第62話
「上澤さんに縁談の話があり、その相手が私ですか……」
「ほんと困った話だよね」
1限が始まる時間よりも早くに来ていたミナを見かけ昨日得た情報を共有することにした。もちろん、鬼龍のことは内緒だ。謎野からミナを巻き込むなと言われ、鬼龍を紹介されているので、ミナにそのことを知らせるのはまずいと思ったからだ。
「私にはそのような話に覚えはないのです」
「そうだよね」
ミナには久志という彼氏がいる。それなのに縁談があるというのは少しおかしな話だ。つまり、この縁談にはミナは知らされてないと考えられる。
「その縁談の方は私の方で調べてみますね」
「そうしてくれるとありがたいかな」
そこまでの話となるとただの一般人である僕にはどうすることもできない。縁談の話はミナにどうかしてもらうしかないな。
「この話、いずみさんには内緒にしておいた方が良さそうですね」
「実際その縁談の話がどういうものなのか分からない以上はそうした方がいいね」
恋愛相談に乗ってもらっていた相手が自分の好きな人の縁談相手なんて知ったらどうしていいか分からないだろう。だから今は黙っておくほうが絶対良いはずだ。
「恭也さんもあまり無理をなさらずに」
「大丈夫だよ、これでもほどほどにやってるから」
ここ数日瀬川の噂の情報を集めようとしてもなかなか欲しい情報が手に入ることがなかった。それでついに核心に迫れる情報を得られたかと思えば、肝心なところで役に立てなくなる。思うようにいかないな。
「縁談の方は私の方で調べてみますね」
「うん、お願い」
ミナが教室に戻っていくのを見届けた後、僕も教室へと戻ることにした。1限が始まるまでまだ15分あるとはいえ、少しずつであるがクラスメイトたちも来始めている。
それならば文化祭の話をするのもいいだろう。最近は瀬川の噂の方に奔走していたことで文化祭の方に労力を割けていなかったからな。そろそろ文化祭の方にも関わりたいところ。せっかくタイムリープしたのならこういったイベントも楽しみたいからな。
教室に戻ると僕の机の周りに数人集まっていた。一体何事だろうか?
「そんなに集まって何かあったの?」
「いやいや、それはこっちのセリフだ」
塚原が呆れたような顔をしている。異常事態を察せず、のんきに現れた僕に呆れているのだろう。
「上澤くんが内海くんのこと探してたんだよ」
「そうそうなんか凄く怒ってた」
……なんで? 僕に上澤との接点はなかったはずだが、どこで怒らせる要素があったのだろうか。
「本当に何をしたの?」
僕に聞かれても分からないものは分からない。どちらかと言えば僕の方が上澤に聞きたいことがあるというのに。
「ここにいたのか、内海」
振り向けば教室の前に上澤が立っていた。それも不機嫌そうな顔で。
「少し内海借りていいか?」
「「どうぞ」」
「えっ⁉」
クラスメイトに売られる僕って一体……。拒否権のない僕は上澤に連れられて人気のない場所へと向かった。
またここか。連れてこられた場所は会議室。他に会話できる場所はないのだろうか。
「それで僕を呼び出した理由ってなに?」
時間も時間なので単刀直入で訊く。
「なんで最近いずみの周りをウロチョロしているんだ?」
「ウロチョロ?」
「ああそうだ。最近になって急にいずみの近くに内海、お前がいる」
まあそりゃ、相談を受けてますからね。
「もしかして付き合っているのか?」
なんて答えようか。ここはあえて反応を見るために付き合っているという嘘をつくのも一つの手だ。ただ上澤は動揺しているわけでなく、淡々と聞いているのでたぶん、嘘を交えてもボロを出すことはないだろうな。
「ない。というか、わざわざ僕を呼び出さなくても瀬川さんに聞けば良かったんじゃないのか?」
「俺の口からそんなことが出ればめんどくさいことになると思わないか?」
「確かに……」
『なんで、そんなこと博昭が気になるんだ? なんでだ?』とダル絡みする瀬川が容易に想像がつく。
「悪かったな、呼び出して」
「別にこれぐらいなら大したことないよ。でもどうしてそんなことが気になったの?」
もしかして脈ありなのか? ドクンと心臓の鼓動が早まる。自分の恋愛じゃないとはいえ、こういうものはドキドキしてしまう。
「いや、ただ瀬川に変な虫がついてないか確かめたかっただけだ」
変な虫ってひどいな。
「そうか、じゃあな」
「ちょい、待って」
自分の用件だけを済ませて早々に立ち去ろうとする上澤は僕は慌てて止める。
「何か用か?」
「自分だけ訊いておいて満足しないでよ。僕だって訊きたいことがあるんだから」
「何が訊きたい?」
「瀬川さんの噂、上澤は噂のことを知ってるの?」
上澤の眉がピクっと動く。
「知っている」
「一体どこまで? 噂を流してた生徒が退学をしたのも」
「お前に話す義理はない」
僕の言葉を遮り、上澤は僕を睨みつけた。
「お前のような臆病者には話すことはない」
「臆病者? 僕が?」
「そうだ、未だに過去から目を背けているような奴とは話す気にはなれん」
なんのことだ。ひょっとして両親の事故のことを言っているのか。でも僕はすでに現実を受け入れている。目を背けてはいないはずだ。
「僕が何から逃げてるって言うんだ」
「分からないのなら、俺から話すことは何もない」
「おい」
上澤は僕の声など気にも留めず、そのまま立ち去ってしまった。