由までは分からないが、とにかく上澤には瀬川が告白をしてくるイベントだけにはならないようにしたいということ。でも、


「ただ期間はいつまで? 期間を決めてくれないと僕は何時まで経っても上澤から僕の知りたい情報を教えてもらえなくなるんだけどなぁ」

「そうだな、すぐに破談にできるとは思えないし、3年生に上がる頃ぐらいだろうか」


 そんなに時間をやるわけにはいかない。僕にもやらないといけないことがあるんだ。だったら


「今日の5時」

「は?」

「瀬川さんが上澤に告白しようと思っている時間だよ」

「それは本当なのか?」


 もちろん嘘だ。本当は明日の後夜祭の時だからな。僕の顔からその情報が嘘か真実が見極めようとしているみたいだが、僕の顔からは読み取れることはない。


「本当だよ。だって瀬川さんから実際に恋愛相談を受けているしね。だから、もし文化祭中に上澤が望む結末になったら、僕の欲しい情報を渡してほしい」


 嫌だといわれればそれまで、上澤がダメでも瀬川という情報源がもう一人いるのだから、そちら側を攻めるまでだ。


「分かったそれでいい」

「契約成立だね」


 急ぎの用事でもあるのか、上澤は契約が成立するとすぐにこの場から立ち去って行った。僕にとってはちょうどいい。上澤から得たい情報も得られたし、それにすぐに最終調整をする必要があったからだ。


『今から来れる?』


 僕は2人の人物にRIMEでそう送った。

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